「第九話」微睡みの中で
深い眠りの中に自分がいることを、シエルは分かっていた。ここが現実でないことも、はたまた夢などという生温いものでもないことも……そう、平たく言うのであれば自分は今「死にかけている」のである。
無論、自分が死ぬということへの心配はしていない。なぜなら自分には最高で最強の親友にして生涯を共にすると誓った伴侶がいるのだから。まず自分が死ぬことはありえないし、きっと数時間後には一緒に寝ている頃だろう。そろそろ初夜を迎えたいところだ。
(……)
不思議と、痛みや苦しみはなかった。こういう類の呪いには何度か掛かったことがあるが、大体が激痛や理由のない恐怖や負の感情を湧き上がらせてくるたぐいのものだった。それなのにこれは、ただただ命を死の淵に置いているだけである。
こういった場合、相手が何をしたいのかは分からない。自分を呪ったのがどんな人物なのか、そもそも人間の枠組みに入るような存在なのか、それすらも私には分からない。
なので、分からないことは直接聞くのが良いだろう。
「そこの貴方。……そう、明らかに人間じゃない貴方です」
影がある、そこには影がある。いつ落ちるかも分からない不安定な微睡みの中でも、それはしっかりと存在していた。私を見つめ、さっきから黙っていて気味が悪かった。
「貴方はいつからここにいるんですか? あと知っていたらでいいのですが、誰が、何のために私に呪いをかけたのでしょうか」
影は答えない、ただ私を見ているだけである。恐らくはただ「見える」だけの何か、もしかしたら生物ですら無いかも知れない。いいや、意識という概念を持っている可能性のほうが低いだろう。……まぁ、先程から私の声掛けに揺らめいたり大きくなったり縮んだりしてはいるから、間違いなく無反応というわけではないのだろうが。
「……なんだか目が冴えてしまいましたね」
こんな状況で言うのもあれだが、暇である。いつもならウィジャスのうんちくを聞いたり、ロゼッタへのいたずら(胸を鷲掴みにしたり)などをしているが、ここには何もない。
どうしたものか、と、シエルがため息を付いたその時だった。
「……ロゼッタ?」
なんとなく、彼女の気配がした。
ここではない、何処か遠くで……それでいて、とても近くから。




