黒い粉が降る村
茶葉イタチの村の暗い牢屋の奥でスタンピートは胡坐をかいていた。スマホの灯りに照らされながら……あぁ、そうだったと、時々つぶやいている。
パキラはしばらく静かにその様子を眺めていたが、ふと思い出したように木製の格子を掴んで隣の牢屋にいるカナデに声をかけた。しかし、彼からの返事は聞こえなかった……。
「カナデ、すぐに話かけなくてごめんね……。大丈夫だよね? 」
格子に寄りかかってしゃがんだパキラはしょんぼりとうつむいた。地面に小さな、のという字を描きながら……スタンピートが話し出すのを待っている。
よし、オッケと言うスタンピートの声がパキラの耳に入った。顔を上げると、メモのおさらいが終わった彼がカバンにスマホをしまっている様子がぼんやりと見えた。
「ピート、攻略が分かったの? 」
「パキラ、もう大丈夫。少し説明するね。まず、見つかった場合は、牢屋に戻されるだけだから大丈夫。パーティメンバー全員が見つかればリスタートになる」
「ーー処刑されるとかじゃなくてよかった……。アイテムを確保したら、壁を壊してカナデを助けるんだよね? さっきカナデに声かけたけど、返事が無くて……すごく心配だよ」
「まじか、大丈夫かな……。今度は俺らが頑張って、カナデを助けような」
「うん、具合が悪すぎて返事ができないのかもしれないから、急がないとね」
「あぁ、そうだな、急ごう。ーーパキラ、注意事項なんだけど……スマホは牢屋と、これから向かう滝裏以外では使わないで欲しい。あと、この階段を降りると専用のアイテムが落ちてるはずだから、懐中電灯も出さないでね」
スタンピートは手探りで暗い階段を降りるとすぐに、地面をあちこち見ながら探索スキルを使った。足元で秘密のランタンというアイテム名称ぼんやりと輝いている。それ拾った途端に真っ暗闇に通路の構造が分かる白い線が浮かび上がった。
「パキラ、通路、見えてる? 」
「うん、大丈夫。スクラッチアートみたいだね」
「何それ? 」
「知らないの? 黒い紙を削って描くやつだよ。カラフルな線が出てきてキレイなんだよ」
「へぇ、そうなんだ。ごめん、想像つかない……」
「図書館に行けばどんなものか分かる本があると思うから、今度いっしょに見てみない? 興味あったらだけどね」
「めっちゃ気になるから、行くよ! 」
スタンピートはパキラに誘われたことが嬉しくて素直に即答した。少し火照っている首筋を手で撫でながら、暗闇で見えなくて良かったと安心している。
「あ、えっと、こ、ここの分岐はーー。ずっと左の壁に沿って進んでいくと……滝の裏にでる階段にたどりつく……とメモに書いてあった。まる」
「この通路、入り組んでて分かりにくいよね。ピートのメモが無かったら迷子になってたかも」
「へへへ。レベル20台の頃に、親しくしてたカンストさんがさ、色々教えてくれたんだよね。テストに出るぞって言われて、必ずメモアプリに書き込むようにしてたんだ」
「じゃあ、もしかして、ボーノさん並みにいっぱいあるんだ? 」
「あはは……。それが残念だけど、ここのクエ以外はレベル20台のやつばっかなんだ」
「にゃるほど。あ、ピート待った! 」
通路の奥の方に何かいることに気付いたパキラはピタッと立ち止まると、スタンピートの腕をがっしりと掴んで引き寄せた。
「この通路……モンスターがいるのね。線画状態だけど、ムカデってわかるわ……。ピートはランタン持ったまま下がっててーー」
「分かった。頼んだ、パキラ! 」
パキラは鬱憤をはらすかのように中段の構えからスキル一閃を発動した。首の隙間に日本刀の衝撃が当たったムカデは、瞬く間に頭と胴体から離れた。
3匹同時にキラキラと光りながら消えていった光景を目にしたスタンピートが感嘆の声を漏らしている。
「パキラ、すごいな! 」
「一閃はさ、範囲内にいる敵の弱点部位に、大ダメージを与えることが出来るの。めっちゃ強いんだけどぉ、MPをかなり消費するんだよね。でも、だが、しかし! 虫は……キモイ! って事で、さっさと片づけたいからツカイマシタ」
「うはは……そうだったのか。じゃあ、次出てきたら俺が戦うからさ、ランタン持ってよ」
