家族
数頭倒して理解したことがある。
まずこのクエストは殲滅を前提とした討伐クエストであり、対象の魔物の数は現状未知数であったこと。
報酬は出来高ではなくあくまで達成感報酬であること。
ランクDの依頼であるが故に好んでこの任務を受ける中級以上の冒険者が居なかったこと。そして本来受けるべきDランク相当の冒険者が避けていた最大の理由。
それがこの大量繁殖して手に負えなくなった数の魔物の群れである。
魔物の中では小型とは言えこうも数が増えるのは純粋な脅威となる。それを全て討たなければ報酬が入らず、尚且依頼が掲載された当初と変わらない額のままならば、なるほど割に合うハズなど無い。というか今になって引き受けたことを全力で後悔している。
倒しても倒しても藪の中から顔を出す無数の魔物は、さながらつつかれた蜂の巣から敵を排除するべく飛び出してくるスズメバチのようだ。
群れの危機を仲間に知らせる遠吠えが引っ切り無しに聞こえ、それを聞いた魔物がゾロゾロと集まってくる。
気付けば辺りを魔物に囲まれ、リーシャは目まぐるしく四方八方から飛び掛かる魔物を休み無く斬り伏せていく。
勇者として旅をしていた中で対峙した魔物に比べればどうということはないものの、これでは武器が先に折れかねないとリーシャは危惧した。
その危惧は見事的中してしまい、数十頭討ち払った剣は既に刃こぼれを起こしナマクラのような切れ味となり、ほとんど鈍器のように殴りつけて頭部を破壊する有り様になった。
これなら武器が無い方がマシかもしれないと判断したリーシャは魔物を多く引き付けギリギリのところで高く跳び、地面に向かって剣を投擲した。
剣は地面に触れた途端大きな衝撃波と共に砕け散り、その破片は引き付けられた魔物達に深く刺さりバタバタと倒れていった。
これも勇者の剣技のひとつではあるものの、勇者の剣を用いてないため技の形が変わってしまった。本来ならば地形を変えるほどの威力となるものが散弾のような技になってしまった。
得物を失ったリーシャは着地と共に拳を構えて次の魔物に備えようとした、その瞬間。
「リーシャァァ!!」
叫ぶような甲高い声が耳をつんざいた。
まさか、と視線を向けた先にはギルドに残してきたはずのイアが今にも泣き出しそうな顔でこちらを見ていた。
なぜ、と疑問に思ったのも束の間。新たな敵、というよりかは獲物を発見した魔物がリーシャからターゲットを変えてイアの方に一目散に駆けて行った。
マズイ。脳裏に次の瞬間訪れるであろう嫌なヴィジョンがよぎる。
考えるよりも先にリーシャの足は地面を蹴り、魔物達よりも先にイアのもとへ駆け寄った。
次に聞こえてきたのは牙が肉に食い込む鈍い音。
グググ、と顎の力で目一杯歯を食い込ませる魔物の牙。
イアを庇うように盾になったリーシャの肩やわき腹に鈍い痛みが走る。
リーシャは痛みで口から出そうになった叫びを噛み殺し、噛み付いた魔物を振りほどこうとしたその時だった。
振り絞るようなイアの悲鳴が周囲に響き渡ったと同時にリーシャの視界が一瞬グラリ、と揺れて意識を失いそうな感覚に襲われた。
瞼を閉じそうになる寸でのところで意識を保つことが出来て倒れそうになる体を起こして噛み付いていた魔物を振り払おうとした。
しかし既に魔物の牙はリーシャの肌を離れていて、それどころか今はリーシャの足もとにだらりと倒れていた。
何が起こったのか訳がわからず、周囲を見回したリーシャの目には他にも先ほどまで戦闘体勢で構えていた魔物達も含め、全ての魔物が地に伏してる光景が広がっていた。
(な、なんだこれは?何が起こったんだ・・・まさか、どこからか救援が?)
リーシャは辺りを改めて見回しても何の気配も感じられず、自分が庇ったイア以外にその場に誰も居ないことが確認できた。
何が何やらわからないままであるが一先ず危機を脱したリーシャは力んでいた全身の筋肉を緩めてイアに向き直った。
「どうして付いて来ちゃったんだ?お姉さんに止められただろ?」
イアはフルフルと首を横に振った。
「お姉さん、テーブルで寝てて・・・わたし、リーシャさんがどこに行ったか街の人に聞いて、ここに・・・そしたら、リーシャさん、怪我を・・・」
イアは今も少し血の流れるリーシャの傷口を押さえながら涙を流しはじめた。
確かにこの傷はイアを守るために出来た傷だが、自分自身もイアが起きてちゃんと伝えてから出掛ければこうはならなかった、と久しくひとり旅をしていて忘れていた事を思い出した。行ってきますの一言を。
それに、イアにとって久しぶりに出来た近しい人が居なくなり不安になってしまったのだろう。まだ5つ程の年相応の女の子なのだから、理性より感情で動いてしまうのも仕方ないことだ。
リーシャはイアの瞳から零れ落ちた涙を拭き取ると彼女の手を握った。
「ごめん。急に一人にさせて。何も言わずに離れて悪かった」
「違いますっ、わたしが」
「良いんだよ、イア。君が気に病むことじゃないんだ。君を一人にしてしまったのは、俺が見落としていたことが原因なんだ」
イアの手を握る手の力を強めた。
「寂しかったんだろ、イア。長く一人で生活してたのもあるし、また一人になるかもって、怖くなっちゃったんだよな?・・・」
一瞬だけ、イアの息を飲む音が聞こえた。
そうか、やっぱり。
「悪かった、勝手に出てって。一緒に行こうって言い出したのは俺の方なのに。
イアを一人になんか、もうしない。どこに行くときも一緒に居よう。俺たち、もう家族みたいなものなんだから」
ニッと笑いかけて安心させようとしたが、イアはかえって顔を真っ赤にして泣きだしてしまった。
リーシャは思いがけない反応に慌ててイアを抱き寄せて背中を優しく叩いて泣き止むまで待つのであった。
しばらく泣いて疲れたイアはいつの間にか眠ってしまい、リーシャはやれやれと思いながらイアを背中に背負って街へと戻って行くのだった。
ただ見落としていることはまだあった。
全ての魔物が倒れたときに感じた周囲の気配。
あのときは気が動転して違和感を感じることがなく、リーシャは気付くことが出来なかった。
他の生命の気配をいっさい感じられないという違和感に。




