ススキ群生地の茶会
ヴィータとの激戦を終えたブランとガンドルは、街道から少しはずれた観光スポットでひと息ついていた。乗り合い馬車の停留所の近くにある、シュミラ高原ススキ群生地という看板を通り過ぎた辺りで景色を眺めている。
彼らは朝日を浴びて銀穂をキラキラと輝かせるススキ群に魅入られていた。しばらくゆるやかな時が流れた後、ブランが思い出したように口を開いた。
「悔しいですが、ヴィータの方が一枚上手でしたね」
「そうだな、あんなにモンスターを出してくると思わなかったよ」
「魔法の笛は使ってたんでしょうか? 相手のスキルをコピーしたり、モンスターを作り出したり……かなり驚きました」
「なぁなぁ、でっかい虫シリーズの後半さ、めっちゃ楽しくなかったか? ーーヘラクレスオオカブトが出てきた時、興奮しすぎて鼻血でるかと思ったよ。あれに、乗りたかったな……」
「だから、あんなに必死に、倒さないでくれと叫んでたんですね」
「ーー結局、倒しちゃったけどな。物凄く残念だ……。モルフォチョウも綺麗だったな」
「ヴィータは昆虫好きなんでしょうか? 不思議に思ったんですど、ゲームのクリーチャーらしいものは出てきませんでしたよね」
「ーー言われてみれば……でっかい手とかモンスターっぽくないよな。そのまんまやん! って突っ込めるのばかりだった」
ガンドルは群生するススキを片っ端から手のひらで撫でた。戦った相手を順番に思い出しながら、道なき道を足を踏み入れて、探検している。
その一方で、ステッキをティーテーブルセットに変えたブランは、眠るオーディンの人形を抱えたまま、ひじ掛け付きの椅子に深く腰を下ろしていた。ジャケットの内ポケットから取り出したタブレットパソコンとにらめっこしている。
画面にはステータスとスキルの詳細が記載されたウィンドウが表示されていた。ブランは目を細めながら数字を確認すると、満足げに微笑んだ。
「何回も死にそうになったおかげで、キャラレベルがカンストしました。スキルは全て解除された上に、レベルもマックスに近い……。あの方には感謝しないといけないようですね」
「ブラン……、転んでもただじゃ起きないタイプだろ」
ススキと十分にじゃれ合ったガンドルが尻尾や髪の毛にオナモミをつけて戻って来た。両手を頭の後ろに組んで鼻歌を口ずさんでいたが……ブランが手にしているタブレットパソコンに気付くと、指を差しながらワナワナと震えた。
「ぬあああ! ブラン、何だそれ! 何でそんなハイテク機器を持ってるんだよ! 」
「おやおや。異世界転生する時に女神さまから貰わなかったんですか? 」
「え!? 女神様? ……そんなシチュエーション、あったかな……」
「ふふふ、冗談ですよ。これは私のスキルの1つです。さっき、ロックが解除されたんですよ」
「え、冗談だったのかよ! 一瞬、信じちゃったじゃないかっ。ーーそれにしても、いいなぁ……。なぁ、ネットスーパーのアプリとかーー」
「ありませんよ」
「……ちぇっ」
ふてくされながらブランの向かいにある椅子に座ったガンドルは、丸いポットを包んでいたティーポットカバーを外した。アールグレイティーを静かにカップに注ぎ、ふわっと香るベルガモットを楽しみながら音を立てずに口をつけている。
背筋をシュッと伸ばし上品にティーカップを置くガンドルの姿にブランは感心した。
ーー野性味あふれる外見にマッチしていないな……。もしかしたら、リアルの彼はいいとこの坊ちゃんなのかもしれない。
ブランがそんな事を考えていると、ふいにオーディンの人形が小さなあくびをした。白くてふわふわなブランの手を握りながら、まだ眠そうに目を擦っている。
「おはようございます、オーディンの人形。ーーいい夢を見られましたか? 」
夢うつつなオーディンの人形は目を閉じてウトウトしていた。ガンドルは椅子をブランの隣に移動させて、銀髪の少女の頭を撫でている。
「それにしてもヴィータのやつ。あんなに大事そうにしてたのに、人形をよく手放したな。圧倒的にあいつの方が有利だったのにーー」
「そう、ですねぇ……。ヴィータが何を考えているのか……さっぱり、分かりません」
「迷路でウサギたちが酒盛りしてたのは笑ったな! 」
「いくら呼んでも来ないと思ったら……まさか! ってやつです。黒ウサギからワインを貰ったと言ってましたので、たぶんヴィータの策略だったんでしょうねぇ」
「ウサギちゃんたちから、おこぼれをちーっとばかしもらったんだけどさ。美味かった! あれは飲んじゃうね」
ガンドルは評論家のように、熱心にワインについて語り始めた。ブランはお茶に口をつけながら、その話を聞き流している。ふと、ぐでんぐでんに酔っぱらって千鳥足になっていた羽ウサギたちを思い出してーークスッと笑った。
「さて。そろそろ、王が人形を返してくれと言いに来る頃じゃないですかね」
チラリと街道の方に目を向けるとカナデが立っていた。肩に乗っていた子猫のビビが、勢いよく空中を走りながらブランたちの方に走っている。
