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神ノ箱庭  作者: SouForest
第三部~オーディンの人形と転がる歯車
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もふもふ天国

システム:挿絵っぽく、暴走雪族の大きさ比較設定イラストを入れました20230104

 キャンプ場が隣接しているトゥルンバ湖の南半分は暖かく、キラキラと水面が輝いていた。だが北に進んでいくうちに……ひんやりとした空気に包まれていった。凍結してる湖面を釣用砕氷船が削りながら進んでいる。


「もっと小さいボートをイメージしてた……。こんなに大きい船に乗れると思わなかったよ! 調理器具やテーブル装備が完備だなんてすっごいっ」


 イリーナは白い息を吐きながら真っ白な湖面を眺めている。カナデもまた初めての体験に心が躍り、銀世界に魅入られていた。


「間もなく釣り場に到着します! 凍結している湖面は歩くとことができますが、暴走雪族にお気をつけ下さい! 」


 釣り場案内NPCのフナモリはガリガリと氷を削る音に負けないぐらいの大きな声を張り上げた。


「フナモリさん、案内所のポスター見ましたけど、暴走雪族ってそんなに危ないんですか? 」


「ええ、彼らはーー。あぁ、ちょうど、他のお客様がからまれてますね。双眼鏡がありますので、見て頂ければ分かると思います」


 パキラは椅子の上にあった双眼鏡でフナモリが指を差した方向を覗いた。ーー大型犬ぐらいの大きさのトナカイに乗った、子ギツネモンスター集団がプレイヤーを追いかけまわしているのが見える。


「うわっ! 大きいモンスターだと思ってのに、ちっさいっ! 小さくて可愛いのがいっぱい走ってる! 」


「え!? パキラ、俺も見たいっ! 双眼鏡、貸して貸して! ーーうおおお! ほんとだっ」


 私も見たいとイリーナが騒ぎ、順番に双眼鏡を使って様子を眺めているうちに……砕氷船は釣り場に到着した。フナモリが進行方向の左側の氷を釣り用にするために割っている。


「もふもふの数スゴ! もう少し近くに行ってみたいねっ」

「イリーナさん、俺も行きたいです! 」


 イリーナとスタンピートは船から安全に降りられそうな場所を探していると……それに気付いたNPCのフナモリが慌てて彼らを制止した。


「お客様、オススメできません! 見た目は可愛いですが……盗賊モンスターですので、接触する度にお金と消費アイテムを少しずつ奪われます。万が一、族長に捕まると……全部、盗られてしまいますよ」


「それなら、鞄からスマホの倉庫に移してーー」


「いえ、倉庫に保管してあるものを含んだ全部なんです」


 メンバー全員のーーえええ!? という叫び声が船内に響いた。


「族長を倒すことが出来れば全て取り戻せるようですが……あの通り小柄な上に、すばしっこいので難しいかと。あぁ、やっと、あのお客様たちは船に戻ったようです。よかった……」


「うぐっ。さすがに今ある資金を奪われるのは困る……」


「ピート、もふもふモンスター広場がタルルテライに出来たみたいだから、みんなでそこにいこ? 」


「そんなの出来てたんか! 知らなかった……。パキラありがと、そうする」


 パキラとスタンピートの会話を聞いたフナモリはホッと胸を撫で下ろした。テキパキと釣り道具や椅子を取り出して、準備を進めている。


「では、お客様、船内からの釣りを存分にお楽しみください。釣った魚をこのバケツに入れて下されば、私が調理いたします。こちらのメニュー表を開いてボタンを押してください」


