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神ノ箱庭  作者: SouForest
第三部~オーディンの人形と転がる歯車
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禁書エリア

 笛吹ヴィータの本がある書棚は上空で光っているほうずきの灯りよりも、はるか高い位置にあった。すり鉢状の敷地を囲んでる壁から突き出た枝葉と蔓がエリアを形成している。


 そこに行くには、壁際で群生している青いキンギョソウを登っていくかしかなかった。ゴードンは空中をふわふわと浮きながら腕を組んだ。


「読み手殿が、利用時間内にあそこに到達できるのか疑問だぞい。ーー人は見かけによらぬと言うしのぉ、書庫訪問の許可を得たモンスターなら……ひと跨ぎでたどり着くやもしれぬ」


 だがゴードンの期待は簡単に裏切られた。イラっとした彼は軽くリディの身体を持ち上げると、若干の嫌がらせも兼ねてーー猛スピードで運んだ。叫び声を聞いたゴードンは、少しだけスカッとした気持ちになった。


 顔が引き攣っているリディのおでこをゴードンは丸い手でトントンと叩いた。


「よく聞け、読み手殿。ここは許可された者しか入れない禁書エリアだ。撮影、書写、持ち出しは不可だぞい! 」


「あ、あぁ、はい。ゴードンさん、ありがとう」


「感謝すべきは私では無いぞい! ここは人間はおろか、読み手殿ようなモンスターは下位の書庫にすら足を踏み入れることはできないというのに……」


 どうやらゴードンは訪問者に不満があるらしい。ぶつくさと文句をつぶやいている。


「まったく……光王ルルリカ様がご息女、ヴェロニカ殿下たってのご要望がなければーー」


「ゴードン! 今、何て言った? 」


「……だから、通常は読み手殿のようなモンスターは書庫にはーー」


「違う、その後! 殿下って!? 」


「はっ!? ……私としたことが、なんという失言。早急に忘れて下され」


「オーディンの人形は、ルルリカの娘なのか? 」


「……私の口からは何も言えぬ。さぁ、さっさと用事を済ませるのだぞい」


 図書花ゴードンは余計なことを口走ってしまったと、バツが悪そうな顔をでそっぽをむいた。敬語が消えたリディに多少ムッとしていたが無言を貫くために、への字口を硬く結んでいる。


 聞き出すのは難しそうだと感じたリディは書棚のカテゴリープレートに目を移した。



「プレイヤー個人情報……こんなものがあるなんて……」


 他人の情報を見るのはさすがに気が引けると思ったリディは自分の名前を探した。鎖が付いた本を手に取り、恐る恐る巻頭の目次一覧に目を通している。


「何だよこれ……。ゲームを始めた日からあるのか? これを読むのは勇気がいるな」


 嫌な気分のまま、本編のページをめくっていくと……徐々に気持ちが悪さと吐き気が増していった。パラパラと読み飛ばして巻末のリアル個人データというページで手を止める。年齢や住所はもちろん家族構成や年収まで記載されていた。


 耐え切れなくなったリディは見たものを消し去りたい勢いでバタンと本を閉じた。


「今までのプレイデータが人生史のように書いてある上に、ご丁寧にリアル情報まで記録されてるなんて……。プレイヤー全員のデータがこんな風にここにあるのか? 最悪だな……」


