オーディンの人形の書庫
システム:イメージ設定のようなものを挿絵として投下しました2022.12.27
「なんていうか……書庫というよりも図書館だな」
リディはすり鉢状の空間に立ち並ぶ書棚を眺めていた。ドーム状の天井からキラキラと星型の光が降り注ぎ、エリア全体を照らしている。彼はモンスターカテゴリーのフィールドという書棚が気になりーー背表紙の名称を順番に追った。
「こいつは、隠しダンボスじゃないか! 」
鬼兜丸という名称に思わず興奮してしまったリディは本を手に取った。鬼兜丸は盗人の森に出現するフィールドボスの討伐報酬を集めて、ダンジョンを出現させないとお目に掛かれないボスモンスターだった。
「うぉお! ……写真だと!? ランドルの図書館じゃ、絶対に見れないヤツだな。ーーほう、こんな姿だったのか」
感動しながらページを開いていくと、ステータスの他に、設定資料のようなイラスト入りの細かい説明も記載されていた。さらに夢中になって読み進めていく。
「攻略方法や逸話まで書かれている……すごすぎるな。これはなかなか読みごたえがある! 」
「読み手殿、何をしているっ! 」
マリーゴールドの花弁中央に丸い顔が付いたような図書花のゴードンが、リディが釘付けになっている文字の上にひらりと舞い降りた。小さな丸い手でリディの指をペチペチ叩いている。
「お探しの書籍は、キンギョソウ階段の上にあるぞい。さぁ、来い」
そう言うと、ゴードンはシュっと上空に飛び上がった。ふわふわと浮きながら、オロオロしているリディを見下ろしている。
「キンギョソウ階段って……。ゴードン? どこに……」
ゴードンは口をへの字に結び、困惑するリディの背中に両手をくっ付けた。
「読み手殿は書棚すら飛び越えられないとは、困ったもんだぞい」
「いや、そんなの普通は無理だと思ーーおうああああ! 」
いきなりリディの身体が書棚よりもはるか上まで浮かんだ。細い蔓の林が乱立しているのが見える。蔓の先には、ほおずきのような形の灯りが吊り下がっていた。
ーージェットコースター系は苦手なんだけど……。リディはあまりの高さに、つま先からぞわぞわという感触が頭まで走った。
「読み手殿、ちんたら歩いていたら、あっという間に骨になってしまうぞい」
「骨!? 爺さん飛び越して、骨なのか!? 」
「実はだな……ここは時間の流れが……」
「まさか俺はすごい勢いで歳をとってるのか!? 」
「そんなわけなかろう……。いっつあ、じょーくぞい! ーーさて、蔓に引っかからないように腕を身体にピッタリとつけてくだされ。ーー加速ぅぅ! 」
「!? ひぃぎゃぁぁぁあ! 」
「ーーリディさん? 」
叫び声に気付いたカナデは天井を見上げた。マッチ棒のように身体を真っすぐにしたリディが飛んでいる。ーー他のお客様に迷惑がかかるのでお静かに! と言うゴードンの声が聞こえた。
ーー他のお客様って、僕のことかな? カナデは苦笑いしながら、手にしている本を開いた。
「ここの本はテキストウィンドウが出現しないんだな……」
1ページ目に封筒が挟まれているのに気付いた。先に読むべきが悩んだが……ひとまず閲覧机の上に置いて、オーディン王の人形物語を読むことにした。
机から生えた枝に吊るされている、花のつぼみのような灯りの下で読み進める。ページをめくるたびに真新しい紙とインクの香りが飛んだ。
「ーーない……。人形を大事そうに黄金の宝箱に入れましたーーの続きが、真っ白だ……。ページはまだあるのに、どういうことなんだろう? 」
カナデは白い紙を指でなぞりながら目を凝らした。
「よく見ると……薄っすらと消しゴムで消したような跡があるな。この続きを誰かが消した? この封筒が何か関係しているかもしれないーー」
