夕暮れの音
今にも壊れそうな風車がカタカタと回り、辺り一面を茜色に染めた山間部に築かれた町へと冷たい風が流れてく。
夕暮れ時の町を行き交う人々は足早に帰路に着く者や出店を閉める作業を進める行商や逆にこれから屋台を開こうとする人達で賑わい、大通りは人の流れが激しくその中を歩いていた二つの小さな影はたまらず横道へと逃れた。
はぐれないよう握りしめていた手を一度離し、人並みに揉まれて息苦しさを感じていた胸に新たな空気を送り込んだ。
「何度来てもこの時間は人が多すぎるな。イア、苦しくなかったか?」
「ハァ、ハァ、・・・はい。ちょっと、クラクラします」
リーシャとイア。2人は日が暮れる前にどうにか安全な場所で休めるように、と比較的近い距離にあった交易や旅の中継拠点として栄えている宿場町まで歩き続けて日が傾く頃ようやく辿り着けた。
旅をはじめるにしても初日から野宿をするにはリーシャ自身の装備が心もとなく、ビバーク出来るような道具も村に置いて飛び出して来てしまったせいで今はナイフ一本だけ。剣は柄のみを残して鞘に収まりすらしない有り様。
この装備で夜間に魔物にでも襲われれば自分はどうでもイアを守り抜くのは難しい。だからせめて装備を新調しつつ体を休める場所としてこの町まで足を運んだのだが、既にどの宿も旅の商人らが取っていて空き部屋が見付からず、リーシャはイアの手を引きながら町の中をフラフラとしていた。
本当なら今日くらいはイアにフカフカのベッドで休んで欲しかったと思いつつ現実はどこも満員御礼の宿場町。せめて腰を下ろして落ち着ける場所でも無いかと探し回ってはいるものの、同じような理由で宿を取れずに旅の疲れから座り込んで夜をやり過ごそうと休んでいる人で裏路地も溢れていた。
近くで休んでいた男がチラリとこちらを睨み縄張りを主張してイアは怯えてしまい、ここにも居られないとリーシャは再び彼女の手を握って大通りへ出る。
どこか適当な場所は無いだろうかと思ったところ、一ヶ所だけ思い当たる場所を思い出しそこへ向かうのだった。
ガラン、と重たい扉を開けて中へ入る
「おう、生きてたかリーシャ。そっちのちっこいのはなんだ?まさかお前、人攫いでもしたのか?」
「そんなところかな」
出入口付近に居た粗暴な男への挨拶もそこそこにリーシャは奥へと進んだ。
「あ、おかえりなさいリーシャくん。こんな時間にどうしたのかな?」
「こんばんは。宿を取ろうとしたんだけど、どこも埋まっててさ。ここのロビー使わせてくれない?」
カウンターの向こうに座って案内をしている女性や他の先客達も多くはリーシャの顔馴染みであり、歳の差を気にせずに話し合える者通し。
ここはこの宿場町に設けられたギルドの支所であり、リーシャは路銀稼ぎにたまにここで簡単な依頼を受けて金を手に入れていた。
「大抵は大きな商会に事前に押さえられてるからねー。泊まれた方がラッキーってね。て、女の子連れてるんだ、珍しいね」
「うん、ちょっと、ね」
受付の女性はふーん、と何かを察したのか、自分の後ろを指差した。
「埃っぽいけど、うちの倉庫で休んで行きなよ。その娘、こういうとこ初めてなんでしょ」
「ありがと。お礼に依頼を受けようと思うんだけど、何かない?」
気を遣って倉庫ではあるが個室を提供してもらった見返りに労力を提供することにした。
女性はクエストボードの以来ではなく、既にそこから剥がされた長期的に誰も受けていない依頼表の束を取り出して、どれを頼もうかと探しはじめた。
その時、どこか遠くからかすかに鐘の音が聞こえてきた。
ゴオーン、ゴォーン。と、喧騒の中に居たら気付かなかったであろうほど小さな音。
リーシャとイアが不思議そうに聞いていると入り口に居た男が口を開いた。
「大鐘楼の音か。久しぶりに聞こえたな」
「今日は風向きが良いのかもしれませんね」
「大鐘楼って、ずっと北にある谷の町に生えてるっていう、あの?」
リーシャもその存在だけは聞いたことがあり、勇者の旅の最中にも一度だけ聞いたことがあった。
ここから遥か北にある山間部の深い谷の底からそびえ立つ不思議な建造物。いつの時代に建てられたのか、どこから入れるのか分からない。町の住民でさえそれが何なのか。何者が何の目的で鐘を鳴らしているのかわからない。
しかしその物珍しさから観光を目的で訪れる人も多いと聞く、
「そうさ。この夕暮れ時になるとたまーに聞こえてくるんだ」
そうか、ここでも聞こえるんだな、とリーシャは納得した。
「なんだか、寂しい音・・・」
イアは小さく呟いた。




