束の間の平和
システム:誤字脱字修正と、文章を直しました。さらに追記しています
リアル時間の昼頃……、情報ギルドに登録したプレイヤーたちのスマホに、告知メッセージが一斉に届いた。それを見たプレイヤーたちは、続々とランドルの街に移動し始めーー15時近くになると、冒険者ギルド前は酷く込み合うようになった。
険者ギルドの入口を囲んでいる人だかりの最前列を、古参のカンストレベルらしいプレイヤーたちが陣取っている。彼らは目に見えて強そうな武器を手に持ち、個性的な衣装を身にまとっていた。集まって来たプレイヤーたちは情報ギルドの団長が来るのを今か今かと待ちわびている。
「すみませーん。通してくださ~い。情報ギルドの者で~す」
プレイヤーたちはサッと身を引いて道を作ったのを見たマーフはーーまるでモーゼが海を割ったようだなと思いながら移動した。簡易お立ち台をスマホのインベントリから取り出し、マーフは颯爽とその上に立った。後ろにいるプレイヤーに聞こえるように声を張り上げる。
「お集まりの皆さん、こんにちは。情報ギルド団長のマーフです。我々、情報ギルドが万物の巻物で調べた結果をお知らせします」
ヨハンはくるりと丸めていたA3サイズのポスターをプレイヤーたちに見せるように広げた。
「ユグドラシルは、笛吹ヴィータの討伐報酬でした。もう一度言いますね。ユグドラシルは、笛吹ヴィータの討伐報酬です! 」
前列にいたプレイヤーたちは、我先にとポスターに群がった。ユニークNPC4体それぞれの討伐報酬が写っている画像を、食い入るように見ている。笛吹ヴィータの画像につけられた赤い丸の中にユグドラシルと言う文字があった。
「このポスターについて疑念がある方は、私に声をかけてください。カメラマンNPCが撮った画像が私のスマホにあります」
ポスターをいち早く見た鎧姿の茶髪の男性プレイヤーがマーフに見えるように手を大きく手を振った。混雑する中、やっとのことでお立ち台にたどり着いた彼は申し訳なさそうな顔でマーフを見つめた。
「すみません、念のためにマーフさんのスマホの画像、見せてもらえますか? 」
「はい、もちろん、どうぞ」
彼はマーフのスマホの画像をじっくりと確認すると……納得したように頷いたーー。
「間違いない、ユグドラシルはヴィータの討伐報酬だ! ーーマーフさん、ありがとうございます。うちのチームは早速、ヴィータ討伐の攻略を考えます」
そんなのムリゲーだと、どよめくプレイヤーたちをしり目に、彼は仲間達と共にガチャガチャと鎧が動く音を周囲に聞かせながら立ち去った。
「このポスターは、各街の冒険者ギルドと、工房塔にある情報ギルドの掲示板に貼ります! ぜひ、じっくりと見て下さい」
すぐさま冒険者ギルドの掲示板にポスターを貼りにいったヨハンや、商人の固有スキルであるテレポートを使ってマーフが消えた後も、プレイヤーたちのざわめきは収まる気配がなかった。冒険者ギルド前はあちらこちらでため息と諦めの声が漏れた……。
その頃、黄金の枝を1本貰ったルードベキアは、コラル海中神殿でパキラとスタンピート、イリーナのレベル上げをすると言った調査隊を残して、リディと一緒にカナデの隠し部屋に戻っていた。
帰ってきて早々、制作すると言って座ったまま微動だにしない銀髪の少女を、リディはカウンター席から眺めている。最初は、ルードベキアが好きな物でも作って待とうとしていたが、音や匂いで気を散らせてしまうかもしれないと思い直し、静かに見守ることにした。
ルードベキアはリビングにある55インチモニター前のソファで、瞳だけ何かを検索するように動かしていた。リディの気遣いのおかげで集中力を遺憾なく発揮している。
リディが工房ではなくこんなところで製作が出来るのかと考えていると……ルードベキアはおもむろに右ゆびで魔眼である右の眼球をえぐりだした。
バリ風ヴィラのリビングに血の匂いが漂い、リディは思わす顔をしかめて目線をそらした。
サファイアブルーの瞳を右手に持ち、左手で黄金の枝を握っているルードベキアは左目を見開いて、自分にしか見えない猫の手のひらに丁寧かつ慎重に……素材を乗せているーー。
パズルのピースのようにかっちりとハマった瞬間、眼球と黄金の枝が輝きふわりと浮いた。黄金の枝がぐねぐねと動いて眼球を包んでいく……。やがて蒼色に変わった素材は、ルードベキアが思い描く武器を形成し始めるーー。
ーーこの小さな手でも持ちやすいのにしよう。デリンジャーみたいなやつがいいな。だけど、射程距離はアサルトぐらい欲しい。銃の分身があちこちを飛んで、勝手に敵を撃ってくれたりするとかなり良い。ここはゲームの世界だから、そんなものがあってもオールオッケーだろ!
