ミッションコンプリート
リディはリゾート感が溢れる半野外のリビングで、やっと人間的な生活空間に来たと大喜びした。いつプレイヤーから襲われるか分からないという緊張感から解き放たれ、ホッとひと息をついている。
精神的疲労がピークに達していた彼はすぐにでもベッドで横になりたいと思っていた……。だが使いやすそうなシステムキッチンを見た途端、何か食べたい! という欲求に突き動かされーー冷蔵庫やあちこちのドアを忙しく開け始めた。
「リディさん、肩の怪我がーー」
「え? あぁ、うん、大丈夫じゃないかな? なんか治ってきてるみたいだし。それよりも、ここ凄いな! 何か作ってもいいかな? まともな食事をずっとしていなくてーー」
カナデの心配をよそに、リディは米を見つけると楽しそうに土鍋でご飯を炊く準備をした。冷蔵庫から鶏肉を取り出し食べやすい大きさに切って下ごしらえをすると、鼻歌交じりに、じゃがいもの皮をむいて4つに切り分けた。
鍋に鶏肉とじゃがいもを入れて油で軽く炒める。鳥ガラスープとショウガを少し加えて中火で煮込んでいる間に、ネギを小口切りにして味噌汁を作り、キャベツをザクザクと切って塩昆布をまぶした。
現実世界で自分の辞書から料理と言う文字を消していたルードベキアは、尊敬の眼差しでその様子を見ている。カナデもまた手際よく調理しているリディに感動を覚えているようだ。
リディはおおよそ出来上がったのを確認すると、炊き上がったばかりのご飯と、良い感じに煮込まれた塩ベースの鶏肉じゃがをカウンターテーブルに乗せた。
「あ、好き嫌いとかあったかな? 」
「ない! 」
ルードベキアはすぐさまカウンターの椅子によじ登った。カナデは冷蔵庫から冷たい麦茶をだしてグラスに注いでいる。
料理はリディ本人も満足するほど格別だった。鶏肉はホロホロと柔らかく、ジャガイモはホクホクで優しい塩味がしみ込んでいる。
「ーーリディさん、すごく美味しいです! 」
「褒めてもらえてうれしいよ。ストレス解消で料理しているうちに趣味になっちゃってさ」
「美味い! めちゃくちゃ美味い! リディ、この鳥肉も、じゃがも、味噌汁も美味いぃ! 」
ルードベキアは見た目は美少女だというのに、気にすることもなくがっついていた。頬に米粒が付いている。ーーおかわりもあるから、いっぱい食ってくれと、リディが嬉しそうに笑った。
「さてと、お腹が膨れたところで今後についてなんですがーー。その前に……リディさん、僕に敬称はいらないです」
「わかった、カナデ」
「まず、神の箱庭の入口を閉じる壁というか扉なようなものを作ってから、この世界に囚われたプレイヤーを返すためのアイテム、ユグドラシルを作ろうと考えています」
カナデの言葉を聞いたルードベキアの瞳に涙がにじんだ。
「……カナデ、マキナは? 僕は早くあいつを助けたいんだ」
「ルーさん、ユグドラシルができれば、ヴィータになったマキナさんも解放されます」
小さな声で、わかった……と言うルードベキアの頬に涙が伝っている。カナデはカウンターにあったティッシュを取って少女の顔を拭った。
「その扉とユグドラシルを作るには、リディさんのーーミミックの王ハルデンの力が必要です。スキルを教えてもらえますか? 」
リディはウエストバッグのインベントリから手帳とスケッチブックを取り出した。それを見せながらハルデンのスキルを説明をし始める。文字化けだらけだった手帳はプレイヤーから逃げ回っているうちに、すべてのページが読めるようになっていた。
ハルデンの主要スキルはダンジョン内部を自由に作り変えられることだった。トラップなどの制作もできるようだが、逃げることで精いっぱいだったリディは使う余裕がなかったらしい。
「ーーそれと、この手帳に書かれている通り、ハルデンは神の箱庭に存在する全てのアイテムデータを所有している。検索ウィンドウオープンと考えれば、データを見るための小窓が開く。でも、カナデには見えないよな……」
「なるほど、ハルデンの身体自体がアイテムのデータバンクになっているんですね。ーーリディさん、ここに書いてある全てのアイテムを取り出せる、万物の手っていうスキルはかなり良いですね」
「……それがね。そのスキル、ディレイがめちゃくちゃ長いんだよ。しかも、アプデで追加されたキャンペーンボスとユニークNPC関連のアイテムは取り出せない」
「クエストを受けないと手に入らないという事ですね」
「カナデなら作れるんじゃないのか? 」
「ーー残念ながらアプデで追加されたものは、まだロックがかかってて出来ないんです。その件はビビにやってもらってるんだけど」
「ごめんにゃ。まだロックは外せないにゃ」
リビングの床でぐねぐねと掃除をするように動いていたビビが答えた。
「素材の全てを知りたいので、リディさんが寝ているときにハルデンのデータバンクを見させてもらいますね」
「え? あぁ、お手柔らかにお願いします……」
2人の会話を静かに聞いていたルードベキアは麦茶をグイっと飲み干した。話の区切りがついたと感じたようで、食べ終わった食器を片付けている。
