キャベツを殴ってはいけない
森を抜けて始まりの地に着くと、プレイヤーたちがこぞって驚いた表情をした。すぐにカナデたちに駆け寄ってくる。精霊王ルルリカはどうなったという問いに、どう答えればいいのかカナデが悩んでいると……。ボーノがルルリカに会わなかったと、うそぶいた。
それでもしつこく聞くプレイヤーたちを彼は上手くかわしている。カナデは集まって来たプレイヤーたちをボーノに任せ、ディスティニーと一緒にスタンピート隊とヨハン隊を探すことにした。
混雑を抜けて移動していると、教会前でプレイヤーに話を聞いているスタンピートとパキラを見つけた。カナデの姿を見た2人は嬉しそうにデルフィの所へいこうと言い、教会から少し離れた丘の上へ向かった。
「あ、カナデ君! いやぁ、面目ない。あっはっは」
ミンミンが豪快に笑いながらカナデに駆け寄り肩を組んだ。マーフから連絡を受けた調査隊メンバーはカナデを待ちわびていた。
「カナデさんなら、難なくあの森を抜けて来るって分かってましたよ。はい、1時間以内に到着したということで、デルフィさん、パキラさんと俺に配当くばりま~す」
「アイノテさん……。我々が到着する時間を賭けてたんですか」
「待っている間の、ちょっとした娯楽というか。ディスティニー氏、硬い事いうなってーー」
「ルルリカを確認したら、1度インデンに戻ると思ったんだけどな。読みが甘かった。あははっ」
「俺もミンミンさんに賛同したんだよ。カナデなら、そうするかな~ってーー」
スタンピートはミンミンといっしょに、賭けに負けたことを笑い飛ばした。カナデは陽気に振るまう彼らに安堵している。
「もう森を抜けられますよ。注意事項は、『キャベツを殴らない』です」
「なるほど、それがこれからのエンカウントの鍵になったんですね。カナデさん、ありがとうございます。マーフさんに連絡しますね」
目をキラリと光らせたヨハンがスマホを軽やかに叩いている間に、攻略を聞きたがるプレイヤーたちからなんとか逃げてきたボーノが遅ればせながら調査隊に合流した。
「いやぁ、参ったよ。とりあえず、戦いたくないなら『キャベツは殴るな』と言っておきました」
「ボーノさんありがとうございます。では、我々も移動しましょうか」
「カナデ、もう少し待った方がいいかも。ほらーー」
パキラが指差した森の入口にプレイヤーたちが続々と移動しているのが見えた。アトラクションに並ぶように行列ができている。彼らはキャベツを攻撃しなければ大丈夫だという言葉に疑念を抱きつつも、試して見る価値はあると思っているようだった。
「蟻の行列状態で、誤ってキャベツを蹴とばしたら……とんでもないことになりそうですね」
「うぐっ。それ怖すぎて考えたくないですね……」
ヨハンの言葉にアイノテが身もだえした。彼はルルリカと戦闘になった時のことを思い出し、青ざめている。
「あっはっは。底抜けの明るさを持つアイノテさんが身震いするほどのキャンボスって、ほんと驚きだよね! 」
「あんなに強いキャンボスを配置する運営の意図がわからーん! 」
「ア、アイノテさん、ルルリカってそんなに強かったんですか? 俺らはデルフィさんやパキラとずっとここで様子見してたんで、戦ってないんです」
「あー。それが正解の介! いよっ! ってことでスタンピートさん、戦闘はオススメできません。まじで、鬼畜モードだった! 」
「ーー何あれ、近づけば持続毒ダメージ。しかも強毒! 麻痺と毒たっぷりの茨に閉じ込められ……物理通らないし、魔法スクロも投げたら発動する前に奪われちゃうし! しまいにゃ、魅了魔法で同士討ちさせられて……」
ミンミンがうんうんと頷きながら、矢継ぎ早に息つく暇もなく喋るアイノテの背中をポンポンと叩いた。ーーアイノテの弓矢がお尻に刺さって痛かったと言っている。
「さらに、キャベツモンス! 数の暴力っやばすぎでしょ! なんなん? 待ってる間に攻略を考えてたけど……思い付かなかった。ハゲそう。いや、もうハゲてる……」
