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神ノ箱庭  作者: SouForest
我々の敵は本当にプレイヤーなのか?
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天秤には悪い話しか乗っていない

 常闇の森に近いフィールドで、『剣王ブランが獣王ガンドルと戦っている』という知らせが、情報ギルドに届いた。これで、公式で発表された3体のキャンペーンボスがそろったことになる。すぐさまヨハンを中心とした調査隊が現地調査に動いた。


 カナデはディグダムが調査隊を見送った頃に情報ギルドに足を踏み入れた。マーフは受付の奥でアイノテと何か話をしている。スタンピートとパキラは出かけたのだろうかと思いながら、受付にいるディグダムの所へ向かった。


「ディグダムさん、何かあったんですか? 」


「3体目のキャンボスが常闇の森付近で出現したそうです。今しがた、ヨハンチームが出たんですけど、カナデさんもーー」


「あっ、カナデさん! すみません、銀の獅子商会の方でいいですか? 」


「マーフさん、常闇の森付近なら、僕も様子を見に行こうかと思うんですけどーー」


「いえ、ブランのことは、ヨハンたちに任せて下さい」


 込み入った話をしたかったマーフはグイグイとカナデを引っ張り、銀の獅子商会本部へ向かった。執務室の方が情報ギルドの作戦会議室より話しやすい上に、手慣れた機材が揃っているので何かと都合が良いからだ。


 たわいもない会話をしながらカフェで飲み物と茶菓子を購入し、2人は執務室のソファに腰を落ち着けた。


「カナデさん、ドラマだったら……『良い話と悪い話のどちらから聞きたいか? 』っていうシーンになるのでしょうけど。悪い話ばかりなので……心の準備をお願いします」


 思いがけない言葉にカナデは息を飲んだ。マーフは心を落ち着かせようとして、暖かいミルクティーに口を付けた。


「ーー1つ目は、デルフィさんがバッハベリア城で消えました」

「えっ? 」


「デルフィさんが持っていたNо.3のカメラを、ピートさんが拾ったそうなのですが、帰属者名の変更を確認したそうです」


「それって……僕が拾ったルードベキアさんのカメラと同じってことですよね……」


「はい……。今でも信じられないです……。一緒にいたピートさんとパキラさんは、かなりショックを受けているみたいで、2人ともずっと仮眠室に篭ってます。ーー特にピートさんは、デルフィさんと1番、仲が良かったから……」


「あとで様子を見に行ってもいいですか? 」


「我々には1人になりたいって言ってましたけど、カナデさんなら……固く閉ざされた扉を開けられるかもしれませんね」


 マーフはスマホ画面に表示されているフレンドリストを眺めた。デルフィの名前はログアウト表示になっている。


「それとですね。先ほど、ディグダムさんが話していたことが2つ目になりますーー剣王ブランが獣王ガンドルと戦っているそうです……。ブランは、デルフィさんなんでしょうかーー」


「いま聞いた話の感じだと、……たぶん、そうだと思います」


「プレイヤーだった時の自我が残っているのか気になります……。あ、ヨハンたちが調査に行っているのですぐに分かりますね。連絡が入り次第、お知らせします。それと……まだあるんですけど大丈夫です? 」


「えっと……。僕からの悪い話を、先に聞いてもらっていいですか? 実はーー」


 ルードベキアがヴィータに連れ去られたと聞いたマーフは一瞬、目の前が暗くなった。心配するカナデに大丈夫ですと言いつつ、目を閉じて顔の片側を右手で覆っている。


「すみません、その話……テキストに起こさせてください」


 マーフはソファから立ち上がると執務机に移動した。パソコンのモニターに表示されている文字を見ながら、キーボードを軽く叩いている。


 表面では平静を装っていたが、心の中では……今にも泣きそうな表情をした小さなマーフが次から次へと起こる出来事を天秤に乗せていた……。胸が痛くなるのを感じたマーフは手を止めた。


