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神ノ箱庭  作者: SouForest
第三部~オーディンの人形と転がる歯車
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有休休暇下さいっ

 この頃の神ノ箱庭は情報ギルドのように積極的に不具合に立ち向かおうとするプレイヤーはごく一部で、自暴自棄になって暴れまわるプレイヤーと、状況が良くなるまで待とうというプレイヤーとに大きく分かれるようになっていた。


 そんな状況下で、スタンピートはデルフィ消失ショックから立ち直れなず、仮眠室に篭ったまま鬱々としていた。ーー外に出ると否応なしにデルフィがいないという事実を突きつけられそうで、夢であって欲しいと願い……ベッドに潜り込んでいる。


 パキラは農業エリアでそんなスタンピートのことを想いながら、収穫作業を眺めていた。赤いトマトにかぶりついた女性プレイヤーは嬉しそうな表情をしている。きっととても美味しかったのだろう。


「あのトマト、美味しそうだな。私が作ってピートに持っていったら、喜んでくれるかな……。それよりも、ブランの情報の方がいいかなーー。あ、ヨハンさんが先に言ってたかぁ」


「誰かに相談したいけど、情報ギルドのみんなは忙しそうだし……。カナデはいつも難しい顔してて話しかけにくいし……ホント、笑わなくなっちゃったな」


 スマホのフレンドリストを眺めてみたが、相談できそうな人はいなかった。パキラは思ったよりも友達が少なかったことにがっかりしている。


「いい考えが浮かばないなぁ……。独りでいると憂鬱な気分になっちゃうから、情報ギルドで仕事させても~らおうっと」



 午後の受付を開始した情報ギルドは思ったよりもすいていた。ディグダムは魔具師らしきプレイヤーにスクロールやトラップについて相談をしている。イリーナは受付NPCに送られてくる情報メッセージをノートパソコンで確認していた。


「イリーナさん、私にもなにか手伝わせてください」

「パキラちゃん、こんち! シーフ職のレベルあげはもういいの? 」


「午前中、ディスティニーさんとミンミンさんに手伝ってもらってたんですけど、キャンボスがオリガ村近くで歩いてるって情報をキャッチした途端に、解散になっちゃいました」


「あぁ……あの2人はオーディンの人形の大ファンだもんね。ちゃんと手土産を持っていったかな」


「銀獅子カフェのショートケーキを買っていくっていってましたよ」


「それ、大正解だね。ーーパキラちゃんは行かなくていいの? 」


「紅石のバグが直ってないみたいで発動しなかったから、帰ってきちゃいました」


「そっか。ピート君はどうしてるかな。まだ引きこもり? 」


「……そうなんです。どうしたらいいか分からなくて」


「うーん。このままじゃ彼は駄目になってしまうね」


 ピコン! イリーナの頭に気分転換に良さげな案が閃いた。電球アイコンを抱えている自分を想像しながら言葉を続ける。


「ーーみんなで釣りにいこう! アプデ後に話題になったトコに行ってみたかったんだよね。いっぱい遊んで、ワイワイすれば気持ちが軽くなると思うのだよっ。ーーお、ちょうどマーフ団長が出てきたっ」


 イリーナは会議室の扉前にいるマーフに元気よく駆け寄り、敬礼をした。


「マーフ団長! イリーナ、パキラ、スタンピートに有給休暇下さいっ! 」


 マーフはぶつかりそうな勢いで発せられた言葉にびっくりした表情を見せたが、すぐににこやかに微笑んだ。


「もちろん、いいですよ。情報ギルドはリアルの会社とは違うので、自分の活動スケジュールに合わせて、ここに来て下されば問題ないです。……でも、イリーナさんがあんまり来なくなったら、物凄く困っちゃいますけどね」


「マーフさん……。大丈夫です、(わたくし)イリーナはここに骨をうずめる覚悟でございます! こき使ってくださいっ。その前に……キャンプ場に釣りにいきたいので2日休みます。てへへ」


 無邪気な笑顔をマーフに見せながらイリーナは再度、びしっと敬礼をした。ふと、最近あまり笑わなくなったカナデが気になり、彼がヨハンとの会話しているのにも関わらず割り込んだ。


「ちょっとすいません、カナデさんっ! 釣りにいきませんか? 男子がピートさんだけになっちゃうからどうです? 」


「えっ、いいですけど……ディグダムさんは? 」

「ディグは、いま休んじゃうと、情報ギルドが困るので、また今度で! 」


 ディグダムが急に肩を落としてうなだれた様子に、相談を受けていたプレイヤーが慌てた。ーーどうしました? と声をかけている。せつない気持ちになったアイノテとボーノはディグさん頑張れ! と心の中で応援した。



 早速、イリーナは仮眠室でふさぎ込んでいるスタンピートを無理やり引っ張り出した。虚ろな目で生気がないスタンピートの頬にビビが身体をすり寄せている。柔らかい毛の感触に安心感を覚えた彼は、カナデたちと話しているうち少しずつ笑顔を取り戻し始めた。


 その姿を見たパキラは安堵したようにほっと息を吐き、さらにカナデと一緒に遊びに行けることを喜んだ。思わずにやけてしまう頬を両手でぐにぐにと直している。


「イリーナさん、どこのキャンプ場に行きます? 」


「ふっふっふ! パキラちゃん、栗ご飯と焼き芋は好きかな? 秋の味覚施設がある、トゥルンバ湖キャンプ場に行きます! ガロンディアから騎乗で2時間ぐらいかかるみたいだけどねっ。もちろん、湖で釣りもできます」


