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本当の家族

翌朝、リーシャは朝日が登る前に起きて一緒に寝ていたイアにも声をかけて起こした。

まだまだ外は薄暗くて寒いが仕事の支度もあるので早々と掛け布団を畳み、受付カウンター付近に書き置きと共に置いて二人は外に出た。


既に街の中は競りが始まっている声や料理の仕込み、店頭に並べる食材の準備をする商人達が慌ただしく動いていた。


そのなかで馬車の荷物をチェックして出発の準備に取り掛かっている一団を見付けたので声をかけた。


「おはようございます。国境付近までの護衛を担当致します。よろしくお願いします」


報酬の上乗せの代わりにと斡旋された仕事。それはこの行商団の護衛任務だった。


本来多くの護衛をつけて警護する依頼なのだが、ギルドへの依頼が急だったために人員が集まっておらず、そこにリーシャが単独で参加することになったのだった。


もちろん複数の荷台の護衛を一人でするのはあまりにも非常識ではあるのだが、そこは受付嬢と行商の一人がリーシャの腕前を知っていたから何とか通ったのだった。


リーシャを訝しむ者も居たが遅れれば国境を越えた後の護衛部隊との引き継ぎに支障が出るため納得しきれない感じではあったが荷馬車を走らせはじめるのであった。







リーシャとイアは隊列中央の荷馬車の屋根に登って警護をした。


単独護衛なのがわかっていたためにギルドからは剣の他にも矢と弓を支給してもらい、たまに進路上に魔物が見えると矢を射かけて一団を守った。

イアにも周りの警戒をしてもらったため取り逃すことなく全ての脅威を払いのけ、無事に国境付近までたどり着き、その先は向こうのギルドで依頼を受けた冒険者達に護衛を引き継いだ。


向こうの冒険者達は守っていたのが子供二人だと分かると一同一様に驚きを隠せない様子で、「子供に守らせたんだ、最後まで守り抜くぞ」と士気の高揚にも貢献した。


報酬はギルドに戻ってではなく現地で依頼主から直接手渡される手筈になっており、やはりというかかなりの額の報酬を頂き、そのうえチップまでもらってしまった。


行商は伝書鳩に完了報告書を持たせて飛ばすと手を振りながら国境を越えて行った。


残されたリーシャとイアはその後ろ姿を見送ると次の目的地を決めるため、ひとまず近隣の街へと足を運ぶのだった。












「すごいたくさん貰えたね、リーシャ」


イアが報酬の詰まった麻袋を横目に上機嫌に言う。


立寄った街の喫茶店で休憩しながら食事しながら地図を広げてどこへ向かおうかの作戦会議。イアは地図よりもパンケーキに夢中だが。


「山分けする分が山のままだもんな。しばらくは路銀に困ることもないだろうし、どこか遠くに旅をしようか」


地図の現在位置からどこへ向かって行くか、どこへでも行けそうな余裕のあまり指先が小躍りするように地図の上をクルクルと回る。


一度国境を越えて隣の国へ向かって旅をしてみるか、それともまず聖域を目指しつつ領内の観光をするか。

どちらにしてもイアに世界を見せて回りたいと思うリーシャ。既に向かった先で彼女がどんな反応をしてくれるのかを想像してワクワクしていた。


勇者の旅ではこのような楽しめる目的地選びをしていなかったのもあり、リーシャも童心のまま旅先へ思いを馳せた。


「この聖域、というのはどういう場所なのかな」


「ああ、そこか?そこは多くの人が信仰する女神の聖域で、実際にその子孫が代々守り続けてる魔物の少ない地域でーー」


リーシャがイアにかつて行った場所の説明をしている時だった。


店の入り口から大きな声でリーシャは呼び掛けられた。


「リーシャ!!!」


その声に瞬時に体がこわばった。聞き覚えのあるその野太く乱暴な声に。


リーシャは先ほどまでの楽しい雰囲気が煙のように散っていく気分になりながら、その声の主に顔を向けてげんなりとした感じで返した。


「・・・なんでここに居るんだよ、親父」


そこには、かつてリーシャを金で取引し何の言葉もかけられずに別れた自分の父親の姿があった。

風貌はひどく汚ならしく髪が白髪交じりになっており、無精髭も長く腹も出て清潔感の欠片も感じられない身形になっていて、一瞬それが父親だなんて認められないほど様変わりしていた。


「お前こそなぜ・・・いや、何故生きてるのならば戻って来なかったんだ、リーシャ!!生きていたのなら、何で!!?」


「なんの事だよ、いきなり現れたと思ったら。俺がどうしようと俺の勝手だろ?」


「勝手だと?故郷が滅ぼされたのにかッ?」


その言葉にリーシャは思わず口から「は?」と言葉が零れ出た。


「半年前だ。半年前に村は魔物の大群に襲われて、アイシャも・・・お前の母さんも死んじまったんだ!!何で勇者だったお前が助けに来なかったんだ!?人類を救う英雄になるからって言われて、俺ぁ・・・!」



何を言ってるんだ。半年前だと。

まさか、王城が襲われて、助けに向かい、仲間を失い、勇者としての立場も失った、あの時?