アイノテが両手で顔を覆った。その様子を見たデルフィは戦わなくて正解だったと胸をなでおろした。他パーティが殲滅した様子を目撃したボーノとディスティニーは苦笑いをしている。
カナデは自分に会えたことを喜んでいたルルリカを思い出し、複雑な気持ちを抱きながら青い空を見上げた。
その空に突如、公式萌えキャラアイドルらいなたんが映し出された大型モニターが出現した。彼女は笑顔で手を振っている。
「みんなぁ、元気ぃ? 今回、登場したキャンペーンボス、精霊王ルルリカとは戦ってみたかなぁ? ちょっと強いみたいだから、8人パーティを組んで挑んでねーー」
映像を見たプレイヤーたちがブーイングをしている。口々に不満を言い、悪態をついた。
「そうそう、実はぁ、プレイヤーのみんなに朗報です! なななんと……」
らいなたんはユニークNPC4体がそれぞれ写っている写真を扇状に広げた。
「笛吹ヴィータ、暴食の女神クイニー、ミミックの王ハルデン、そしてオーディンの人形ーーこのユニークNPC4体の討伐報酬にっ。ジャジャジャーン! どんなことでも1つ願いが叶っちゃうユグドラシルが追加されましたっ! 」
「おい、聞いたか? まじかよ……」
「1番、倒しやすいのってハルデンだよな」
「急いでダンジョンにいこうぜ! 」
らいなたんの顔がクローズアップされると、彼女は内緒話をするときのように口元に手を添えた。
「そうそう、このユグドラシルは……先着1名様なので、みんな急いでねっ」
ユグドラシルというアイテム名を聞いたカナデは驚愕した。ーーまさか……父さんが僕が育てていたものに気付いて……。
カナデは隠し部屋ではエラーが出て育てられなかったユグドラシルの鉢を、マイルームの庭で育てるために、似たような鉢植えをたくさん用意してその中に混ぜていた。表示されていたユグドラシルという名称は花の名称と重なっていたため、分かりにくいと思っていた。
ーー僕が何をしようとしていたか、父さんに気付かれた? でも……何も言わずに、勝手に取り上げるなんて……ひどいよ。カナデは父親に失望して表情が曇った。
パキラはらいなたんのセリフに疑心暗鬼になった。ーーいまなら先着10名さまだけ1円で購入できます、という詐欺めいたSNS広告に似ている気がすると思った。ディスティニーの隣で、訝しげな表情をしている。
「願いが叶うって本当なのかな? らいなたんの言い方……嘘っぽく聞こえたんですけどーー」
「そうですねぇ……。パキラさん、万物の巻物で調べるといいんじゃないですかね」
「ディスティニーさん、万物の巻って何ですか? 」
「ハルデンのクエスト報酬の、黄金の枝で交換できるやつです。モンスターのドロ品が分かるらしいんですよ」
「じゃあ、万物の巻物を手に入れて使えば、本当に願いが叶うアイテムなのか分かるんですか? 」
「うーん、どうでしょう……。流石に実際にやってみないとーー」
らいなたんの告知によって森を急いで抜けようとするプレイヤーが増えたせいか、始まりの地はだいぶ静かになってきた。森の入口の行列は速やかに移動できているのか解消されつつある。そろそろ移動してもよさそうだとボーノが言うと、調査隊はぞろぞろとシュシュの森へ向かった。
「はい、みなさん。これからシュシュの森に入りまぁすっ。注意事項を~再度言いますよ。ーーキャベツちゃんたちを踏んではいけません。分かりましたかぁ? 」
「ボーノ先生! 」
「はい、アイノテ君どうぞ」
「誤って蹴とばしたら……やばいですよね? 」
「そうですね、やばいですね。すぐにルルリカちゃんがやってきます。気を付けましょう! 」
「はーい、分かりましたっ。では、いざ出陣の助っ、いよ~っ! 」
気落ちしていたカナデはアイノテの陽気な掛け声で少し元気になった。ミンミンと談笑しながら移動している。
パキラは道端のキャベツをまたごうとしたが、蹴ってしまいそうだと不安になり……、慌てて隙間を探していた。ヒョイヒョイと避けていく調査隊メンバーから、だいぶ離れている。焦りは禁物だと思いながら足を動かそうとするがなかなか1歩が踏み出せない。
「ボ、ボーノ先生っ! 」