 早速、イリーナはかじり付くようにメニューを眺めた。


「うわぁ。ワカサギの握り寿司やお刺身があるんだ! それと、揚げ物系の唐揚げ、天ぷら、フライもいいなぁ。ーーむむむ、山椒煮や佃煮……いろいろあって迷っちゃうね」


「別料金だけど、豚汁があるんですね。これ、頼もうかな……」


 注文ボタンを押そうとしているカナデの隣でスタンピートがはしゃいでいる。


「カナデ、早く釣ろうぜ! よだれが出てきちゃったよ」


 スタンピートは鼻歌交じりに釣り糸を垂らしたが、カナデはまだ料理メニューを眺めていた。温かい汁物がどうしても欲しいようだ。


 釣り初心者のパキラはやり方を教えてもらおうと思って、背の高いフナモリの顔を見上げた。


「あれ? さっきまで無かった黄色いアイコンが……。イリーナさん、フナモリさんの頭にビックリマークが付いてる! 」


「……ホントだ。こんなに分かりやすいクエスト発生って久しぶりかも。パキラちゃん何があるか見てみようよ」


 パキラがクエストを見せて下さいとお願いすると、NPCフナモリは手を開いてクエストメニューを表示した。


「フナモリさん、ありがとう! えっとね、3つあるよ。1つ目はワカサギ料理を全て堪能しよう。2つ目は……湖のヌシを釣り上げろだって! 」


 ヌシという単語にスタンピートが食いついた。釣りアニメのワンシーンを思い浮かべて興奮している。


「めっちゃロマンが詰まってるぅ! 誰が最初にヌシを釣り上げるか競争だっ」


「えー? 私はロマンよりもマロンの方がいいや」


「パキラ、マロンって……。栗ご飯おにぎり食べたくなるじゃないかっ。で、3つ目のクエストは? 」


「……これは、無理だわ。『手下を倒さずに暴走雪族の族長をトナカイの背中から落とせ』って書いてある。うわっ、報酬がすごいっ。だから、あそこにいる人たちは湖面に出たのね」


 カナデは料理のメニューを椅子に置いて、興味ありげに表示されているクエストを覗き込んだ。


「へぇ、500万ゴールドもらえるんだね」

「カナデ、トライしちゃう? 」


「あははっ。フナモリさんが渋い顔してるけど……。トライしたい気持ちはーーちょっとあるかな」


「え? カナデ……マジデスカ」

「鬼ごっこみたいで面白そうだなって」


 パキラとイリーナはフナモリと一緒に止めた方がいいと口を尖らせたが、カナデはさっさと船から降りてしまった。空気噴射でスピード調整ができる自作のエアジェットスケートボードを取り出して、凍結した白い湖面を軽やかに滑っている。


 スタンピートはウキがピコンピコンと動いている竿を引き上げ、慌てたように船の縁に駆け寄った。颯爽と走るカナデを凝視している。


「……もっと、近くで見たいな」

「え? ピート、止めた方がいいよ! 」


 お客様危険です! と言うフナモリの制止を振り切り、スタンピートも湖面を走り出した。ーーだが……ものの数分もしないうちに、3体の暴走雪族に追われて戻って来た。


「こっわ、めっちゃこっわ! すっげー足が速い。……投網グレネ投げれば何とかなるかと思ったけど、簡単に避けられたヨ! 挙句、2万ゴールドも盗られたヨ! ううっ」


「うわぁ、なかなかの授業料だったね」


 しょんぼりしているスタンピートの頭をパキラがよしよしとしていると、イリーナがスポーツ観戦をしている観客のようにーーわあ! という大きな声を出した。


「パキラちゃん、みてみて! カナデさん凄いよっ。スピード負けてない! ーーあのスケボ、売れそう……」


 パキラは商人職らしく商品の値踏みを始めるイリーナに若干引き気味になったが、気を取り直して船の縁から双眼鏡を覗いた。



 カナデはトナカイを操る子ギツネたちを翻弄していた。捕まりそうになる直前に、エアジェットを大きく噴射してジャンプする。かれらはゴツンとぶつかり合って弾けた。


「ごめんねっ! 族長はーーあそこか! 」


 軽くターンしてトナカイの海を滑るように駆け抜けーー手下が乗っているものよりも、大きなサイズのトナカイを操る族長、憤怒のエアリアルを目指した。


 エアリアルはトナカイの大きな角をバイクのハンドルのように掴み、向かってくるカナデを恐れることなく直進している。3つに別れた尾を変化させた彼は不敵な笑みをもらした。