 ポケットから顔をだしたビビは楽しそうな雰囲気に釣られて目をくりくりとさせている。カナデはそんなビビの頭を撫でながら口を開いた。


「じゃあ、僕が騎乗を出しますよ。イリーナさん、湖って何が釣れるんでしょう? 」


「えっとね、ワカサギだったかなぁ。後は……マス? 」

「俺、ワカサギのから揚げが食べたいな……」


「イイネ、イイネ! ピートの意見に賛成だよ! みんなでいっぱい釣って食べようね。じゃあ、キャンプ場の予約するよっ。ーーえっと、急だけど……明日、テント2つの予約が取れそう。いいかな? 」


 ピートは急な展開に戸惑いもせずに、思いのほかウキウキした表情になっていた。カナデは神ノ箱庭がこんな状況なのにと後ろめたくもあったが、久々に友達と遊んで気分をリフレッシュするのも大事かもしれないと、気持ちを切り替えた。



 キャンプ場はガロンディアの街から北に進んだ標高1400メートルほどの高原にあるトゥルンバ湖の側にあった。湖の周囲には約3キロメートルのハイキングコースがあり、氷属性のモンスターが出没するらしい。


 カナデの空色のワンボックスカーはそこに向かって順調に街道を走っていた。車のエンジン音に反応した巨大なサソリが街道のすぐ側でハサミを上げて威嚇している。


 街道に侵入できないと知っているハーピーたちはクルマをチラリと見ただけで、すぐにそっぽを向いた。


 そんな様子を窓から眺めていたイリーナは現地に近づくにつれてソワソワし始めた。スマホを何度も確認している。カナデは落ち着きがないイリーナが少し気になった。


「あと15分ぐらいですかね。ーーイリーナさん、この先で何か心配事とか、あるんですか? 」


「ーーカナデさん、あのね……。栗拾いと芋ほりと、釣りボートは現地で予約なの。いっぱいだったら、どうしよう」


「あぁ、それで不安そうにしてたんですね。きっと大丈夫ですよ。栗ご飯、楽しみにしてます」


 後部座席で会話を聞いていたパキラは胸の前で両手を組んでにやにやしている。


「栗ご飯もいいけど、モンブランやマロングラッセも食べたいなぁ」


 パキラは秋の味覚を楽しんでいる空想に浸った。その隣でスタンピートは頭の中で釣りのシュミレーションを描いていた。人差し指を立てて、投げ釣りのような仕草をしている。


「俺は早く釣りに行きたいな~。そういえば、ワカサギって冬が旬ですよね? ゲームだから関係ないのかな」


「湖が凍結してる場所で釣るみたいだよ! 砕氷ボートで移動するっぽい」


「イリーナさん、それマジですか! めっちゃ楽しそう……。カナデ、速攻で行こうな! 」


「ピート、釣ったその場で食べようプランっていうのがあるみたいだよ」


「それ良い! カナデ、絶対にそれでいこう」

「えええ? 待って待ってっ、私も参加したいよ」


「パキラちゃん、大丈夫です! (わたくし)イリーナが思うに……栗ご飯と焼き芋を持ってーーみんなで釣りに行けばいいんじゃないかなぁ」


 パキラが大きな声で、イエス! と叫び、どっと笑う声が車内に響いた。



 到着するとすぐにイリーナが予約を確認するためにキャンプ場の管理棟に走った。思ったよりもすいていたらしく、各施設の予約は簡単に取れたようだ。スマホのアプリを使って周辺マップをほくほく顔で確認している。


「イリーナさん、そのマップ情報ってどこで手に入れたんですか? 」


「んーっとね、管理棟の観光地コーナーにあるQRコードでもらえるよっ。パキラちゃん、教えてあげるから一緒に行こう! 」


「俺もそのマップ欲しい! 」


 手を繋いで移動する2人の後ろをスタンピートが追いかけた。イリーナは村や街、フィールドにも同じようにQRコードがあると教えてくれた。


「商人職はね、必ずと言っていいほどマップのQRコード探しをするんだよ~」


「ダンジョンにもあるんですか? 」


「カナデさん、良い質問ですね! あるのですよっ。もっのすごぉく分かりにくくて、見つけてもスマホをかざせない場所とかね……。ホント嫌になっちゃうーー」


 イリーナはディグダムに肩車してもらってスマホをかざした過去を思い出して、小さくため息を吐いた。


「うわぁ……。そうなんですね。じゃあ、発見したらとても貴重ですね」


「アプデが来るまでは、割と高値で取引できたのよっ。でもね……ハルデンがさ、ダンジョン構造をバンバン変えちゃったから、今までのマップがぜーんぶ、おじゃんになりましたぁ。うふふぅ」


 カナデはぴえんと泣く仕草をしているイリーナに何を言ったら良いか分からずオロオロしている。見かねたパキラが右手をするりとイリーナの腕に滑らせた。


「イリーナさん、栗拾いの時間ってそろそろですよね! 私、やったことないのでご教示くださいっ。さぁ、みんな行きましょう! 」

システム:あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。


有給休暇申請って言い出すタイミングがムズカシイと思うのは自分だけだろうか? そして、釣りゲーやりたくなってキター! リアルでやろうとしないのがミソです。

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