チームサビネコWITHイリーナ
トゥルンバ湖での釣りの時間が終わってしまったカナデたちは、後ろ髪を引かれる思いで暴走雪族と別れた。キャンプ場内は現実時間と同じに設定されているようで、すっかり日が暮れていた。
中央にあるキャンプファイヤーに火が灯されている。枝に刺さったマシュマロをサービスで貰えると聞きつけたプレイヤーたちが集まっていた。大きな炎でマシュマロを焼いているイリーナとパキラは嬉しそうだ。
カナデはすぐ近くにあるテーブル席でサクランボの甘酸っぱいビールを飲んでいた。向かいに座っているスタンピートはアルコールを飲むカナデをしげしげと見つめている。
「カナデがビールを飲んでいるなんて、意外だ! 写真に撮っておこう。ーーパシャリっと頂きましたっ」
「ピートも飲めばいいじゃないか。これ、美味しいよ? 」
「あ、うーん。リアルの俺は下戸なんです……」
「ここなら大丈夫じゃないかな」
「え~……。いや、俺は永遠の18歳なので、アイスコーヒーでオッケー! 」
「永遠の18歳だなんて……ピートったら。ってホントはいくつなの? 」
マシュマロを食べ終わったパキラが笑いながらカナデの隣に座った。
「パキラ、ゲームの世界でリアル個人情報を聞くのはーードウデショウカ」
「仲良し同士でも聞くのはだめなのかなぁ。ピート、ちなみに私は25歳ですっ」
「ぐはっ……、俺より年下だったのか」
「ほうほう、2万取り戻したピートお兄さんは、キツネちゃんたちに別料金メニューを貢いでいたようですが! 大丈夫だった? 」
「あ、うん……。幸せのために使ったからオッケー! 俺よりも、イリーナさんの方が凄かったと思うよ」
イリーナはギクリとしたように隣にいるスタンピートから目線をそらした。
「フ、フフフ……。50万なんて、どうってことないやい! もふもふ天国万歳っ」
ほろ酔いだったカナデは一気に目が覚めた。船内に転がっていた瓶の数を思い出している。
「ーーそういえば1本42000円ゴールドの瓶がごろごろ転がってましたね……」
「シャンパンタワーを作ったと思えばいいのよっ。いや、ほんとに作ったらもっと高いかしら……」
話題を変えたいイリーナは、見せたいものがあると言ってウエストバッグに手を入れた。ゴソゴソとアイテムを探している。
「あのね、子ギツネちゃんたちが帰り際に、こんなのをくれたの」
イリーナは木目が美しいテーブルに赤いお守りを置いた。アイテム名称を見ると子ギツネの金運と書かれていた。
「鞄にいれておくとちょこっと安く買い物できるみたい。あと、討伐や店売りしたときに得られるゴールドが30パーセント増加! こんなアイテム初めて見たよっ。人魚のウロコと同様、譲渡できないけど、この情報は売れそうだよね、フフフ……」
「イリーナさんの商売人魂のスイッチが入っちゃたね」
「お金はいくらあっても困らないからね! 稼げるうちに稼ぐのよっ」
「俺、同じセリフをマーフさんから聞いた気がする……」
「マーフさんは商人の鏡だからね! 私は結構、尊敬してるんだよっ」
カナデは悲壮のエアリアルからもらったお守りを、斜めがけボディバックから出そうとしていたが……手を止めた。
ーー1番最初にマーフさんに見せたいな。カナデは興味津々に話を聞きたがるマーフを思い浮かべて笑顔になった。すぐにそんな事を思った自分に驚き、ビールを飲みながら考え込んでいる。
パキラは会話に参加していないのに、百面相しているカナデを不思議そうに見ていた。話しかけようとしたが、何故か緊張して声が出なかった。
夜が更けてきた頃、キャンプファイヤーはオーナメントとイルミネーションで彩られたクリスマスツリーに変貌した。わぁというプレイヤーたちの歓声が聞こえる。
「うわぁ、すっごいキレイ! まさかツリーになるなんて思わなかったっ」
思わずパキラはカナデの腕をグイグイ引っ張った。へぇとしか言わないカナデの代わりにイリーナが楽しそうな声を出した。
「パキラちゃん、私も感動してるっ。リアルじゃ絶対にありえないよね。ゲームの世界の醍醐味ってやつだ」
「雰囲気が抜群ですよね。近くまで行ってみたいなぁ……。ねぇ、カナデーー」
「さて宴もたけなわですが、そろそろ寝ますね」
「えええ!? カナデ、早くない? まだ22時だよ? 」
パキラはイルミネーションをカナデとふたりきりで見たいという願望を早々に絶たれ、少なからずとショックを受けている。そんなことに気付くことなく、カナデは立ち上がった。
「明日、早起きしてハイキングコースを歩いてみたいんだよ。モンスターが出るみたいだけどね。ということで、僕はお先にーーお休みです」
「お、俺も寝るよっ。じゃあ、パキラ、イリーナさんぐっなぁい! 」
