「第八話」いい男になったね
しばらく歩いていると、歪な「森」が目の前に立ちはだかる。
そう、「森」だ。木々が林立し、人とは隔絶された獣や自然の集合体……しかし私には、そこに生命の彩りのようなものは感じなかった。まるで入って来る者共を片っ端から拒むかのように、手前には太い茨の壁が立ち並んでいる。それは魔女である私だからこそ分かる……あれは、只の植物ではない。
「──竜の眷属。それも、かなり強い力がこの森全体に与えられています」
やはり魔術師として脳ではあるのだろう。ハルファスは私が注意するよりも前にそう言い放ち、懐から杖を取り出した。正面突破が有効な手段だということは明白であり、私も同じく杖代わりの櫛を取り出す……如何に眷属とはいえ所詮は植物。主人である竜が直接命令でもしない限り、こちらを攻撃してきたりはしないはずである。
私は自らの赤髪を櫛で梳き、抜け落ちたそれをつまんだ後、優しく息を吹きかける……それはあっという間に業火へと早変わりし、壁のような茨を炎が包んだ。
「お見事」
直後、杖を剣のように構えたハルファスが炎へと走る。魔力により形成された刀身はそのまま振り下ろされ、茨の壁を切り裂いたのである。それだけに留まらない……刀身として形を保っていた魔力は、そのまま別の魔法として発動。周囲の茨を吹き飛ばしたのである。
「……あんた、前よりも強くなったね」
「二度も同じ相手に負けたのです。泥を啜りながら努力するのは、当たり前です」
私は彼のスッキリとした顔が、彼自身によく似合うと思った。彼は本来、プライドに胡座をかいて力を誇示するのではなく、努力によって純粋に結果を追い求める人間だったのだ。彼にとっての敗北は苦い経験であるとともに、秘められていた彼自身を引き出すいい薬だったのだ。
(毒にも薬もなってる、おっかしいなぁ)
「……? 何をニヤニヤしているのですか?」
「ん〜? 別に? いい男になったなって思っただけ」
「……」
ハルファスは黙って背を向け、そのまま森の奥へと進んだ。私も気を引き締め、そのまま森へと足を進める。──群れを成した鴉の群れが、汚い鳴き声を上げながら森から飛び去っていくのが見えた。