「第一話」雲行き
人混みをかき分け、私は直ぐにシエルの元へ駆け寄った。揺すっても、声をかけても返事はない。目立つ傷のようなものもどこにも……まるで魂が抜け落ちてしまったかのような彼女の体は、抱きかかえるととても軽かった。──嫌な予感は的中してしまった。彼女は、呪いによって魂を抜き取られている!
「っ……イル!」
口笛を吹くと、颯爽と空から一匹の獣、グリフォンのイルが現れる。私はシエルを抱えたままイルの背中に飛び乗り、片手で手綱を握りしめた。野次馬共を押しのけて、イルはすぐさま空へと飛び立つ。強い衝撃、音、風……それらがあってもなお、シエルは眉一つ動かさなかった。
一体いつ呪われた? 呪われたとしても誰に? 具体的にどんな効果だ? この人に一体どんな害がもたらされるのか、私に今すぐできることはなにかあるのか? 不安ばかりが巡っているのは分かってはいたが、彼女の死んだような表情は、私の心を容赦なくかき乱していた。
軽くシエルのおでこに手を当て、まぶたをそっと閉じる。……やはりこれは呪いだ、しかもかなり強力だ。しかしなんだこれは? 今まで見てきたものとはまるで違う術式が使われている、なんというか、まるで、パーツ一つ一つは納得の行くものなのに、全体で見てしまえば理解が出来ない。
だが一つだけ確かなことがある。それは、このレベルの呪いは自分の力では解くことが出来ないということだ。
悔しかった。散々、魔女だの最強だの言われてきた自分が、人一人にかけられた呪いを解くことすら叶わないだなんて。何のために魔法を学んだのか、何のために魔女であることを受け入れたのか……何のために、自分はシエルと一緒に街に行ったのか。
自らの無力を嘆き、同時に沸々と怒りを煮やしながら、私は手綱をさらに強く握りしめた。先程まで晴れていた空の雲行きは、段々と怪しくなっていった。