黒い彼岸花
ボスミイラが消滅すると同時に、手をぐにゃぐにゃ動かしていた幽霊ミイラと犬型ミイラも消え去った。くすぐりから解放されたスタピートとパキラは、ぐったりとしたまま座り込んでいる。
「あのちっさいミイラが、去り際に笑いを楽しめって言ってたからさ。もしかしたら、何かあるのかもって思ってたけど……無理やり笑わせるのはないわ! 」
「うんうん。ピートが言う通りだよ! 笑わせるなら、己の芸で笑わせるろって~のっ! 」
ぶーぶーと文句を言っている2人にカナデは苦笑した。
「えっと……、一応、あれはボスの魔法だからね? 」
「カナデは知ってたの? 」
「うん、イリーナさんがこっそり教えてくれたからーー」
「ずる~い! 私たちにも教えてくれても良かったのにぃ」
「ごめん、パキラ。初見は知らない方がおもしろいから、2人には内緒って言われてたんだよ」
「えー? カナデはいいの? 」
「僕が知らないでやってたら、ずっと笑いっぱなしで全滅したかも? 」
「あっ……そっか、そうだよね。カナデごめん、ありがとう! 」
スクっと立ち上がったパキラは良い体験だったと言ってへへへと笑った。スタンピートは座ったまま、立膝に頬杖をついてカナデのメディーサの魔盾を眺めている。
「カナデ、その魔盾の威力って凄いんだな。どのくらいで買えるのかなって、商店で探してみたけど売ってなかったよ」
「メディーサの魔盾は素材が特殊な上に、製作が難しくて大変らしいんだ。銀獅子でこれを納品してた人たちは、もう誰もログインしていないって、マーフさんが言ってたよ。」
「そうだったのか。じゃあ、もう手に入らないんだな……。カナデが羨ますぃぃ! 」
スタンピートは深いため息を吐いた後に、さっきから気になっていたことを言葉に出した。
「なぁ、カナデ。笑いながら逃げてる時に気付いたんだけどさ。あれなんだろう? なんか禍々しい感じがするんだけど」
壁際にそびえ立つ大きな猫型の石像を黒いツタが突き破り、紫色のオーラを吹き出していた。3人は四方の壁を注意深く確認したが、黒いツタがあるのはそこだけだった。
カナデはインスタントカメラのファインダーを覗きながら、黒いツタをズームアップした。
「ダンジョンの造形物っぽくないね。なんだろう……。写真を撮ったら、ドローンを近づけてみようかな」
シャッター音が響いた後に、ゆっくりとドローンが近づいて行った。しばらく見守っていると、紫のオーラに触れた途端にーーパキンと音を立てて落下してしまった。
ドローンが壊れるほどのダメージを受けたことに驚いたカナデは眉間にしわを寄せた。壊れてしまった機体を拾って、小さなブラックボックスを取り出している。
「これが壊れなくてよかった。この紫のモヤモヤ……危険だなーー。ピート、引き返した方がいいかもしれない」
1つ目のエリアで引き返すことにスタンピートは難色を示した。どうしてもスキルクエストの隠し部屋を見つけたいという気持ちから離れられない。
「うーん、でもさ、近づかなければ大丈夫そうじゃないか? あのツタはかなり高い位置にあるし、もう少し行ってみようよ。裁縫ネズミの部屋もこのエリアにないみたいだから、もうちょっとだけーーお願いっ」
スタンピートの提案にカナデはかなり渋い顔をしている。もう少し3人で昔のように探索したいと思っていたパキラは土だらけの通路を覗き込んだ。黒いツタが見えないことを確認すると、さりげなくカナデの腕に手を回した。
「カナデ、大丈夫そうだよ? 次に黒いツタを発見したら戻るってどうかな? 」
「うーん……」
「じゃあ、次のエリアをちょっとだけ覗いて帰る! どう? もうちょっとだけ探索してみようよ」
「カナデ、パキラの言う通り、次のエリアで諦めるから。この通り! 」
