精霊王ルルリカ
バリ風ヴィラのシステムキッチンから鼻歌が聞こえる。神ノ箱庭料理大全集を手にしたリディが、上機嫌でレシピを見ながら何かを作ろうとしていた。ルードベキアはカウンターに突っ伏している。
「ルー、ありがとな」
「うん」
「これ、なかなか面白いぞ」
「うん」
「各企業の秘伝レシピが載ってる。見るか? 」
「ノー」
ルードベキアは、宝物庫で割とすぐにリディが欲しがっていた神ノ箱庭料理大全集を見つけた。しかし、自分のお目当ての武器は発見できず……がっかりしていた。
「地下何階まで行ったんだ? 」
「5階……。モンスターはカナデが瞬殺してくれたから大変じゃなかったんだけどさ。お宝が多すぎて……探す作業が辛すぎた」
「そ、そうか。次は俺も一緒にいって探そうか? 」
「もういい。黄金の枝を手に入れて武器を自分で作った方が早い。ハルデン、クエストください」
突っ伏した状態から顔をあげたルードベキアは、リディをじっと見つめた。
「うーん。さっき、プレイヤーの分しかクエストが出ないって分かったじゃないか」
「そうさ、分かってるさ……。なんでNPCはクエスト受けられないんだよ。どうやって素材を手に入れればいんだよっ。酷いよ……」
リディは作りたてほやほやの、ひと口稲荷寿司をカウンターに置いた。すぐにルードベキアが箸で1つ取って口に放り込む。
「カナデは……。まだ工房にいるのか」
「リディ、コレめちゃくちゃうまいな! 」
ルードベキアは更にもう1つ取って頬張った。その様子を見たリディは、とても作り甲斐があると感じて嬉しくなった。
「油揚げから皮から作るのは初めてだったんだが、上手くできたと思う。酢飯にはきゅうりの塩もみと炒り卵と鮭をーー」
「リディさん、ルーさん! 箱庭の入口が閉じてます! 」
カナデの声で振り返ったルードベキアの頬は、ハムスターのように膨らんでいた。カナデは思わず吹き出したが、すぐに真面目な顔になって話を続ける。
「さっき、ビビが気が付いたんです。これでこの世界のプレイヤー数がこれ以上増えることは無くなったんですが……。どうやら、キャンペーンボスが1体、増えたみたいでーー」
「それって、普通のNPCなのか? まさか俺たちみたいに素材にされたプレイヤーが……」
うなだれているビビを見て察したリディは1番最初のキャンペーンボスのことが気になった。
「そういえば、獣王ガンドルはどうだったんだ? 」
「あっ……」
カナデは神ノ箱庭の入口を閉じる事と、プレイヤーがログアウトできるようにする事ばかりを考えていたため、ガンドルの事を失念していた。ーーきっと理不尽な目にあっているに違いない。ビビに聞いてみたが彼の居場所は分からなかった。
「マーフさんのところに行ってきます! 」
カナデを見送ったルードベキアはカウンターに頬杖をついているリディの顔を身を乗り出して捕まえた。
「ハートの小さな銀の箱、ハートの小さな銀の箱、ハートの小さな銀の箱! ……ダメか」
「ルー、合言葉は早口言葉じゃないんだから……」
ルードベキアは呆れ顔のリディをしり目にソファに移動すると、クッションを抱えて寝転んだ。
情報ギルドでは、ログアウトできないという訴えは少なくなっていたが、相談をしたいと言うプレイヤーが多くなってきた。ディグダムとイリーナが受付を切り盛りしているのが見える。
「あっ、カナデさん! マーフさんが中で待ってますよ」
いち早くカナデのネコミミに気が付いたディグダムが声をかけた。カウンターの脇を抜けて作戦会議室に入ると、マーフが窓際にあるソファーでスマホを忙しそうに叩いていた。
「カナデさん、ちょっと待ってて下さいねーーすぐに終わります」
「大丈夫です、ごゆっくりどうぞ」
カナデは冷蔵庫からペットボトルのお茶を出してグラスに注いだ。会議用の楕円テーブルに2つ置くと、マーフがため息を吐きながらグラスを1つ取った。浮かない顔をしている。
「カナデさん、新たに出現した森なんですけどーー」
