「第六話」すまない
撥ねられた首は宙を舞い、やがて虚しい音を立てながら地上へ落ちた。反撃もない、断末魔を上げる暇もない……しかし私は、撥ねた直後に起こるべき事象がないことに、自らの判断ミスを認めなければならなかった。──首の切り口から、一滴も血が吹き出さないのだ。
(土で作られた分身……不味い!)
振り返って家へと走るが、次の瞬間には大地が大きく揺れた。家の中から泥の洪水が溢れ出て、その上には力の抜けたシエルがいた。やはり、目的は彼女だった!
「っ!」
魔法を行使しようとするが、背後からの妙な気配に気を取られた。振り返ると其処には、首を飛ばされてもなお動く泥人形が在った。しかも一体ではない、一気に五〜六体がこちらを見据え、杖を構えていた。
相性は最悪、しかも同じレベルの敵が大きく増えた。最強の魔術師と謳われた自分でも、流石に手を焼くだろう。これではとても、シエルを取り戻すことなどできやしない。
「くそっ……退けぇ!」
風の魔法、杖に込めた高密度の魔力刀身。それらを駆使しても尚、シエルを攫っていく泥の波には追いつけない。──こうしている間にも、彼女の体は地面へと沈んでいく。
(潜られれば探せない、逃げられる……!)
『去る前に、俺の目的を教えてやろう』
頭が残っている土人形が、奇妙に口を開いた。それは自分の進む道を塞ぎながら、ニンマリと笑ってこう告げた。
『俺の目的は、この世の神になるべきだった存在を目覚めさせること。──その名をファフニール。かつて『お前だった存在』と死闘を繰り広げた、世界最強の竜だ』
泥人形はそう言うと、一気に崩れ去っていった。見渡すともう其処にはシエルはいなかった。魔力の残滓も薄く、追跡はほぼ不可能……そう、失敗したのだ。
「……くそっ」
何が最強だ、と。人間である自分の無力を嘆きながら、敢えてその激しく粗い感情を表に出す。顔を上げて向こうを見ると、そこには荒い息を吐きながら、その場で膝を折るロゼッタがいた。
「……すまない」
それしか言えなかった。