槌を模った印璽が捺された封蝋は触れると瞬時に消えた。カナデは便箋5枚に綴られた手紙を読み終わると、小刻みに震えている右手を左手で押さえた。椅子の背もたれに身を任せ、動揺している自分を落ち着かせる。
「ヴィータの一連の行動はそういうことだったのか……。ビビ、この手紙をデータ化して、僕以外は誰も読めないようにしてくれる? 」
「はいにゃ」
ビビは空中で手紙を小さく小さく折りたたんで金平糖に変えた。ポリポリと美味しそうに食べている。カナデは子猫を眺めながら考えを巡らせた。
「……この手紙の通りに、本当に進めていいのか? だけど……」
「るーしゃんは、あるじさまを信じてるって言ってたにゃ。大丈夫にゃ! 」
「ーーわかったよ、ビビ。ルーさんに『手紙の件、了解です』って連絡してくれる? 」
「お任せにゃっ。ビビとるーしゃんの心の絆回線でちょちょいのちょ~いにゃ」
ビビはピーンと高くあげた尻尾の先を光らせると、力強くブンブンと振って、ハンズフリーイヤホンを使っているかのように喋り始めた。空中散歩しながら笑い声を上げる姿は遠目から見ても楽しそうだ。
カナデはその光景に微笑ましい気持ちになった。
「ルーさんがブランたちと行ってしまったから、号泣してるんじゃないかって、心配したけど……取り越し苦労だったみたいで良かった」
ススキ群生地から隠し部屋に帰った後、ビビはコートのポケットから出てこようとしなった。カナデは無理に出さずに様子を伺い、リディはポケットに向かって優しい言葉をかけていた。
しばらくすると、彼らの心配をよそにビビはポケットから元気よくぴょんと飛び出した。空中でコロンコロンと寝転び、ご機嫌な様子でグルグルと喉を鳴らしている。
「ビビはこれから、るーしゃんの頼まれごとをちょいちょーいって片づけてくるにゃ」
「頼まれごとって? 」
「秘密にゃん。あるじさま、ポケットにオーディンの人形のメモ帳があるにゃ。にゃははぁい」
「ええっ、ビビ? ーーメモ帳って……なんかヴィータの時と同じような既視感がーー」
ポケットにはツイストリングのメモ帳が入っていた。ビビの言動に呆気にとられているリディと、隣り合わせでソファに座り、長机に置いたメモ帳の白い表紙をめくった。
現れたのはテキストウィンドウではなく、青空のような色の両開きの扉だった。ドア表示プレートには、書庫と記載されている。
「オーディンの人形の書庫? ……どんな本があるのか気になりますね。ーーリディさん、取り合えず、行ってみましょうか」
扉に触れると、一瞬だけだったがフルスロットルで加速して、異空間に飛ばされるような不思議な感覚を感じた。カナデとリディはパソコンルームか会社にあるような書庫を思い浮かべている。
だがそこはローマのコロッセオを彷彿させるような、すり鉢状の空間だった。入口を囲むように書棚が立ち並んでいる。
「え? これが書庫!? 」
「リディさん、予想をはるかに超えました……」
彼らは想像していた部屋とは全く違うダンジョンのような、はたまた異世界のようなエリアを口を開けて見渡した。
奥の壁際は書棚よりもはるかに大きい青をベースとした花が咲き乱れている。足元のガラス張りの床下には様々な種類の金魚が泳いでいた。
それを眺めながら進んだ先の床は柔らかい草むらだった。カナデよりも背が高い百合のような花がぼんやりと光っている。その側にカウチソファや閲覧机が設置されていた。
「リディさん、この机を見てください。地面から生えてますよ! これも植物なんでしょうか? 」
「机だけじゃないみたいだ。椅子も根が張っている。ーー座れるのか? 」
