味
賑わう街並みを赤く染めた夕日が沈み鐘の音もいつの間にか聞こえなくなっていた。
店先のランプに火が灯され、明りに誘われた羽虫がゆらゆらと吸い寄せられるように人々もまた屋台の香ばしい香りに足を止めそれぞれ店の中へ入っていく。
リーシャもまた隙間風とともに流れ込んでくるにおいで今日がまだ食事をしていないことを思い出した。
ぐうぅ、と腹の虫が鳴る音が響き受付の女性はこちらを見たが、リーシャの腹からではなくとなりでリーシャの服を遠慮がちに掴んでいたイアからだった。彼女は恥ずかしそうに視線を逸らした。
「いい感じの探しとくから、リーシャくんは夕食済ませてきなよ。ね?」
受付嬢の気を利かせた提案にリーシャは頷き、イアの手を引いて夜の街へ出たのだった。
小さな屋台に入り二人分の注文をして出された水をグイっと飲みほした。
思えば水分もろくに取らずに半日歩き続けてカラカラになっていた喉に流し込まれた温い水が潤した。
注文からすぐに皿に盛られた煮魚料理を二人は夢中になって口に運び頬張った。
なにで味付けをして煮込んだのかはよくわからなかったが、イアも美味しそうで満足気だったので悪くない味だったのだろう。両親が居なくなって久しいまともな料理だったせいか、その恍惚の表情に思わずリーシャの頬も緩んだ。
「美味しかったか?イア」
「ああ、ひどく煮詰まった味付けですね。しょっぱすぎて舌が痺れるほどです。これ、昼間捌きそこねた分を出してませんか?同じ値段なら中央通りのお店の方が上等なものでしたよ」
ぎょっとしたが、その声はイアではなく、その反対側に座っていたフードを深くかぶった人物から発せられたものだった。
背格好は自分たちと同じくらいだろうか、その声質から女なのはわかった。
「なんだあ嬢ちゃん。言いがかりをつけて踏み倒そうってのかい?簀巻きにされて捨てられたくなかったらやめとくんだな」
「認められないんですか?料理人が聞いてあきれますね。子供相手だからって手を抜くなんて信じられませんね」
険悪なムードが唐突に漂い始めたのでリーシャは代金をソっと台に置いて店を出るためにイアの手を取った。
「ガキだからって度が過ぎればどうなるか、わかんないわけじゃあねえだろう。本気で痛い目見る前に金置いてとっとと出ていきな!!」
「はぁそうですか!それが大人のやり方なんですねぇ!!でしたらこちらだって考えがありますよ!!」
店を出た背後からバサリ、と布を強引に捲る音が聞こえた。リーシャは人並みの中に入る直前、肩越しに後ろをチラリと見た。
人の壁に視界が遮られる直前、先ほどまでいた店の中にはワンドを片手に構え店主と相対そうとする単発の少女の姿を見た。
そして人並み喧騒の中でも聞こえるほどの澄んだ大きな声が響いた。
『祈れっ!!!』
そのあと少女と店主がどうなったかはリーシャ達の知るところではない。ただ、もうあの店には行かないことに決めてリーシャとイアはギルド支所へ戻るのであった。
腹は満たされた。ただ要らない情報で少し気分が悪くなったが一晩寝て起きたら忘れた。
翌朝。
倉庫の通気口から差し込む光に眩しさを感じてリーシャは目が覚めた。
かかっていた薄い布を捲り起き上がろうとしたとこ重みで引っかかり横に目をやると、リーシャの隣で体を小さく丸めて眠るイアの姿があった。
昨晩、貸してもらった倉庫のすみでお互いに旅の疲れから泥のように深い眠りに落ちた。
二人分のかけ布団を貸してもらったはずだったのだが、どういうことか、イアはリーシャと同じ布団にくるまって眠っていたのだった。
寝ぼけていたのか寝相が悪いのか。リーシャは優しく微笑むとイアに布団を優しくかけ直し倉庫をでた。
今日は一泊のお返しに依頼を受けることになっていて、受付嬢にリーシャが戻るまでの間イアを見てもらうよう頼んで支給の剣を借りたのち、足早に街を出て目的地へと向かう。
そこまで遠くはないのだが、町の近くの渓流に小型の魔物が住み着きはじめていたようで、その討伐を任された。
小型の魔物でDランクの任務なのでそこまで難しくはないものの、確認されている数がなかなかのもので単独で受けようとする冒険者がおらず、また大人数で受けるには他に報酬の美味しい依頼が並んでいたたために放置されてしまっていたらしい。
そうしているうちに魔物は繁殖を繰り返し、当初目撃されていた頭数よりも多くなっていて現在この任務はC寄りのDランクくらいの位置づけになってしまい、討伐任務を受けられるようになったばかりの冒険者にはいささか荷が重いクエストとなってしまった。
ここに立ち寄る旅人や行商のために街から直接号令を出して討伐隊を組めばいいのだが、実害が出ていないこととあまり使われていないルートであることや周囲を通ったキャラバン部隊が襲われなかったと報告をしてたために街の代表も依頼を出すほどではないと判断したようだ。
さて、とリーシャが現地に到着すると確かに野犬のような魔物がそこらかしこを徘徊していた。
やはり思っていた通りではあったが、実際聞いてた情報よりも何倍も多くの魔物が確認できた。
これは骨が折れる仕事だ、とリーシャは誰もが避けていた任務を安請け合いしたことを少し後悔しながら魔物の群れへと斬りかかった。