「手を合わせたピートの頼みを聞いてあげようよ。ね? カナデ、私からも、お願いっ」
「……わかった。次のエリアを入口から見たら帰ろう」
パキラに腕を引かれ、スタンピートに背中を押さたカナデは……気乗りしない表情のまま、しぶしぶ足を進めた。
モンスターがすぐに出現するはずだと思われた通路は穏やかだった。石壁は木の根に覆われ、天井は背の高い樹木に覆われていた。枝葉の隙間から光が差し込み、鳥の声がさえずりが聞こえる。3人は通路に倒れている石柱や壁の欠片をまたぎながら慎重に進んだ。
ずっとカナデと腕を組んでいたパキラはにこやかだったが、カナデは険しい表情のまま、エリア入口手前で立ち止まった。イリーナから聞いた通常のダンジョンの様子と今回の調査内容をカナデは思い出している。
「ダンジョンが壊れているせいなのかな。通路にモンスターがいないなんて……」
「モンスターが出没しないタイプの通路だったんじゃない? たまにあるよね。ーーカナデって、私よりも慎重派で、びっくりだよ。石橋を思いっきり叩いて渡るタイプでしょ? ふふふ」
「パキラとスタンピートは雰囲気がおかしいって感じない? 」
「うーん、俺は経験値が稼げなかったのは残念だったなぁ……ってぐらいかな。この通路にも隠し部屋はないみたいだしーー」
スキルクエストをクリアしたいスタンピートは探索スキルを何度も使いながら歩いていた。キョロキョロと周囲を見渡してる。
「このエリアに隠し部屋があるといいな。ーーあれ? 真ん中にでっかい穴が開いてるじゃん。イリーナさんが言ってた異変ってコレなんじゃないか? 」
「こんなに広いエリアの真ん中に大穴があるなんて……。ピート、近寄るのは止めーー」
躊躇しているカナデをよそに、スタンピートはスタスタと近寄って、大穴ぎりぎりに立っている大柱を指差した。
「カナデ、穴から出てる蛇が柱を咥えてるけど、あれモンスターだよな? コカトリスって名称が見えるんだけどーー」
いつの間にかパキラもスタンピートの隣で大穴を覗き込んでいる。物怖じしない2人とは裏腹にカナデは周囲を警戒しながら、新しいドローンを飛ばした。ーー視界に表示された映像モニターにコカトリスが穴の中で鶏の羽をばたつかせている様子が映った。
コカトリスの白い羽は所々が黒ずみボロボロになっていた。必死に藻掻いているが飛べず、奥底の渦に足を取られている。その部分をズームアップしたカナデはゾッとして青ざめた。
渦巻いた1と0の数字が生き物のように蠢き、コカトリスの身体を足から少しずつ侵略している。
カナデは唖然としながら立っているスタンピートとパキラの腕を慌てたように取った。大穴から引き離されたスタンピートは混乱しているのか、早口で状況を語っている。
「なんだあれ? ぐるぐる渦巻いて、アリジゴクなん? この穴はヤバい、ヤバすぎる! あのコカトリスは飲み込まれたらどうなるんだ? あと、さっきからガキンガキンって音が響いてるんだけど、ナンなんっ!? 」
「ピート、落ちついて。音は確かに気になるけど、街に戻ろう」
「ねぇ、カナデ、ピート、あそこ見て! モンスターが黒いツタを攻撃してるよ」
頭上に、くちなわ女という名称があるモンスターたちが手に持っている薙刀で、壁を食い破っている黒いツタを斬りつけていた。人の頭をもった彼女たちは美しい顔を怒りで歪ませている。
真っ黒になった蛇の身体では力が出ないのか、時折……咳をしながらぐったりとしていた。背中にある蝙蝠羽はボロボロに朽ちている……。
カナデはプレイヤーに見向きもせず、黒いツタを攻撃しているモンスターに異様さを感じた。ぼうっと見ているパキラと写真を撮っているスタンピートの腕を力強くグイっと引っ張った。
「ここからすぐ離れーー」
