開発と素材選びは第六感?
ノートパソコンでの作業が終わったリディは、カナデの隠し部屋の寝室で、死んだように眠っていた。カナデは大の字になっている彼の胸に手を置いて、ミミックの王ハルデンのアイテムデータバンクを探っている。
ルードべキアはオーディンの人形の再起動が終わり、猫じゃらしでビビと遊んでいた。ふと何かを思いつきスキル猫の手でマジックペンを作ると、リディの顔を覗きに行った。
「ーーカナデ、凄いぞ。こんなに描いているのに起きない」
カナデはデータの読み込みが終わって、ひと息つこうとした瞬間に、リディの瞼に描かれたぱっちりとした目を見てしまった。思わず笑いが込み上げる。
「ルーさん、ちょっと、これは……。ぶふふふっ」
「みんないろいろ大変だったからさ。少しは笑顔になるような要素が欲しいと思ってねーー」
「面白いけど、目を開けたら分からないですよ」
「あ、盲点だった。じゃあ、ほっぺにぐるぐっるとーー」
「あはは。それ描き終わったら、僕のマイルームの工房へ行きましょう」
「オッケー! ーーリディが起きた時、大笑いしてくれると嬉しいな」
マイルームの寝室にいるダミーと入れ替わった2人は、工房部屋へ入ってすぐ左手にある2人掛けソファーに座った。炉は真っ赤に燃えているが暑さは感じない。室内は快適な温度に保たれていた。
カナデは師匠として尊敬している魔具師ルードベキアに聞いてみたいことがあった。
「ルーさん、プレイヤーだった時、限られたスキルと素材でどうやって制作していたんですか? 」
ルードベキアはどう伝えればいいか悩んだ……。目線を天井に向けて、手でろくろを回すような仕草をしている。
「うーん、なんていうか、作りたい物のイメージを手の中でこう……」
「粘土でこねる感じ? 」
「そうそう! 使う素材については、ファインダーでピントが合った感覚になった時に……。説明が難しいな……。人によって違うと思うんだけど」
「いわゆる、第六感で決めている……ってことですかね」
「たぶん……」
「そういえば、ルーさん。ロックがはずれたオーディンの人形のスキル、猫の手で作れる武器の素材は分かりました? 」
「それがだな……。黄金の枝が必要なんだけど、ハルデンのクエストクリア報酬なんだよね。ーーNPCになってしまった僕は、NPCからクエストを貰えるんだろうか? 」
「リディさんが起きたら試してみましょう。ーー必要なのは黄金の枝だけですか? 」
「もう1つあるけど……。それは大丈夫。ーーカナデの方は? 」
「ルーさんと話をしてイメージが固まりました。僕は工房に篭ります。ーービビはこのソファから微調整をよろしく」
「わかったにゃ、任せるにゃん」
「ーーじゃあ、僕は書斎で読書でもしてようかな」
カナデは炉の前にある椅子に座ると、直感的にスキルで出した素材を手のひらサイズのガラス容器に入れた。それをピザを焼く時に使うピサピールのような物に乗せて炉の中に入れる。素材は赤く燃え上がり徐々に溶けてくーー。
すべてが1つになり始めたころに炉から取り出しーー自分の指をナイフで切った。素材の上に血液を1滴垂らす……。カナデは白く輝き出した点をじっと見つめながら、神の箱庭のログイン画面から、ゲーム内に到着するまでの通路を想像した。
ーー外から侵入できないけど、中からは出られる扉がいいな。
混ざり合った素材は、ゆっくりとカナデのイメージ通りの物に変化していった……。
「ビビ、一方通行な扉を作るよ。開く方の色は青、裏側は赤にしよう」
「了解なのですにゃ。もう少し、あるじさま自身の素材がーー髪の毛とか欲しいにゃ」
ビビに言われた通りにカナデは髪の毛を1本抜いて、形になりつつあるアイテムの上に落とした。それはくるくると渦巻きながら素材にくっつくき、扉の青い色側だけにドアノブと鍵穴を作った。
ーー次は役割設定を付与しよう……。
カナデは出来上がり寸前の扉を手のひらにそっと乗せた。
「仕上げは、名称を付けないとダメかな……」
「あるじさまっ! 」
ピキ、ピキ……パリン。
