籠の中の鳥たち
マーフが率いる情報ギルドはユグドラシル攻略のための情報集めと、鍛冶師と魔具師の職人支援を開始していた。さらにレベルがカンストしているハンター職でスキルレベルがマックスに近いプレイヤーのみ、という条件付きで攻略チームを募集した。
参加者は情報ギルドからの召集に即座に応える代わりに、銀の獅子商会で販売されている装備や消費アイテムを割安で手に入れられる。また、スマホのグループメッセージでいち早く情報が入手できる他、意見交換が出来るようになっていた。
「アイノテさん、攻略チームの募集は順調ですか? 」
「ぼちぼちですね。条件が厳しいし、ヴィータが相手だと尻込みする人も多いでしょうから。ーーあ、ディグダムさん、キャンボス2体の目撃情報がまた来てますね」
アイノテが受付にあるノートパソコンを覗き込んでいる。
「シュシュの森を目指してるって聞いてたけど、だいぶ遠回りしてますね」
獣王ガンドルと剣王ブラン、そしてオーディンの人形の目撃情報は多かった。彼らはピクニックを楽しむかのように移動しているらしい。
討伐目的や不意打ちを狙う小賢しいプレイヤーには容赦はないが、友好的な者に対してはとても優しいという噂がチラホラはいってきている。
情報をノートパソコンでまとめていたイリーナの手が止まった。
「オーディンの人形がキャンボスたちを暴れないように抑えてる気がする。ディグはどう思う? 」
「そうかもしれないな。ブランに抱っこされている人形がガンドルを叱っているのを見たーーっていう話を聞いたよ」
「可愛い女の子には勝てない! ってやつだねぇ。うふふ……可愛いは正義だ! 」
「それは俺も同意するな。イリーナ、その……もう少ししたら、昼休憩になるからーー」
「あっ、カナデさんだ。マーフさんと会議かな? お弁当を買って来た方がいいか聞いてくるね。ーーヨハンさぁん! 」
今日もイリーナを誘えなかったとガックリしているディグダムの肩をポンポンとアイノテが叩いた。
カナデは情報ギルドの会議室で困り顔になっていた。マーフの他、ヨハンとボーノを交えて、ルードべキアの手紙の話をしたかったが、背中がピリピリする気配が気になって話し出せない。
仕方なく、カナデはこんな時のためにと用意していたサンプル商品を会議用テーブルに乗せた。
「ーーマーフさんに頼まれていた手帳と、ノートパソコンのサンプルができたので持ってきました。あと、消しゴム機能が付いている万年筆も作ってみたんですけど、どうでしょう? 」
必死に笑顔を作ろうとしているカナデを見た3人は情報ギルドで使いたいといって商談を進め始めた。万年筆を嬉しそうに手にしたヨハンは手帳で試し書きをしている。文字を書けることに感動しているようだ。
「スマホのメモアプリしかない世界で、こういう細い線が書けるアイテムが登場したことに、感動してます! 消しゴム付きだなんて、うちの商会のペンより万能じゃないですか。この万年筆はすぐにでも欲しいです」
ボーノはダンジョンでマッピングしている自分を想像している。さらに、今までスマホのメモアプリで文字だけで記録していたモンスターたちの容姿や風景を描くことができると考えた。
「文房具好きの俺にとっては、たまらないですねぇ。造形を書けるようになるのはかなり良い……。でもダンジョンでうっかり落としそうだなーー。これ帰属アイテムに出来ませんか? 」
帰属アイテムは消耗品と違って紛失することが無い。谷や海に落下させてしまったとしても、マイルームに行けば手元に戻ってくる仕様になっていた。
「確かに……ボーノさんの意見に1票です。特別感があって、ゲームらしい厨二病的なデザインで、ワンポイント的に宝石が付いてたりすると、さらに良いですねーー」
「カナデさん、いまは情報ギルドだけですけど、後々、一般に売り出すことを考えると……ボーノさんやヨハンが言うような物が欲しいです」
「えっと、マーフさん。帰属にするのは問題ないんですけどデザインは……」
うーんと唸るカナデに、ボーノが助け舟を出した。