「なぁ、カナデ。相談があるんだけど。さっき、ダンジョンで、武器が無くて困ったんだ。何か使えるようにならないかな」
「何も無いんですか? おかしいですね……」
カナデは食器を洗うのを手伝いながら、父親が言っていたユニークNPCの設定はどうだったかを思い出そうとしている。ふいにリディが楽しそうにフフフと笑った。
「そういえば必死に石投げてたな」
「そうなんだよ! 石拾って投げるぐらいしかできなかったんだ。ーー武器が何にも無いんだ……。カウンタースキルは対プレイヤー用だから、モンスターが相手だと使えないし、テイマー職が僕の天敵って分かったし……どうにかならないかな」
ルードベキアはしょんぼりしてうつむいた。モンスターと戦う手段が投石しかなかたことに、かなりショックを受けているようだ。ーー種子島みたいな銃器があればいいのにとぼやいている。
「オーディンの人形は……制作について語り合える友人として作った、って聞いてるので、制作開発スキルがあると思うんですよね。それで好きな武器が作れませんか? 」
「えええええ! そうなのか? カナデ、どこにあるんだ? 」
あちこちを叩いて自分を身体検査した後に、さらに小窓やコマンドボタンがどこかにでていないか探した。だがしばらくすると、ルードベキアはまたしょんぼりしてうつむいた。
「スキルがどこにあるのかわからない……」
「まだロックされてるのかな。ルーさん、顔を上げてくれますか? 目はこっちに、そう開けたままにしてーーちょっと、ごめんなさい」
カナデはルードベキアの右目を親指で押した。カチっというスイッチ音がした後に、少女の瞳はサファイアブルーからルビーのような赤色に変わった。そして目を見開いたまま、ピクリとも動かなくなった。
「無理やり再起動っぽいことをしたから、目覚めるのは少し時間がかかると思います」
カナデがルードベキアを寝室のベッドに寝かせるために抱きかかえていると、リディが眠そうにあくびをした。
「じゃあ、俺も寝ようかな……」
「ーーあ、ダメです! リディさん、待ってください。ノートパソコンを受け取りましたよね。内容を確認したらマーフさんに返事を書いてください。それが終わったら、寝ていいですよ」
カナデがにっこりと微笑んだの見たリディは……嫌な予感がすると思いながらノートパソコンを確認した。5つあるフォルダの1つをクリックして開ける。ーー書類ファイルのアイコンがずらりと並んでいた
「うあああああああ! う、嘘だろう? マーフ……」
リディは慌ててファイルを確認すると、キーボードをリズミカルに叩き始めた。
黄昏の洞窟でカンナに惨敗したスタンピートチームは、丘にある樹木に寄りかかっていた。始まり地の教会をぼんやりと眺めている。パキラを挟むように両脇に座ったスタンピートとデルフィが同時にため息を吐いた。
「デルさん、復活ポイントって……最後に訪れた街の教会になったはずですよね。なんで、俺らは始まりの地にいるんでしょう……」
「そうですよね……。アプデで変わったはずなんですけどねぇ」
デルフィは立膝に頬杖をついた。お尻をずらして寝転ぶような姿勢になったスタンピートは揺れる樹木の枝葉を見つめている。
「紅石がエラーが出て使えないのもバグなんですかね」
「たぶん……。マーフさんに連絡したら、驚いてました。移動石の登録はここになってますし……。困りましたね」
「あ。デルさん、商人の移動スキルが使えるならーー」
「それも試したんですけど、ダメですね。始まりの地からは不可っていうエラー表示が出てます。ーー何がなんでも森を抜けろっていうことですかね」
スタンピートはむくっと起き上がり、混雑している教会を虚ろな目で眺めた。
「俺、ここが人で溢れているを初めて見た気がします」
「ピート、私も同じこと思ってた」
今度はパキラを入れた3人で同時にため息をついた。
始まりの地の混雑の原因は、新たに出現したシュシュの森のせいだった。パキラは話を聞いただけの敵との戦闘を空想している。だが……どうやっても勝てそうにない。
「どうしたらいいんでしょう? 」
「パキラさんは近接武器のみでしたっけ? あいつに近づくと持続毒ダメージを受けるらしいですからキツイですよね」
スタンピートが教会に向かって指を差した。
「デルフィさん、またあの6人パーティが教会から出てきましたよ」
「参りましたね。カンストですら太刀打ちできないなんて……。我々だけであの森は通り抜けるのは、難しいですね。マーフさんからの連絡待ちってことで、しばらく戦士の休息としましょう」
「あ、俺、ちょっと教会付近で話を聞いてきます」
「私もピートと、情報集めしてきます! 」
デルフィは手を振って見送った後、スマホを取り出した。マーフからのメッセージを見ている。
ーーコングラチュレーション、ミッションコンプリート。
デルフィは安堵の表情を浮かべた。
システム:リディ救出が成功して作者もホッとしています。彼の料理の腕は作者よりも素晴らしいです。アンバリーバボー!