ハルデン救出ミッション
黄昏の洞窟は一般的な薄暗い洞窟系ダンジョンと違って、かなり明るかった。壁をよく見ると、一面に付着しているコケのようなものが光っている。これのおかげで、遠目でもモンスターがいるのが分かりやすかった。
デルフィはその光景を写真に残そうとインスタントカメラを取り出そうとしたが、思いとどまった。カンナにあれこれ聞かれるのはこの上なく面倒だったからだ。できればこのまま大人しくしてもらいと願いながら、デルフィは歩みを進めた。
スタンピートとパキラは、思ったよりもレベル38のダンジョンに苦戦することなく敵を倒せていることに喜んでいた。迫りくる敵を恐れず、次々と撃退している。
「武器を新調したおかげで、軽々、倒せちゃうなっ。パキラ、ドヤ顔していいかなっ? てへへ」
「あははっ。私も荒神が使えるようになったから、ずいぶん楽になったよ。この日本刀、すっごくカッコイイし、戦いやすい! 」
楽しそうな2人が少し妬ましくなったカンナはヴァイオリンを弾き始めた。美しい音色が黄昏の洞窟に響き、攻撃と防御があがるバフが付与された。スタンピートは意外に良いじゃんと少し見直していたがーー。
カンナは声高らかに、いかにこのヴァイオリンが凄いかを自慢げに語り始めた。パキラとスタンピートはそそくさと逃げたが、デルフィが捕まってしまった。彼はうんざりした顔をしてる。
パキラが素晴らしい演奏を台無しだと小声でつぶやいた。スタンピートは苦笑しながら、シーフのスキル探索を使ってミミックの王ハルデンのマークがどこかにないか探している。
「お、この壁のへこみにマークを発見!」
「さすがピートだね。ナイス! 」
ハイタッチしたスタンピートとパキラはパンッという良い音を聞いてニカッと笑った。ーーデルフィはマークを確認すると真剣な表情でカンナを見た。
「約束事を再度、言わせていただきます。ーーハルデンらしき人物を見つけても、絶対に合言葉は使わないこと。いいですね? 」
カンナは不満げな顔をしたが、すぐに良い考えを思いついて笑顔で頷いた。
スタンピートがスキル開錠を使うと観音開きの白い扉が現れた。トラップがないかをスキル鑑定を使って確認した後に扉を開けるーー部屋の奥にリディがいるのが見えた。
「リディさんさん、スタンピートです! 行かないで! 」
スタンピートは涙を浮かべながら走った。だが、リディは床に落ちるように消えてしまった。それでも諦めることができないスタンピートは、大きな声で何度もリディの名を呼んでいる。
……壁に出現した曇りガラスの小窓にうっすらと人の影が見える。様子を伺っていると気付いたデルフィが、慌ててカバンからノートパソコンを取り出した。
「マーフさんからこれを預かってきました! 俺は、銀の獅子商会に入ったデルフィといいます」
リディはしばらく様子を伺っていたがスタンピートがいることに気が付くと、小窓の横に扉を作ってデルフィの前に姿を現した。
「マーフがこれを? デルフィさん、ありがとう。ーースタンピート君、久しぶりだね。後ろにいるのは……パキラさんかな。それと、君はーー」
カンナは笑顔でパーティから抜けた。彼女はすぐに隷属獣である巨大な蛇を召喚し、指を差して合図した。
