不安と悪意
翌朝、リーシャは日が登る頃に目が覚めた。
まだ朝日が照らしつけてはいない時間にも関わらず、村の中の家々は朝食の準備をはじめているのか煙突から湯気が出ている。
リーシャも朝食をイアと食べようと思い彼女の家へ足を運んだが、家のなかは静まり返っており、鍵のかかっていない扉を開けて中を覗いてみたがイアの姿は無かった。
もしかしてもう既に森に入って食べ物を探しているのかと思いリーシャは森へ向かい、あちこち探して回った。
木の実が成っている木や昨日彼女と出会った川へ足を運んだものの、どこにも彼女の姿はなく人が歩いた痕跡も無く、入れ違いになってしまったか、とリーシャは再びイアの家へ戻ったがやはり彼女の姿は無かった。
探し歩いて既に日が差し込む時間帯。村のなかは日常の活気が出てきた中で、ここだけ取り残されたかのような静かさに囲まれていた。
ここだけ切り離されたかのような、リーシャがそう感じているだけなのか。しかし自分の胸中のざわめきだけは本物だ。
リーシャはいてもたっても居られず村長の家へと向かおうとした時、今朝方は見落としていたイアの家から伸びる車輪痕を見付けて、疑惑は限りなく確信に近いものに変わり気付けば駆け出していた。
「村長は居るかッ」
家のドアを叩くこと無く押し開けたリーシャは開口一番に村の主の所在を尋ねた。
家のなかには数人の飯炊き係りと探している村長その本人が居た。
「おお、どうしましたか。朝早くから元気ですな」
「イアはどこだ」
リーシャは村長の挨拶を遮りイアをどこに行ったか知らないか、いや。どこに連れて行かれたのかをたずねた。
リーシャの今にも食いかかるような剣幕に圧された炊事係りはその手を止めてリーシャを嗜めようと寄ってきたが、それを止めたのは村長だった。
村長は座っていた背後から中味の詰まった麻袋を掴み上げリーシャに差しだした。
「これで、どうかお引き取りください」
村長のその毅然とした態度は、かえってリーシャの怒りを沸かせた。
「ふざけるな!あんな小さな子供に、あんな仕打ちをしておいて・・・それでこれか?!これで俺も黙っていろって言うのか!!?」
「その通りです・・・アレが居る限り村人は不安も不満も溜め込む。アレがやること全てが我々の平穏を脅かす。村の外から来たあなたにはわからないでしょうが、この村の中で生きる我々にとって彼女は"外から来た災禍"なのです。
何か我々の知らない病を、憑き物を纏い来たかもしれない忌み子をいつまでも村に置いてなんていられないのです」
村長の言葉は、閉鎖空間に訪れた不穏分子に対する排他的な感情が込められており、それはイアを迫害する以上の敵意のような感情が感じられた。
実際に何かされたわけではないが、立て続けに起こった不幸から連想してヒステリックになった集団の悪意を、あの小さな体に押し付ける。そうして人々は心の平穏を保って当たり前の生活を送り、その影で一人の少女を犠牲にして、それに何も思うこと無く受け入れてる彼らのあり方にリーシャは吐き気さえ催した。
イアはあの日の自分か。
やり場のない負の感情を矢面に立つ一人に押し付けて済ませられたかつての自分と重なった。
だが、あの日のリーシャと違い、心が生きている。
今の現状を顔を俯けながら耐えて、いつ訪れるかもわからない許しを待って、そして、
「・・・それで身売りでもさせようってのか!!あんな小さな女の子に?!
誰も・・・だれも、おかしいって、思えなかったのかよ・・・」
自分で言ってて、リーシャは少しずつ村長ら村の大人達への怒りが鎮まり冷静になって、ふつふつと沸き上がっていた血が冷たくなっていくのを感じた。ああ、いっそ・・・。
いっそのこと、無関心であった方がどれほどよかったことだろうか。
リーシャは差し出された金銭を受け取ること無く村長に背を向けてその場を立ち去った。