マーフは調査に向かったヨハン隊がキャンペーンボスによって全滅してしまったことと、始まりの地でスタンピート隊と一緒に足止めされていることを話した。
「アイノテさんたちがやられてしまうなんて……精霊王ルルリカはそんなに強いんですね。それにしても、復活する教会って最後に訪れた街になったんじゃ? 」
「それなんですけど、なぜか始まりの地の教会で復活しちゃうらしいんです。これもバグなんでしょうかね……。カナデさん、ボーノさんとディスティニーさんと一緒に、インデンからシュシュの森に行ってもらえませんか? 」
インデンの街にある冒険者ギルド前は、多くのプレイヤーたちが屯していた。精霊王ルルリカ討伐の作戦会議を開いているようだった。ディスティニーが周囲を見渡しながらプレーヤーたちの衣装や武器を確認している。
「初心者のための街が……猛者でいっぱいになっていますね」
「そういえば、アプデでダンジョンが追加された時って、いつもこんな感じでしたね。俺らはカナリアさんを筆頭にして殴りにいってたけど、今回は調査だから指をくわえて見てるだけになるかな」
「ボーノさん、とりあえず……ここにいる人たちから話を聞けますかね? 」
カナデは冒険者ギルドの入口にいるプレイヤーをチラリと見た。ボーノが困り顔をしながら軽く首を横に振った。
「みんな1番旗を取ろうとしているので門前払いされるかと。ーー戦いを遠目から観察する方がいいと思いますよ」
シュシュの森はあちこちにキャベツのようなものが落ちている以外は、他の森と同じように見えた。カナデたちは猛者が集まった8人パーティの後ろを、遠目で見守れる距離を保ちながら歩いている。
ディスティニーとボーノは転がっているキャベツがどうしても気になって、踏まないようにしていた。カナデも同じように避けている。
「このキャベツ、やばい香りがします」
「休眠モンスターなのかも……。衝撃を与えるとボスが飛んでくるような気がーー」
「戦闘が始まったみたいです」
カナデは遠目で精霊王ルルリカをロックオンすると、マーフからもらった銀色のボールを投げた。消耗型ドローンは出現するとすぐに右前にある樹木の枝葉に隠れて録画を開始した。
道端に転がっていたキャベツから足と羽が生えた。もぞもぞと動き出している。ボーノはインスタントカメラのシャッターを切っているカナデを守るように大楯を構える。
「ボーノさん、大丈夫ですよ。この子たち、僕たちには興味がないようです」
「……みんな、8人パーティの方に向かっていますね」
10匹ほどの緑のキャベツモンスターたちがカナデたちの足元を通り抜けてわさわさと前方に進んでいった。森の中からも進軍しているのが見える。
ディスティニーは彼らを刺激しないように動かずに動向を眺めた。
「ボスが出現すると目が覚めるモンスターのようですね」
「それにしても多い……。数の暴力ってやつじゃないですか」
大楯を構えるのを止めたボーノもじっとしている。体中にくっついたキャベツを、必死に取ろうしているプレイヤーの姿が目に映り、冷や汗が流れた。
「カナデ君、戦況は芳しくないようですね。助太刀した方がーー」
「……戦闘はもう終わります。ドローンを回収してきますね」
「カナデさん! 」
ディスティニーが日本刀を抜いた。ボーノは大楯を構えて走り出そうとしたが、ーーストップと叫んだカナデの声に反応して立ち止まった。
「こんにちは冒険者さん。シュシュの森へようこそ」
緑のボフヘアーの精霊王ルルリカが小道の真ん中で満面の笑みを浮かべた。続々とキャベツモンスターたちが集まり周辺をウロウロしている。
ーーまだ襲ってくる気配はないが……。ディスティニーは日本刀の柄を握る手が汗ばんできた。
ビビがコートのポケットから顔を覗かせた。耳をピクピク動かして何かを考えている。カナデは回収したドローンを斜めがけボディバックにしまうと、ルルリカに近づいた。
「こんにちは、ルルリカ」
「カナデ! やっと会えた……」
ルルリカは両手を胸の前で握って顔を赤らめた。少しうつむいてモジモジしている。
