NPCになりたい
ガロンディアの街から出たカナデは、とぼとぼと街道を歩いていた。隣には、マーフに動きやすい服装がいいと注文をつけた少女が腰まであるストレートの銀髪を揺らしながら歩いている。左腕にユニークNPCである証を隠すための幅が広いバングルを着けていた。
「それにしても、こんな腕輪をつくれるなんて、びっくりしたよ」
「マーフさんには、デザインがオシャレじゃないって言われちゃいましたけどね」
「僕はまったく気にならない。これのおかげでーー」
少女は頭上の何かを手で触るような仕草をした。
「ここにあった、オーディンの人形って文字が消えたからありがたいよ。これで街を歩いても怖がられない。……たぶん」
「ルーさんの顔を覚えているプレイヤーもいるだろうけど、頭上の名称が無ければ大丈夫だと思いますよ」
「この腕輪……大丈夫かな」
「あぁ、父さんなら、僕の成長を喜んでくれるんじゃないかな。それに、友達の頭にユニークNPCだってわかる名称があるなんて嫌だしーー」
「なるほど。確かにそうだな。友達なら普通のプレイヤーっぽくないとダメだよな」
「そういえば、ルーさんの小鴉は、マーフさんに懐いてましたね。ビビともすぐに仲良しになったし、可愛いですよね」
名前を呼ばれたことに気付いたビビがポケットから頭を覗かせた。機嫌よさそうにグルグルと喉を鳴らしている。ルードべキアは可愛いと思ったが、どうやっても笑うという表情を作ることができず悲しくなった。
カナデが何となくそれを察して、ビビをルードベキアの肩に乗せた。無表情だったがルードベキアは嬉しそうだった。
カナデは騎乗なしで移動するには広すぎるフィールドを見渡した。
「さてどうしようかな、どうやら尾行されているらしいし、取り合えず……、マイルームに戻って、調査隊からの連絡を待った方がいいかも」
「わかった。任せる」
少女と一緒に煙のように消えたカナデを街道沿いの樹木に隠れて見ていたカンナは舌打ちをした。
「すぐに突入すればよかった。早くNPCになりたいのに! 」
スマホをポケットから取り出し、フレンドリストを開いてパキラの所在地を確認する。
「なるほど、ここにいるのか。カナデは絶対にパキラと合流するはずだからな。史郎、行くぞ!」
カンナは最速で走れるレンタル騎乗ペットの大根をなんとなく気に入ってしまい名前を付けていた。シートに颯爽と乗り、パキラがいるフィールドを目指すため手綱を握った。
その頃、ミミックの王ハルデン調査隊であるスタンピートチームは目撃情報があったという探索推奨レベル38のダンジョン、黄昏の洞窟へ向かっていた。
「デルさん、このクルマカッコイイですね。俺も騎乗アイテムがほしいぃ」
「あはは、ありがとう。そういえば、ピートさんは武器を新調したんだって? 」
「そうなんです! ちょこっとだけヨハンさんに、まけてもらいました。これ内緒です。へへへ」
「良かったですね。パキラさんは、いまレベルはいくつでしたっけ? 」
「35です。カナデが作ってくれた日本刀が使えるようになったので、がんばりますね」
パキラは宿屋で目が覚めた後、しばらくマイルームに篭っていた。覚悟してログインしたつもりだったが、自分が思っていたよりもショックは大きかった。
「私の身体……大丈夫かな」
パキラが不安に思っているとスマホの着信音が鳴った。ヨハンからのメッセージだった。ーーマーフさんから伝言です。中条医師がすぐにご自宅に駆け付けたそうです。パキラは少し安心して外に出ようという気持ちになった。
ガロンディアの街の噴水公園に行くと、チームサビネコの待ち合わせ場所である白いベンチとチュロス屋台がいつも通りそこにあった。パキラは流れる水音を聞きながら、エサをついばむハトをぼんやり眺めた。当てもなく市場をウロウロしてやっと、落ち着きを取り戻したーー。
「後悔先に立たず……だよね。前向きに考えてーー今、自分ができることをしよう」
パキラはドリンク屋台の隣にあるベンチに座るとスマホを取り出して、スタンピートに手伝いたいというメッセージを送った。そうして彼と共に調査隊の一員として情報ギルドを手伝うことになったのだ。
