拳と拳のぶつかり合い
システム:挿絵っぽいのを入れてみました。22.12.11
「最近、めっきりとお客さんが減ったなぁ」
獣王ガンドルはつまらなさそうに、ぼそりとつぶやいた。倒れている樹木に腰かけ、ゆっくりなテンポでタンタンと靴の裏で音を鳴らしている。ーーあんなにつらくてイライラするような時間が多かったのに……。
「……いや、ちょっと待て。そうだったかな? 」
地べたに這い蹲っているプレイヤーの頭にガンドルは左足を乗せた。ーーそのまま体重をかけて踏みつぶすと、倒木に寄りかかっているもう1人のプレイヤーに近づいた。
「なぁ、どう思う? 」
「う、うう……」
「どうでもいっかーー」
サッカーボールでシュートするように豪快に右足を振り上げて、倒木ごとプレイヤーを蹴った。腰まである赤い髪が大きく揺れる。
「また遊ぼうねぇ。ばいば~い! 」
気の置けない友達と別れる時のような無邪気な笑顔でガンドルは手を振った。吹き飛ばされたプレイヤーは立ち並ぶ樹木にぶつかる前にスッと消えていった……。
ガンドルのレベルはプレイヤーのカンストレベルと同じになっていた。様々なスキルが解放されたガンドルは戦いを好み、日々森の中でプレイヤー探しに明け暮れていた。ザイカンだった頃の記憶は薄れ、ほとんど残っていない……。
「ここにいるのもそろそろ飽きたな……」
茶色い狼のような耳をピクピク動かしたーー獲物の気配は感じない。ガッカリしたガンドルは樹木を斬り倒し、休憩するのにちょうど良い切り株を作るとドカッと座った。頬杖をつきながら右親指の付け根あたりで、ダガーをくるくると回転させる。
「秘密基地で昼寝するのもなぁ……。ベッドもなんもないし。ふわぁあ……。眠気はなくても、あくびは出るんだなーー」
ガンドルはおもむろに立ちあがると、彼の居場所をプレイヤーに教えているNPCーー森の守り人の方へ歩いていった。
「な~んだ。森から出られるじゃねぇか。今まで我慢して損した」
両手を上げて、うーんと言いながら身体を伸ばした。読書に夢中な森の守り人をチラッと見る。少し考える様なポーズをした後に……ガンドルは鋭い爪でNPCを破壊した。
「こ、れ、で、俺の居場所はもう完全に分からないっと」
まぶしそうに太陽を見上げて、両手で空を掴むように腕をあげる。
「フリィィィィダァァァム! 」
周囲にいる小型モンスターが驚くほどの大きな声だった。ガンドルは新しい世界が開けたことを喜び、晴れやかな顔をしている。
「さてと、ドキドキワクワクな冒険でもしちゃおうかなっ」
「やぁ、楽しそうですね、同胞さん」
ウサギ顔の紳士が軽やかにスキップしているガンドルに話しかけた。鼻をヒクヒクさせて細い髭を揺らしている。
彼は中世ヨーロッパ風の襟と袖が派手な刺繍で彩られたスーツを着こなし、ドラゴンの柄がついたステッキを手に持っていた。頭にある黒いシルクハットからは、白くて長い耳がニョキッと出ている。
ガンドルは訝しみながら突如登場した人物をなめるように見た。
「誰だお前? ーー待てよ……、知っている。俺は、知っているぞ」
NPCの設定情報がガンドルの脳裏を駆け巡った。彼が何者か認識すると、わはは! と豪快に笑った。
「ふーん。で、俺の次に登場するはずたった剣王ブラン様は、今ごろ何の用でしょうか? 遅いぞ! 」
「はははっ。大人の事情ってやつです。それにーーヒーローは遅れてやってくるものなんですよ」
「はぁ? ヒーローって……。俺らキャンボスは悪役じゃないかっ」
ガンドルは呆れ顔で、心境を表現するために大げさなポーズをすると、キョロキョロと辺りを見渡した。もう1体のキャンペーンボスを探しているようだ。
「ルルリカはいないのか……」
「彼女はまだテリトリーから出られるレベルじゃないですよ。もう少しプレイヤーと遊ばないとーー」
「マジかよーー。お前はもう出られるのに? 」
「あはは。私のテリトリーはこの世界のフィールドすべてなんですよ」
それを聞いてムッとしたガンドルは地面に転がる小石を蹴った。
「なんだよそれ、ずるいじゃないかーー俺なんか日が差さない暗い森だったのに……」
ブランはいじけているガンドルを真剣な目で見つめている。
「……実は、お願いがあって会いに来たのです」
「お願い? この俺に?」
「そう、初期テリトリーから出られるほどレベルが高くて、とても強い獣王ガンドルさまにね」
強いと褒められてちょっと嬉しくなったガンドルは満更でもない顔になった。
「君にーーこの私、剣王ブランの経験値稼ぎを手伝ってもらいたいのですよ」
「わははは! 面白いこと言うな。ーー俺に何をどう手伝えと? プレイヤーのようにパーティを組んで、その辺のモンスターを狩るのか? それともプレイヤーを狩るのか? ぶははっ」
