表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神ノ箱庭  作者: SouForest
我々の敵は本当にプレイヤーなのか?
81/166

ヴィータの手帳

 リゾート感溢れるインテリアで彩られたリビングに重苦しい空気が流れていた。ナムカーン湿地帯で何があったかを語り終わったカナデは押し黙り、ソファの背もたれに体重を乗せて目を閉じている。


 ーーヴィータはなんでずっと暴れているんだろう? 召喚カードを使うと、緊急支援笛のように現れて、敵を殲滅してくれるヒーロー的なキャラだって、父さんは言っていたのに……。


 召喚カードはヴィータが配布したクエストのクリア報酬である銀の羽5つと交換できた。大型アップデート初日から話題になり、人気が高いアイテムの1つになっていた。ーーだが今では……死神カードと言われている……。


 ヴィータはゲームの設定から逸脱し、己の意思で独自に動いているように見えた。何を思い……何を考えて行動しているのか理解が追いつかず、カナデは匙を投げーーマキナを想って拾い上げるを繰り返している。モヤモヤが海のように広がって……溺れそうな気分だった。


 シュンシュンとお湯が湧く音が静寂に亀裂を入れ、彼らを息苦しさから救った。カナデはホッと息を吐き出して考えるのを止めた。


 キッチンにいたリディは細口のドリップケトルを手にして、用意していたドリッパーにお湯を注いだ。サーバーにポタポタと落ちる雫を眺めながら、独り言をつぶやくように口を開く。


「ルーはヴィータに連れ去られてしまったのか……」


 コーヒーの香ばしい香りがリディの鼻孔をくすぐっている。ふとーーカナデにはハーブティの方がいいかもしれない……と思い直し、戸棚を開けてカモミールを取り出した。鍋に水と一緒に入れて煮だしている間に、淹れたてのコーヒーに口を付ける。


 ーー美味しいはずなのに味がしない気がする……。リディはやるせない気分を抱えながら、牛乳を加えた液体をハチミツと一緒にカップに注いだ。


 少し甘めになったカモミールミルクティーの香りがロックオンしたターゲットに向かって、ふんわりと駆け抜けていった。


 ガチャガチャ。ガチャガチャ。ガチャガチャ。


 ひっきりなしに金網を引っ掻いているような音が聞こえてきた。閉じ込められているビビが何かしているのだろうか。リディは長机にお茶を置くと、ゲージに掛かっている毛布をめくった。


「ビビ、どうした? お茶が欲しいのかな。お菓子でも持ってこようか? 」

「リディしゃん、ヴィータがあるじさまのポケットに何か入れたにゃ」


「なんだって!? カナデ! 」

「えっ、いつの間にーー」


 カナデはビビがいつも入っているコートの左ポケットに手を突っ込んだ。確かに何か入っている。


「手帳? なんでこんなものを……」


 滑らかな手触りの黒革にラッパ笛のマークが空押しされている。恐る恐る手帳を開くと……テキストウインドウが出現した。


「苔ダルマ? 生息地とステータス情報が書かれているけどーーなんでモンスター情報が……」

 

 しばらくカナデはそれを眺めていたが、手帳のページとウィンドウの文章を見比べ始めた。どうやら開いたページが表示されるようだ。その様子に気を取られたリディが立ち上がる。


 ビビが慌てて、カシャンカシャンと金網を叩いた。


「リディしゃん、リディしゃん、もう暴れないから出してにゃ」

「カナデの了解なしに出すのは……」


 ゲージの中で、後ろ足だけで立ったビビが両前足の肉球を合わせてお願いポーズをしている。リディが困り顔で、うーんと唸ったのを見たビビは、ダメ押しのように首を少しかしげた。


 ズキューン! 


 瞬時にリディは心を射抜かれたのを感じた。ーーか、可愛っ! 猫ってこんなに愛らしい生き物だったのかっ。彼は目元を緩ませながらゲージの入口を開けた。



 ソファと対のデザインでアジアン風な長机に、黒革の手帳がページを開いた状態で置かれている。カナデはパラパラとページをめくっていた。


 次々に飛び出すウィンドウを、カナデと隣り合わせでソファに座っているリディが身を乗り出して読んでいる。だか、しばらくすると目が疲れたのか、眉間を指で押した。


「アイテムやモンスター、それとプレイヤーの個人情報っぽいものまであるみたいだけど、全部区切りなく混ざっている上に、文字化けだらけだ。何がなんだかわからない……。この中からオーディン王の人形物語を探すのは至難の業だな」


「リディさん、ヴィータが人形に執着しているのは物語のせいなんでしょうか。でも、クイニーの方が人形を大事にしてましたよね……」


「それ最初の方の話だな。最後はクイニーが人形を森に捨てたって、ルーが言ってたぞ」


「え!? 僕はクイニーが耳飾りを人形に渡して、みんなで仲良く暮らしましたーーで終わりだと思ってました」


 リディは急に何かを思い付いたような表情をカナデに向けた。


「ーーカナデ! きっと物語はまだ終わっていないんだ! 物語を読んで出直せってことは……そこにヴィータのメッセージが隠されているんじゃないか? 討伐報酬のユグドラシルのこともーー。続きを探そう! 」


 ユグドラシルの名称はヴィータの討伐報酬として確認ができているが、詳細については一切不明だった。らいなたんの言う通りに『何でも願いが叶う』のかどうかは、いまだに分からないままだ。