「ルルリカ、僕のマイルームにおいでよ。そこにはオーディンの人形もいるよ。みんなで楽しくおしゃべりをしよう」
「嬉しい! 彼女に会えるのね」
カナデが出した左手に、ルルリカはそっと右手を置いた。ディスティニーはその様子を見て武器の構えを解いた。
「俺たちはこのまま進んでヨハン隊とスタンピート隊を迎えにいきますね」
「ディスティニーさん、ボーノさん、後はよろしくお願いします。ーールルリカ、行こうか」
バチン。カナデは彼女の手を握ってテレポートしようとしたが、壁のような物に弾かれた。
「まさか、ルルリカはここから移動できないのか? ルルリカ、ちょっとビビを抱いてくれるかな」
「……あるじさま、ルルリカはこの森のテリトリーから出るには……まだレベルが足りないみたいにゃ」
子猫のビビを腕に抱いたルルリカは、悲しそうな表情になった。
「私……いま、レベル37なんだけど、50にならないと、この森から出られないのかしら……」
「レベルが上がるとロックされているスキルが解放されるにゃ」
「なるほど、進化型NPCと書いてあったのはこういう事だったんですね」
スマホを取り出したボーノは大型アップデートアプリのキャンペーンボス情報を見ていた。らいなたんのイラストの吹き出しに『どんどん強くなるから気を付けてね! 』と記載されている。ディスティニーも同じようにスマホで情報をチェックしている。
カナデは考える様な仕草をした後、ルルリカから子猫のビビを受け取った。
「ビビ、ルルリカのレベルを上げるにはどうすればいいのかな? 」
「プレイヤーか、NPCと戦って経験値を取得しないとダメにゃ」
「困ったな。あんまりプレイヤーと戦ってほしくないんだけど……。ここで彼女と戦えるNPCはーー」
オーディンの人形を思い浮かべたが、彼女はまだ戦う術がない。ダンジョンから出られないハルデンは論外だ。クイニーは街の外へは出られないと言っていた。フィールドを彷徨っているヴィータは……どこにいるかも分からないし、話すら聞いてもらえないだろう。
「……獣王ガンドルに会いに行ってくるから、ルルリカはここで待っててくれる? できれば……プレイヤーたちを襲わないでほしいんだけどーー」
「待つのは大丈夫よ。でも森に侵入してきたプレイヤーと戦わないのは……難しい。私はここを守るという役割があるから……。ごめんなさい」
NPCにはそれぞれ決められた設定があるため、それに逆らう行動をするのは難しいようだった。ーールルリカが可哀そうだと思い始めたディスティニーが口を開いた。
「それならばーーこのキャベツたちに危害を加えたプレイヤーとだけ戦う。というのはどうでしょうか。難しいですか? 」
ルルリカの顔がパアっと明るくなり、ディスティニーの手を取った。
「いい案だわ! それならできそう! 」
ルルリカは手を握られて焦っているディスティニーから離れると、カナデに駆け寄った。
「じゃあ、そうしようか……。そうだ、ルルリカ。君の討伐報酬ってどんなものなのか教えてもらってもいいかな」
「うふふ。聞くよりも見た方がいいと思うわ」
そう言うと、ルルリカはいきなり自爆した。小道に討伐報酬であるアイテムがコロコロと転がっている。もぞもぞと動いていたキャベツモンスターたちは、羽と足が消えて動かなくなった。
ルルリカの行動にカナデはかなり驚いたが、薔薇を模ったアメジストを3つ拾って、目を丸くしているボーノとディスティニーに1つずつ渡した。
「らいなたん商店で何と交換できるか調べてもらえますか? 僕はこれを素材として使ってみます。ーーじゃあ、みんなを迎えにいきましょう」
「ーー調べるだけなら1つで十分なので、俺の分はカナデ君に」
ボーノはルルリカの討伐報酬をカナデに渡すと、キャベツたちを踏まないように避けながら始まりの地へ向かった。
システム:2体目のキャンペーンボスはプレイヤーがなかなか倒せないという鬼畜さです。良い! と作者は喜んでいます。実際、ゲームでこんなん出てきたら発狂しますけどね……。