「あぁ……割れちゃった。工程とイメージは良かったみたいだけど、最後に油断しすぎたみたいだ。ビビ、アイテム名称は、回帰門にしようかな」
ーーこれを起点にしてプレイヤー全てが元の場所に戻れるようにしたい。カナデは燃え盛る炉の前で再び制作に没頭した。しかし……。
「ーーうあぁ、だめだ。最後の仕上げでどうしても上手くいかない」
「部屋が使えそうで使えないものでいっぱいになったにゃ」
中途半端なものがいくつも工房室の床に転がっていた。
「気分を変えてユグドラシルにチャレンジしてみようか? 同じ感じで……ボスがドロップするレア素材を全部使ってみよう」
「はいにゃ! 」
1時間後、ユグドラシルではなく素材としてのアイテムがいくつか出来上がった。それらを合成しようとしたが、すぐに分離してしまう。
「そんなに簡単にできないよね。なにかつなぎになるような物はないかな? 」
「つなぎ? 」
進捗状況を見にきたルードベキアが小麦粉を持ってきた。
「意外な発想ですね」
「ほら、ハンバーグとかでも使うじゃないか。卵もどうだ? 」
「両方使ってみましょうか」
ファンファーレが鳴った音を聞いたカナデはガッツポーズをした。ルードベキアは作品を見ようとカナデの手を覗き込んだ。
「美味そうだなこれ」
「なんで『とっても美味しいドーナツ』が出来たんでしょう……。ボスドロップ品を全部使ったのにーー」
「すまん。小麦粉と卵の属性に引っ張られたのかもしれない」
ルードベキアは苦笑するカナデの手から出来立てのドーナツを取ると、もぐもぐと食べた。
「甘さも食感もちょうどいいな。ーーそういえば、オーディンの人形として目を覚ました時、ハルデンの宝物庫にいたんだけど、周りに宝物がたくさんあったぞ。使えるんじゃないか? 」
「宝物庫ですかーー何か良いものがありそうですね。リディさんはまだ寝ているかな」
「起こせばいいさ」
隠し部屋のリビングにいくと、すでにリディは起きていた。目を擦りながらコーヒーを淹れている。ルードベキアが、自分も欲しいと言ってカップを持っていった。カナデが宝物庫について聞いてみるとーー。
「あぁ、そういえばそんなものがあったな。すまん、すっかり忘れてた……。行ってみるといいかもしれない。このウエストバックについているキーホルダーが宝物庫なんだ。取り外すからちょっと待ってくれ」
1人用ソファに座ったルードべキアがガラスのサイドテーブルにカップを置いた。
「僕は、もうあそこには行きたくないから、ここで留守番してる」
「ええ? ルーさん、そこに使える武器があるかもしれないですよ? 僕と一緒に行きましょうよ」
「うっ……。うーん、いくらカナデの頼みでもなぁ……」
ルードベキアはカナデの誘いを渋り、断固として首を縦に振らなかった。その様子を見ていたリディは良いアイデアを思い付いた。
「ルー、宝物庫に『神の箱庭料理大全集』があるはずなんだ。ついでに取りにいきたいから、手伝ってくれないか? それがあればーー美味い料理をもっと作れるはずなんだよ」
「えっ! あ、いやいや……でも、うーん。美味い料理か……」
「頼むよ、ルー。お前が好きなものを何でも作るからさ」
「ク、クリームシチューがいい……」
「よし、決まりだな! 入るときはみんなで手を繋いで、このフタを開けるとーー」
「あ、リディさん、待って! 僕とルーさんで行ってくるので、休んでて下さい」
カナデはルードベキアの腕に手を回して引っ張ると、キーホルダーの宝箱を開けた。
「うわっ! カナデ、ちょっ、リディ、クーー」
カナデとルードベキアはしゅるるると宝箱の中に吸い込まれ、ーークリームシチュー! という言葉が暗い穴にこだました。
ーーふわっと着地した真っ白な空間には立札と引き分け襖が立っていた。他には何も見当たらない。
「えっと、ルーさん……。これって……宝物庫の入口? 」
「……違う。この先のエリアで立て札のヒントを元に宝物庫を開けるカギを探さないとダメなんだ」
「ルーさんもここで目が覚めたんですか? 」