「……ヴィータがこんな回りくどい事をするなんて、何かありますよね。もしかしてユグドラシルはーー」


「あっ、ここを見てくれ、物語が書いてある! ーーあぁ……『心がないからだ』の次は、ランドルの美味しいうどん屋情報になってる……。完全にパズル状態だな……」


 ため息を吐くリディの隣で空中に浮かぶウィンドウを凝視していたカナデは目をゴシゴシと擦った。


「これ、見ずらいですね……。クイニーなら物語の最後まで知ってるかも。聞いてみましょうか」


「彼女は何も喋らないと思う。いや、喋れないーーが正解だな」


「え……? 」


「今回のアプデで作られたNPCは、全て監視されている……と思う。動作チェックなんだろうけどね。クイニーを最高傑作と言っていたなら、カナデの親父さんが常に見てるんじゃないかな。ヴィータの独り言の件は、監視相手と会話していたのかもしれない」 


「そんな……。じゃあ、ヴィータの不可解な行動って、父から逃れるため? なんでしょうか……」


「対立してる感じは否めないな……。俺の場合はーープレイヤーとの鬼ごっこが、ハルデンの設定だったようだから、逃げ回っているうちに、チェック頻度がかなり下がった気がしたね」


「今はーー監視はもちろん、ハルデンのデータをいじってるような不快な感覚もないから……、きっとカナデが作った逃げ回るコピーに騙されてるんだと思う。実にありがたい」


 リディは笑顔だったが、ネガティブな感情に囚われてしまったカナデは心が苦しくなっていた。父親の代わりに謝罪する言葉を必死に探している。


「すみません。僕なんかのせいで父が暴走してて……」


「カナデ、そういう物言いは駄目だ……。自分を卑下すると、事態は悪化する一方だから止めた方がいい。それと、できるだけ1人で考え込まないで、相談してくれると……嬉しいかな」


「リディさん……ありがとうございます……」


 カナデは照れ臭そうに笑っているリディを……じっと見つめた。胸がじーんと熱くなり、心が少しずつ浮上していくのを感じている。


「ーーそれにだな、ハルデンはなかなか面白い! モンスターを間近で観察できるし、ダンジョンを好きなように作り変えられるスキルがーー」


「ん? 待てよ……作り変えられる? そうか、作り変えられるのか! その条件は……なるほど、それならーー」


 突然、半野外のリビングの壁に2階へ続く階段が出現した。カナデは出現した時のーードンという音にびっくりして思わず、うわっという叫んだ。


「おっと、すまん、カナデ。勝手に実験してしまった……。この空間をダンジョンに見立てたら、干渉出来るんじゃないと思ったんだか、正解だったようだ」


「たぶん、工房塔やうちの商会にも同じ事ができるだろうな。……ということは、ダンジョン移動スキルが使えるのか。いや待てよ……。急に、俺が新しいことをやり始めると、監視対象になるだろうからーー」


 リディは百面相をしながらブツブツと独り言をつぶやいている。


「あっと、すまん。脱線したな。この件は時期を見計らってからにするよ。それで、この手帳の情報をどうするかなんだがーー」


「あはは……。そうですね、これ全部、解読しないといけませんよね」

「ーーえ? カナデ……ぜ、全部? これを? 」


 カナデはキョトンとしているリディに淡々と話を続ける。


「はい、全部。このままだと扱いにくいから……、手帳にパソコンを繋ぎますね。ーーリディさんは、ノーパソとデスクトップのどっちがいいですか? 」


「げっ……。マーフたちに手伝ってもらうことはできないかな……? これ2人でさばける量じゃないと思うんだけど。パソコンにデータをコピーしてさーー」


「情報量が多すぎるので難しいですね」

「ノーパソを渡して、ここに接続するとかは? 」


「この隠し部屋が父さんにバレる可能性が高くなるので、それはちょっと……」

「じゃあ、手帳と接続したノーパソを渡すのは? 向こうの方が人数が多いから絶対に効率がいいと思うぞ」


「リディさん……」

「やりたくないわけじゃない……。ただ、文字化けと量が多いから、その……」


「うーん。作業部屋は庭に面した場所で、緑に囲まれた……癒し要素が多い部屋にしようかなーー」


 観念したリディはノーパソでお願いしますと言うと、両手で顔を覆った。


「マーフさんに呼ばれているんで、情報ギルドに行ってきますね。ついでに手帳を見せてみます。ーービビおいで」


 リディの膝に乗っている子猫のビビは香箱座りのまま、じっとしてる。


「嫌にゃ。あるじさまが、るーしゃんを助けに行くと言うまで、ビビはテコでも動かないにゃ。……グスン、グスン……ふえぇぇぇん」


 ビビはリディのお腹に頭をつけて泣きじゃくってる。カナデが無理やり抱えるとーー、身をくねらせて嫌がり、しまいには爪をだして大暴れした。


「カナデ、しばらくそっとした方がいい。ーーそうだ! ビビ、俺といっしょに美味しいものを作らないか? ルーは食いしん坊将軍だから、迎えに行くときに持っていくといいだろう」


「……るーしゃん喜ぶにゃ? 」


「あぁ、もちろんだ。それにビビが作ったと聞いたら驚くと思うぞ。ーーこの神の箱庭料理大全集から良さげなものを一緒に探そう」


 カナデは泣きやんだビビを見て、ほっと胸をなでおろした。このまましばらくは、リディに預けた方がいいだろう。ーーカナデはビビが傍にいないことを寂しく思いながら……ガロンディアの街へテレポートした。

システム:自分の手帳やメモ用紙は殴り書きしすぎて、解読不能で諦めたこともしばしば。


 メモに「卵」と書いてテーブルに置いてたのですが、気が付くと冒頭に「モト」と追記されてました。字が汚すぎたのか……卵という字をGPと読まれてしまったようでした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