指令を受けた巨大な蛇は尻尾をバネのように使って、弾丸のようにリディ目がけて飛んだ。獲物にに逃げ出す暇を与えず、大きな口で肩に食らいついている。さらに長い肢体を彼の首に巻きつけて締め上げた。
リディは苦痛に顔を歪め、壁に寄り掛かりながら大蛇の身体を引きはがそうともがいた。咄嗟に日本刀の荒神を抜いたパキラが声を上げる
「カンナさん、何するんですか! 」
「あれれぇ? プレイヤーを故意に攻撃すると、指名手配されちゃうよん。いいのかなぁ。ぷぷぷ~だっ」
カンナは両手の指を顔の横でプラプラと動かし、武器を構える3人をあざ笑った。
「カンナさん、どういうことなんだよ、あの蛇を早く消せ! 」
「ピートうるさぁい。合言葉は言ってないよぉ? 変身する前に倒せば問題無いでそ? あたしはぁ、リアルマネー抽選券が欲しいんだよね。あはっ」
「クズはどこにいってもクズだな」
デルフィが杖を構えたまま吐き捨てるように言った。ーーこんな奴が俺の弟だなんて反吐がでる……。
互いに1歩も動かず、睨み合いをしているとーーハルデンのマークを壁にみつけたプレイヤーたちが隠し部屋に入ってきた。
「何々? この状況? 」
「これは美少女に加勢しないとダメなやつっしょ」
「ですよね~」
3人の男性プレイヤーがカンナの傍でダガーを構えた。怒りで我を失ったパキラがスキル斬撃を放った。それに合わせるように、スタンピートは弓矢の掃射を撃ちこみ、デルフィは雷をまとった隕石群を降らせた。
「あはっ。お馬鹿さん、ばいばぁい」
彼らが攻撃をする少し前にカンナはスクロールを足元に落としていた。キラキラと光る魔法壁がカンナと3人のプレイヤーを包んでいる。
パキラの攻撃がその魔法壁に当たった瞬間……与えたダメージの5倍分が跳ね返りーーパキラの身体は消し飛んだ。スタンピートとデルフィも同様に消滅した。ダガーを構えていた男性プレイヤーたちから、ヒュ~という言葉が漏れる。
ーーさすが、ルードベキアの対人用リフレクトは強いな。くっそ高かったけど、レベル5を使って大正解だったよ。カンナはほくそ笑んだ。
「さぁ、ランランちゃん、ハルデンを倒すのよ! 」
討伐報酬をゲットできると喜んでいたカンナの顔がゆがんだ。目線の先で、召喚した大蛇が銀髪の少女に頭を握りつぶされている。キラキラと消えゆく隷属獣の姿にカンナはあわてふためいた。
「ちょっと! あたしのペットに何てことするのよっ。ーーえっと、別のやつ、別のやつ……」
カンナはテイマー用のアプリを立ち上げようと、スマホを取り出した。傍にいた3人のプレイヤーは顔を見合わせている。
「なぁ、あいつ人型だけどハルデンなん? 」
「変身前なんじゃね? 」
「討伐ドロでるならなんでもいいさ」
彼らはニヤッと笑い合い、魔法壁を飛び出した。ミミックの王ハルデンであるリディ目がけてスキル俊足を使って突撃をかける。
それに気付いた少女が攻撃者の行く手を阻もうと、リディの前で仁王立ちした。3人の男性プレイヤーはそれぞれ少女に罵声を浴びせながら、ダガーを振り上げーー彼女の身体に直撃を当てる。
ポンッ。ポンッ。ポンッ。
音と同時に彼らは可愛らしい布人形に変化した。ぐにゃぐにゃとした足で上手く立つことができず混乱しながら、ごつごつした洞窟の地面にぐにゃりと倒れてた。
人形になった彼らの言葉は声にならない。
ーーなんだこれ、どうなってる?
ーーあいつ、プレイヤーじゃないのか?
ーーまさか、こいつ!?
