「第四話」風と土
歪を纏ったその男は、単純な強さ弱さで測れる物ではないと思った。不気味ではあるが、何か特別に秀でていたりするわけではない……魔術師としての腕だけで言えば素人以下である。──最も、生物としての格がそれを十二分にカバーしきっているのだから、恐ろしい。
あれは人なのか、それとも竜なのか? どちらとも取れない、どちらにも成り損なった存在は、黒く静かに揺れながらこちらに来ていた。
目的はシエルだろう。ただの呪いではないとは思っていたが、あの変化の仕方から想像するに、体の仕組みを変えていたのだろう。生物としての格を、最初から変貌させていく魔法。……なんとなく目的に察しがついてしまう自分は、やはり外道なのだろうか?
(人間を生きたまま、人間じゃない化け物の心臓にする。か……)
これを実行に移す魔術師も魔術師だが、思いついた魔術師は悪魔のような思考回路を持っているに違いない。そしてそんな悪魔と同類のことを現在進行形で行っている自分もまた、人の心のない化け物なのだろう。
「其処を退け、人間」
「半分正解、半分不正解。今の私は人間の姿と矮小さに収まってはいるが……元は別の存在、私を人間と呼ぶのは的外れだ」
「白痴の魔王が随分とまぁ喋るようになったな。これも人間に成り下がったからか? 俺たち、いいやあいつらは考える頭だけは持っているからな」
「元人間の君が言うとなんともまぁ皮肉しかないなぁ」
険悪な雰囲気を演出したほうが、罪悪感も薄れる。相手が本気で殺しに来れば来るほど、自分が行う殺しに正当性が増していく。
(こんな考えをしている辺り、私は矛盾しているな)
戻りたいという思い、このまま『ウィジャス』として死にたいという思い。どちらも捨てがたく、同じ価値のまま拮抗し、私は平行線を辿っている。本当にしたいことが何か、昔の自分は何を思っていたのか……仮初めであっても父親とは、なんとも判断を鈍らせる。
「そんなどうでもいい御託を並べるより、君は君のお友達を起こしたいんだろう? なるべく早く済ましたいんだ……あと五分で三時、お茶の時間なんだよ」
「……」
表情ひとつ変えずに、男は杖を取り出し、軽く振った。すると男の周りの地面が歪み、そのまま歪んだ形を作って……まるで意思があるかのようにぐねぐねと動いていた。
「『土』か……なるほど、道理でロゼッタを引き剥がしたくなるわけだ」
「『髪結いの魔女』に出てこられれば、俺も手を焼くからな。相性のいい『風』のあんたを先に倒させてもらう」
「……お茶の時間には、間に合いそうにないな」
小刻みに振った杖、吹きすさぶ風。
大きく振った杖、黒い男を取り囲む土の壁。
「『風の魔術師』、ウィジャス」
「『土の魔術師』、カルム」
お互いの初手を防ぎあった両者は名乗り合い、再び激突した。