「まさか! そんなちまちまとやったところで、たかが知れてます。君が私と戦ってくれればいいのですよ」
ブランは長くて細いひげを白くてふわふわな手で撫でた。
「ーーNPC同士なら、互いを倒す必要なく経験値を頂くことが出来ます。私は君との戦いでスキルを磨き、ついでにレベルも上がる、というわけです」
「ほう、レベルはついでか。ははは、いいぜ。ーー泣かせてやる! 」
「お手柔らかにどうぞ」
ブランは敬々しくお辞儀をするとーーステッキの先をガンドルに向けた。互いの戦闘テリトリー壁が音を立ててぶつかり合い、春を過ぎた初夏の匂いが飛んだ。
唸り声を上げたガンドルが、両手を人の手から鋭い爪が生えた獣のような大きな手に変えた。美味しそうな獲物に喜び、舌なめずりをしている。
ブランが大地を蹴ると同時にガンドルも同じタイミングで駆け出したーー中央でぶつかり、ガキンという音が響いた。ブランのステッキがガンドルの右手の爪を止めている。
ガンドルは振りかぶった左手の爪をさらに伸ばしてウサギの顔を掴もうとした。ブランは即座に姿勢を落とし、左手に隠し持っていたレイピアの刃先をガンドルの胸に、押し込んだ。
ガキン。ブランは音が聞こえたと同時に後ろへ大きくジャンプした。
「さすが獣王……硬いですね」
「ぶはははは! 面白い……物凄く面白いぞ! こんなに楽しいのは久しぶりだ。ーー最高のおもてなしってやつをしてやろう」
ガンドルが狼のように吠えた。彼の身体からオーラのような紅色の光が吹き出し、ユラユラと揺れている。それを見たブランはガンドルがパワーを底上げしたということが分かった。額に冷たい汗が流れる。
「こんな私に……本気モードになって頂けたようで、嬉しい限りです」
ーースキル……心眼。突進して左手を突き出してくる! ブランは相手の心を読んで次の1手を見極めた。避けるために体をひねろうとするーー。
「速い! 」
シルクハットから出ていた右耳をちぎられてしまった。スキルを使って予測をしたものの、ガンドルが次々に繰り出す素早い攻撃に、回避が追いつかない。フックをきかせた爪をステッキで受け流そうとしたが、ーー半分にボキンと折れた。
さらにストレートで撃ち込まれたガンドルの右手の爪をもろに受けてしまった。ブランの左肩はえぐれて吹き飛び……左腕が落ちた。折れたステッキを投げ捨てた彼はーーよろけながらもレイピアを右手で拾った。
荒い息だったが、ブランは諦めることなく戦闘体勢を整えーー身構えた。
しかし、すぐに攻撃をしてくると思ったガンドルはストンとその場に座ってしまった。両手をパンっと合わせて、謝る仕草をしている。
「すまん! 最初から飛ばしすぎた……。ブラン、回復スキルはあるか? 休憩しようーー」
対戦相手から殺気が消えて、急に穏やかな雰囲気に変わったことにブランは混乱した。狐につままれたようにぽかんと立ち尽くしている。ガンドルは早く隣に座れと言って、地面をポンポンと叩いた。
ようやくブランが座ると、ガンドルは木の実が詰まった小袋を出した。
「これをお前にやるから、食え。ちょっと苦いけど、怪我がすぐ治るはずだ」
ブランは促されるまま、木の実を1つ口に放り込んだ。ガリっとかじってすぐに、苦虫を嚙み潰したような顔になる。
「ぐっ、うげぇっ。……ちょっとどころか、めちゃくちゃ苦いですよ、これ」
「でも、ほらっ。ーー耳も、肩も、腕も! ぜ~んぶ、治っただろ? 」
怪我どころかボロボロになっていた衣類も元通りになっていた。ブランは修復された左肩を回し、腕や手の指を動かして、身体に支障がないかどうか確かめた。
「これは素晴らしい! なるほど、完全回復する実なんですね。……森で手に入れたんですか? 」
「へっへっへ~。俺の命の糧っていうスキルを木に使うとだな、その実を収穫できるんだ。1個でこの効き目って、めっちゃすごいだろ? 」
ガンドルは自身を回復する術が無くて困っていた時に、このスキルのロックがはずれて重宝したことを語った。
「さっきみたいに、やばくなったら、それを食うといい。余裕がなさそうだったら、すぐにストップするから、またこうやって休憩しよう」
「君は、思ったより豪胆で優しいんですね」
「えっ! よ、よせよ。ーー俺はだな……。その、こんなに楽しく戦える相手は、他に、いなかったから……」
ブランから顔が見えないようにガンドルはそっぽを向いて、頭をポリポリとかいた。ほんのり赤くなった大きな耳をピクピク動かしている。照れているのが容易に分かった。
「さて、じゃあ2回戦といこうじゃないか」
「ガンドルさん、よろしくお願いします」
再び、互いの戦闘テリトリー壁がぶつかり合い、殺気に満ちた戦いが始まった。
システム:獣王ガンドルになってしまったザイガンは、狩られる側から狩る側へスイッチしました。剣王ブランとの拳と拳のぶつかり合いで友情が芽生えるーーかもしれません。