「かぁ? 」


 心配そうに鳴いている小鴉は主人であるオーディンの人形から離れ、ずっとマーフの傍にいた。執務机の上をちょこちょこと歩いて愛嬌を振りまいている。


 カナデはアイスコーヒーがはいったチルドカップを回転するように振って、カラカラと氷同士がぶつかる音を聞きながら、ブランのことを考えていた。


「マーフさん、ブランのことなんですけどーー。ビビが元気になってから会いに行こうと思います。今は、人形を探すんだと言って泣いてるので……」


「分かりました、ブランについては情報ギルドの調査隊にお任せください。……えっと、ビビちゃんはポケットの中ですか? 」


「いえ、獅子屋のおかみさんから離れなかったので、預けてきました」


「あぁ、そうだったんですね。ーー獅子屋のおかみさんは優しいから、少しでも元気になるといいですね」


 マーフは自分をジッと見つめている小鴉の頭を撫でた。彼は目を細めて気持ちよさそうにしている。


「ーーケイトリン、君が元気ってことは、ご主人様は無事ってことだよね」


 小鴉はマーフからモニターに目線を移し、パソコンのキーボードをクチバシで突き始めた。マーフの顔は可愛いいたずらに、自然とほころんでいるーー。


「ケイトリン? ーーカナデさん、ちょっとこれ見てください! 」


 カナデはソファから立ち上がって執務机まで移動すると、なんだろう? と思いながらモニターを覗いた。


 ーーぎんぎつねやはおひるねちゆうしばらくおやすみ


「なるほど。ケイトリン、ありがとう。ーーマーフさん、これ写真に撮らせてください。ビビがここの店のお団子がすごく好きで、食べたいと駄々をこねてたんですよーー」


 小鴉のケイトリンとオーディンの人形は繋がっている。この伝言を見ればビビは安心するだろう。そう思いながらカナデはカメラのシャッターを切った。


 少し気分が良くなったマーフはソファに戻り、茶菓子として買って来たキャラメル林檎ケーキに手を付けている。甘すぎず優しい味の林檎に思わずとろけた顔になった。カナデに美味しいですよと勧め、しばらくティータイムを楽しんだ。


「ではカナデさん、最後の悪い話なんですがーー。バッハベリア城にいるエレオノーラ王女って知ってます? 図書館クエストをくれるNPCなんですけど」


「もちろん、知ってます。ビビと一緒に何度か会いに行ったことがありますよ。『セリフが2つしかないにゃ』ってビビが言ってーー。何かあったんですか? 」


 マーフは長机に置いていたノートパソコンを開いて、デルフィがカメラで撮った写真とスタンピートが書いた調査報告書をカナデに見せた。


「名称がカンナ王女になっていたそうです。この写真を見て下さい。ーー金髪ストレートだったのに、ピンク髪になってます。それに王冠じゃなくて、課金品の髪飾りをつけているんですよ」


「この報告書には、デルフィさんが『カンナ本人だろう』と言っていたと書かれています。プレイヤーが既存のNPCに変わったということは……全てのプレイヤーもいずれ、NPCになってしまうのでしょうか? 」


 カナデは鼓動が速くなった。落ち着こうとしているがマーフの顔を見ることができない。


「全てのプレイヤーがNPCになるなんて……あり得ないと思います。いえ、そう思いたいです。僕は……そうならないように、父と話をして、みんなを現実に返してもらえるようにーー」


 カナデが矢継ぎ早に喋り始めた様子から、マーフは彼の父親がこの件に関わっているのではないかと勘ぐった。ーー団長からの情報だけで本人から聞いたわけじゃないけど、何かあるのかもしれない。