「はい、パキラさんどうぞ」
「なんでみんな、そんなに簡単に避けられるんですか? 私……、蹴ってしまいそうで……」
「ふむ。じゃあ、パキラさんは俺が背負っていきましょう」
「ふえぇ。そんな、ボーノさんーー。だ、大丈夫です。頑張ります! 」
「パキラさん、遠慮なさらずに。そこを動かないで下さいね。今行きますから」
パキラよりもかなり先に進んでいたスタンピートが愉快そうに笑った。
「パキラ~! ボーノさんにおんぶしもらった方がいいんじゃないかなぁ。ぶふふ」
「ちょっと、ピートったらっ! そういえば、ピートは吊り橋でデルフィさんにおんぶしもらってたよね。ふふふ」
「むむむ。それは内緒の介です! 高い所はほんのちょっぴり、苦手なんだよ~っと」
スタンピートはアイノテ風に冗談っぽく言った。顔が赤くなっているのをデルフィに気付かれると、いやんっーーと言い、調査隊メンバーを笑わせた。
シュシュの森に笑い声が響いている。楽しそうな様子に羨ましくなったルルリカが樹木の後ろからそっと覗いた。プレイヤーたちが何の話をしているのか気になっているようだ。
「ちょっとだけなら近づいてもいいかな……。ーーあれは、パキラ!? え、誰……。ううっ、何だろう……なんでこんなに胸が苦しいの? 」
ルルリカはぎゅっと握った左手を痛む胸に押し付けた。理由もなく憎悪が沸き上がり顔を歪ませながら震えている。
ーーどうしてあの顔を知っているんだろう。
ーーどうしてこんなに憎いんだろう。
ーーパキラが……憎い、憎い、憎い!
心の中に憎いという気持ちがとめどなく押し寄せてくる。カナデとの約束とのせめぎ合いでルルリカはもがき苦しんだ。
「パキラぁぁぁああああ! お前だけは許さない! 」
眠っていたキャベツモンスターたちが動き出した。憎悪が抑えられなくなったルルリカは叫び声をあげながら木々をなぎ倒している。
「わ、私、蹴ってないよ! 」
「カナデさん、ルルリカを止めてくださいっ」
ボーノはパキラを腕に抱えて森の出口に向かって走った。ーーその行く手を地面からシュルルと生えた麻痺と毒がたっぷりの茨が邪魔をする。ボーノが慌てて逃げ道を探そうと振り返ると、キャベツモンスターたちがじわじわと近づいてきた。
だが彼らはウロウロしながらシャーシャーと威嚇するだけだったーー。
「俺がいるから攻撃してこないのか? パキラさんこのままジッとしててくださいね」
「は、はい」
カナデは武器を構える調査隊メンバーに、攻撃しないで! と叫んだ。なぜパキラを狙っているのかを理解できないまま、ルルリカに近づいていくーー。
「ルルリカ、キャベツたちに手をだしていないよ。何をそんなに怒ってるんだい? 」
目を赤く光らせたルルリカが怯えているパキラを睨みつけた。
「その女だけは許さない……。はらわたを引きずりだしてやる! 」
薔薇が咲く棘だらけのウィップで脅すように地面を叩いた。ルルリカは笑いながら倒木を軽やかに飛び越えると、大きな目を見開いてーーパキラの頭を掴もうと両手を突き出した。
ボーノは咄嗟に腕にいるパキラを地面に落とした。
パキラを掴みそこなったルルリカの両手が空を切った。油断した彼女にボーノが体当たりをする。ルルリカは吹き飛ばされながらも自分の背後に豆の蔓を生やし、衝撃を和らげる植物のクッションにふわりと身を任せて体勢を整えると、再びウィップを構えた。
カナデはそんなルルリカの前にスタスタと移動しーー彼女の頬を両手で優しく覆った。
「ルルリカ、止めるんだ。これ以上、暴れるなら僕も黙っていないよ? 」
「でも……カ、カナデ……。私は、私はーー」
ルルリカは顔をくしゃくしゃにして大粒の涙を流している。
「あなたはパキラを選ぶの? 私は、あなたのために作られたのに……。ーー絶対に、パキラは許さないんだからっ」
「理由を教えてくれる? なんでパキラを許せないんだい? 」
「……なんでかしら。分からないわ」
「ルルリカ、それなら攻撃を止めてもらってもいい? それとも僕と戦いたい? 」
「そんな……カナデと戦うなんてあり得ないわ! 」