リディは白い花が咲いている背もたれを引いてみた。通常の椅子と同じように軽く動いたが……根っこの足がニュルニュルと這っているのが見えた。
「うわぁ……ビジュアル的にはちょっとアレだな」
カナデは振り返って天井を見上げていた。出入口の扉は塔の一部だったようだ。蔓が巻き付いた柱に扉のサイズと変わらない朝顔のような青い花が点々と咲いている。
最上階で渦巻く青い炎に気を取られているとーー手のひらサイズのオレンジ色の花が舞い降りてきた。それはカナデたちの前でふわふわと浮いている。
「じーっ……。なるほど、其方らは許可を得た者たちなのだな……では歓迎しよう。私は管理を任されている図書花のゴードンだぞい。ここはカメラや電子機器類は持ち込み禁止になっている。違反者はすぐにつまみ出されて出禁になるゆえ、気を付けられよ」
「ゴードンさん、初めまして。カナデと言います。ごめんなさい……カメラとスマホがあるんですけど、他のエリアに置いていくことができないというか、身体から離せないというかーーええっと……」
ゴードンはしどろもどろになって説明をしているカナデを観察するようにジロジロと見ている。彼はしばらく黙っていたがーー随分と雰囲気が違うのだなとつぶやき、小さめの行李を机に置いた。
「これに入れるがいい。フタを閉めたものしか開けらぬ仕組みになっている。さらに他の者が持ち出せぬように、木の根でしっかりと繋ぎ止めておくゆえ、安心めされよ」
ーー追い出されるかと思ったけど良かった……。カナデは臨機応変にゴードンが対応してくれたことに感謝した。お礼を言ってすぐにボディバックとスマホをそそくさと行李に入れた。
「さて、準備はよろしいか? 探している書籍があるなら私に聞くがいい」
「ゴードンさん、オーディン王の人形物語を読みたいのですが、どこにありますか? 」
「あそこだ」
ゴードンが指した先を見ると、かなり奥の方の書棚がぼんやりと青く光っていた。カナデは丁寧にお辞儀をすると、緩やかな坂を登っていった。
「さて、そちらの読み手殿は、どんな本をご所望かな? 」
「あぁ、えっと、笛吹ヴィータとユグドラシルのことが書かれた本は、どこにありますか? 」
「ふむ……。検索するぞい。エリアによっては新たに許可を取らねばならぬ。しばし待て」
リディはついさっきまで、笛吹ヴィータの手帳の文字化けとパズルのような文章に頭を抱えていた。だか、ここでいっきに道が開けそうだとウキウキしている。
ゴードンを待っている間に、近くにあったアイテムカテゴリーの書棚を覗いた。ーーハルデンのデータバンクに負けず劣らずの情報を詰め込んだ本がずらりと並んでいる。素材アイテムに至っては入手方法はもちろん、作れる制作物と作り方まで載っていた。
「すごいな……職人クラスが泣いて喜ぶ、宝の山だ。ーーぬぁ、商人が作れる制作物一覧だと!? ……いや、いま俺は商人じゃ無くてハルデンだった。スキルをもっと上手く活用するには、ハルデンの本を読まないとだめだな」
ぶらぶらと書棚の間を歩きながらーー目につく本を片っ端から手に取っていった。リディはこれだけの本があるなら、いま神ノ箱庭で起きている不具合についても調べられるのではないかと、ふと思った。
「ーーもしかしたら……ユグドラシルを使わなくても、リアルに帰れる方法を書いた本があるんじゃないか? 」
本に乗って浮かんでいるゴードンにチラッと目を向けると、丸い手を忙しそうに動かしていた。検索をしているのか、手続きをしているのかはよく分からないが、まだ時間がかかりそうだ。
「待っている間に探してみるかーー」
システム:書庫とゴードンはイメージイラストを描いてから書き進めました。そのうち活動報告に載せたいと考えてます。→パソで描いているけど殴り描ぃ。ははは……。