「さぁ……どうだ。こいっ!」
とるるるぅん、とっとる~。ルードベキアの頭の中で出来上がりの合図である独自のファンファーレが鳴り響いた。
「よっしゃぁ! 」
無表情のままガッツポーズをしていると、目の前に小窓が開いた。
ーースキル猫の手により、小銃、乙女の涙が完成しました。
ーーパッシブスキル無限弾丸を取得しました。
ーースキル飛眼を取得しました。手にした銃のドッペルゲンガーを周囲に6体出現させることができます。
「うげぇ……」
武器が出来て嬉しいはずなのに、ルードベキアは……モヤモヤする!という札を顔に貼った小人が走り回っている気分になった。
ーーリアルの僕はおっさんなのに、乙女って……。こんな気恥ずかしい名称……誰にも言えないじゃないか。オーディンの人形の見た目で決まったのか? どうせならもっと、アサシン的な感じで、カッコイイのがよかったんだけど……。
「まさか、目玉を素材にするなんて驚いたよ。……ルー、大丈夫か? 」
リディは無表情なルードベキアの隣に座り、右目から垂れている血をタオルで拭った。ルードベキアは流れる血を気にも留めずに、小銃のあちこちを触っている。
「うん、大丈夫だ。ーーリディ、種子島を使っていた僕にピッタリの武器だと思わないか? しかも無限弾丸だ! この銃に見合った新しいスキルも取得したようだし、万事オーケー。……この喜びを顔に出せないのが残念だけどね」
「オーディン王の人形物語では、笑えるようになってたのにな」
「リディ、物語の最後を知らないのか? 」
「クイニーから耳飾りをもらって仲良く暮らしました。ーーっていうので終わりだろ? 」
「違うんだ……。クイニーに、心を……ハートの銀の箱を、胸から抜き取られて森に捨てられちゃうんだ。その人形をハルデンが拾って宝物庫に入れた。っていうのがトゥルーエンドなんだよ」
「あっ。……だから、この宝物庫にオーディンの人形がいたのかーー」
「そういうわけで、僕は笑うことができません」
「ハートの銀の箱って、俺のクエストでプレイヤーに配っているアレだよな。カナデから受け取って身体に入れられないのか? 」
「リディ君、僕がその箱を触ることができなかった、っていうのを忘れてないか? 」
「……そうだったな。すまん。ーーえ~っと、そうそう、その銃だけど、名称はないのか? 」
ルードベキアはそっぽを向いた。
「ない! 」
リディはきっと言いたくない名称なんだなと思いながら、ルードベキアの顔をグイっと戻した。右目にガーゼを当てて包帯を巻いていく。
「リディ、これで……僕はヴィータに会いに行ける」
「ま、待て! カナデが帰ってきてからにしよう。それにその服、血まみれじゃないか。着替えはないのか? 」
「すぐには行かないさ。そんなに慌てるなよ。ーー服か……これの他は、着物とゴスロリとーーフリフリしかない。ううっ……。どれも嫌だ」
「マーフの所に行った方がいいな。きっと良いものを誂えてくれる」
「うーん……。取り合えず、僕はカナデが帰ってくるまでちょっと寝るよ。ーーなんか、疲れた……」
寝室に入ったルードベキアは血まみれの服のままベッドに横になると、すぐに寝息をたてた。
ポスターを貼り終えたマーフは情報ギルドではなく、銀の獅子商会の執務室に戻っていた。ーーミミックの王ハルデンの力で笛吹きヴィータからユグドラシルが奪えないのだろうか……。そんなことを考えている。
「できるなら、もうやってるか……」
オーディンの人形の小鴉が執務机の上で白い袋を突いている。中身が取り出せないと分かった彼はマーフにおねだりをするために、首をちょっとかしげて可愛く鳴いた。
「くぁあ」
「あぁ、ごめんね、ケイトリン。ちゃんと焼き鳥を買って来たよ。ああっと、慌てないでっ。串を外すからね」