「ダイジョブ。シュンサツ、デキル。ワカッタカラ、オッケ。サッサト、イク、ヨロシ」
「ちょっ、ぶははっ。パキラはホントに面白い事を言うようになったよな。ゲイルたちとチーム組んでた時とは偉い違いだ」
「あの時は、素が出せなかったんだよねぇ……。あの2人は今頃、どうしてるかな」
「ログアウト表示になってたから、箱庭の今回の騒ぎには巻き込まれてないみたいだよ」
「そっか。いろいろあったけど、それなら良かったよ。ーーあ、またムカデが出てきた」
MP残量を気にしたパキラはムカデの懐に飛び込み、下段の構えから弱点部位目がけて振り上げた。緑色の液体が通路の壁に飛び散ったが、ムカデはなんとかこらえてしまったようだ。獲物に覆いかぶさって潰そうとしている。
パキラはスキル突剣をつかって、奥にあるT字路の壁にぶつかるまでムカデを吹き飛ばした。今更ながら地道にスキルのレベルを上げをして良かったと実感している。
「うん、良いねコレ。もっとレベル上よっと。ってか足がキモイ! 」
鳥肌が立つのを感じながら、パキラは襲い来る白い線画のムカデたちを刀身を滑らせて受け流した。しばらく通常攻撃のみで頑張って戦っていたが、意を決したようにスキルを発動した。
「一閃! 」
スタンピートはムカデパーティがスーッと消えていくのを見届けると、おおお! と言って手を力強く叩いた。白い線で描かれている人型の輪郭を見つめて、感心したように唸っている。
「そのスキル強いな。一瞬で敵が消えるって気持ちいいよね。ーーあ、そうだ、パキラ。MP回復ポーションあげるよ」
「わぁ、ありがとう! カバンに入ってるMP回復ポーションが心もとなかったんだ。滝裏に着いたら、すぐにスマホからカバンに補充するから時間ちょうだいね」
「了解の介! 」
「ぶはっ、ピートったら、そのセリフを気に入ってるの? 」
「へへへ。アイノテさん、面白いから好きなんだ。めっちゃ攻略に詳しいし、勉強になることが多いんだよね」
「ボーノさんも詳しいよ。すっ……ごい優しいしね! 」
「ずいぶん溜めましたな! ミンミンさんもディスティニーさんも、みんな優しいと思うけど? ーーあっ! わかった、シュシュの森でおんぶしてもらったからだな? 」
パキラはバレたかと笑いながら、新たに沸いたムカデパーティたちに向かってスキル一閃を発動した。
何度となく戦闘を切り抜け、続く階段を発見した彼らは3畳ほどしかない苔むした空間にたどり着いた。水のカーテンからザーッと流れる音と、ひんやりとした空気が流れている。スタンピートは滑らないように気を付けながら、恐る恐る……崖の切れ目を覗いた。
「ーーどこかに梯子が……ちょうど真ん中にあった。パキラ、下に降りたら水際の細い縁を歩いて、橋の下に向かうよ」
「うん。わかった、ちょっとポーションをカバンに入れるから待ってね。橋の下からは川を歩いて行くの? 」
「うん、草に隠れながら水辺を移動することになると思う。そんでもって、ため池がある広場近くに着いたら、隠密を使って移動して、積んである荷物と茶畑の隙間に隠れる。そこにある宝箱からアイテムをゲットする。ここまでオッケー? 」
「オッケー。壁を壊すアイテムって、ハンマーなのかな? 」
「メモによると……救助用壁壊しセットってやつらしい」
「あはっ、そのまんまの名称なのね。分かりやすくていいかも」
「それと逃走用の鉤付きロープと煙玉が入ってる宝箱もあるから、よろしくっ」
「ふむふむ……。牢屋に戻ってカナデを救助した後はどうするの? 」
「その後はこの滝裏から違うルートになるから後で説明するよ。さて、ここからは会話すると見つかっちゃうみたいだから、お口チャックでヨロシクっ」
梯子を使って降りた滝壺の縁は、背中を壁につけないとダメなほど狭かった。進む前に落下防止アシスト発動中という小窓が表示されたが、それでもスタンピートは不安だった。下をみないように慎重に進んだ。
さらに川辺に生えているガマの群生に身を隠しながら、中央広場の橋の手前にたどり着くと、スタンピートは手を組んで忍者が術を使うようなジェスチャーをした後に広場を指差した。
ーーここからは、隠密を使って移動するよ。って伝わったかな? 俺がスキルを使えば、パキラならすぐに気付くよね。