「オーディンの人形の写真集を手掛けたミンさんとディスさんにデザインの相談するってどうでしょ? ふたりともデザインを考えるのが好きだって言ってましたよ」
「それはぜひ、お願いしたいですね。僕はシンプルなデザインしか思いつかないので助かります。今日はミンミンさんたちはーー」
「パキラさんのレベ上げの手伝いに行ってますね。後で俺から情報ギルドに顔出せってメッセを送っておきますよ」
連絡をとってくれるというボーノに万年筆の件のまとめ役をお願いしようかとマーフが考えていると、それを見透かしたようにヨハンがシュタッと手を挙げた。
「マーフさん! その件、俺が担当してもいいですか? 」
「そう言えば、ヨハンは万年筆フェチだったね。よろしくね。良いものを期待してるよ」
ヨハンは嬉しそうにやった! と言うと、今日のスケジュールについてカナデとボーノに相談しはじめた。万年筆を眺めていたマーフは、ふと思い付いた。
「カナデさん、色鉛筆、作れませんか? デザイン画にも使えるし、画用紙とセットにして販売するのも面白い気がするんですよね」
「ゲームの世界でイラストや風景を描くのも楽しそうですね。マーフさん、頑張って作ってみます」
ボーノはさっきまで万年筆でいろいろ描こうと考えていたが、色が付けられるなら尚更良いと考えを更新した。
「色鉛筆ができたらぜひテストさせて下さい! 鉛筆もできれば……欲しいんですけどーー」
「分かりました。鉛筆と色鉛筆ですね。消しゴム機能も付けますね。ーーいっそのこと、スマホのイラストアプリを作った方が良いような気もしてきました……」
「それいい! あ、でも……スマホ画面が小さいから俺の手だと、うーん……」
ボーノはさらっとアプリを使う時のことを考えていたが、マーフは驚きすぎて声が出なかった。ーー職人クラスが制作できるアイテムは全て作れるようなったって聞いてたけど……まさか運営が関わるスマホアプリも可能だなんてーー。
カナデは製作に関してのことは彼らに事前に話していたので、マーフが驚いていることを特に気にすることなく笑顔を見せている。
「あはは。まだ思い付き段階なので、本当に出来るかは分からないですけどね」
「……カナデさん、プレイヤーしか使えないアプリは後回しにした方がいいと思います。武器防具以外のものは、このギルドでしか使わないので、ゆっくり楽しみながら開発して下さい」
プレイヤーしか使えないーーという言葉にカナデは不思議な感じがしたが、すぐに了解した。ボーノに色鉛筆は何色あればいいか聞いている。
マーフはそんなカナデを眺めながら、自分たちがログアウトした後のこと考えていた。その頃の世界はきっとNPCが中心の文化になっているだろう。再び自分たちが戻ってくることはない未来を想うと……胸が締め付けられる。
ーー残されたカナデは?
そう思う度に……マーフは先を見据えて、何かしなければいけならないという気持ちに突き動かされた。
ーー全てのプレイヤーがリアルに帰ることが目標だけど……それと並行してあの計画をもう少し煮詰めたいな。リディさんともっと密なやり取りができるようになると良いんだけどーー。
マーフが考え込んでいる間に3人の話は盛り上がっていた。賑やかな笑い声が会議室に響き、カナデが商人のようにグイグイとアレコレ提案をしている。
「イラストや漫画を描く人がいそうですよね! ーーそれらを使った商品の販売とか面白いと思うんですけど、現実的じゃないですかね? 」
「それならさ、近頃人気が出てきたガンドルやブラン、オーディンの人形のキャラクターグッズ作るってどうです? ミンさんとディスさんにデフォルメイラストが描けないか聞いてましょうよ」
ヨハンの提案にピピっと反応したマーフは推しへの愛が瞬時に燃え上がった。無表情から一転して、うっとりと幸せそうに目元を緩ませている。グッズに囲まれている自分を想像しているようだ。
「ヨハン、それ採用! 物凄く欲しい……。推しグッズは今すぐにでも手に入れたい。そして情報ギルドを飾り立てて、埋め尽くそう。フフフ……」