「あぁっ、カナデさん。1人であれこれ考えて背負い込んだらダメですよ。ーーカンナ王女の噂が広まるのは時間の問題だと思ったものですから、少し気になっただけなんです」


 自責の念に囚われているカナデはうつむいた。カンナの願いを憎悪に満ちた心で叶えてしまった事が棘となって心に刺さっている。


 ーーマーフにだけは嘘をつきたくない。


 真実を伝える覚悟を決めたカナデは右手で黒い箱を作りーー目の前にある長机に置いた。


「マーフさん……。僕のせいです、ごめんなさい……。これが、カンナが王女になった原因です。開けるだけなら大丈夫です」


 カナデの告白にマーフは戸惑った。ーー父親の方ではなくカナデが関わっていたなんて……。あれこれ考えを巡らせながら黒い箱を見つめる。意を決してフタを開けると小窓が出現した。


 ーー神の箱庭のNPCになりたいですか? 


 目に飛び込んだ言葉に驚きすぎて息が詰まった。はいといいえのボタン下に小さな文字で注意書きがある。マーフはそれをじっくりと読んだ……。


 要注意:はいを押すと神の箱庭に既存しているNPCになります。実行後はキャンセルできません。希望しない場合はいいえを押すか箱のフタを閉じて下さい。


 マーフは震える手で箱のフタを閉じた。深呼吸をしながら、リディから返却されたノートパソコンにあった書類を思い出す。それには……ダンジョンでカンナがNPCにしろとカナデを脅迫していたが、黒い箱を拾ったらいなくなったと書かれていた。


「そういうことだったんですね……。腑に落ちました。教えてくださって、ありがとうございます」


「……マーフさん、僕のことが怖くないですか? 」


「怖いというよりも、カナデさんが心配ですね。だって、これをカンナに渡したことを後悔して、苦しんでますよね……。私が思うにーーNPCになりたい人なんて、そうそういないですから、言うなればカンナの自業自得ですよ。気に病む必要はありません」


「でも……」


「こんなアイテムがあるということに驚きはしましたがーー。団長やマキナさんがNPCになったことに苦悩しているカナデさんが、これをばらまいて、プレイヤーをNPCに変えようと企てているーーなんて、冗談でも信じません」


 マーフはおもむろに立ち上がりーー暗い表情のカナデの隣に座った。


「それに、これ、ショコラダンジョンの呪い箱みたいに開けたら発動する仕様じゃないし、『いいえボタン』がある親切設計ですよね。うーん、注文を付けるとすれば、注意書きはもっと大きな文字にした方がいいと思いますーー」


「ーーカナデさん、自分を責めすぎないで下さい。そんな簡単に気持ちの切り替えはできないかもしれませんけど……」


 マーフはスタンピートたちみたいに、そっとしておくのがいいのだろうかと悩んだ。だが全ての人がそうして欲しいと考えているとは思わない。……姉の玲奈が手を引っ張って暗闇から自分を連れ出してくれたことを思い浮かべた。


「ーーカナデさんは、お酒が飲める年齢ですか? 」

「あ、はい、一応……」


「じゃあ、これからちょっと1杯、付き合って下さい」

「え? でも、この後はピートとパキラのところにーー」


「うーん、そんな暗い顔で行くと……逆に心配されちゃいますよ? なんていうか、まず自分のメンタルを1番に考えた方が良いと思うんですよね……。あ、だからといって、私と飲みに行くのが最善だと言えないし、もちろん無理強いはしません」


「いろいろな問題に直面していて、考えることがたくさんあるのも、分かっています。……でも、ちょっとだけ……私の笑い話を聞いてみるっていうのはーーどうでしょう。ふふふ」


 カナデはチームサビネコの仲間であるスタンピートとパキラが心配だった。すぐにでも会いに行きたいと思っているのに、心の天秤が揺れ動いている。


「ピートやパキラに薄情だって言われないですかね……」


「カナデさんは気にしすぎですよ。人の顔色をそんなに伺う必要はないです。それに、そんな事を彼らは言わないでしょう。ーーもしも、『薄情な奴だ! 」って言う人に会ったら、少し注意した方がいいと思いますけどね」