パキラは何となく彼が何を言いたいか分かったが、スタンピートの姿がフッと消えたのを見た途端に青ざめた。
ーーしまった……。私ってば、サムライからシーフに切り変えるの忘れてた。ここでスマホを出しちゃ駄目だろうし……どうしよう。
見つからないように移動するタイミングを見計らっていたが、思ったよりも茶葉イタチたちの往来は激しかった。事情を察したスタンピートが、そこで待っててーーというジェスチャーをしている。パキラの親指を立てた了解の合図を見た彼はスキルを使ったのか姿が見えなくなった。
スタンピートを待っている間、パキラは見つからないようにガマの間で身をかがめてじっとしていた。徐々にしみ込んだ服が重たくなっている……気持ち悪いと感じながらも動くに動けない状況でどうしようかと思い悩んでいると、小さな子どもが泣いている声が耳に聞こえてきた。
「うえぇぇん。ケホッ、ケホッ、ととさま、苦しいよう。ケホッ、ケホッ、ケホッ」
「心之介!? 何てことだ……お前まで呪いにやられるなんて! 」
どうやら橋の上で茶葉イタチの子どもが倒れてしまったようだった。小さな体は煤の中で転がったかのように真っ黒になっている。パキラはグランマイヤ遺跡にいた黒いスライムのようだと思いながら空を見上げた。
遺跡上空で見た時よりも多くは無いが、ふわりと手のひらに黒い花粉が落ちた。指でつまんで、すり潰すように擦るとパラパラと水辺に落ちていった。
ーーやっぱり、コレのせいなの? もしかして、私も全身が黒くなっちゃう?
想像して怖くなってきたのか、パキラは傘になりそうな葉っぱを探し始めた。少し頭を上げて、不安そうにキョロキョロと見渡していたが……おおーい! と何度も叫ぶ声と、ドスドスと走る音が近づいていることに気が付き、慌てて身をかがめた。
「おおーい、おーい! みんなぁ、良い物を盗ってきたぞ! 」
「権左、それどころじゃねぇ! 大変だ、心之介が倒れた! 」
「何だって! 朝は元気だったのに……。ちょっとどいてくれ、心之介! 」
「にぃ、ちゃ……ケホッ、ケホッ、ケホッ」
父親に抱かれている小さな茶葉イタチの子どもは咳をしながらぐったりしている。身体全体が真っ黒になってしまった弟に気が動転した権左は頭を抱えながら泣き叫んだ。
「うああああ! 心之介ぇ! 死ぬな、死ぬんじゃない! 心之介ぇえ!」
手に持っていた小袋がポトリと地面に落ちた。はっとして慌てて拾った権左は中から木の実を1つ取り出した。
「ーーそうだ、これだ……これがあった! この木の実を食うんだ、心之介! 」
父親の与一は涙を流しながらも笑みをこぼしている権左に怒りの表情を向けた。
「ふざけんじゃねぇ、権左! お前、弟に何を食わせるつもりだ! 新しいものは毒味した後じゃないと駄目だという決まりがーー」
「父ちゃん! そんなこと言ってる場合じゃねぇよ。もう、文吉と三郎で試し済みだから心配いらねぇ! 心之介、食べやすいように、潰してやるからな」
権左は木の実を鉈の刃を使って潰すと、息も絶え絶えな弟の口に粉薬を飲ませるように水と一緒に少しずつ入れていった。
「……ぐえっ。うげぇっ。にぃちゃ、にがいよぉ。ととさまぁ、ふえええん」
「これはどういうことだ!? 黒かった心之介の身体が……すっかり元に戻ってるじゃねぇか! 」
与一と権左の後ろで見守っていた茶葉イタチたちは瞬く間に心之介の呪いが解けたことに驚愕した。父親の腕の中にいる心之介は息苦しさではなく、口の中の苦味を訴えながら泣いている。
すっかり元気になった弟のおでこに、権左は嬉しそうに頭を摺り寄せた。
「ははは、そうか、そんなに苦かったか。心之介……良かった。助かって、本当に良かった……」
パキラは川辺に群生しているガマの中から彼らの様子をこっそり覗いていた。手ぬぐいをかぶっている権左が弟を抱きしめて喜んでいる姿にジーンとしている。
ーーあの木の実を手に入れれば……カナデは治るかもしれない!
システム:モニターでキャラがでっかい蟲シリーズと戦うのもキショイですが……VRだとさらにマシマシになるでしょうね。そんなのと対峙するなんて想像すると鳥肌が立っちゃいます。パキラ頑張れ!