少年と少女の出会い
ボアウルフ狩りを終えたリーシャは全身にかかった返り血を洗い落とすため、森の中で見付けた川で水浴びをしていた。
数日ぶりに体を流せる機会でもあり、思わず一糸纏わぬ姿になって川の水を浴びていた。
温かくなってきた季節とはいえ早朝の空気は冷たく、日が登ってきた今も川の水を浴びる些か寒気を覚えるほど。水浴びを終えたら火を焚き体を温めなければ風を引いてしまうだろう。
しかし今のリーシャは血や汗を洗い流す心地好さ優先。ただその身を川に投げ入れ、汚れが落ちていく気持ちよさを味わっていた。
朝から運動してシャワーを浴びるような爽快とした気分は、ここが現代ならコーヒーでも入れて優雅な朝食と行きたいところであるが、あいにくコーヒーはこの世界では嗜好品。この辺りの村々では交易で仕入れることもないため、その味を知らずに生涯を終える人も居ることだろう。
それに朝食も携帯していた干し肉をかじるくらいしか出来ない。良い食事にありつきたければ早く村へ戻り報酬を貰いがてらまかないにありつく方が腹は満たされる。
川から上がり濡れた髪を搾りつつ体を拭こうとしたところ、リーシャは不意に視線を感じた。
獣の気配がしなかったため油断していたリーシャは辺りを見回すと、そこには小さな人影があった。
よく見ればそれは水桶を持った少女で、水汲みをしに来た村人であることがわかった。
リーシャは安堵し声をかけようと手を上げたところ、少女は慌てた様子で走り去っていった。
なにか不快な思いをさせてしまったかと頭をかいたリーシャは、ヒヤリと吹く風に冷やされはじめた自らの体を思い出し、あまりに遅いが前を隠した。
「・・・イヤなもの見せてしまったかな・・・」
心の中で少女に謝りつつリーシャは体の水分を拭き取り火を起こして体を温めるのであった。
村へ戻ったのは日が真上に登る頃。
村の中ではちょうど昼支度をしている最中の家が目立つなか、リーシャは依頼主である村長の家へ訪れた。
村の中で一際大きな家の中へ招かれると年老いた村長が床に腰をおろしており、リーシャはさっそく任務の報告をはじめた。
「村長さん。あなた、もしかしてわかってたんじゃないか?」
「う、う~む。黙っていたことがあるのは謝る。どうか、怒りをおさえてくれまいか」
村長は申し訳なさそうに頭を下げた。
やはり最初からわかっていてこの任務の依頼を出していたのだ。
依頼難度詐欺。
それはギルドへおくられる数々の任務のなかによく混ざっている依頼であり、基本的に任務ランクが上がるほど依頼金と支払額が上がる仕組みであるが、その両方を払えない。またはケチッた依頼主が虚偽の依頼内容を送り、あわよくば達成してくれればという目的で横行している詐欺である。
もちろんギルドはそれを許しておらず、嘘が発覚次第違約金を依頼主に支払わせたりその地域からの依頼を受けなくする等の罰を与えているが、依頼を受ける冒険者側も逞しいもので、それをギルドにバラされたくなければ、と報酬を上乗せさせることで黙認していたりする。
もちろん良くない事ではあるのだが、依頼金を払えずに凶悪な魔物の討伐を頼めずに泣き寝入りすれば人命に関わる。やむ無く暗黙のもと行われている実態なのだ。
「雌のボアウルフが妊娠していたのはわかっていたんだから、強暴な雄が居るのも当然。これはCランク相当の任務になるんだから、その分の上乗せを貰わないと」
「わ、わかってます。明日までに金を集めてお渡しします。どうかこの事は・・・」
「もちろん黙っておきますよ。この村もそこまで裕福じゃないのはわかってますから」
リーシャが村長と交渉を簡単に済ませた瞬間、ぐうう、と腹が鳴り響いた。
村長と周りに居た大人達は顔を見合せるとクスクスと笑い、食事を提供することを申し出てきた。
しまらないな、と思いつつリーシャは照れながら食事にありつくことにした。
食事を終えて森の中のボアウルフの死体の回収を村人達に頼んでいたリーシャは、ふと遠くに見える見覚えのある少女のことを村長に聞いた。
「あの子、さっき森の中で見かけたけど、ここの村の人は森の中まで水汲みに行くんですか?」
村長は視線の先の少女に気付き首を横に振った。
「水汲みなら村の中の井戸を使ってますから、わざわざ森の中に女子供を入らせたりしないですよ」
ただ・・・と、村長はすこし間を置き口を開いた。
「あの子供は忌み子でして、村の中の井戸を使わせていないのですよ」
「忌み子?何ですかそれは?」
「あの子供の両親は同じ時期に亡くなっていまして、それにあの子の周りに居ると気分が悪くなると言う村人が続出しましてね、以降彼女には村人や井戸に近付かないようにさせているんですよ」
「あんな子供にそんなことを?」
リーシャは激しい不快感を覚えた。
田舎の集落特有の噂話からの村八分はありがちなことではあるが、それを肉親を失った子供にしているのが許せなかった。
リーシャ自身、近い仕打ちを受けて勇者でいられなくなった身であることからか、このような不条理を受けている彼女を放っては置けなくなったのだ。
リーシャは後の事を村長に頼むと、一人少女のもとに近付いて行くのだった。