「ブラン、どうすんだ? 素直に渡すのか? 」
「どうでしょうね……」
ティーカップのお茶を見つめているブランは歪んだ笑みをこぼした。
「うっは。すっごい悪い顔になってるぞ。ブランも悪役の方が似合っているな」
「お褒めにあずかり光栄です」
ブランが指を鳴らして新しいお茶を用意をしているとーー子猫が嬉しそうにウトウトしているオーディンの人形の膝に飛び乗った。
「るーにゃぁぁんっ。ビビはハルデンしゃんと、クッキーを作ったにゃん。いっしょにたべるにゃん」
少女にグルグルと喉を鳴らしている子猫がくっついている。その光景に和んだブランは目元を緩ませながら、ティーテーブルに目を移した。ふわっと浮いているティーポットが客人のためにマロウティーをカップに注いでいる。
カナデはキャンペーンボスたちと友好的に会話を進めたいと考えていた。ーーブランがデルフィならきっとうまくいくだろう……。緊張で汗ばんだ手を握りしめて、にこかやな笑顔を彼らに向けて挨拶をした。
しかし、キャンペーンボスたちはカナデを歓迎していないという態度だった。腕組みをしているガンドルは背もたれに体重を預けて、つまらなさそうにあくびをしている。ブランは委縮して目を背けてしまうほど、冷ややかな表情だった。
「これはこれは王さま。このようなところまでご足労いただき恐縮です」
「ブラン、僕は王じゃないよ。それと、気付いてると思うけどーー」
「人形を渡せ! という命令なら、従えませんよ」
「命令なんてしないよ。お願いにきたんだ。オーディンの人形を返してくれないか? 」
用意された椅子に座ることなく、カナデは立ったまま交渉を進めていた。その様子に呆れたガンドルは苛立ちを現すかのようにティーテーブルを一定の間隔でトントンと指で叩いたーー。
「立ったままで、出されたお茶にも手をつけないってのは、いただけないな」
さらにガンドルは慌てて席に着くカナデに嫁いびりする姑のごとくーー手土産もないのかとあれこれ言い始めた。ブランは口元に手を置いて彼らを見ないように横を向いている。どうやら、笑いをこらえるのに必死なようだ。
ーーガンドルさんがマナー講座を……。意外過ぎて面白すぎます。
ブランはしょんぼりとうなだれているカナデに助け舟を出すことなく、彼らのやりとりを聞き流していた。笑いをこらえるためにオーディンの人形の髪に似合う花飾りを考えている。
ダメ出しチェックが終わったガンドルはマロウティーにレモンを入れた。しばらく色の変わるさまを楽しんだ彼は口をつけた後に、ジロジロとカナデを観察するように眺めた。
ーーな~んか思ってた感じと違うんだよな。子どもっぽいと言うか、変に素直っていうか……、口が上手くて威圧的なはずなんだけど、ヴィータみたいに手が加えられてんのかな。
ガンドルは自分の設定に記載されていたイメージと照らし合わせていた。類似する点がないことを不思議に思っている。
「さてと、本題に戻すけどさ。ただで人形を返せっていうのかな? カナデさまよ」
「えっ……」
返事に困っているカナデの代わりに、笑いの神から解放されたブランが口を開いた。
「ええ、ガンドルさんの言う通りです。ーー人形の奪還にかなりの労力を使いましたので、それなりの褒賞はいただきたいですね」
「褒賞? ……何が欲しいのか教えてくれる? 僕が出来る範囲になるけど、頑張って用意するよ」
「そうですねぇ……。我々にはお金も、アイテムも必要なさそうですしーー」
ブランは少し顎あげて横目でチラリと街道の方を見た。ススキの穂が揺れる向こうでプレイヤーたちが武器を構えている。
「ーー経験値……とか」
「プレイヤーを倒したいってこと? それは駄目だ。もっと他にーー」
「ならば、交渉は決裂だな。あばよ、カナデさまっ」
ガンドルはケラケラと意地悪そうに笑いながら、ブランの膝にいるオーディンの人形を抱き上げようとした。ーーだが、少女に顎を掌打され、むこうずねを蹴られてしまった。
「触るな、暑苦しいっ」
痛ぁい! と騒ぐガンドルをしり目に、不機嫌そうな顔したオーディンの人形がブランの膝から降りた。子猫を腕に抱いたまま、くるりと振り返りーーウサギ顔をじっと見つめている。
「君は……」
「あぁ、ダメです。そのスキルをつかってはいけません。左目までダメになってしまいますよ」
少女は何か言おうとしたが上空を気にして口をつぐんだ。無言のままブランの向かいの席にいるカナデに駆け寄りーー彼のコートのポケットに子猫のビビを入れた。
「何も言わずに、行っちゃうのかぁ……」
そのままオーディンの人形が立ち去ってしまいそうな雰囲気に、ガンドルは物悲しい気持ちになった。ティーテーブルに頬杖をついた彼は大きなケモミミをしょんぼりさせた。
システム:ススキ観光に行きたいと思うときにはいつもシーズンが終わっているという……。そして来年行こう! って毎年、思ってるぅ。