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神ノ箱庭  作者: SouForest
黒い彼岸花
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システム:仲間を助けて脱出しろ! を受諾しました。

 森の木々が小さく見える上空でスタンピートは首にしがみついてるパキラを落とさないようにしっかりと腕に抱えながら、震えていた。大地が緩やかに近づいているが、高度はまだかなりあった……。


「怖くない、大丈夫だ。怖くない、怖くない……」


 パキラの耳に同じセリフを繰り返し返す言葉が聞こえている。高所が苦手なスタンピートが必死に恐怖心と戦っているようだった。


「ピート、下を見ちゃだめだよ。カナデが頑張ってくれているから、大丈夫。目を閉じて信じて待とう……」


「うん、うん、パキラ、大丈夫。俺はカナデを信じてる」



 カナデは回路がショートしているような感覚を覚えていた。パチパチと火花が飛び散るだけでエンジンがかからないバイクのようにテレポートスキルが発動しない。身体は重く……今にも意識が飛びそうだった。


 ーーだめだ……今、考えることを止めたら落下する。この粉のせいでスキルのほとんどがロックされて使えなくなってるんだ。どこか安全な処は……。


 一瞬だけフッっとカナデの視界が真っ暗になった……。スタンピートの叫び声で我に返ると、樹木がない灰色の岩だらけの山が迫っていた。あともう少し気が付くの遅かったら激突していたかもしれない。冷たい汗が背中だけではなく全身から吹き出した。


 ーー森で降りればよかった。


 いつの間にか……安全に降りるには難しそうな、険しい絶壁に囲まれた峡谷に入り込んでいた。どうやら黒い花粉の影響で方向感覚を失っていたらしい。流れが早そうな川が足元に見えているが、徐々に降下しているカナデに山を越える力はもう残っていない。


 ーーこのままだと川に……。駄目だ……浮上できない!


 川に捕らわれたカナデの足は抗うことができず水に流されている。あまりの速さに、パキラとスタンピートはジェットコースターに乗っている時のような叫び声をあげた。


 冷たさで頭がはっきりしてきたカナデの瞳にーー川の切れ目が写った。


「滝!? 」


 カナデは渾身の力を振り絞り、落ちる瞬間に水から飛びだした。スタンピートの背中にほほを押し付けて眼下を確認するとーー畑のような敷地の真ん中に整備わたされた1本道が見えた。


 ーー何とかしてあそこに……


 飛行機の不時着をイメージしながら、カナデは必死に落下速度を落とそうとしている。


 ーー不思議だ、こういう時って何にもかもがスローモーションに見えるんだな。浮遊スキルが発動しないなら、風魔法で……。


 あの手この手を試しているが、次々に赤いエラー表示がされ……ビープ音が鳴り響いた。もがき続けるカナデの打つ手はことごとく封じられているーー。


 とうとう……どうにも出来ないと悟ったカナデは横向きで落ちていた自分の身体を捻って、背中を下に向けた。


 ーースタンピートやパキラにダメージが入りませんように……。


 バキバキと枝が折れる音を聞いたカナデは……ふぅと息を吐きだしーー暗闇から伸びた手に意識を委ねた。



 落下する瞬間、スタンピートとパキラは大きな悲鳴を上げていた。ゾワっとする感覚に、彼らはもう駄目だと覚悟を決めたが、低樹木とカナデがクッションになったおかげで傷ひとつ負わなかった。


 パキラは横に転がってぺたんと土の上に座った。ドキドキと早鐘を打つ心臓付近を掴んでいる手が震えている。


「ピ、ピート、カナデ、大丈夫? 」

「ちょっと背中が痛いけど、なんとか……。あ! カナデ、ごめん」


 大事な友人を下敷きにしていると気付いたスタンピートは急いで降りると、ぐったりとしているカナデを抱き起こした。カナデの身体はグランマイヤ遺跡にいたモンスターたちのように、身体のあちこちが黒く変色していた。目を閉じて……ぜぇぜぇと苦しそうに息をしている。


「この黒ずみは何なんだ? パキラは苦しいとか、体調に異常はない? 」

「私はまったく大丈夫だよ。それよりも……ピート、私たち囲まれてる」


 鍬や鎌をもった動物型モンスターたちが、怒りの目を向けながら唸り声を上げている。


「てめぇら……畑を荒らしやがって、許さねぇ! ぶっ殺してやるっ」


「待て、吉次郎。村での殺生はご法度だという掟を忘れたのか? まずは長老様にお伺いを立てるのが先だ」


「太郎丸、そんな事いってもよ。こいつら村で1番良い茶木を潰しやがったんだぞ! 」


「お前はプレイヤーの血をかぶった茶を飲みたいのか? 」


「……分かったよ、太郎丸。掟に従って、見回り衆のあんたに任せる。ーーチッ……運の良い奴らだ」


 吉次郎が軽蔑したような視線をパキラたちに向けながら後ろに下がると、入れ替わるように見回り衆の若者たちが縄を持って前に出た。腰につけている鎌を見せびらかすように前にずらしてニヤニヤしている。