「じゃあ、約束を守ってくれる? 」
「……うん。森の奥に戻るからーー頭をよしよしってしてくれる? 」
カナデに頭を撫でられたルルリカは嬉しそうな顔をしている。彼女はパキラを一瞥してフンと鼻を鳴らすと森の奥へ去っていったーー。茨で閉鎖されていた道は再び解放され、調査隊メンバーは安堵した表情になった。
その一部始終を情報ギルド調査隊の後について歩いていたプレイヤーたちが茨の隙間から目撃していた。彼らはしばらく唖然としていたが、カナデがキャンペーンボスと親しそうに会話していることに不信感を募らせた。
「もしかして、あんたがルルリカを操ってんのか? ふざけんな、馬鹿野郎! 」
「お前、運営の人間なんだろ? いまのこの状況、どうにしろや! 」
「早くログアウトさせろ! クソ野郎! 」
「リアルに帰せ、このゴミクズが! 」
頭に血が上った彼らはカナデを睨みつけ、口々に罵倒した。罵詈雑言を吐き出し、言葉の暴力でカナデをねじ伏せようとしている。それでも飽き足らないプレイヤーの1人がカナデに掴みかかろうとして突進してきた。
ミンミンがカナデを殴ろうとしている腕をするりと掴んで相手を組み伏せると同時に、アイノテとディスティニーがカナデの前にスッと立った。ーー怒りが収まらないプレイヤーたちがにじり寄る。
ドン! と彼らに威嚇するようにボーノが大楯を突き立てた。
「みなさん、少し冷静になりませんか? いまここで騒ぐと、またルルリカがやってきます。まずは森を抜けましょうよ。ーーよろしければ、お先にどうぞ」
プレイヤーたちは舌打ちをしたが、押し黙ったまま調査隊の前を通り過ぎていった。パキラは地べたで座ったまま茫然としている。カナデはパキラの無事を確認するとボーノたちにお礼を言った。
「カナデ君は、先に情報ギルドに戻った方がいいんじゃないかな」
心配そうに言うミンミンにヨハンが同意する。
「パキラさんとスタンピートさんには、俺から事情を話しますから、心配しないで下さい」
「……分かりました。では、先にマーフさんのとこに行ってます」
カナデはそう言うと、シュッとテレポートして調査隊メンバーの前から消えた。パキラとスタンピートは口を開けたまま目を丸くしている。
「パキラさん、大丈夫ですか? あ、ボーノさんにおんぶしてもらった方がいいですね。ピートさんは……問題ないかな。ーーでは、道すがら話しますから、驚いてキャベツちゃんを踏まないように気を付けて下さい」
カナデの父、健一は、らいなたんを使ってプレイヤーにイベント告知をした後、ルルリカがパキラと張り合っている様子をモニターを通して楽しそうに見ていた。しかし、プレイヤーたちが自分の息子を罵倒し始めると、怒りに震えながら拳を握りーードンと机を叩いた。
「たかがプレイヤーの分際で、神ノ箱庭の王に暴言を吐くとは……、なんて奴らだ! その辺のクリチャーにしてやろうか! 」
怒りに任せて机を拳でドンドンと連続で叩いている。しばらくして冷静さを取り戻すと、カナデを守る動きをしたボーノたちを称え、拍手をした。
「なんて素晴らしいプレイヤーたちなんだ! 王の盾となり守ろうとする姿勢に、私は胸が熱くなったよ……」
「ーーこれは、あの老人たちが喜びそうなシチュエーションだな。使えるかもしれないから、この部分の映像は残しておこう」
健一はすぐさまもう1枚のモニターでソフトを立ち上げて、監視ウィンドウを開くと同時に録画を開始していた映像を編集した。アイデアは忘れないように手帳に書き記す。
「そうそう、奏! あのユグドラシルの苗には驚いたよ。あのような想定外な要素は歓迎したいところだが……あれの登場はまだ早すぎる。取り上げてすまない……。ーーおっと、もうこんな時間か……」
健一は顔をしかめた。そろそろ会社に戻らないといけない時間だった。また数日の泊まり込みが待っている。すべてのウインドウを閉じて、パソコンの電源を切った。
「我が子の雄姿を、しばらく見られないなんて残念だ……」
システム:キャベツを殴ってはいけないのです! 可愛がりましょう!