 か行の棚で背表紙がカナデという本が目に入り、思わず右手を出してしまった。だがすぐに左手で抑えて思い留まった。


「興味がないといったら嘘になる。だが、これは見たらだめなやつだ……」


 リディは自分に言い聞かせると、下位書棚のモンスターカテゴリーには無かったヴィータの本を探した。ーーそれは格子がある豪奢な作りの棚に保管されていた。


「ゴードン、さん。ここにある本を読みたいのですが、開けてもらうことはーー」


「……読み手殿が本に触れる許可は下りている。手をかざせば開くぞい」


 ゴードンに言われた通り、格子はすぐに消えた。驚きつつ、金の鎖に繋がれたお目当ての本を取り出し、棚の前にある木製の丸椅子に座って読み始める。


 ヴィータの手帳のように文字化けは無かったが伏字が多かった。ステータスを記載されたページ見たリディは呆気に取られた。


「無限マークしか無いじゃないか! プレイヤーに倒させる気ないだろ。ハルデンなんか……、いや、考えるのはやめよう」


 湧きあがった怒りを鎮め、攻略方法についての項目を開いた。


 笛*ヴィータは、攻守と*******強キャラクターとして作ら**。プレイヤーが討伐**ことができない唯一の存在**る。しかし、************ーー。


「討伐できないだって!? もしかして、ユグドラシルを手に入れさせないために、ヴィータの討伐報酬にしたのか? 『しかし』ーーの後は……読めないな」


「何がなんでも、この世界から出さないって意図が見え見えになってきたな。……何故だ? ーー息子を王に仕立てて、自分が支配する……そう言うシナリオなのか? 」


 ゴードンにカナデの父親が使っているキャラクター情報はないのか聞いてみたが、預かり知らぬと返された。


「ゲームの世界の支配者なんて、そんな猿山の大将みたいな馬鹿げたことをーー。いや、まてよ……」


 プレイヤーの個人情報棚で、怪しげな名前がないか探しているうちに、リディはある考えに行き着いた。


「プレイヤーとNPCの融合を喜んでたって言ってたなーーそうか……ここは実験場で顧客に見せるためのサンプルってことならーー」


 リディの頭に商業宣伝用のキャッチコピーが浮かんでしまった。ーー自分なら富裕層の老人相手に話を持ちかけるだろう。デジタルの世界で第2の人生をと謳い、若い姿で永遠と過ごせると言えば食いつくはずだ。


 現時点では憶測なすぎないが……これは上手くやれば儲かるかもしれない……。リディはそう思った自分に反吐が出た。


「この事をカナデに話すかどうか迷うな……。ーーもう少し調べてからにするか」


 気持ちを切り替えてユグドラシルについて探したが、伏字だらけのヴィータの本では調べようがなかった。オーディンの人形の本はもっと酷かった。どのページも黒く塗りつぶされている。


「ゴードンさん、この本なんだけどーー」


 いつの間にかゴードンは宙に浮いている書籍の上で、こくりこくりと船を漕いでいた。


「あっと……どうしよう。ゴードンさん? お疲れのところすまないのだが……。この本、ページが黒塗りで読めないんです。そう言うものなんでしょうか? 」


「う? うーん。ふぁあ……。申し訳ない、日暮れ時が近くて眠くなってしまった。ーーそれについてだが、『読み手殿に閲覧許可が無い』ということだぞい」


「えっ、さっきの皇女殿下からの許可云々って話しは……? 」


「本を読む許可は出ているが全てではない、ということだぞい」


「なるほど……、ってことはクイニーの本もーーうん、読めない。ーーハルデンは……大丈夫そうだな。良かった、これは後にしよう。ユグドラシルについてはどれを読めばーー」


  リディは棚の上に伸びている鎖に気が付いた。ゴードンに頼んで取ってもらうとーー黒革に金刺繍が施された重厚な作りの本だった。ところどころにブラックダイヤモンドが埋め込まれ、鍵が付いている。


 表紙に鳥を模った紋章があったがタイトルは書かれていない。


「これは……なんの本か聞いても大丈夫、ですか? 」


 ゴードンは苦虫をかみつぶしたような表情をしている。


「ーーそれは……オーディン王だな」


「オーディン王!? ……え、まさかと思うが、5体目のユニークNPCとか言わないですよね? 」


「私の仕事は書籍の管理のみだーーそのようなこと与り知らぬ。……読み手殿の方が詳しかろう」


「そ、そうなのか。ゴードンさんは何でも知ってそうな気がして、つい……。ーーそれにしても、他の本と作りが違いすぎませんか? 鍵がかかっているのは出現する前だからなのか……それともーー」