赤黒いポータルからスケルトンキングが待っていましたと言わんばかりに這い出してきた。彼は落ちそうな王冠を気にしながら、意識がはっきりしたままの布人形を拾っている。
ーーなんだこれ! カウンタースキル!? この攻撃……NOエンカウントポスターの奴か……? カンナは人形を抱えて立ち去るスケルトンキングの姿にたじろいだ。
「ふ、ふ~ん、でもさ。直接攻撃しなければ怖くないんじゃないかなぁ」
カンナは額に冷たい汗が流れるのを感じていたが、取って置きの隷属獣である赤いワイバーンを召喚した。ワイバーンはすぐさま少女に向かって紅蓮の炎を吹き付ける。ーーだが、すぐにギャンと鳴いてよろけてしまった。
どういうことだと思って目を凝らすと、少女が落ちている石を拾ってワイバーンに投げていた。
「な、石って……ばっかじゃないの? そんなものがーー」
赤いワイバーンに次から次へと石がぶつけられている。翼に穴が開き、足や身体が血まみれになっていくーーやがて、ぐったりとして動かなくなった。
「えっ、うっそぉお!? 石ごときにっ、まじかよ。えっと、リンダちゃんレッツゴー! 」
カンナは慌てながら取って置きパート2である隷属獣を召喚した。リンダと言う名をつけられたヒョウは壁を軽く蹴りながら軽やかに移動している。
少女はしなやかなヒョウの身体に向かって石を投げ続けたが、易々と避けられて当たらない。ヒョウはあざ笑うかのように少女に素早く近づきーー石を投げようとしていた彼女の右腕に噛みついた。
鋭い牙が食い込んだ腕から血がしたたり落ちる。それを見たカンナはお腹を抱えて笑った。
「あはっ。思った通りじゃん。あたしってば頭いいよねぇ。さぁ、人形を殺しちゃって! 」
勝利を確信し、鼻息を荒くしたカンナがガッツポーズをした。しかしーー。
「そこまでだカンナ」
少女の腕に噛みついていたカンナの隷属獣がシュツと音を立てて消えた。ーー討伐の邪魔をされて、怒り心頭に発したカンナは突如現れたカナデに向かって力強く指を差す。
「カナデ! 邪魔すんな、ボケカスが! ーーそれと、あたしをNPCにする約束はどうなってんだよ! 」
カナデは傷ついた少女の腕に手ぬぐいを巻いていた。返事がないことにカンナは憤慨している。
「無視すんな! 俺をさっさとNPCにしろやゴミ野郎! ーーさっきぃ、吹っ飛んで死んだブスパキラと~、バカ丸出しのピートに~、お前の秘密を喋ってもいいのかなぁ? 」
カンナは両手でピンクの長い髪をかきあげ、色っぽく見えるポーズをとった。口もとはニヤニヤと笑っている。
「早くしないと~、この世界の全てのやつらに、お前がログアウトできない元凶で! 害悪だ! って、言いふらしちゃうぞぉ。あはっ、あははははっ! 」
かつてこんなに悪意をぶつけられたことがあっただろうか。暴言を吐き続けるカンナに、怒りを通り越して哀れな気持ちになった。だが、カナデはパキラ達や、リディ、ルードベキアを傷つけたことは許せなかった。
ふつふつと育った憎悪という芽が……カナデを動かした。無言のまま制作スキルを使って黒い箱を作り、それをカンナに向かって投げつけた。
カンナは警戒することなく嬉々として黒い箱に飛びつき、すぐにフタを開けた。満面の笑みを浮かべている。彼女は下卑た笑いを漏らしながら立ち去った。
「リディさん、もう大丈夫です。いまのうちに逃げましょう」
カナデは2人を抱えて自分の隠し部屋へテレポートすると同時に、ビビの力借りて作ったリディのコピーをダンジョンに残していった。
ーーその後、移動スキル特化型だったリディコピーは、ダンジョンを転々として、討伐目的のプレイヤーたちを翻弄するようになる。
マイルームに戻ってきたカンナは大はしゃぎしていた。部屋中に散乱しているゴミを気にすることなくスキップしている。ベッドの上に飛び乗り、両手で黒い箱を天井に掲げた。
「人類の皆さま、ごめんなさぁい。あたし1人だけ、幸せになっちゃいまぁす。やっと、願いが叶う! 永遠の命キタコレ! あはははっ」
黒い箱のフタを開けたカンナは、ボタンを見ながらゲラゲラと笑っている。
「こんなの、はいを押すにきまってるじゃん! いいえボタンなんていらねぇよ。ばぁか! 」
カンナは注意書きを読むことなく、はいのボタンを押した。箱から黒い煙が噴き出し彼女の身体を包んでいく。狂気じみた笑い声がマイルームに響き渡った。
そして、黒い煙とともにカンナは消えた。
システム:注意書きをよく読んでから『はい』のボタンを押してください。