バッハベリア城の王女
コラル海中神殿でハルデンクエストをクリアした調査隊一行は、パキラ達のレベル上げのために周回していた。疲れを感じて情報ギルドに戻って来た時には、パキラとスタンピートのレベルは40丁度になり、イリーナは48になっていた。
デルフィはスタンピートとパキラと談笑しながら仮眠室へ向かっていた。夕飯は何を食べようかな考えていると、ヨハンに呼び止められた。
「デルフィさん、図書館クエやったことありますよね」
「ありますよ、たしかーーバッハベリア城にいる王女から受けられるやつですよね」
「その王女の名前を覚えてますか? 」
「う、うーん。かなり前の話なので……」
「エレオノーラ王女です! 」
スタンピートがデルフィ代わりに元気よく答えた。
「ピート、よく覚えてたね。私は忘れてた。えへへ」
「実はですね。パキラさん、最近、やっとクリアしたのです……」
照れ臭そうにスタンピートが笑った。デルフィはそんな名前だったような気がする程度ではっきりと思い出せていない。
「その王女がどうかしたのですか?」
「最近、顔と名前が変わったらしいという情報が入りまして……。すみませんが、みなさんで調査してきてもらえますか? 」
ヨハンから調査依頼を受けた3人はマーフが銀の獅子商会の衣装店でルードベキアの着せ替えを楽しんでいる頃に、バッハベリア城前広場に到着した。
「デルさん、王女様が変わったって話、噂からですよね? 俺、通路の休憩所でちょっとだけ聞いたことがあります。その時は流しちゃったけどーー」
「俺は全然、知りませんでしたよ。何か問題があるんですかね」
「あの、デルフィさん。私……ちょっと気になる事があるんですけどーー」
「パキラさん、どうしました? 」
「これ、見て下さい」
パキラはスマホのフレンドリストを見せた。デルフィとスタンピートが覗き込む。ーーパキラはカンナの名前を指差した。
「げっ。パキラ……まだフレンドだったのか。削除した方がいいよ。いや、レッツブロックだ! 」
「ピート、それより所在地を見てくれる? 」
「えーっと、バッハベリア城だね」
「これさ、私たちが始まりの地にいる時から、ずっと変わってないの。何度も削除しようと思ったんだけど、なんか変な気がしてーー」
「城に行ってみれば分かるんじゃないかな? 王女を見に行くついでに探してみる? 」
「ピートさん、それは止めた方がいいですね。悪だくみしているかもしれないのでーーカンナは放置しましょう」
ーーどうせろくでもないことを企んでいるに違いないんだ。あんな肩書だけの弟とはゲームはおろかリアルでも二度と会いたくない。デルフィはずる賢いカンナに関わらない方が良いと先日、身をもって知ったことを思い出している。
「確かに、デルさんの言う通りかも。ーーパキラ、カンナはもう気にしない方がいいよ」
「……分かった。ピートの言う通りにレッツブロックする」
パキラがスマホを軽く叩くのを見届けたスタンピートは元気よく交互に腕を振った。
「可愛いエレオノーラ王女さまに会いに行こう! 」
彼らはバッハベリア城の門を通り抜けようと歩みを進めた。ーーだか、門番NPCの槍が交差して道を塞がれてしまった。
「謁見はゲーム内時間の7時から15時までです」
スマホで確認するとゲーム内時間の18時時ごろだった。夕闇に包まれつつある城前広場は、外灯が明るくなり始めている。スタンピートは自分の頬を右手でペチンと叩いた。
「しまった、そうだった」
「ピート……。つい最近クエやったんじゃないの? 」
パキラは左手を腰に添えてスタンピートの頭を右指でツンツンと突いている。
「でも、私も覚えて無かった。ごめん。あはは」
「俺もクエやったの昔すぎて、すっかり忘れてました」
図書館クエストをクリアしてしまえば、バッハベリア城に来ることは滅多にない。デルフィも入城できる時間帯があることを失念していた。
「リアル時間にすると……あと1時間ぐらいですかね。市場で何か食べませんか? 」
夜空の花火を見上げた3人はランドルの街の3つある市場のうち、バッハベリア城から1番近い市場へ向かった。スタンピートはプレイヤーたちが舌鼓を打っている様子に顔をほころばせ、パキラは目を閉じて美味しそうな匂いをかいでいる。