「その本は……開けば呪いが発動する禁書ゆえに封印されている、ということだぞい」


「禁書!? オーディン王の本がなんで? 」

「読み手殿よ、閉館の時間だ。次はもっと早い時間に来い」


「ゴードンさん、待ってくれ! もう少しーー」


 気が付けばリディは、リビングの長机の上に立っていた。禁書という言葉がぐるぐると脳裏を走り回っている。


「……りでぃしゃん、お行儀が悪いにゃ」

「あっ! ごめん、ビビ。すぐに降りるよ。ーーえっと、カナデは? 」


「ぱそるーむにゃ。ビビもそこでお仕事するにゃぁん」


 リビングの隣にできたパソコンルームに入ると、カナデが忙しそうにキーボードをカタカタと叩いていた。


 ーー書庫での情報をまとめているのだろうか。もしくは、ノートパソコンを使って交換日記のように連絡を交わしているマーフへの手紙を綴っているのかもしれない。リディは話しかけるタイミングを伺っている。


「ーーカナデ、ちょっといいかな? 」

「もう少しで区切りがつくので、ちょっとだけ待ってもらっていいですか? 」


 ひんやりとした部屋にはいつの間にか高さ2メートルほどのサーバーラックがびっちり並んでいた。リディと一緒に部屋にやってきたビビが楽しそうにパソコンの中を泳いでいる。時々、立ち止まって尻尾を振っているところ見ると、どうやら何か作業をしているようだ。


 ふと、リディは目の前にある手帳と万年筆が気になり、何気なく手に取った。


 ーーこれ書庫でメモるときに使いたいな。今度、行くときにーーいや、先に持ち込んで大丈夫か、ゴードンに聞いた方がいいな……。


「お待たせしました。ーーあぁ、それサンプルなんですけど、手帳と一緒に良かったら使って下さい。あとで感想いただけると助かります」


「ありがとう、助かるよ。これなら書庫に持ち込めるかなって、ちょうど考えてたんだ」


「そうですね、ゴードンさんに聞いてみて下さい。ーーそれとですね、ビビが独自のネットワーク回線整備をしているので、もう少ししたらマーフさんとメールでやりとりができるようになりますよ」


「それって、もしかしてルーからの頼まれごとってやつか? にわかに信じ難いんだが、そんなことできるのか? 」


「僕とビビだけでは、とうてい無理でしたね。マキナさんの協力があってこそです」


「マキナが!? どうやって? 」


「詳しいことはよく分からないんですけどね。リディさん、書庫で何かわかりました? 」


 リディはプレイヤー情報が人生史のように記載された本があったことや、笛吹ヴィータはプレイヤーが倒せないことを話した。そして、禁書と言われたオーディン王の本と、彼が5体目のユニークNPCとして出現するかもしれないということもーー。


「ヴィータの攻略は『そして』の次が伏字だったんですね。その件はユグドラシルのことも併せて大丈夫です。ルーさんの手紙に書かれてましたのでーー」


「ってことは、プレイヤー全員がこの世界からリアルに帰れるようになるのか? カナデ、その手紙の内容を聞いても大丈夫か? 」


「もちろんです。手紙にはリディさんの協力が必須だと書かれていました。クイニーもですけど……。童話の件も含めてお話したいところなんですが、少しだけ休憩させてもらってもいいですか……」


「それは構わないがーー。カナデ? 大丈夫か!? 顔色が悪い、腕を俺の肩にかけろ。いや、抱えた方が早いか」


 リディは具合が悪そうなカナデを腕に抱えた。ビビの付き添いが必要かもしれないと思って辺りを探すと、まだサーバーラック内で仕事をしているようだった。カナデは青白い顔でぐったりとしている。慌てたリディは急いで寝室に運びーーベッドに寝かせた。


「リディさん、すみません。オーディン王の件がちょっとショックで……。少し、眠らせてください。あ、マーフさんに何か連絡事項あるならーー」


「そんなこと気にしなくていい。疲れがたまってるんだと思う……。ゆっくり寝てくれ」


 リディの頭の中をいろいろな疑問が駆け巡った。特にヴィータと人形、光王に皇女、そしてオーディン王……彼らの相関図が気になったーー。


「いや、今はそんな事よりもカナデのことを考えよう。ーー起きた時に、ほっとできるような温かいスープでも作るか」


 リディはキッチンでしばらく鍋を見つめた後、冷蔵庫から食材を取り出した。


システム:いい子ちゃんキャラが苦手なので、ゴードンみたいなキャラがどんどん増えてしまうヨーカン(予感)が! します。もぐもぐ。親父ギャグ失礼しました……。

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