素敵な未来を差し上げます
神ノ箱庭は現実の世界で、ワイドショーやニュースの常連になっていた。VRシンクロゲームは害悪であるという番組も増え、各ゲーム会社は閉鎖や見直しを迫られていた。カナデの父親である健一も連日、会社に泊まり込んでいた。
ーーカナデが支配する箱庭の人口は、こんなものでいいだろう。それに、上からの圧力がこれ以上増えると動きづらくなる。そろそろ入口は閉じた方がいいな……。健一は誰にも気が付かれないようにコマンドを打ち込んだ。
「ーーあっ。森本さん、ログイン画面の閉鎖ができました! やっと……やっとです」
「よくやった! さすが、うちのエースだ! このことはいますぐ上に伝える。ーーログインしたままのプレイヤーの人数はわかるか? それと、ログアウトできないバグの解析はどうなってる? 」
「人数ですが、それが……」
「どうした? 」
「プログラムがまったくこちらのコマンドを受け付けないので、ウィルス解析を進めてたんですが……」
「だめなのか。どこから攻撃を受けているかわかるか? ……それもわからないのか。まず、昨日から泊まり込みをしていた者は一旦、帰りたまえ。倒れたら元も子もない。私が引き続きーー」
「待ってください! 我々と違って森本さんはアプデの後から、ほとんどご自宅に帰ってないじゃないですか」
「そうです。森本さんこそ、休んでください。我々は大丈夫です」
「……そうか。すまないな。君たちも順番に家に帰るようにしてほしい。これはお願いだ」
健一は深々と頭を下げた。会社を出ると重役連から次々に連絡が入った。説明責任やについて文句ばかりであまり読みたくない内容だった。健一は会議の時間だけ見ると携帯の電源を切った。
ーーいま、8時か……。そろそろ次のキャンペーンボスを投入しないといけないから、この時間を利用しないと……。奏と会う時間はなさそうだな。健一は電車の揺れに身を任せ、まどろみの中へ落ちて行った。
帰宅すると何より早くパソコンの電源をいれて、神ノ箱庭に接続しているプレイヤーリストを表示した。健一は眠気覚ましの缶コーヒーを飲みながらプレイヤー名を確認している。
「奏にはガールフレンドような子がいたな。ーー黄昏の洞窟にいるのか」
健一は顔をしかめて軽く舌打ちをした。
「ダンジョンにはモンスターがいるからやりにくい。街に戻ってきたらーー。いや、待っている時間はない……。そうだ! 1人の男を取り合うような、ドラマティックな展開になるように仕向けた方が面白いかもしれないーー。うん、そうだ。そうしよう」
「ーーならば、彼女に近しい人物で、ライバル意識を持っている娘がいいな。データはっと……」
奏に関わっているプレイヤーのデータをまとめたフォルダを健一はクリックした。カンナと言う文字を一瞥して鼻で笑った。
「こいつはなかなか面白いんだが……男だからな。却下だ。ーー中身は女性の方が良い」
お目当てであるパキラの名前を見つけるとファイルを開いた。膨大な過去行動データから彼女に関わった女性プレイヤー名をチェックしてメモをとる。さらに個人情報データを確認して3人まで絞り込んだ。
「彼女たちはどこにいるかな……。ーー1人しかログインしていないのか! まぁ、いいだろう。インデンにいるなら、ちょうどいい。こいつにしよう」
健一はVRシンクロヘッドを手に取り、自分専用の出入口から神ノ箱庭に侵入した。
インデンの街は、レベル10に満たないプレイヤーたちが憂鬱そうな顔で歩いていた。帰れる方法ないのかと女性プレイヤーが騒いでいる。他のプレイヤーたちは顔をしかめながら、彼女の前を足早に通り過ぎていた。
健一はこいつかもしれないと声をかけてみたが、今日ログインしたという初心者だった。がっかりしながら、他の女性プレイヤーを再び探し始める。
ーーそういえば、そこそこプレイしていたな。服装を見れば初心者との区別はつくか……。
街中は初期装備の服装のプレイヤーが多かった。お目当ての女性プレイヤーがなかなか見つからず、だんだんと健一に焦りの色が見え始める。レベルが高そうなプレイヤーが深刻な表情をしながらインデンの街の門に向かって走っていった。
「向こうに行けばいるかな」
畑がある方へ歩いて行くと、樽に座って家屋の壁に寄りかかっている女性プレイヤーが目に留まった。昨年のクリスマスイベントクエストでしか手に入らないワンピースを着ている。
健一は家屋の裏へ行くと、スーツを着用した女性キャラクターに姿を変えて、頭上にGМという文字を表示させた。