しょんぼりしているパキラにパジャマパーティしよう! とイリーナが言っている頃、カナデはテントの中でレンタルシュラフに潜り込んでいた。枕元に置いた電気ランタンの灯りを小さくしていると、スタンピートがしんみりとした口調でぼそぼそと喋り始めた。
「カナデ、デルフィさんが剣王ブランになったって本当なのか? 」
「……うん」
「俺さ、ヨハンさんから見た目がウサギだったって聞いて、キャンボスだからきっと……リディさんみたいに追いかけられてるんじゃないかと思ってさ。それで、すごく悲しくなっちゃってーー」
「最近、プレイヤーがウサギを討伐してる夢をよく見るんだ。必死に助けようとしても、目の前で報酬アイテムになっちゃうんだよ。だから、眠るのが怖くて……」
「ピート……。その、もしかして、写真を見てない? 有名な童話に出てくる懐中時計をもったウサギみたいな感じを想像している? 」
「そう言えば写真は見てないや。シルクハットをかぶったウサギって聞いたから、もふふわな感じをイメージしてたけどーー」
「うーん、ちょっと待ってね」
カナデはスマホからインスタントカメラの写真を取り出してスタンピートに見せた。
「これ、マーフさんが撮影したブランとオーディンの人形の2ショットなんだけどーー」
「ほわっつ! まじでこれがブラン? でっかい……めっちゃでかい! ウサギじゃないよっ」
「頭がウサギな亜人系? 身長はマーフさんよりも大きかったから……190ぐらいありそう。で、こっちはガンドルが入った3人の写真」
「ガンドルってブランよりもでかいのか……。ーーうああああ! 俺が今まで考えてたブランの姿は単なる妄想だったのかぁあ! 小さなウサギを想像してたよ。でも、プレイヤーに追いかけられているなら何とかしたいな」
「それだけど……、ブランは剣王の名に相応しく、ヴィータの次に強いってビビが言ってた。未だに、ルルリカと同じで、1度も討伐されてないんだ」
「わぁ……。俺の取り越し苦労だったのか~。そっか、そうか! 良かった、ホントに良かった。カナデ、これで安心して眠れる。ありがとう……」
スタンピートの目に嬉し涙がにじみ出た。写真を見ながら袖で顔を拭いている。バッハベリア城のことを思い出すと胸を掴まれたような感覚を覚えたが、討伐されていないと聞いてその痛みが軽くなった。
「俺のこと覚えてるかな……。会いにいったら戦闘になっちゃう? 」
「マーフさんと和やかに話をしていたから、大丈夫な気がするけど……」
「じゃあ、マーフさんにお願いして一緒に行ってもらおうかな」
「あっ、そうだ。ピート、手土産は絶対に忘れないようにした方がいいよ……」
カナデはガンドルにちくちく叱られたことを思い出していた。あの後から情報ギルドの会議室にはマーフが書いたーー手土産必須条例発令! という紙が貼られている。
「じゃあ、管理棟のお土産コーナーで売っていたモンブランかスイートポテトを買っていこうかな」
シュラフに潜ったスタンピートは安心したように笑みを浮かべながら目を閉じた。カナデはそんな彼の様子に安堵を覚えつつ、ランタンの灯りを消した。
「カナデさん、おっはよ~! ハイキングおもしろかった? ーー帰りはさ、ちょっと遠回りしてもいいかな? さっき、管理人さんから聞いたんだけど、川を下った先にね……隠し釣り場があるらしいの! 」
「か、隠し釣り場ですか!? 興味をそそりますね……。イリーナさん、そこは何が釣れるんです? 」
「サケが釣れるんだって! しかもね、釣り場にいるNPCのシャッキーさんに渡すとイクラが手に入るらしいよ。ねぇねぇ、お昼にイクラ丼食べたいって思わない? うふふふ」
イクラ丼という単語を聞きつけたスタンピートとパキラが子犬のように目を輝かせた。よだれが垂れていないかを気にして口元を拭いている。
「隠し釣り場っていうからには、見つけるのが大変そうですね」
「じつは、私イリーナが管理棟で隠しクエを発見してしまいましたぁ! これのおかげで教えてもらえたんだけどね。『シャッキーの秘密の釣り場』っていうやつだから、みんなも受けてから、いこ! 」
クエストは管理棟の観光コーナーに飾られている氷砕船の模型にあった。船底にある魚マークに触れると小窓が表示される仕組みらしい。スタンピートとパキラはさすがイリーナさんと言って、嬉しそうにクエストを受けている。
隠し要素が存在することを知らなかったカナデは模型の底を好奇心に満ちた目で覗き込んだ。
「イリーナさん、よく分かりましたね。探せば他にもあるんでしょうか」
「うーん。開発してる人の癖なのか、ルールなのか分かんないけど、こういう模型とか彫像に隠されていることが多いのよ。目を皿のようにして探せば、まだ何かあるかもね! 」
