少女の生活
「やあ、また会ったね」
リーシャは気安い挨拶で少女に声をかけた。
少女は最初は自分に話しかけられているとは思わず目をパチパチとさせ、辺りを見回して自分以外に居ないことがわかると少女は少し遅れて驚いたような反応をした。
あわあわと、少女は手で衣服を掴みながら落ち着かない様子でひとしきり慌てたあとに、上ずった声を返した。
「ゆ・・・勇者さま、ですよね・・・?」
少女の返答に、はて、とリーシャは首を傾げた。
はたして過去に彼女と出会った事があっただろうか。
この村にだって来るのははじめてのことで、この村の人々全員が初対面のはずなのだが。
リーシャが返答に困っていたところ、少女の方が答えを教えてくれた。
「わたし、2年前はお城の近くの村に住んでました。そのとき、勇者さまに助けてもらったんです」
それを聞いてリーシャはなるほど、と合点がいった。
二年前となると勇者として旅をはじめた頃だ。
確かに王城周辺の魔物を退治していた時期もあり、その頃に助けた一人が彼女なのだろう。
リーシャ自身は周りを気にする程の余裕が無かったために彼女を覚えていなかったのだ。
「そっか。俺のこと知ってたんだね。でも今は勇者じゃなく、ただの冒険者だから俺のことはリーシャって呼んでくれ」
少女に微笑みかけると、彼女は不思議そうな顔をした。
「勇者さまは、勇者さまじゃないのですか?」
その疑問にはリーシャはすぐに答えを返せなかった。
うーん、とリーシャは悩む素振りを見せたのち、
「今は別の人が勇者をやってるんだ。だから俺は冒険をしてまわってるんだ」
事の詳細を話さないでそう少女に教えた。
彼女にとって自分は勇者のままなら、せめてその思い出を壊すことなく今の冒険者としての自分を彼女に受け止めてもらえるように言った。
しかし少女の反応は違った。
「それでも・・・わたしにとって、勇者さまはリーシャさんですよ」
少女は幼い純粋な笑顔でリーシャに言ったのだった。
少女の名前はイアと言い、かつて魔物に襲われていたところを勇者だったリーシャに助けられ、それからほどなくしてこの村に移住したが、半年前に両親が亡くなって以来一人で生活をしているようだ。
イアの家のなかに上がらせてもらったが、既に枯れた花を編んだ飾りがある以外質素そのものであり、地べたに畳んである藁を幾重にも編んだ掛け布団がある以外ほとんど何もない状態だった。
村の他の家のような軒先に保存食を干している様子もなく、食事は日々森に入って木の実や果物を見つけてありついている有り様で、まだ五つの少女にはあまりにも過酷な生活であった。
こんな生活をして、これから成長する彼女の体への影響は。いやそもそも栄養が足りているのかさえ心配になる。
村の住民はこの状況を知りつつも村長の指示で彼女を孤立させていたのだ。
リーシャはいよいよ村長に怒鳴り込みに行きたい衝動を抑えつつ、旅の最中に食べる予定であった携帯食料を彼女に振る舞った。
イアはそれを大事そうにゆっくりと味わいながら食べた。
「これくらいしかなくてごめん。俺も普段そこまで料理とかしないから、こういうのしか持ってないんだ」
「そんな、悪いです。気にかけてもらって、食べ物を恵んでもらったのに、十分すぎるほどです」
年の割にあまりにもかしこまったしゃべり方も彼女が子供らしく生きていられないことが理解出来て、リーシャはますます彼女が心配になった。
このままいけば遠くない日に彼女は栄養失調で倒れるか森の中で魔物に食われてしまうだろう。
この村の大人達はそれでも見てみぬふりをしていつも通りの日常を継続していくことだろう。
それはリーシャにとってあまりにも残酷で受け入れがたい事だ。
どうにかして彼女を村の外に出せないか、リーシャは頭を悩ませひとつの提案をした。
「もし、君さえよければ他の町で生活してみないか?ここで不自由な暮らしをするよりは町に出て働いて生活した方が今より良い生活が出来るよ」
リーシャの提案に、しかしイアは首を横に振った。
「ここには、お父さんとお母さんが眠ってるから、わたしはこの村に居たい、です」
「でも、ここに居たら水を飲むのも森に入って行かないと飲めないし、食べ物だって安定してありつけないんだよ。それじゃあ君は困るんじゃないかい?」
「それでも、いつか村長さんも許してくれるはずです。畑のお手伝いも、井戸のお水を飲むのも」
それでも、とイアは弱々しく顔を俯かせながら言った。
そこまで言われたリーシャは、あまり強く彼女を村の外へ出すことを言い出さなくなり、家のなかには沈黙が流れた。
もし、あの村長を説得出来たのなら、イアが望む通りに迫害をやめてこの村の一員として生活していけるかもしれない。
そう考えたリーシャはイアにまた明日来ると伝えると家をあとにして、村に設けられた客人用の小屋に戻り明日村長の家に直談判をしに行くぞと意気込み、早めに眠りにつくのであった。
その夜、村長の家には村の大人が数人集まり会合を行っていた。
「あの子供が森の川を使っていたようだ」
「なんだって?我々が使っている川の川上じゃないか」
「井戸を使うことを禁じたのにこれでは意味がないですぞ」
「森の食べ物に手を付けていたからボアウルフの機嫌を悪くしてたのではないか?」
「なぜ早く死なんのかあの小娘は。村長。もはや我々も我慢の限界でありましょう」
各々好き勝手にイアを侮辱するかのように口々に忌々しい、忌み子め、と吐く。
そして村長は重い口を開いて大人達に伝えた。
「奴隷商に売り渡そう、これも村のため。荷馬車を用意し、あの客人が起きる前に運び出すのだ」
村長の号令に一同頷き、闇夜のなかそれぞれ準備へ取りかかるのであった。