「僕は宝物庫の中にいたんだけど、壁にあるドアを開けたら……美術館みたいなところに出ちゃってさ。すぐに戻ろうとしたんだけど、ドアが無くなっててーーカギ探しに明け暮れた……」
ルードベキアは立札を指して、ため息を吐いた。
「とにかく面倒なんだよ。だからあんまり来たくなかったんだ……」
「うーん。立札にヒントは人形の夢って書いてありますね。門番がいて戦闘とかあるのかなと思っていたんですけど、違うんですね」
「その方が楽だったかもな。とにかくヒントが分かりにくくて、探すのが大変なんだよ」
襖の先はキッチンだった。正面に古めかしい台所と窓が見える。右壁に冷蔵庫と食器棚、そして隣の部屋への入口があった。中央にはダイニングテーブルが置かれている。
振り返ると引き分け襖の隣に2畳ほどの何もないスペースがあった。壁の貼り紙にーー探しもの置き場と書いてある。
「ルーさん、カギをここに投げ込めばいいんですね? 」
「え、あぁ、うん……」
ルードベキアは辺りをキョロキョロと見渡し、カナデの袖を引っ張った。
「なぁ、カナデ……ここって誰かの生活空間っぽくないか? なんか出てきそうで、ちょっと気味が悪いよ」
「お化けとか、幽霊とかがいそうですよね」
「うげっ。そういうのは勘弁してほしいなぁ……」
「あはは。冗談ですよ! ビビと、このキッチンを見てみますね」
「じゃぁ、僕は……隣に部屋があるみたいだから、そっちに行ってみるよ」
食器棚の並びにある少し開いていた木戸の向こうは8畳ほどの部屋だった。ダイヤル式テレビや、ちゃぶ台に座布団、左奥のガラス戸の先に物干し竿に吊るされている衣類が見えた。
「なんだか、昭和の香りがするな……」
ルードベキアは正面にある棚から1冊の本を取るとパラパラとめくった。明らかに日本語ではない文字が瞳に映った。
「どこの言葉だ? 部屋は昭和チックな日本風なのにーー。なんとなく北欧神話に出てくるルーン文字にに似ているような……。なんだかよく分からないな」
カナデは食器棚の引き出しを開けていた。ふと、ダイニングテーブルの真ん中に置いてある皿が気になって、目を凝らす。食品を包む薄くて透明なフィルムの下に卵焼きが3つあった。その上に黒いゴマのようなものが蠢いている。
「この黒いのは……蟻? どうみても人形の夢じゃないね」
「ルーしゃんが言うように不気味だにゃ。怖くてプルプルするにゃ」
ドアがない玄関の棚にたくさんの靴があった。カナデは小さくて可愛らしい靴をいくつか選んで、探し物置き場に放り込んだ。
「人形が歩くための靴が欲しいかと思ったんだけどなぁ。違うみたいだ」
肩から降りたビビが玄関の隣にあるドアを前足でタシタシと叩いている。開けてみるとタイル張りの狭い空間にしゃがんで使うトイレがあった。
「これは、和式トイレ? 初めて見たかもしれない。しかもかなり古そうだね……」
「……なんか匂いがしてたから気になっただけにゃ」
「あはは。隣のドアを開けてみようか? 」
隣の部屋もタイル張りだった。風呂場のようにみえたが風呂桶も何も設置されておらず、黄色いアヒルのおもちゃが1つ床に転がっているだけだった。なんとなくそれを手に取って戻ると、ルードベキアがたくさんの本を運んでいた。
「ルーさん、手伝いますよ。何か良さげなものがありました? 」
「手あたり次第ってことでーー」
ルードベキアは持ってきた本を2畳のスペースにざっくばらんに投げ込んだ。
「かなり手ごわいから、見つけたものはどんどん入れた方がいいぞ」
「うはっ。分かりました。キッチンにあるものを全部やっちゃいますね」
「おう、やっちゃってくれ」
段ボールをみつけたルードベキアは、あぐらをかいて座ると棚にあるものをポイポイと入れていった。カナデは椅子に置いてあった籐の買い物かごに、箸やおたまなどを詰め込んだ。
探し物置き場はあっという間に、ごちゃごちゃといろんなもので埋まっていった。
「炊飯器とかも入れた方がいいのかな? ルーさん、電化製品も持っていった方がいいですかね」
カナデから話しかけられたことに気が付かないほど、ルードベキアは何かに釘付けになっている。