「なんでですか? 」


「相手の優しさにつけこんで、言葉で縛って操ろうとしている……かもしれないからです。それに自分自身への呪いの言葉にもなっちゃうので、使わない考えないがオススメです。ーー姉の受け売りなんですけどね……。私が『カナデさん薄情ですね』と言ったら逃げて下さい」


「マーフさんはそんなこと言わないですよ」

「あはは。わかりませんよ~」



「……僕はマーフさんを信じてますから。ーーあ、そうだ、1杯行く前にこれを見てもらえますか? 」


 カナデはボディバックから黒革の小ぶりな手帳を出した。マーフはそれを受け取るとパラパラとめくった。さらに手帳の表紙や背を確認するように触っている。


「……この手帳って! ーーあっと……すっごく、この黒革の感触が良いですね。スマホじゃなくて、やっぱりこういう手帳を使いたいです。カナデさん、良いものを持ってますね」


 マーフは手帳の表紙に空押しされた魔法の笛のマークを、何度も確かめるようになぞっている。ーーカナデさん、この手帳はヴィータのものなんですね? 残念ながら、普通のプレイヤーである私には中身が見えないようです……。


 どう伝えようかと悩んでいると、カナデがノートパソコンを取り出してカバーを開いた。くるりと回して、マーフにモニターを向けている。


「これは……。私が使っているノートパソコンよりも、デザインが良いですね! 」


 何か表示されているのだろうかと目を凝らしたが、マーフには分からなかった。カナデはモニターに表示されている手帳のデータがマーフに見えていないと察した。


 個人情報が含まれているせいで、セキュリティがかかっているのかもしれないとカナデは思った。どうやらリディに頑張ってもらうしかないようだ。


 その頃リディは、ビビとガトーショコラを作っていたのだがーー突然、鼻がムズムズしてくしゃみをした。



「うちの商会でこれ作れないかな。参考までに撮らせてください」


 マーフはカメラで何枚か撮るとプリントアウトした写真をカナデに見せた。カナデが何の意図もなくノートパソコンや手帳を自分に見せたと思っていなかったからだ。


 ーーヴィータの手帳を開いたが、こんな感じで何も見えません。パソコンも同様です。


 写真を見たカナデはマーフが言いたいことが分かった。父親に監視されているかもしれない自分のために言葉を選んでいる心遣いに感謝した。


「そういえば、手帳ってこの世界にはないですね。マーフさん、これと同じものをいくつか作ってきますよ。色は同じでいいですか? 」


「カラバリが欲しいですね。赤と青……あとは茶かな。サンプルを見せてもらえると嬉しいです」


 マーフはこの写真をカナデが自然に持って帰れるように、銀の獅子商会が独自開発したペンで裏に書きこんだ。スマホでメモを取ることが通常とされるこの世界で、筆記用具を使うのは珍しい。そう思ったカナデは目を見張った。


「ペンがあるなんてビックリしました 」


 ルードベキアがマジックペンでリディの顔にいたずら描きをしていたことがあったが、あれはオーディンの人形のスキルを使ったイレギュラーなものだった。今はビビが転がして遊ぶ玩具になっている。


「あはは。箱庭でペンを使ってるなんて、うちぐらいかもしれないですね。書きたいと思うことが多かったので、団長と作ったんですよ。2、3本ほど持っていきます? 紙もありますよ」


 マーフはその他にも、オーディンの人形写真集をお土産にと言って持ってきた。カナデはビビが喜ぶ姿を思い浮かべながら、スマホのインベントリに入れた。


「カナデさんが少し元気になったようで安心しました。えっと……ピートさんたちの所に行っちゃいます、よね……」


「僕、おでん屋で1杯っていうのに憧れてて……。マーフさん、良いお店知ってますか? 」


「それなら、タルルテライに美味しいおでん屋がありますよ! 」


 タルルテライの街の市場から小道を入った奥にかまくらで出来た店があった。カナデはアルコールは初体験だと言ってマーフを驚かせ、少しの間……悪い話を忘れて美味しいおでんに舌鼓を打った。

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