「ぶはっ、さすがマーフさん。ブレないですね」
思わずカナデは吹き出してしまった。マーフは自分が欲しいオーディンの人形グッズについて切々と語り、ヨハンとボーノが楽しそうに笑った。
その様子をカナデの父親である健一がモニターで見ていた。息子の笑い声と目まぐるしい成長に嬉しくなり、顔をほころばせている。
「そんなものまで作れるようになったなんてーーさすが、オリジナルはナンバーリングとひと味違うな。……あとは、外部の手を借りず、籠の内部からバグやウィルスに対応出来るようになれば、完璧だ! 奏が成長できそうなクエストを何か投下するか……」
健一は椅子の座面を回転させて背後に目を向けた。ひんやりとした薄暗い部屋にサーバーラックが立ち並んでいる。
「冒険とスリル、チート過ぎずにほどよく使える力、そして人間のようにふるまうNPCたち。その他もろもろ……貪欲な老人たちの世界は注文が多すぎて、作り上げるのに骨が折れるな。箱庭をベースにしてもまだまだ、時間がかかりそうだ」
「……政敵や商売敵をクリーチャーと融合させろと言い出した時は、さすがに呆れたが……この騒ぎでリスクが高すぎることが分かっただろう。そういえば、上手い具合に何人か巻き込まれていたなーー」
机の一番上の引き出しから封筒と便箋を取り出した。
「ペンは……あぁ、あった。ーー彼らが現実で死ぬまで、籠に閉じ込めておけ! だなんて……なんとも恐ろしい老人たちだよ」
大きなため息を吐き出し、退職願いと書いた封筒を鞄に入れた。
「奏が内部から打ち破るのが早いか、それとも私が彼らを説得するのが早いか……。父さんはこれからまた忙しくなる。しばらく奏の行動を見ないようにするから、頑張りなさい」
健一はモニターの向こうで仲間たちと笑い合っている息子にメールを送ると、全てのウィンドウを閉じた。
「にゃんぽーん、にゃんぽーん、にゃんぽーん」
会議用テーブルで寝転んでいたビビの声に全員が驚いた。ヨハンは落としそうになった手帳を手の中でお手玉をしている。カナデはビビを抱き上げて頭を撫でた。
「ビビ、どうしたの? 」
「表の回線から、あるじさまにメールが届いたにゃん」
「……みなさんさん、すみません。ちょっと確認してから本題に入りますね」
カナデはスマホではなく、自身のシステムからメールウィンドウを開いた。ーー父さんから手帳と万年筆の発注? やっぱり見てたのか。色鉛筆も出来たらサンプルを送ってくれって……。
表情が一気に曇ったカナデを心配そうにマーフが見ている。
「あの…‥カナデさん、大丈夫ですか? 」
思わずカナデはメール内容を口に出しそうになった。だがボーノとヨハンに聞かれたくないと咄嗟に思って言葉を飲み込んでしまった。
「……大丈夫です。ユグドラシルの件について相談なんですけどーー」
「いま、それを話して大丈夫ですか? 」
「はい。父が監視している気配が消えたので、ルーさんの手紙にあった内容をお話します。その前に……ここにいる皆さん以外には、まだ秘密にしたいので、会議室に鍵をかけさせてください」
カナデがロックするためにドアに手を伸ばすと、イリーナが勢いよく入って来た。彼女は驚くカナデの横をすり抜けて、会議用テーブルにお弁当とお茶を4つ置いた。
「ランドルの市場で評判の! タンポポ屋さんのだし巻き卵弁当を買ってきましたっ。ヨハンさん、情報ギルドの経理NPCに領収書を出せばオッケーなんですよね? 」
「あ、はい。問題ないです。お弁当、ありがとうございます」
「では、会議を頑張ってくださーい! 」
イリーナは元気よく会議室から出て行った。ヨハンとボーノは苦笑いしていたが、マーフは口に手を当ててクスクスと笑っている。
「イリーナさんはいつも明るくていいですよね。カナデさん、お弁当を食べてからにしましょう。とっても美味しそうですよ」
システム:年内に完結すると思ってたのですが、まだまだ続きます……。良いお年を!
料理関連を言葉にだしたり、文字にするとお腹が空きますね。出し巻き卵弁当を食べたい!