 鬼ごっこを双眼鏡で観戦していたパキラが大きな声を上げながら指を差している。


「何あれ! 族長の尻尾が大きな手になってるよっ」

「パキラ、双眼鏡貸して! ーーうげっ、しかも3つもある」

「私にも見せてっ! ーーうっわ、盗る気満々な顔してる。カナデさん、大丈夫かな」



 カナデはイリーナの心配をよそに、ニュルリと飛び出してきた3つ大きな手を、散弾銃式種子島で粉砕した。怒りの表情に変わったエアリアルがトナカイの背中で咆哮している。青いオーラが波紋のように広がり、暴走雪族全体を包んだ。


 スピードが格段にアップしたトナカイたちは湖面を蹴り上げ、カナデを左右から挟んで次々にジャンプした。


「これはまずい! でもーー」


 カナデは飛んでくるトナカイたちに向かって釣り用に作った小型の種子島を連射した。パシュパシュと音を立てながら噴射された大きな網はトナカイと子ギツネを一緒に絡めている。


 彼らはしばらく藻掻いていたが、網から抜け出せないことが分かると悲しそうな声を上げた。


「後ではずしてあげるからね……」


 手下たちをやり過ごしたカナデは湖に積もっている雪を使って空中にジャンプした。左前から突進してくるエアリアルに小銃の網を発射する。軽々と避けると予想した通り、族長のトナカイは上空を飛んだーー。


 カナデはスケートボードのエアジェットを噴射してさらに上昇すると、立ち乗りしている子ギツネの姿をロックオンした。その瞬間に投げた木製ブーメランが回転しながら飛んで行くーー。


 ゴスッ。


 憤怒のエアリアルの側頭部にブーメランが直撃した。彼はチカチカと星が飛ぶ光景を眺めながら、しばらく土俵際の相撲取りのようにこらえていたが……ふっ、と意識が途切れ、大角のトナカイから転げ落ちたーー。


「コングラチュレーション! 」


 トゥルンバ湖全体に響いたのではないかと思うほどの声で子ギツネたちが叫んだ。名称が憤怒から悲壮に変わってしまったエアリアルは、クスンクスンと泣きながら……カナデにがま口財布を差し出している。


「あぁ……えっと、ピートから盗ったお金を返してくれれば、それでいいよ」


「キュキュ!? 」


 このまま返したら族長の名が廃る! と思ったエアリアルは慌てて500万ゴールドの代わりになるものを必死に考えた。ふと、思いついた彼はトナカイに括り付けているカバンから金糸と銀糸で刺繍されたお守りを取り出し、、キューキューと鳴きながらカナデの手に握らせた。


「くれるの? ありがとう。ーーエアリアルの幸運だなんて、物凄くご利益がありそうだね。とても嬉しいよ、大事にするね」


 喜んでいるカナデの手にエアリアルが頭を摺り寄せている。ーーカナデが柔らかい毛を撫でていると……他の子ギツネたちが自分も撫でろという風に続々と集まって来た。


 イリーナはふわふわしたモンスターがカナデにくっついて、おしくらまんじゅうをしている様子を双眼鏡で眺めている。


「あああ! もふもふ天国になってるっ! 」

「え? ちょっ、イリーナさんっ」


 可愛い! と言うや否やイリーナは船から降りて駆け出した。もふもふという言葉に釣られたパキラは急いで彼女の後を追いかけている。


 同じように気なったスタンピートも湖面に降りたが……またお金を盗られるのではないかと不安にかられた。案の定、すぐに暴走雪族が現れーー慌てて逃げようとする彼の前に立ちはだかった。


 子ギツネはキューキューと鳴きながら、見せるように小さながま口財布を振ると、アイテム名称を見てびっくりしているスタンピートの足にその財布を押し付けた。


「もしかして2万ゴールドを返してくれるの? ーーありがとう! 」


 船からほど近い場所でスタンピートが大喜びしている一方で、カナデはふわふわ毛の子ギツネたちをゾロゾロと引き連れながら船に向かっていた。その後ろをイリーナとパキラが締まりのない顔で歩いている。