小鴉にケイトリンという名前を付けたマーフは頬杖をつきながら、お土産をついばむ彼を笑顔で見ている。ーーだが、突然、何かに気付いたようにガバッと身を起こした。
「はっ! 鳥類に鶏肉って! ……まぁ、いっか。お前のご主人様は、なかなか会いにきてくれないね。せっかく、いろいろな衣装を用意しているのにーー」
マーフは執務机にあるモニターで銀の獅子商会衣装店の商品リストを開いた。
「パジャマに、かわいい怪獣着ぐるみにーー妖精ちっくなワンピース、そして! フランス人形のようなドレス……。絶対どれも似合う! 」
「あぁ、でも動きやすいのが欲しいって言うから、赤いベルベットのコートに、このハーフパンツを組み合わせてーー。このチェックのスカートも、キュロットパンツも良い! むむ、コラボしてるブランドのワンピースもコートも捨てがたい……」
「かぁあ! 」
「ケイトリンもそう思う? カナデさんに、ルーさんを連れてきてってお願いしなきゃね。ーーどこで撮影しようかなぁ……ふふふ」
マーフの願いは割とすぐに叶った。コラル海中神殿から戻って来たカナデと一緒にルードベキアが銀の獅子商会に来訪したのだ。喜びもつかの間、少女の頭に巻かれている包帯と血が渇いた服を見た途端に、マーフは青ざめ、冷静さを失った。
「ぎゃああ! 何それ、どうしたの? その包帯! そして、その赤黒いシミは……。怪我? ルーちゃん、怪我したの? 大丈夫なの? 」
「ちょっ、マーフ、落ち着け! 大丈夫だから。ーーそれとちゃん付けはやめてくれ。恥ずかしい」
「ええ~。ーーじゃあ、ちゃん付けしないから、うちの衣装店に行きましょう。拒否権はありません! はい、抱っこ」
「ちょっ、やめっーー」
「カナデさんも一緒に行きましょう。個室だから、そこで話ができますよ。ーーヨハン、デルフィさんを呼んでくれる? 」
「マーフさん、すみません。デルフィさんは別件でちょっと動いてるので……」
「じゃあ、ミンミンお父さんを呼んで! 」
ルードベキアはじたばたしていたが、身長185センチのマーフから逃れられず、肩越しに叫んでいる。
「それだけは止めてくれ! ヨハン、それはダメだ! 」
「ーーすぐに来るそうです」
「うあぁぁぁ……」
嬉しそうなマーフに抱えられたルードベキアはシュンとして静かになった。
銀の獅子商会衣装店に来たミンミンは、少女の包帯と服の汚れに驚愕し、マーフとまったく同じ反応をした。その隣で、ルードベキアの膨らんだ頬をディスティニーがツンツンと突いている。
表情を変えられないルードベキアは腰に手を当てて、さらに頬を膨らませた。プチ怒を表現しているらしい。
「なんで、ディスさんもいるんだよっ」
「ルーさんの着せ替えショーが始まるって聞いたので、見てみたいと思いまして。もちろんカメラマンNPCに撮影依頼しました。グループで1日300ゴールドって安くていいですね」
「でしょ? その場で購入を我慢しても、あとで写真を見たら……欲しい! ってなるかもしれないのでーー」
マーフはにんまりと笑った。そしてルードベキアの手を取りグイグイと引っ張って移動する。
「さぁ、特別室に行きましょう! そこは、大切なお嬢様のために、パパやママが衣装を選ぶことができるという特別仕様なんです! さらにぃ! ゴージャスな撮影セットがございます」
「ぼ、僕は、スウェットの上下でもーー」
ミンミンは眉毛を八の字にした物悲しい顔をルードベキアに向けた。
「ルーさん、何を言ってるんですか……。うさ耳帽子とふわふわのケープとか絶対、似合います! 」
「お、ミンミンお父さんは、わかってますね! それ決まりです」
マーフはほっこり顔で、頬を膨らませるルードベキアを自前のカメラで撮影してから、スマホのメモアプリを立ち上げた。ーー真剣な表情で画面を叩き終わった後は、笑顔で銀髪の少女の頭を撫でている。