「このゲームの良いところは? 」
「それはもちろん、決まってるじゃないかパキラ。食事が美味いってことだ! ですよねデルさん」
「ピートさん、その通りです! アプデで食材が追加されて料理が豊富になりましたしね」
リアル時間で20分後に、ここに集合! ーーと言い合うと、3人は各々、気になる屋台へ走った。
パキラはあちこちの屋台の間をふらふらと匂いに誘われるように移動していた。目移りしすぎてなかなか決められないようだ。
「チャーハン、グラタン、煮込みハンバーグ、パスタもいいなぁ……。いろいろあって迷っちゃうよ。ぐぬぬぬ、よし、決めた! 迷ったときはやっぱカレーだよね」
「あ、すみませ~ん、 ほうれん草とカッテージチーズのカレー下さい。ナンでお願いしますっ。あ、そうだ。サイドメニューを買ってみんなで食べようかな……。んーっと、タンドリーチキン3つ追加でお願いします! 」
パキラがホクホク顔で集合場所に戻ってくると、ちょうどデルフィが野外テーブル席でパチンとわり箸を割っていた。
「あ、パキラさんお帰りなさい。うずらの卵の串揚げどうぞ」
「ありがとうございます。ピートはまだなんですね」
串揚げの隣にタンドリーチキンを置いたパキラはうずらの卵の串揚げに手を伸ばした。
「お、美味しい! ふぁあ、揚げ物系もアリだった……ぐぬぬ」
「パキラさんは……『迷ったときはカレー』にしたんですね」
「あ、バレました。決められなくて、ふらふらとカレー店に行っちゃいましたっ」
「あはは。俺も好きですよ。カレーはお飲み物なので……フフフ」
「フフフ……。分かります。その気持ち」
串焼きをかじりながら戻って来たスタンピートはギョッとして立ち止まった。フフフと怪しげに笑うふたりに若干、引き気味になっている。そんな彼の姿をカレーを食べながら見つけたパキラは不思議そうな顔をした。
「あれ? ピート~! なんでそんな遠くで立ち食いしてるの~? 」
「えっと、ちょっと怪しい空気をーーいや、何でもない! 」
スタンピートは慌てたようにデルフィの隣に座り、買って来た屋台料理を楽しそうにテーブルに並べた。
「じゃじゃ~ん。焼きシシャモと、餃子を買ってきました! パキラはカレー? デルさんはかつ丼っすか。どっちも美味そう! 」
「ピートはおかずだけ? 」
「いえいえ、主食はこの肉巻きおにぎりでっす! 和歌山に旅行に行った時にさ、食べたことがあったんだけど、めっちゃ美味いんよ。まさかこの箱庭で売ってるなんて思ってもみなかった! 」
「そうなんだ! ものすごくいい匂いだね。あ、やばーー、よだれ出そう」
ーーこれ食べ終わったら探しに行こうかな……。パキラは急いでカレーとナンを口に入れた。スタンピートは肉巻きおにぎりを口に頬張って満面の笑みを浮かべている。
「ーーうっま。やっぱ肉だよねデルさん! ……かつ丼うまい? ロース? 」
「ヒレです! 」
「おっと~、それうますぎるやぁつ。俺も買ってくるっ」
「ピートさん、まだ食うんですか? 」
「まだまだ序の口。あ、焼きそばもいいな。グリーンカレーも……」
美味しそうな匂いを嗅ごうとして、鼻をヒクヒクさせているスタンピートに、デルフィとパキラは呆れながらも大笑いした。ーーその様子をフードを目深にかぶったプレイヤーがじっと見つめている。
「あ~、食った食った」
「ピート、食べすぎじゃない? あ、そうだ。私、お茶買ってくるね」
スタンピートは美味しい食事に満足して終始にこやかだった。だが、パキラが席を離れた途端……急に不安そうな表情になってうつむいた。
「デルさん……リアルの俺らの身体はどうなってるんでしょうね。ーーううっ……。生きてますように……。ごめん。こんなこと急に言って」
「いえ……。俺も同じことを考えたことがあります……」
「りんご飴はいかがかな?」
少し雰囲気が暗くなった2人に、気のよさそうな白いひげをはやしたお爺さんNPCが声をかけた。飴で包まれた小ぶりな林檎を見たスタンピートは目を輝かせて懐かしんでいる。
「これ、ちっさいときに、でっかい林檎のがほしかったやつだ! 」
「1つ3ゴールドだよ。2つなら5ゴールド、3つなら8ゴールドにするよ」
「やっすい。デルさん食べない? 俺、奢っちゃう! パキラの分も欲しいからーー3つ下さい! 」