 そして船上は……NPCのフナモリが大声で笑うほど、暴走雪族の子ギツネたちで埋もれた。


「クエストクリアおめでとうございます。お客様が初めてになります。さらに、ワカサギ釣りと料理を、暴走雪族と共にするお客様も、初めてです! 」


 カナデは暴走雪族の友というメダルをフナモリから受け取った。これを持っていると、いつでも子ギツネたちと仲良く交流が出来るようだ。良いものを貰えた嬉しさで自然と笑みがこぼれる。


 イリーナとスタンピートは可愛い子ギツネを膝に乗せて、釣りをしていた。子ギツネたちは、にやけ顔が止まらない彼らに料理メニューを見せながら、前足で器用にトントンと握り寿司という文字を叩いている。


「これが食べたいのぉ? いいよぉ、何でも注文しなさいっ。イリーナお姉さんが、お腹いっぱい食べさせてあげるよぉ。ーーあぁ……幸福度がマックスすぎるぅ」


「イリーナさん、幸せって、こういうことなんだと分かりました……。うん? ワカサギフライが食べたい? ふわっ、めっちゃおねだりポーズが……ぐぐぐ、可愛すぎるぅぅ」


 前足の肉球を合わせてスリスリする子ギツネにスタンピートの心はすっかり囚われてしまったようだ。インスタントカメラで撮影しては撫でるを繰り返している。


 パキラはというとーー悲壮のエアリアルの激励を受けながら、トゥルンバ湖のヌシと格闘していた。カナデのポケットから出てきたビビも子ギツネたちに混ざって応援している。いつのまにかすっかり仲良くなったようだ。


 子ギツネたちと一緒に栗ご飯おにぎりを食べていたカナデは満面の笑みで周囲を見渡した。


「まさか、もふもふ天国を体験できると思わなかった。イリーナさん、とても楽しい有給休暇になりましたね」


「うんうん、これもカナデさんおかげでございますっ。ありがとう! これから、もふ神って呼んじゃうっ」


「俺も、イリーナさんに倣って、カナデをーーもふ神さまと呼んじゃう! 」

「ええ!? ピート、それはちょっと……」


「え? カナデは、もふ神なの? うぷぷ」

「パキラまで……」


 困り顔のカナデの膝にのったビビが愉快そうに笑っている。


「子ギツネたちが、あるじさまを、モフ神さまって言い始めたにゃん」


「あははっ。きゅっきゅきゅ~って子ギツネ語の『もふ神さま』っていう意味なんだね。カナデ、崇められてるっ」


「パキラ、崇められーーって、ぶはっ。やっばい、俺、めっちゃツボったわ。ぶはははっ」


「子ギツネが、子ギツネが、合唱してる。あははは。わ、私もお腹痛い……。カナデさんごめん、すっごく面白い。あははっ」


「みなさんに楽しんで頂けたようで光栄です! ……ぶはっ。確かに、この合唱は面白いね」


 きゅっきゅきゅ~という、もふもふな生き物たちの声と4人の笑い声が重なり、お祭りのように賑やかになった船内で突如、イリーナがスクっと立ち上がり、エアマイク握った。


「1番、イリーナが歌わせて頂きます! 曲はモフモフ天国。もふもふで~ふわっふわの~しっぽがふかふかなの~。ふわふわな毛に触れると~私の身体は~とろけちゃう~。最高でデリシャスでグラッチェなの~もっふもふもっふもふ~」


「イ、イリーナさん!? 」


 子ギツネのコーラスでさらに盛り上がるイリーナの足元に……地酒、暴走雪の舞の瓶が3本ほど転がっていた。メニューを開いたカナデは値段に驚き、目を擦った。


 ーーこれ、1本42000ゴールドもするんだ……イリーナさん、大丈夫なのかなぁ。

挿絵(By みてみん)

システム:トゥルンバ湖キャンプ場近くにもふもふ天国という店を開いたら儲かりそう……。

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