NPCと言うなかれ
「さぁ、タケルくん! この投網を使って、逃げ惑う梨たちを捕まえるんだぁ! 」
ガンドルは大きく振りかぶって何かを投げる仕草をした。勇敢にも獣王ガンドルと戦おうとしていたプレイヤーたちは驚きの声を上げて後退った。ーーだが、特に魔法やトラップのようなものが飛び出てくることもなく、気まずい空気が流れた。
「ガンドルさん、何やってるんですか……しらけてますよ。アニメや映画のセリフですか? 」
ブランに呆れ顔をされたガンドルは気恥ずかしさを感じている。
「う、うーん。フルーツハンター伝説っていうゲームだったかな……」
「フルハン!? やったことある! 」
プレイヤーの1人が思わず口に出した言葉にガンドルの耳がピコンと動いた。ガンドルは軽くジャンプして移動するとーーあれ面白かったよな! と言って、弓を構えていた彼の背中をバンバンと叩いた。
フレンドリーな討伐相手に驚いたプレイヤーは、ええっ? という驚きの表情のまま固まった。ガンドルはお構いなしに喋り続けている。
「じゃあ、これ知ってるか? 『集え黒き龍たちよ! トルダスレイン! 』 」
「それ、ミラージュ城のヴァルキリー! 有名な破壊の呪文じゃないですか! 俺、あのアニメが好きで何度も観ましたよ」
「まじか! あのシーン良かったよな」
「呪文使うときのポーズを真似して遊んでました。こんな感じでーー」
弓を収納したプレイヤーは足をバッと開いて左手を腰に添えた。右手で裏ピースした2本の指を曲げると、シュと正面に突き出した。ガンドルは彼の隣に並んで同じ仕草をしている。
「おぬし……なかなかやりおるのぉ。ふっふっふ」
「いえいえ、そんな……お代官様こそ。素晴らしいポージングです。ーーアニメだと、3人のヴァルキリーが並んでやってましたね」
「確かに……。なぁ、ブラン。お前もこっちで並んでーー」
「遠慮させていただきます」
ブランは彼らの傍にティーテーブルを出して、興味なさげにお茶を飲んでいる。内心はちょっとやってみたくてウズウズしていたがーー、呆気に取られて口を開けているプレイヤーたちを警戒して、見張りに徹していた。
ーー討伐に来ているのに、何なんだこの状況は……。
ブランたちから30メートルほど離れた場所に移動した7人のプレイヤーは顔を見合わせていた。パーティメンバーとガンドルが教室で語り合う学生のように、アニメやゲーム話に花を咲かせているーーそんな光景に混乱しつつ……難色を示していた。
小声でヒソヒソと会話を始める。
「あいつ、何やってんだ……」
「なぁ、アントン。ガンドルが油断している隙に突っ込もうぜ! 」
「待て、ジンライ。さっきからブランが戦闘テリトリーを消しては展開するを繰り返してる。俺らを牽制しているのかもしれない」
「ブランって出現したばっかだろ? たいしたことないさ」
血気盛んなジンライは早く戦いたくてたまらないようだ。ウズウズしている彼の肩をアントンが押さえている。
「ジンライさん、情報ギルドの掲示板を見てないんですか? 油断しない方がいいですよ……」
「私もセナさんに賛成です。……もうちょっと様子を見て、作戦を練った方がーー」
彼らはお茶を飲んでいるブランをチラチラと見ている。
「……なぁ、俺、いいこと考えちゃった。キャンボス仲良し作戦ってどうよ」
「ハムタさん、それどういう作戦ですかぁ? 」
「また突拍子もないことを……。ヒメリンさん、聞かなくていいですよ」
「アントン氏、いい作戦かもしれないっすよ? ーーハムタ氏、このガーリック様に分かるように説明ヨロ」
「しばらくこのまま様子見してさ。あいつにガンドルとフレ登録させんだよ。そうすれば~、倒した後もリポップ先とか、位置情報がすぐに分かるじゃん」
「はぁ? NPCとそんなこと出来んのか? 」
「わかんねぇ。ぶはっ」
「あいつに今の作戦を、メッセで送ってみると良いんじゃない? ちなみに、私はフレじゃないので無理でぇす」
「……え~っと。俺様、ガーリックもヒメリンちゃんと同じで無理でぇす」
「俺らのパーティ募集で来たヤツだから、みんなフレ登録はしてないだろ。ハムタの案は却下だ……。そもそも、NPCはスマホを持ってないじゃないか。キャンボスなんだから、仲良くなること自体おかしんだよ」
「確かにアントンの言う事も一理あるな。ーーおっとぉ、またもや良い作戦を思いついた! あんだけガンドルと仲良くなっているってことはさ……。あいつを盾にすればいいんじゃね」
「人質にしてガンドルが手を出せないようにするってか! でもよ、ハムタ。パーティメンバーはフレンドリーファイアが無いからできねぇだろ? 」
「何言ってんだ、ジンライ。放逐すればいいじゃん」
「うわっ、鬼畜ぅ。ヒメリンは、ブルブル震えちゃいますぅ」
「でも、それ……。プレイヤー殺しになるんですよね? ペナルティ、貰ったりしません? 」