「なるほど……、これからはもっと気にするようにしてみます。自分で見つけたら喜びはひとしおですしね」
「うんうん、宝探しみたいで面白いよ! ぜひやってみてね」
それからしばらくして、シャッキーの釣り場を見つけたカナデたちは釣りを存分に楽しみ、イクラ丼を堪能した。スタンピートはお土産用と言って、釣った鮭を醤油のイクラ漬けに交換していた。ブラン会いに行くのを楽しみにしているようだ。
釣りといくら丼の興奮が冷めやらぬスタンピートとイリーナは帰路に着くクルマの中でも楽しそうに談笑している。パキラはふいに、しんみりとした気持ちになった。
「楽しい時間ってあっという間だね。久しぶりにワイワイできて嬉しかったな」
「パキラ、俺もそう思ってた。すごく楽しかった……。チームサビネコWITHイリーナは最高です! イリーナさん、引きこもっていた俺を、連れ出してくれてありがとうごじゃいます! ーーあ、かんだ」
「あっはは! ピートは面白いね。カナデさんも最近、雰囲気が暗かったから、明るくなって良かったよ」
「ーーえ? イリーナさん、僕はそんなに暗かったですか? 」
「うんうん、どんよりして雨が降ってた! ーーあ、ごめん、ディグからメッセが……。うーん、今どこにいるかだって? 」
イリーナはクルマのサンルーフを開けて辺りを見回した。
「さっき川沿いの街道から橋を通ったからーーお、ランドマークのマイヤストーンサークル発見っ。ーーん? んんん? カナデさんっ、ちょっとクルマを止めてもらっていいですか? 」
ストンと助手席に座り直したイリーナは指を差した。
「カナデさん、あのストーンサークルから南西に進んだ付近に、グランマイヤ遺跡っていうダンジョンがあるだけど、どうやら何か問題が起きたっぽい」
「問題ですか? 」
「情報提供者によると、ダンジョン内の一部が崩壊してるらしいの。でね、近くにいたらついでに見てきて欲しいみたい。もう少ししたら、ヨハンさんからの調査依頼がカナデさんに届くんじゃないかな」
「ーーあぁ、ヨハンさんからメッセ来てますね。ピートやパキラと一緒にレベ上げついでにグランマイヤ遺跡を見てきてくれって書いてありますーー」
「私も一緒に行きたいんだけどさぁ。ディグが……受付が大変すぎて云々と、つらつらと長い文章を送ってきたから、入口まで案内したら先に帰るね」
イリーナが調査について後部座席にいるスタンピートとパキラに改めてお願いしている間に、車が入れないマイヤ密林地帯の手前に到着した。
「ここからはね、中を通ってもいけるんだけどーーそこにある船着き場で5ゴールド払って船に乗った方が早いの。あ、船内にある綱をしっかり握っててね! 」
イリーナがこれねといった綱は船首から伸びていた。綱引きのようだねと言いながら握ると、短時間で遺跡入口近くの桟橋にたどり着いた。
だが……油断していたカナデとスタンピートは危うく猛スピードで移動する船に振り落とされそうになり、船底に這いつくばって耐えていたパキラと同様に、ヨロヨロとした足取りで船を降りた。
「あ、あんなに速いとは思わなかった……」
「あはは。だから、しっかり握らないと駄目なの。カナデさんも、ピートも振り落とされなくてよかったね。パキラちゃん、大丈夫? ーーこれ、隠しルートだから、忘れないでねっ。テストにでますよ~」
あっけらかんと笑っているイリーナの後をぐったりとしたチームサビネコメンバーが続いた。
遺跡は桟橋から5分もしないうちに、ジャングルの一部になっている姿を露わにした。木の根が這う石づくりの建物の間を抜けた先に、猫科の動物らしい顔の石像大きな口を開けている。
「あのでっかい猫さんの口が入口だよ。ピューマらしいんだけどね。ここはちょっと特殊でさ、この入口の両側にある黒い水晶がチェックポイントになってるの。ダンジョン内で力尽きた時は、ここに飛ばされるんだよ」
大きな黒水晶に近づくとーーチェックポイントを登録しました、という小窓が表示された。
「へぇ……。この水晶って、近づけば認識されるんですね」
「うんうん、ダンジョンに入る前に必ず、左右のどっちかで登録しておく方がいいの。ここは探索推奨レベルが45だけど、カナデさんがいるから大丈夫だね」
つい最近、パキラとスタンピートはレベル42になったばかりだった。苦笑いをしているカナデをじっと見ている。イリーナはシーフ職で一緒に行きたかったと言いながら、名残惜しそうに商人の移動スキルを使って街に帰って行った。
システム:かなり昔ですが新宿のとある店でサクランボのベルギービールを飲みに通ってたことがありました。今でもその店があるといいなぁ……検索検索ぅーーくっ……店名も場所も覚えていなかった(悲しみ)