まさか、とリーシャは言葉を疑った。

あの日襲われたのは、あの場所だけではなかったのか・・・?


視界がぐるりと回るような気持ち悪さを覚えるリーシャを、イアは不安げに名前を呼ぶが耳には入っていかず、ぐるぐると過去の記憶がフラッシュバックした。

「お前が居さえいれば、村は助かったかもしれないんだ!お前さえ居れば・・・!」


それは、あまりにも勝手な言い分であろう、とリーシャの拳は握りしめられ肩が震える。

自分とてあの日は精一杯やったのだ。それでいて全てを失ったのに、あれ以上どうしろと言うのだ。


思考が追い詰められたリーシャは思わぬ言葉を滑らせた。


「あんたの勝手で俺を売ったのにあんたの都合で助けろだなんて、都合が良すぎるだろ!ふざけるなよ!俺を売ったクセに!!」


なんだとぉ?!と怒号と共にリーシャの体は横に吹っ飛び、床にうずくまった。

わき腹を全力で蹴られたのだ。


イアは悲痛な声を上げながら駆け寄りリーシャの上に覆い被さるように盾になり泣き出してしまった。


リーシャも大人の蹴りをモロに受けて軋むような痛みのするわき腹を押さえ、うずくまりながらも父親の方を睨んだ。実の息子の腹を蹴ったヤツの顔を拝もうと。


しかしむせてしまい視線が足元に落ちてしまう。

見えたのはたじろぐ足元だった。


リーシャは飛びそうな意識のなか体を起こしてフラフラになりながらもイアに支えられながら店を出た。


自分のなかで父親との決別をしつつ店を出る直前、リーシャの横を走り抜ける小さな少女が見えた。

そして背後であの男をお父さんと呼び、あの男を心配するような言葉をかけていた。


リーシャは心のなかで笑った。


(良かったじゃないか。あんたにはまだお父さんって呼んでくれる家族が居てさ)


リーシャの頬を冷たい何かが流れた。













フラフラと、どこを歩いただろうか。


混濁する意識のままリーシャとイアは街を出てどこへともなく彷徨っていた。

もはやそこは街道でさえない荒れた野原。

地図も金も店に置いて出てしまった。おまけに先日の噛み傷を抉るような蹴りが傷口を悪化させ、熱を帯びた患部から伝わる激痛が逆にリーシャの意識を保たせ続ける。


隣で支えてくれているイアも泣き啜り続け、お互い先ほどまでの浮かれ気分は何処と言わんばかりの意気消沈ぶり。

それに家族を亡くして繋がりを失ったイアにとって、あまりにも辛いものを見せてしまっただろう。

生きた家族同士が決裂する瞬間なんて、見せたくなかった。


轟々と風が吹き荒れて子供二人の足取りはもはや前に進む事が出来ず、ついには膝をついてしまう。


そんななか、風にのって獣の唸り声が聞こえた。

気付けば数頭の魔物に囲まれていた。


武器さえ構える事が厳しく、リーシャはイアに一人で逃げるよう声をかけるが吹き付ける風がそれを掻き消した。

そうしている間にも獣は距離を詰めて、ついには二人に飛びかかった。


万事休すか、とリーシャは目を閉じかけたときだった。


「ダメェェーー!!!」


イアの悲痛に満ちた声が響くと同時に、飛び上がり今にも噛みつこうとしていた魔物達の動きが止まりバタバタと地に落ちた。


何が起きたのかわからず、しかしリーシャの体もまた限界に達していてそこでバタリと倒れてしまった。


横向きになる視界の中でイアもまた意識を失って倒れ込み、二人は暴風吹き荒ぶ野に伏した。


意識が薄れて瞼が重くなり世界が暗転する直前に最後に目に映ったのは、涙を流しながら倒れるイアと、その向こうに佇む何者かの影だった。

第一章はここまでとなります。

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