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明朝の狩り

遠くの草木を揺らす音で目を覚ます。


周囲は高く生えた草花、空を覆うように天を目指す木々。その隙間から見える空は朝日を向かえる頃の白んだ色をしていた。


目をこすり周囲の様子に警戒しつつゆっくりと身を背の高い草のあいだを這わすように移動する。

周りの木々の葉は揺れておらず、ほぼ無風なのがわかる。


足元の落ち葉や木の枝に注意しつつ動くこと数分。開けた場所に出る直前で足を止めて草の隙間に隠れつつその場の状況を観察した。


そこには四頭ほどの獣が落ちた木の実や草花の隙間の生き物を探していた。

その獣はボアウルフと呼ばれ、体の正面を猪のようなガッシリとした肉付きを尾に向かうにつれてホッソリと狼のように絞らせた四足の魔物であり、少数の群れを成しその雑食性から時には人里に降りては人を襲う危険な魔物だ。

とは言え人里に降りるのはごく稀。


この辺りは森の中の方が食い物に恵まれた地域のためボアウルフが人里に来る事はまず無いのだが、逆に人間が森へ薪や木材の採取を目的として入るためにこの魔物と鉢合わせになってしまう被害が出たため、ギルドへ依頼が送られてそれを受託したリーシャがこの地に赴いて討伐任務にあたっていた。

森へ入り数日は成果が無かったかものの、昨日の日暮れごろに真新しい足跡と獣道を発見して先ほどの場所で潜伏して夜を過ごしていたのである。


手持ちは取り回しの良いサイズの剣一振とナイフ一本。身を守るのは薄い鎖帷子と胸当てのみ。

単独で複数に挑むには心許なくはあるが、"いつものこと"。風が流れて匂いで察知される前に強襲をかけて一気に仕掛ける。


ナイフを遠くの一頭の眉間目掛けて投げつけつつ草の中から身を投げ出す。

ナイフがボアウルフに刺さり倒れて他の個体が気付く頃には最短距離の個体の首に剣を振り下ろし、一振で息の根を止めた。


こちらの存在に気付いて反射的に突進してきた個体を跳ねて避けつつ頭上から頭部を突き刺して絶命させる。

最後の一頭がその場で吠えようとしたのが見え、剣を抜きながら一蹴りで最後のボアウルフの懐に飛び込むと下から首に目掛けて剣を突き刺した。


直前の血油でやや刃の入りが悪くはあったが、刺した剣を横に動かし傷口を広げるとボアウルフはかすれた断末魔を上げながら倒れた。


ナイフを刺した個体にまだ息があったため、心臓付近を一刺しして殺し、四頭のボアウルフは全て息絶えたのだった。


ふう、と一呼吸を入れて剣を抜き出し、ベットリと付いた血をぬぐって背中の背負った鞘にしまった。


ひとり旅をはじめたリーシャは常にこのように複数対を相手取った戦闘ばかりであり、一人で戦えるよう潜伏、奇襲、先手を取って有利な状況から戦闘をはじめることを癖付けるようになった。


ギルドは登録制であり勇者として旅をしていた最中、もしものためにと勇者権限で登録だけしてもらっていたために登録年齢に引っ掛かること無く依頼を受けて日銭を稼ぐことが可能であった。


最初は簡単な素材集めや手伝いの仕事ばかりであったが、"たまによくある"イレギュラーも対応していたため、異例の早さで最低ランクから昇格してDランクから始まる魔物討伐の依頼にも短い期間で受けられるようになった。

そのイレギュラーなのだがーー


リーシャは倒れたボアウルフの腹を見て力を抜いていた体に再び緊張を走らせた。



ボアウルフ達の腹が膨れていたのだ。



リーシャはナイフでそれぞれの腹を裂いた。

やはり、と中から出て来たのは間もなく産まれ出ていたであろうボアウルフの胎児であった。

ここに居た個体は全て妊娠していた雌だった。

こうなってはこの任務はDランク任務などではなくなる。


ボアウルフの雌は大型犬ほどの大きさがせいぜい、集団で討伐にあたれば容易に倒せる相手なのだが、雄の個体は話が別だ。


雄は体が数メートルにもなる巨体で大きく反り上がった牙を持つ大型の魔物。その討伐はCランクに相当し、非常に危険な任務となる。


そしてボアウルフの雄は広い縄張りを巡回して回るため、いつ遭遇するかわからない。

いや、むしろソイツをこのまま逃がすわけにはいかない。


その巨体が人里へ向かえば甚大な被害が出るのは目に見えている。しかも雌を仔を奪われた雄は荒れ狂い見境なしに暴れまわるだろう。


依頼主に恨みを思いつつリーシャは再び潜伏するため草木の中へ向かおうとした時、



視界の端に朝日に煌めく白い牙が見えた。



意識がそちらに向く頃には地を蹴り駆け出す音が響き、とっさにその場を飛び退いた。


転がる体を立て直させて鞘から剣を抜き出し巨体の主を睨み付ける。


居た。先ほど倒した雌の個体よりも遥かに大きな雄のボアウルフだ。

白く反り上がる立派な牙。引き締まった筋肉。肥大した睾丸。

やってくれたな、とリーシャは思わず愚痴をこぼす。


ボアウルフは怒りのこもった咆哮を叫び再びこちらに猛突進してきた。

咆哮で耳が痛くなるもリーシャは寸でのところで攻撃を躱しつつ魔法の火の玉をボアウルフの側面に叩き込む。

しかしまったく怯むこと無く方向転換してきて再びこちらに襲いかかる。


真正面からやり合うにはあまりにも無謀で、ならばと魔法を撃っても表面の肉体が堅すぎて魔法が通らない。子供の肉体から出せる全力の一撃などであっさり沈むほど柔な怪物ではない。


舌打ちしつつ、ならば、とリーシャは突進してくる巨体に向かってあえて飛び付いて、こちらを捕らえた牙を空中で躱しつつ目に剣を突き刺した。


ボアウルフはたまらず暴れてリーシャを振り払うが、離れる寸前に再び火の玉を目の傷口に向かって放った。

その爆発の反動で吹っ飛ばされたが、ボアウルフはあまりの痛みにたまらず声を上げる。


動きが止まった隙を逃すことなくリーシャは体勢を整えつつ剣を構え力を込めた。


それはただの構えではなく、技を放つ前動作。

剣を両手で持ち体を捻りつつ狙いを定め、渾身の魔力を剣に注ぎ、そして標的目掛けて解き放つ。


聖槍剣せいそうけんッ!!」


剣から解き放たれた魔力は一筋の閃光の如く光の軌跡を描き、ボアウルフの頭部を貫いた。

それは勇者にのみ扱える特別な剣技のひとつ。威力は子供の体から放たれても絶大で大抵の魔物を一撃のもとに屠ることが出来る。

それはこの雄のボアウルフも例外ではなく、頭を貫かれたボアウルフは断末魔を上げることなくその巨体を地に倒れさせた。


これ程の技ならば勿体ぶらずガンガン使っていけば良いと言いたいところだが、これはあくまで《勇者の剣を用いて使う剣技》である。


渾身の魔力が抜けた剣はその剣先からボロボロと次第に崩れていき、柄しか残らないのである。


一撃必殺ではあり諸刃の剣。

勇者の剣を持たない今のリーシャにとっては、ここぞと言うときのみ使える必殺技だった。


今度こそ戦いを終えて一息ついたリーシャは刀身の無くなった剣を腰の袋に入れて腰を下ろし、全身の緊張を解いたのであった。



勇者の任を解かれて半年。これが7歳半のリーシャの異世界生活である。



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