 頭の号令を待っている彼らの前で、太郎丸は手に持っている十手を振り下ろした。


「野郎ども、こいつらを縛り上げろ! 牢にぶち込むぞ! 」


 抵抗する間もなく息巻いた見回り衆に、パキラはぐるぐると縄で身動きできないように縛られてしまった。スタンピートは腕に縄が食い込むのを感じながら、NPCである彼らに向かってーー待ってくれと叫んだ。


「畑を壊してしまったのは謝ります。友達の具合が悪いんです。俺が縛られたら彼はーー」


「はっはっは! 自分よりも仲間の心配をするとはな。呪い持ちは、丁重にアレで運んでやるよ」


 頭の太郎丸が親指で差した先には大八車があった。ぐったりとしているカナデは荷物のように乱暴に放り投げられた……。スタンピートは吉佐に早く歩けと言われながらふくらはぎを何度も蹴られている。


 カナデの扱いが酷いと抗議したパキラは、右頬に傷がある藤吉に棒であちこちを叩かれた。見かねたスタンピートが庇ったことで、さらにエスカレートした暴力は太郎丸が止めるまで続いた。


 ーーシーフスキルを使えばこいつらを倒せるけど……ここが俺の思った通りの場所なら、大人しくした方がいいかもしれない。


 スタンピートは沈黙を保ちながらモンスターたちの様子をちらちらと横目で観察した。


 絶壁を掘って作った牢屋にたどり着くとーースタンピートとパキラは5つあるうちの1番奥に放り込まれた。太郎丸は彼らに冷たい視線を向けながら、言葉を吐き捨てるように怒鳴り声を上げた。


「畑荒らしども、ここで大人しくしてろ! 」

「あ、あのカナデはーー」


「おい、吉佐、藤吉。こいつ黙らせろ」


「あいよ、お頭っ」

「あいあいのさ~っ、へっへっへ」


 笑顔で答えた2人は囚人の膝裏を力を込めて棒で殴って大笑いをしている。ひとしきり愉快そうにお喋りをしていたが、牢屋の扉を力強く締めて去っていった。


 体勢を崩して硬い岩の床に肩を思いっきりぶつけたスタンピートの上に同じことをされたパキラが重なるように倒れ込んでいる。パキラは辺りが静かになったことを分かると小声でスタンピートに話しかけた。


「ピート、ごめん! 大丈夫? 」

「そこそこ痛いけど、なんとかーー。パキラこそ大丈夫? 」


「うん、平気。カナデは隣に入れられたみたい。ねぇ、ここってもしかしたら……茶葉イタチの村なのかな。ヨハンさんが隠しクエがあるって言った場所かなって思ったんだけどーー」


「そうだと思う。頭から葉っぱを生やしているイタチは盗人の森にしかいないはずだからね。俺らが落ちた場所が茶畑だったから、あんなに怒ってたんじゃないかな」


「そっか、お茶は村の特産だもんね。ーーそれとさ、ピート。カナデのこと呪い持ちって言ってたね。なんでだろ? 」


「分かんないけど、もしかしたらクエストが発生するフラグだったのかもしれない……」


「えっ、クエスト!? 」

「パキラ、そこに……わざとらしく錆びたナイフが落ちてる」


「ホントだ! ーー小窓が出たよ。『仲間を助けて脱出しろ! 』って書いてある。茶葉イタチに見つからず、かつ倒すことなく遂行しろって、ーー私達にできるかな? 」


「ずいぶん前に、仲良かったカンストさんから聞いた方法によると……」


「うんうん? 」


 錆びたナイフで縄を切ったパキラはどんな方法だろうと考えながら、スタンピートの縄を解いた。だが彼は目線を上に向けて、口をぽっかり開けた状態で止まっている。やっと動き出したと思ったら、目を閉じて唸り始めた。


「うう~ん……。ごめん。昔すぎて……どうするんだったかなーー。あ、パキラ、縄切ってくれてありがと」


「攻略に詳しいボーノさんか、アイノテさんにスマホで教えてもらうのはどう? 」


「良いアイデアだけど……確か、盗人の森ってスマホのメッセージが使えなくなるはず。ーーまじか! って思ったことあるから、それだけは覚えてる」


「うっそ~ん。あぁ、アプリがぁ、起動しないぃ。マップアプリは大丈夫だけど、この辺りのQRコードをゲットしてないから、意味なかった……」


「この村のどこかにありそうだけど、探してる余裕はないかもな。むむむ! 思い出したーー隣にいるプレイヤーの救出は……壁にバツ印があるところを、専用アイテムを使えばいいんだった」