「ありがとね。じゃあ、すぐそこの出店まで来てくれるかな」
スタンピートは立ち上がって、お爺さんNPCの後ろについて行った。子どもNPCが、ひとりふたりと彼らの側を駆け抜けていく。
3人目がスタンピートにぶつかったーー。
ごめんよ、という子どもの声を聞くとほぼ同時に、スタンピートはフラッシュをたかれたような光を感じて目を閉じた。
「まぶしっ。なんだ……? ま、いっか。ーーはい、8ゴールド。おじいちゃん、ありがと~」
気にすることなく林檎飴を3つ購入したスタンピートは笑顔で戻って来たが、遠目で一部始終を見ていたデルフィは眉間にしわを寄せていた。
「デルさん、どうしたんっすか? はい、これ」
「え、あぁ……ありがとうーー」
「ただいま! デルフィさん、何かありました? 顔が、怖いですよ? 」
「パキラさん、おかえり。何でもないですよ……。あ、ピートさんが林檎飴を買ってくれたのでみんなで食べましょう」
3人は子どものころに行ったお祭りや屋台の話で盛り上がった。お喋りを楽しんでいるうちに、ゲーム内の夜が明けーーバッハベリア城の門が開いた。
バラが咲き誇る庭園に王女が立っていた。図書館クエストを受けようとしているプレイヤーに返事をしている。
「ごきげんよう、冒険者さん。わたしのお願いを聞いてくれますか? 」
パキラは見開いた目をごしごし擦り、スタンピートは唖然としている。長い金髪のストレートだったはずの王女の髪はピンク色のふわっとした髪型になっていた。さらに、王冠ではなく白牡丹の髪飾りを着けている。
3人は王女に近づき、顔と頭上にある名称を交互に見つめた。
「エレオノーラ王女のはずなのになんで……」
「パキラ……。カンナ王女って名称になってるけど、まさか本人じゃないよね……」
「ねぇ、ピート……。近寄ると小窓が出るんだけど、見えてる? 」
「あぁ……今、見てる。『カンナ王女に寄付するとお得な情報が貰えます』って書いてある……」
パキラとスタンピートは背中に寒気が走り、鳥肌が立つのを感じた。
カンナ王女に挨拶をしてみたが何も答えてくれなかった。お金を受け取るために突き出している両手に、デルフィが100ゴールド乗せると……にこやかだったカンナ王女の顔が急に曇りーー舌打ちをした。
「えええ!? 王女なのに舌打ちとか……めっちゃ守銭奴だな。デルさん、これってやっぱりーー」
「ピートさん、どうやらカンナ本人のようですね。なんでこんな姿になっているのか分かりませんけどーー」
デルフィは弟の真孝の変わり果てた姿を見ても、なんとも思わない自分に呆れた。淡々とNo.3のカメラでカンナ王女と、表示された小窓を撮っている。
「パキラさん、ピートさん、急いで情報ギルドに戻りましょう」
「そうですよね、早くヨハンさんに伝えなきゃ……」
パキラはスタンピートの肩につかまってヨロヨロしながら歩いている。
「ねぇ……これって……人間が既存のNPCになっちゃったってことだよね」
「ーーパキラっ」
王女に向かって歩いてくる男性プレイヤーに気付いたスタンピートは、慌ててパキラの口に指を当てた。パキラは首を縦に振って平静を装う。3人は速足でバッハベリア城の門へ向かった。
男性プレイヤーはなぜか3人の間に割り込んでデルフィにぶつかった。
ーーなんだこいつ……。まるで市場の子どもみたいなことを……。デルフィは閃光弾のような眩しさを感じて目を閉じた。
「え、あれ? デルさん? 」
スタンピートは辺りをキョロキョロと見渡した。さっきまで一緒にいたデルフィの姿が見えない。テラコッタ調の通路に落ちているカメラを拾って、刻印されているナンバーを確認したーー。
「3だ……。なんでだ? デルさん、どこにいるんですか? デルさん! 」
「ピート……。い、いま、すれ違ったはずの人も……いないんだけどーー」
パキラはすぐそこにいたはずのプレイヤーと、デルフィが急にいなくなったことが理解できず……ペタンと座った。スタンピートはカメラの帰属者名が自分の名前になった事に愕然としている。
「くっそ、これって……。シリル川でルードベキアさんが消えた時と、同じじゃないか! 」
システム:肉巻きおにぎりは美味しい……。しそ巻きおにぎりも好きです。