「セナさんは心配性だなぁ。あいつが冒険者ギルドに訴えたとしても、大丈夫さっ。あそこは確かな証拠がないと取り合わないって知ってるだろ? 」
「そうですけど……。気分的にあんまりーー」
「おいおい、これは楽にキャンボスを倒すチャンスかもしれないんだぞ」
「ーー元から仲間じゃないし、そういう作戦もアリかもしれないな……」
「ほら、アントンも乗り気だ! NPCと仲良くなるような、おかしな人はいりません、ってことでいいじゃないか。多数決をとってもいい」
「ヒメリンは、楽して討伐報酬が欲しいので賛成でぇす」
セナは自分以外のメンバーが全員が挙手しているのを見て諦めた。討伐するチャンスだと気持ちを切り替える。ハムタは陣形を指示すると、獲物を蔑むようにニヤニヤと笑った。
「俺があいつの首根っこを捕まえて盾にするから、キャンボスがひるんだらヨロ。ーーじゃあ、あのバカをパーティから切るぞ。用意はいいな? 」
ブランは彼らの全ての会話を長い耳で聞いていた。眉をしかめながらスッと立ち上がると、ティーテーブルセットをステッキに戻した。
「ガンドルさん、お喋りはそれぐらいにした方がいいですよーー」
「うん? あぁーー」
シーフスキル隠密を使ったプレイヤーが近づいている。ガンドルの瞳には彼らの姿がはっきり見えていた。俊足スキルを使った走りも、ガンドルにとってはスローモーションだった。
「じゃあ、破壊の呪文を使って、退治しちゃおうかなっ」
ガンドルは会話をしていたプレイヤーを真上にポーンと放り投げるとーートルダスレイン! と叫びながら右手の拳で地面を思いっきり殴った。土の津波が7人のプレイヤーを飲み込んでいくーー。
瞬間的にジャンプしたブランは上空からその様子を眺めていた。
「その範囲スキル、雑魚を一掃できて便利ですね」
ブランは着地すると、さっきまで水のように波打っていた大地を、確認するようにコツンコツンとステッキで突いた。ガンドルはうわああと叫びながら落ちてきたプレイヤーをふわりとキャッチしている。
「いきなり投げてごめんな」
「急降下が……怖かったけど、だ、大丈夫です」
「それじゃぁ、俺らはもう行くから気を付けて帰れよ。ーー面白い話をありがとな」
「あ、ガンドルさん待って! 俺、ユーリって言います。その、また話できるかなーー」
「ユーリ、次は手土産を持ってきてくれよ。アップルパイとか、甘いもんが食いたいな」
「アップルパイですね! 絶対に持ってきます。それと……討伐しようとして、ごめんなさい……」
「あははっ。初めてそんなこと言われたぞ! 気にすんな、仕方ないさ。俺らはキャンボスで、ここはゲームの世界だからな……」
ガンドルは寂しそうに笑うと、山間に沈もうとしている大きな太陽に向かってブランと共に歩いていった。
ポツンと残されたユーリは、彼らの姿が小さな影になるまで眺めていた。ふと、ガンドルと普通に友達になりたくなった自分を思い出した。ーー相手はNPCで、しかもキャンペーンボスなのに……。何でそんな風に思ったんだろう。
「……いやいや、ぜんぜんNPCっぽくなかった! むしろプレイヤーですって言っても違和感がない。ーー学習型だからか? それでもかなり人間っぽいな。……中身入りのキャンボスなんて聞いたことないしーー」
ユーリは右手を顎に添えて、考えるような姿勢のままウロウロしている。
「……アニメやポータブルゲームに詳しいNPCなんているのか? そういう設定だって言われたとしても、あんなに楽しそうに喋るなんて……。それにあのノリ! 」
「ブランは俺に攻撃するどころか、優雅にお茶飲んでたし。戦闘テリトリーを消して展開するを繰り返してたけど……あれは何だったんだろう? 今度、会ったら聞いてみようかな……」
そろそろ街に戻ろうと思ったユーリはポケットから移動石を取り出した。だが、急に怒りが込み上げ、地面に落ちている石を蹴り飛ばした。
「野良での裏切りは度々あるけどさ! あいつら……俺をパーティから切って、殺そうとしたな。1人だけ募集になんて、参加しなきゃよかった。くそっ! 」
「でも、ガンドルが……助けてくれた……。NPCが俺を助けてくれた! キャンペーンボスがだ! そんなことって、あるのか? 」
ユーリは星空に浮かぶ月に問いかけた。目頭が熱くなる……彼は両手の拳を握りしめた。
「きっと何か事情があるんだ……。ガンドルはNPCに見えない」
ユーリは拠点にしているランドルの街に戻ると、情報ギルドへ駆け込んだ。そして何よりも先にーーアップルパイが美味しい店を教えてくれと言って、ディグダムを驚かせた。
システム:集え黒き龍たちよ! トルダスレイン! そんなアニメを見てみたい……。フルーツハンター伝説は、いわゆる果物狩りゲームです。さぁ、世界中のフルーツをこの手に!