「えっと、ルーさん? 」
「あっ。カナデ、ごめん。これ、見てくれよ! レコードなんて、久しぶりに見たからびっくりしちゃってさ」
「レコード? 」
「カナデは知らないのかぁ。僕は子どもの頃に父がコレクションしていた物を見てたから……。いまは処分しちゃってないんだけどね、懐かしいなぁ……。そこにあるレコードプレイヤーで音楽が聴けるんだよ」
沢山のレコード詰まっている棚の向かいに、大きなスピーカーが両側についたオーディオがあった。中央の機械はアンプのようで、ラジオチューナがついている。その上にレコードプレイヤーが乗っていた。
「これ、かなり年代物っぽいですね。動くのかな」
カナデがスイッチらしきものを押すとチューナーの窓が明るく光った。それを見たルードベキアが嬉しそうな声を出す。
「このレコード聞いてみたいんだけどいいかな? 読めない文字ばかりでタイトルがわからないんだけど、気になってさ」
「どんな曲なんでしょうね。僕も聞いてみたいです」
ルードベキアはシングルレコードをターンテーブルにセットした。トーンアームをゆっくり動かして乗せる。スピーカーから聞いたことがない言葉と音楽が流れた。
「女性が歌っているようですけど、何語かわからないですね」
「う~ん。演歌っぽいんだけど……。違うのにしてみよう」
彼らは目的を忘れて、良さげなレコード探しに夢中になった。気になるものをターンテーブルに乗せては音楽を聞くを何度も繰り返している。
カナデは人形が鍵を抱えているレコードジャケットが気になり、中を覗いて取り出したーーそれは赤くてペラペラしていた。
「これもレコードなんですか? 」
「うわああああ、それソノシートだよ! ちっさいときに戦隊モノの主題歌とか聞いたことがある! ーーちょっと聞いてみよう。いやぜひ、聞いてみたい! 」
早速、レコードプレイヤーで聞いてみるとーー。ゆるやかで美しいピアノの演奏曲が流れた。不思議と懐かしい気持ちにさせる音色に、2人はしばらく聞き惚れたーー。
ゴゴゴゴゴ。壁が動いているような大きな音が響いている。探し物置き場を見に行くと入口がポッカリと開いていた。
「カナデ、物じゃなくて音楽がカギだったみたいだ」
「驚きですね。これは1人だったらめげてたかもしれません。ルーさんがここを嫌がる気持ちがとてもよく分かりました……」
宝物庫の地下へ降りる階段周辺にはお宝の山があちこちにあった。ルードベキアは床に無造作に転がっている金貨を拾ってカナデに渡した。
「探し物その2がスタートしたな。カナデは素材探し、僕は武器探しを頑張ろう……」
「ルーさん、地下は何階まであるんですか? 」
「地下2階にゾンビみたいなモンスターがウロウロしててさ。面倒だなって思って、その先は行ってないんだ……。あそこにある黄金で装飾されたベッドでずっと寝てた。マットレスがフカフカで寝心地がいいんだよ」
「フカフカ……とても気になりますね。持って帰りましょう」
「え、ホント? めっちゃ嬉しいな」
カナデが真面目な顔で黄金のベッドをインベントリに収納している時、ビビは金貨の山のふもとに転がっている金糸の毬をじーっと見ていた。どうしても気になって仕方ないようだ。
毬は前足で軽く触れるとコロコロと転がっていく。その様子がだんだんと面白くなったビビは、夢中で毬を追いかけていったーー。
「にゃあああんっ」
「ビビ? ルーさん、ビビが下の階に落ちちゃったみたいなので、行ってきます! 」
「ーー僕はここで使えそうな武器がないか探してみるか……」
ルードベキアは、ここにいるときに探せばよかったとぼやきながら、金貨の山に半分埋もれていた黄金のランプを取るとーー後ろに放り投げた。
システム:制作のアイデアってなんていうか空から降って来るような感覚なんじゃないかなぁと思っています。宝物庫の鍵を探す話は、作者の夢で見たものを元にアレンジしています。こういうなんだかよく分からない夢を見ることが多いので、メモを取るようになりました……。