ゴゴゴゴゴゴという地響きが轟き、足元が大きく揺れた。カナデは立っていられないほどの揺れを感じて、思わず膝をついた。
しばらく耐えていると、大穴から巨大な黒い手のような何かが飛びだすのが見えた。それは石で出来た天井をドーンという大きな音をさせながら突き破りさらに上昇している。ーーエリアに大小さまざまな石が降り注ぎ始めた。
カナデは撤退だと叫び、パキラとスタンピートはカバンから急いで移動石を取り出した。すぐに石を握りしめた2人の眼前に、戦闘中のため不可というエラーメッセージが表示された。何度試してもビープ音と赤い文字しか出ない。
「だめだ、移動石が使えない! 」
「私も発動しない! 」
「ピート、パキラを抱えて! 」
スタンピートは石床に片膝を突いて揺れに耐えているパキラを急いで腕に抱えた。それを確認したカナデはスタンピートの背後から彼の腰に両腕を回して、街へ移動するためにすぐにテレポートスキルを使った。
ーーだが……黒い壁に弾き飛ばされてしまった。
「なんだこの壁!? 飛べる場所はーー」
テレポートできるところを検索すると遺跡周辺にしか行けないことが分かった。止む無くダンジョンの上空に避難すると、黒い渦巻に遺跡が飲み込まれていく光景がカナデたちの目に映った。
天井を突き破った手のようなものは、よく見ると花の蕾のようだった……。すべてを飲み込んだ大穴から、さらに同じような物が弾丸の如く突き出している。辺り一面に花茎の林が立ち並んだ。
グランマイヤ遺跡はあっという間に、黒い蕾に埋め尽くされーーそして、それは……一斉に花開いた。
「黒い……彼岸花? 」
怪しげな紫のオーラを漂わせて美しく咲き誇る、黒い彼岸花に……3人は魅入られた。
しばらくすると、黒い彼岸花は黒い粉を空中にばらまき始めた。……それは、ふわふわと空中を飛び交い、カナデの身体にまとわりついた。
危険を感じたカナデは再度テレポートをしようとしたがスキルが発動しなかった。口や鼻から入った粉で息苦しくなり、ゾワッとするような寒気が全身に走った。
ーー風邪をひいた時みたいな感じがする。ゲームの世界で体調がおかしくなるってことは……彼岸花はコンピューターウィルスなのか? カナデはこの疑問をビビにぶつけようと思ったがうまくしゃべることができない。
「ーービビ、ゲホゲホッ、この粉、ゲホッ、ゲホッゲホ……」
ポケットの中にいるビビは何も応えず沈黙を保ったままだった。気がかりだったが、そんな余裕すら持てないぐらい身体中の関節がぎしぎしと痛み始めていた。咳き込むカナデをスタンピートが心配している。
「カナデ、大丈夫か? 」
「ゲホッ、ゲホッゲホ……ごめんーーゲホッ。良く、ない、ゲホゲホッ……」
カナデは視界がぼやけてくるのを感じながら、スタンピートの身体を支える腕に力を込めた。なんとか意識を保ち、少しでも遠くに離れようとしている。
スタンピートに姫抱っこされているパキラは咳き込んでいるカナデの声を聞きながら、どうすることもできない自分に歯がゆさを感じていた。後悔先に立たずと思いながらも、ダンジョンでの自分の行動を悔やんでいる。
ーーもう少しダンジョン探索しようだなんて、言わなきゃよかった。私はカナデの役に立ちたいのに、いつも足を引っ張ってばかりだ……。
3人は桟橋があった幅の広い川を越えたマイヤ密林地帯の上空に移動している。カナデは森を抜けた先に見える大橋付近で降りようと考えていた。しかし……かなり手前でゆっくりと下降していった。
システム:。ヒマワリどーん! 胡蝶蘭どーん! ラフレシアどーん! てな感じで、いろんな花で飛び出すイメージを思い浮かべた結果、彼岸花になりました。 ラフレシアにしていたら……今頃、カナデはちょっぱやで地面に落ちちゃっていたかもしれません。危ない危ない……。