「専用アイテムってどこにあるの? 」


「ーー村の中央にある宝箱だったような……。それで牢屋の奥にーー」


 スタンピートは光が届かない壁際の床を見つめて、探索スキルを使った。ぼんやりと淡く光る部分を、ノックするように軽く叩いている。


「開錠スキルを使わないとダメみたいだな。どれどれ……。お、床下の階段を発見」


「……このクエって、シーフ職がいないとダメなやつだね。ピート、2人とも牢屋からいなくなったら騒ぎにならない? 見つかったらどうなるの? 」


「あぁ、ごめん、ちゃんと思い出すから、ちょいとお待ち下され」


 ーーええっと、コトトギさんはあの時なんて言ってたっけ……。スタンピートは記憶の引き出しを片っ端から開けて、冒険者ギルドで知り合ったレベル50のシーフの思い出を探した。



 シーフ職の先輩であるコトトギは工房塔の決まった時間にカフェスペースでのんびりしていることが多かった。なぜ市場ではなくここにいるのかと聞くと、ここならどの街にいてと会えるじゃないかと言って笑っていた。


 一緒に狩りに行くことはなかったが、スタンピートはニコニコと楽しそうに喋る、明るくて面白い彼と話をするのが好きだった。


 今日もいつもの時間に、いつもの丸テーブルでコトトギは窓の外を眺めていた。スタンピートはそそくさとアイスコーヒーを買いに行き、急いで彼の元へ向かった。


「コトトギさん、こんにちは! 最近、冒険者ギルドで盗人の森の話題が多いんですけど、どんなところか知ってます? 」


「やぁ、ピート。もちろん知ってるよ。あそこには面白いフィールドボスや隠しダンボスがいるから人気があるのかもな。確か……探索推奨レベルは40だったかな」


「うぐっ、レベル高っ……。脱出クエストがお得だって聞いたから行ってみたかったのにーー」 


「はははっ。じゃあ、可愛い後輩のピートに、そのクエの攻略を特別に教えてやるよ。これは覚えて置いて損はないぞ」


「うわぁ! コトトギさんありがとうございますっ」


「ちゃんと、メモっとけよ? テストにでるからな。はははっ」

  

「もちろんです! メモアプリを起動っとーー」


「ーーそうだな、まず……盗人の森には茶葉イタチ強盗団がいるから、アイテム類は必ずスマホのインベントリに入れること」


「スマホは、盗まれたりしません? 」


「あぁ、大丈夫だ。それでだな、脱出クエは捕まってる奴を村の外から助けにいくよりも、わざとパーティ全員で捕まってーー村の牢屋からスタートした方が楽なんだよ」


「牢屋にいてもクエが発生するんですか? 」


「放り込まれた牢屋の床に錆びたナイフが落ちてるはずだから、大丈夫だ。そこからクエを受けられる。それでだな、誰も見つからずに脱出できれば……経験値200%増加アイテムが6こ貰える! めっちゃ美味しいだろ? 」


「経験値増加が貰えるって聞いてたけど、6個もだなんて!? コトトギさん、それ欲しいです! 」


「無課金でゲットできるアイテムの中ではかなり良いものだよな。ーーで、……スマホ使用は牢屋と滝裏のみにすること。それ以外で使うとイタチっこらに見つかるんだよ。どうしてなのかは、わからん。ちなみにメッセアプリは盗人の森では使えなくなるから注意な」


「まじですか!? いざというときにコトトギさんに聞けないんですね……。ぐぬぬ」


「ぶはっ、ちゃんと覚えていけば問題ないさ。もしもパーティメンバーの誰か1人見つかった場合は……クリア報酬が半分になるから、全員が自首して牢屋からリスタートするのがオススメだね」


「失敗してもやり直しができるんですね。俺にできるかな」


「あはは、このクエはシーフだと攻略しやすいから、ピートなら大丈夫だよ。役割はランダムで振り分けられるんだけどさ。何故か、シーフ職は救出する側になるんだよね。細かい手順を言うとーー」



 暗い牢屋の片隅で腕組をしながら考え込んでいたスタンピートはスマホのメモアプリを立ち上げた。確か消してなかったはずだと、忙しく画面を撫でている。


 仲良くしてくれたコトトギはずいぶん前に消耗品アイテムをあちこちに配って引退していた。あの時はとても悲しくて落ち込んでいたが……いまは神の箱庭のログアウト出来ない不具合に巻き込まれなくて良かったと、ホッとしている。


 スマホを触っていたスタンピートの手がピタリと止まった。


「あった、これだ! コトトギさん、本当に……ありがとうございます」

システム:もう少し物語が進んだら、周辺マップを後日活動報告に載せたいと思っています。

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