欲深き者たちに幸あれ
北部にあるタルルテライの街は今日も雪が降っていた。青いバケツをかぶり人参の鼻をつけた雪だるまの傍で、赤いマフラーをした子どもNPCが雪ウサギを作っている。
暴食の女神クイニーは銀世界が堪能できるガラスで囲まれたオープンテラスにいた。楽しそうに雪合戦をしている子どもNPCを、ぼんやりと眺めている。ーーそんなクイニーに、危険が迫っていた。マーチンは彼女を守るために大楯を構え、周囲を警戒している。
すぐそこまでクイニー討伐を目論んでいるシーフ職のプレイヤーが近づいていた。ユグドラシルを手に入れようと、スキル隠密を使って移動している。建物の影から杖をもったプレイヤーが様子を伺い、街路樹の後ろにはダガーを腰にぶらさげたプレイヤーが隠れていた。
レイラはオープンテラスの屋根からスナイパーライフルのスコープで彼らの姿を捕らえていた。彼女は防衛ラインを超えたプレイヤーたちをーー容赦なく威嚇射撃している。
「それ以上、こっちにくるんじゃない……」
道に積もった雪が、網で焼かれている餅のように膨れあがり弾けた。それに驚いたプレイヤーが慌てて、来た道を引き返している。レイラは素早くリロードすると再びスコープを覗いた。
ユグドラシルのせいで、クイニーはどの街に行っても狙われ……不穏の空気が流れた。彼女は現状を嘆き、この時ばかりはNPCである自分を呪った。
「悲しいわ。わたくしはすべての街とプレイヤーの皆さんを愛しているというのに……」
クイニーがため息を吐いていると、幼い姿の女性プレイヤーが料理をプレゼントしたいと叫んだ。クイニーは嬉しそうに微笑み、大きく両手を振ってアピールしている彼女を手招きしたーー。。
「クイニー様、オニオンスープを一生懸命作りました。ぜひ召し上がってください」
女性プレイヤーは、スプーンと白磁のトリュフボウルを乗せた皿をテーブルに置いた。そしてクイニーは右手でスプーンを取り、左手の人差し指と中指で……ダガーの刃を挟んだ。
「美味しい料理をありがとう」
クイニーの胸元にあるダガーは微動だにしない。彼女は慌てて逃げ出す女性プレイヤーに涼しい顔でダガーを投げる。
「忘れ物よ」
ダガーは女性プレイヤーを足元をかすめて床に刺さった。マーチンはへたへたと座り込む女を捕らえようとしたが、クイニーは首を横に振った。
「ーー興覚めだわ。せっかくの美味しい料理が台無し……。マーチン、レイラ、別の街に行きましょう」
クイニー討伐の攻略を練るプレイヤーはまだいたが、大半は倒しやすいミミックの王ハルデンに変更した。情報ギルドにハルデンの居場所をいち早く知ろうとするプレイヤーたちが押しかけている。
混雑しているのにも関わらず、ヨハンとマーフは受付に近い丸テーブルで1台のノートパソコンを眺めていた。彼らは、らいなたんの告知についての報告書を読みながら、大きめな声で話をしている。
「マーフさん、討伐報酬のユグドラシルですが、本当に何でも願いが叶うんですかね」
「うーん、人の願いってピンキリなのに、具体例や制限も示さず、1人しか手に入らないと言いながら、ユニークNPC全員からドロップするって怪しい気がする。ーー万物の巻物で討伐報酬を確認したいね」
「でも、ハルデン討伐が人気になってるから、彼からクエストを受けられるかどうか難しいですよ。黄金の枝の買取が進まないようなら、クイニー攻略、練ります? あんまり戦いたくないですけどーー」
ーーえ、クイニー攻略? 黄金の枝の買い取りしてますって話を周りに聞かせる作戦って言ったのに……。あ、しまった! 大事なことをヨハンに伝え忘れてた。ここで大っぴらに言えないし……。
マーフはさりげなさを装って、屋台調査というテキストファイルを開いた。ヨハンは報告書の上に別ファイルがかぶせられた事を不思議に思いながら読んだ。
ーーNo.0から、No.5へ。各屋台を調査した結果。甘辛いタレが特徴の金色団子店が1番人気でした。銀ぎつね屋は、黄金色の串が在庫不足で困っているそうです。
「ええっ! あっと、すいません。団子に目がないものでよだれがでました。なるほど、そうだったんですね」
ーー金色団子店が1番ってことはヴィータからドロップするのか。銀ぎつね屋、黄金の串……ルーさんが黄金の枝を欲しがっているんですね……。ヨハンは指で口を拭い、自分が脱線させてしまった話の軌道修正を図った。
「えっと、万物の巻物って枝3本で1つでしたよね。ーーマーフさん、冒険者ギルドに出した黄金の枝の買取依頼の件はどんな感じですか? 」
「だめだね。ハルデンはクエ配布しないでずっと逃げ回っているから、持っている人がほとんどいないみたい。ーー黄金の枝、誰か売ってくれないかなぁ。あぁ……、困った」
マーフは芝居めいた感じでおおげさに困ったというジェスチャーをしている。ヨハンも同じように困ったという顔をしながら腕組みをしていた。ーーその姿を横目でチラチラみていた緑の髪の男性プレイヤーがマーフに挨拶をすると黄金の枝を出した。
