最強の魔法使い
パラリ、パラリと時折紙をめくる音が近くで響く。
幻聴か、はたまた前世の記憶がフラッシュバックして聞こえてきているのか、またはかつての仲間達との旅の記憶の中に迷い込んでしまったのだろうか。
リーシャは体をゆすりながら体に起きろと命令する。
しかしどうにもうまく動いてくれず、さらには激しい激痛がわき腹を始発点に全身に響き渡る。
その痛みに苦悶の声が上がり、夢現だったリーシャの意識はだんだんと現実に浮上し覚醒するのだった。
「ンギギ!!」
歯を食い縛った声は何とも言えぬ鳴き声をリーシャはベッドの上であげた。
「おや、やっとお目覚めかな寝坊助め」
紙をめくっていた音と同じ方から声をかけてきた女性が居た。
リーシャは顔だけをそちらに向けることが出来て声の主と対面した。
そこには10代半ばくらいかという程の見た目の、海のような青い髪を後で束ねた少女が分厚い本をテーブルに肘を付きながら読んでいた。
テーブルの上には湯気の上がっていないティーカップと食べかけのクッキーが乗っていた。
彼女はそのクッキーを指先で摘まむとリーシャの口に放り投げた。
「今これしかないから」
口の中の水分を吸われながらクッキーを噛んで飲み込む。
食べ終えるとその少女は読んでいた本を閉じてテーブルの端へ置くと改めてリーシャに向き合った。
「はじめまして、ぼく。わたしの名前はヘカテーといいます。声は出せるかなー?」
リーシャは自己紹介を返そうと体を起き上がらせるべく腹筋に力を入れたのだが、やはりわき腹から痛みが走りうまく起き上がれなかった。
「まあまあ、君は大怪我をして倒れていたからね。無理に起き上がることはないさ。そのままでいいよ」
「すみません・・・俺はリーシャ。ここはどこですか?」
ヘカテーの背後の窓から見える景色は薄暗く外の景色がよく見えない。
自分がいったいどこにいるのか。今が何時ごろなのか判別出来なかった。
リーシャの問いにヘカテーはピッと人差し指を立てた。
その動作が何なのか疑問に思い首を傾げていたらヘカテーはスッと手を下ろした。
「君には見えなかったかのか・・・まあいいか。
ここは魔道研究院。世界中の魔法や魔術の研究に没頭したい変人達が集まって日夜探究を深める魔法使い達の洞穴。
わたしはここの責任者・・・を、やらされてるんだ」
「"やらされている"?」
「そ。まあ、危険分子を野に放たないための措置だろうね。わたしとしてはここに留まり続けるよりは、世界を旅して研究したいんだけどね」
ヘカテーは目を細めながらリーシャの体を舐めるように観察する。
ふむ、と何を思っているのだろうか、顎に手をやり考え込んでいる。
「あの、何で俺はそんな場所にいるんですか?」
「覚えていないかな。君は重症を負って妹さんと一緒に行き倒れていたんだよ」
その言葉にリーシャはハッとしてヘカテーに問い返す。
「そうだ、イアは!?一緒に倒れていた女の子は!?」
リーシャの言葉を聞いたヘカテーはリーシャの向こう側を指差して伝えた。
首だけ回してそちらを向けば、隣のベッドにはイアが同じように寝かされていた。
「そっちの娘は無傷だったんだけれどね。調べてみたら体内の魔力量を大幅に超える魔力を吸引してしまったみたいで、キャパオーバーで倒れてしまったみたいだ。
今は少しずつ魔力を抜いたからバランスを保ってるから、そのうち起きるよ」
イアの症状をツラツラと述べるヘカテー。しかしリーシャにはそれがなんなのか、よくわからなかった。
「体内の魔力量?って何です?それに魔力を抜くって・・・どうしてあなたは、そんなことが出来るんですか?」
そりゃあ、とヘカテーは足を組み頬杖を付いてニタリと笑みを浮かべる。
「わたしが全ての魔法使いの頂点に立ち、現存する魔術を全て記憶し、世界の魔道を導く者つまり君の目の前に居るのは」
どこからか入り込んだ風がリーシャの全身を撫でて窓のカーテンを靡かせ、部屋に明かりを灯していた蝋燭の火を吹き消して暗闇となった部屋の中。窓際に座るヘカテーだけを薄い月明かりが照らし、彼女の顔に影をつくった。
「最強の魔法使い、なのだよ」
影を落とした彼女の顔は、瞳だけが怪しく鈍い光を纏っていた。