黄昏の洞窟の入口に行くまでは、谷にかかっている細い吊り橋をいくつも渡らなければいけなかった。スタンピートは下を見なければ大丈夫だと思いつつ、足がすくんでいる。その横をパキラがスタスタと歩いてデルフィの次に吊り橋を渡り切った。
「ええ? ……パキラ大丈夫なんだ? 」
「うん。ピート早くおいでよ」
「俺を置いて行かないでぇ……。デルさ~ん」
「あはは、大丈夫ですよ。ここにいますから。あと2つ橋を渡るから頑張ってくださいね」
嘘だろぉ! と叫んだスタンピートはなんとか渡り切ったが、汗だくでヨロヨロしている。パキラにからかわれたが、立ち向かう元気もないようだ。
2つ目の橋を越えたところで、デルフィが立ち止まった。背後からドスドスという妙な音が聞こえてくる。その音を警戒した彼は、振り向いて武器を構えた。
「ーーモンスかと思ったら、プレイヤーか……」
「げええ。カンナーーさんじゃん……まじかよ」
スタンピートはブラックリストに入れたカンナと顔を合わせるのが嫌でデルフィの後ろに隠れた。
「はぁい! パキラさん、ピート君。それと、初めましてカンナですっ」
「どうも。デルフィです」
パキラは無言のままそっぽを向いた。スタンピートはあからさまに嫌そうな表情をしている。
「デルさん、あんまりこの人に関わらない方がーー」
「ピート君、ひどぉい。いいじゃなぁい、たまには一緒にダンジョンに行こうよぉ。あたし、ヴァイオリンでバフ付与できるのよ。ねぇ、デルフィさんいいでしょ? 」
「うーん。俺らの邪魔をしないならいいですよ」
「うぇあ、ちょっ、デルさん……まじですか」
「ありがとぉ。ピート君と違ってデルフィさんは良い人ね。うふふ」
カンナは嬉しそうにデルフィに近づき胸元を見せる様なポーズをとった。ーーカナデはいないのか……。どうせ合流するだろうから、その時にこいつらを使って俺様を美人NPCにしろって言えばいいな。
「じゃあ、次の橋なんですが、かなり揺れるので気を付けて下さいね。カンナさんは、……大丈夫そうですね。ピートさんは、おんぶしましょうか? 」
「むむむ。だ、大丈夫ですーー」
パキラはいつの間にか橋の向こうにいた。スタンピートは慌てて走り、揺れる橋で大きな悲鳴をあげたーー結局、デルフィに背負われて渡ることになった。
岩壁にポッカリと開いたダンジョンの入口はツタの葉で覆われていた。スタンピートとパキラが情報を元にミミックの王ハルデンのマークをツタ葉を持ち上げて探し始める。
カンナはデルフィの関心を引こうとして、ピンクの巻き毛を指で可愛くいじりながら話しかけた。ーーカナデが現れなかった時の保険として、このデルフィってやつとフレンドになった方がいいな。
いろんなゲームをプレイした経験があるデルフィは処々でカンナを持ち上げ褒めていた。カンナは得意げに自分の知識を披露している。
「ーーへぇ、カンナさんはいろんなゲームをやっていて博識なんですね」
「えへ。そんなことないよぉ。ちょぴっとだけ、物知りなだけかなぁ。あ、そうだデルフィさん、私とフレンーー」
「カンナさんって、いつもその名前を使っているんですか? 可愛い名前ですね」
「え~、やだぁ。可愛いだなんてっ。あたし、どのゲームでもこの名前にしているの」
「由来とかあるんですか? 」
「10月生まれだから、神無月のカンナを使ってるの」
「素敵ですね。俺の名前は適当につけちゃいました。ちなみに、3月23日生まれです。あはは」
「わたしはね、10月10日生まれなの。体育の日だから覚えやすいでしょ。プレゼント受付中ですっ」
デルフィは覚えておきますねと笑顔で言った後に、すぐに真顔になってスタンピートの方へ歩いていった。
カンナはというと、デルフィとフレンド登録を交わす作戦は失敗に終わったが、まだ諦めていなかった。ダンジョンに入るなら、まだチャンスはあると意気込んでいる。
背後でカンナがフフフと笑っているのに気付いたデルフィは、眉間にしわを寄せた。ーーカンナって名前の由来も、ゲーム話も、引きこもる前に聞いたのと同じだ……。こいつ、やっぱり、弟の真孝だ……。
システム:カンナは欲望にまっしぐらに突き進んでいます。ある意味、羨ましい性格ですよね。