「そこの掲示板を見たんですが……買取の値段ってーー」
「12000で出していましたが、1つ15000ゴールドでどうでしょう? 万物の巻物で確認した詳細情報は、こちらの掲示板に載せますよ」
チャラララーン! マーフは黄金の枝を1本手に入れた。
ーーあと2本……。まず最初にハルデンの情報をプレイヤーたちの前で確認して、討伐報酬にユグドラシルは無いことを知ってもらわないと……。
うまい具合に、買取の様子を見ていたプレイヤー2人から1本ずつ買い取ることができた。とんとん拍子で物事が進んだことにヨハンは大喜びした。マーフの口元も緩んでいる。
「ヨハン、らいなたん商店に行ってくるから準備よろしく」
ヨハンとディグダムがカウンターを撤去してお立ち台を用意していると、プレイヤーたちが集まってきた。何が始まるのだろうかと興味津々のようだ。
「すみませ~ん。通らせてください。情報ギルドの者で~す。あぁ、ありがとうございます」
マーフは隙間を開けてくれたプレイヤーにお礼を言いながら、人混みをかき分けてお立ち台に登った。
「こんにちは。みなさん、情報ギルド団長のマーフです。我々情報ギルドは、ユグドラシルが4体のユニークNPCすべてからドロップするのかどうかについて疑念を抱いています」
「皆さん、万物の巻物というアイテムをご存じでしょうか? 」
「ーーあの……すみません。それって何ですか? 」
マーフは質問をしてきたプレイヤーに笑顔を向けた。
「これを使うと、モンスターのドロップアイテムが分かるんです」
万物の巻物とインスタントカメラをプレイヤーが良く見えるように掲げながら、マーフは話を続けた。
「私はこの場で、ミミックの王ハルデンの討伐報酬を調べます。そして、その結果をこのカメラと、ここにいるカメラマンNPCが撮影した写真を皆さんにお見せします」
万物の巻物が緑色に輝き、結果を表示した。マーフはカメラマンNPCがスマホにデータ転送した画像と、インスタントカメラが吐き出した写真を目の前にいるプレイヤーに見せた。
「ーーユグドラシルが無い」
「ホントだ、無いじゃないか……」
「まじで? 俺も見たい」
「私にも見せてくださいっ」
次々に写真を見ようとプレイヤーたちが覗き込んだ。マーフはお立ち台に戻ると、他のユニークNPCたちも確認する必要があると訴えた。
「後ほど冒険者ギルドに黄金の枝クエストを貼ります。そして黄金の枝を30本買い取ります! ミミックの王ハルデンの出現情報を確認しましたら、すぐにでもこちらの掲示板に貼りますので、よろしくお願いします」
ミミックの王ハルデンを倒してもユグドラシルはドロップしないーーこの情報は短時間でプレイヤーたちの間に流れた。それを知った2人のプレイヤーが、ガロンティアの噴水公園の白いベンチでがっくりとうなだれていた。
彼らはすぐそこにある屋台でチュロスを買い、もそもそとかじりながら……どうしたものかと話し合っている。
「ハルデンからユグドラシルが出ないって……ものすごくショックだな。ヴィータ討伐は難しいから……、クイニーを狙うしかないか? 」
「人形はテイマーなら、倒せるらしいぞ」
「マジで? 誰情報だよ。ソース元は?」
「バッハベリア城にいる王女がさ、教えてくれたんだよ」
「エレオノーラ王女だっけ? NPCが何でそんな事知ってんだよーー」
「最近、名前が変わったって知らないのか? 金を取られるけど、いろんな話が聞けるんだよ。眉唾的なものがかなり多いけどな。試してみる価値はあると思うよ」
「クイニーはヴィータの次にヤバイから、人形探しってのもアリだな……。冒険者ギルドでテイマー職を募集してみるか」
スマホのごみ箱にチュロスの袋を捨てると彼らはベンチから立ち上がった。
「なぁ、ユグドラシルを手に入れたらどうするよ? 」
「何でも願が叶うって、このゲームの中だけかな。リアルもアリ? 」
「そういえば、具体的なことは何にも言ってなかったな。アプデ情報アプリにユグドラシルのことは載ってないし、どうなんだろうな。でもよ、リアルもアリだったらやばくね? 」
「1億円ぐらい貰いたいよな」
「ログアウトできない不具合祭りの賠償って考えると少ないんじゃね? 」
「じゃ、5億ぐらいで。なんてな! 何でもっていうなら不老不死とかもアリ? チートでモテまくりの異世界転生とか願うのも面白そうだな」
「ぶはっ。らいなたん、神かよ」
彼らはユグドラシルが手に入るかどうかもわからないというのに、願い事をあれこれ妄想しながら冒険者ギルドへ向かった。
システム:プレイヤーたちはユグドラシルを使って何を願うのでしょうか。
男性キャラクターを使っている女性って、自立心が高く、芯が強い人が多いような気がします。……いや、気がしているだけかも? 私の理想像なのかもしれません。