カナデは分かりやすいマーフの百面相にほんわかした気持になりながら後をついていった。
ゴージャスな試着室に入ると、テーブルに眼帯がずらりと並んでいた。マーフがあらかじめ連絡しておいたものらしい。ルードベキアを傍に座らせたマーフはどれが1番可愛いか合わせ始め、ビビはテーブルの上で、可愛いにゃ! を連呼している。
ヨハンはその様子を撮ってもらおうとカメラマンNPCを急いで呼びにいった。ミンミンとディスティニーはカタログを見ながら、良さげなものをチェックしている。注文を受けた試着用の衣装をハンガーラックに並べている店員NPCたちはとても忙しそうだ。
ルードベキアは大人しく試着&撮影を繰り返していた。マーフはカメラマンNPCが撮った画像がスマホに転送される度に興奮度が上がり、春香口調で幸福マックスと叫んでいる。
「ミンミンお父さん……私、感動しています。なんて素晴らしいのかしら……。天使、天使がいるわ! あぁ、ルーちゃんありがとう! 」
「全面的に同意します! ーー写真集、作りましょう。 俺、手伝いますよ。いえ、むしろ俺が中心になってもいい! 」
真剣な顔で腕組みをしているミンミンの隣でヨハンが手を挙げた。
「あ、それ、俺も手伝いたいです。ーーそれと、衣装カタログのモデルをルードベキアさんにするっていうのも、アリなんじゃないですかね。こんな状況下だからこそお洒落を楽しもうって路線どうです? 」
「ヨハン、良いことを言った! 採用! 販促ポスター作るのもいいね」
「俺も参加させてください。リアル職業はアパレルメーカーの販促課です」
「ディスティニーさん、リーダーに採用! ミンミンさんとヨハンと一緒に、衣装店、販促NPCと連携して、企画を進めてください。売上伸びたらボーナス出します! 」
マーフがテキパキとディスティニーに必要な権限を与えていると、緑色の怪獣着ぐるみ着用したルードベキアが試着室から出てきた。大きく開いた怪獣の口の中から顔をだし、短い脚でよちよちと歩いている。
うっとりとその姿を眺めていたマーフがルードベキアを腕に抱えた。
「ぁああ! めっちゃ可愛いぃぃ! みんなで一緒に写真を撮ってもらいましょう! 」
ビビはテーブルから降りるとタタタと走って小さな怪獣の胸に飛びついた。ぐるぐると嬉しそうに喉を鳴らしている。
マーフは猫と美少女萌える! と心の中で叫びながら、青い空と花畑を映し出している背景ホログラムの前にルードベキアを抱っこしたまま立った。
「カナデさん、こっちに! ルーちゃんの傍は早い者勝ちですよ! 」
カナデがいそいそとマーフの隣に並んでいると、ミンミンがビーチで旗を取りに行くような勢いで走って来た。
「ルーさんの隣をゲットだ! あっはっは! それにしてもこの怪獣着ぐるみ、良く似合いますね。あとで別の着ぐるみを試すのもアリか……」
呆れ顔をしているルードベキアを気にせずにミンミンは次はコレで! とマーフに話し始めた。ディスティニーはカメラマンNPCに全身と上半身アップなどの注文をつけた後に、真剣な表情でミンミンの肩に手を置いた。
「ミンさん、これ撮ったら場所チェンジで! 」
カメラでその様子を1枚撮ったヨハンは、カナデの隣で楽しそうに笑っている。
「はい、では皆さん。いちたすいちは? 」
カメラマンNPCの問いにカナデは笑顔で答えた。だが、楽しい雰囲気とは裏腹にカナデの心はなぜかどんどんと曇っていく。
ーーこれは束の間の平和で、何か悪い事が起きるフラグだったらどうしよう。
考えすぎだと自分を言い聞かせたが芽生えた不安はなかなか払拭できない。虚ろな目で集合写真を眺めている。そんなカナデの傍に猫耳フードをかぶったルードベキアが駆け寄った。
「カナデ、大丈夫だ。僕がヴィータを説得するから! 」
システム:オーディンの人形写真集……私も欲しいです。