「こんにちは。少しお話を聞かせて頂きたいんですが」
声をかけられた女性プレイヤーは訝しげな顔をしたが、頭上の文字を見てにこやかに笑った。
「こんにちは! あの……ログアウトできなくなっちゃったんですけど」
「ええ、その事なんですが、一時的なものなのですぐに解消されます。ご安心ください。それと、先ほどプレイヤーの皆様にお詫びの品を一斉配信したのですが、受け取っていただけたでしょうか? 」
「え、そうなんですか? ーー私のところには来ていないです……」
「お名前を教えていただけますか? チェックした後にすぐにお渡しします」
「私、リンジェと言います! 」
「リンジェさんですね。ーー配布漏れにお名前がありました。申し訳ありません」
スーツ姿の女性が、いきなり地面に横座りをしてがっくりとうなだれた。その様子に慌てたリンジェは樽から降りて手を差し伸べた。
「あぁ、すみません、ありがとうございます。では、お詫びの品を差し上げますので、ちょっとこちらの裏に来ていただけますか? GМが個人的に何かを渡しているように見えるとよろしくないので……」
「分かりましたっ。大丈夫です」
リンジェは何が貰えるのかワクワクしながら女性GМと一緒に家屋の裏へ移動した。どうぞと言われて受け取ったプレゼントボックスをその場で開ける。黄金色の小さな鈴が手のひらに転がった。
「あの、これは? 」
「素敵な未来を差し上げます」
スーツ姿の女性はリンジェが黒い影に飲み込まれたのを確認すると健一の姿に戻った。
「これで奏を取り合うライバルが出来上がったな。奏の様子をこっそり見にーー。いや、サーバー移動作業があるから時間がないな……」
健一は名残惜しそうに……神ノ箱庭からログアウトした。
しばらくしてから、インデンの街で暇を持て余していた、とあるプレイヤーが突如、森が出現したことに気が付いた。彼は仲間を募って入口から様子を見に行った。ーー始まりの地に続いているであろう細い道に、彼らは恐る恐る森に足を踏み入れる……。
「モンスターどころか、動物もいないっすね」
「ここ初心者のレベ上げ用の森なのかな」
「それにしても、道に転がっている、このキャベツは何なんでしょう」
「ーー殴ってみますね」
ふいに彼らの前に若木の葉のような緑の髪の女性が現れた。ひざ丈のふわっとした深緑のオーガンジードレスを着崩し、豊満な胸とくびれた腰を強調している。口もとには小さなホクロがあった。彼女の頭上に、ーー精霊王ルルリカという文字が表示されている
「こんにちは、冒険者さん。シュシュの森へようこそ。最上級のおもてなしをご用意しました。存分にお楽しみください」
精霊王ルルリカはドレス両端をつまみ、膝を少し曲げて会釈をしている。彼女がにっこりと微笑むと、道端に転がっていたキャベツに羽と6本の足がニョキっと生えた。もぞもぞと動き出した彼らは、プレイヤーたちに向かってシャアアッと牙を剥いて威嚇している。
「コレ、モンスターだったのかっ! 」
キャベツモンスターたちは次々にジャンプして1番近いプレイヤーにの足に食いついた。彼は慌てて剣をさし引き離そうとしたが、牙に麻痺毒があるのか身体が動かずその場に倒れ込んだ。
彼を回復しようとポーション投げた女性プレイヤーは腕に棘がついた蔓が巻きついたことまでは覚えていたが、何が起きたのかわからないまま……棺桶のフタを開けた。
その後すぐに2人のパーティメンバーが棺桶から出てきた。ルルリカを見た途端に引き返した女性プレイヤーだけがなんとか森の外へ逃げ延びていた。彼女はインデンの街に戻ると工房塔の情報ギルドへ駆け込んだ。
「らいなたんが告知していたから、どこかにキャンボスが現れるだろうと思っていたんだけどーー」
「なんで始まりの地とインデンの間に……。初心者用なんですかね? マーフさん、みんな別件で出払ってるから、俺がミンミンさんと一緒に見てきましょうか? 」
「そうですね……。アイノテさん、お願いできますか? それと、ヨハンを連れて行ってください」
「ヨハン隊ってことですな! 我らにお任せくださいっ。あっはっは! 」
豪快に笑うミンミンの隣で、ヨハンはインスタントカメラのストラップを首にかけた。
「マーフさん、行ってきます。アイノテさん、ミンミンさんよろしくお願いしますね」
マーフとディグダムはインデンの街から誰の騎乗に乗るかをじゃんけんで決めようとしている3人を見送った。
システム:果たして彼女に素敵な未来は来るのでしょうか。