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神ノ箱庭  作者: SouForest
大切な人を助けるために……
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そしてみんな帰れなくなった

 VRシンクロゲーム神ノ箱庭の大型アップデートから10日目。現実時間の夕暮れ時に各街の広場に大型モニターが出現した。軽快な音楽が流れ、公式萌えキャラアイドルらいなたんの上半身が画面に映し出された。彼女は笑顔で手を振っている。


「はぁい! プレイヤーのみんなぁ、元気かなぁ? アップデートで追加されたキャンプ場や釣り場は大盛況だよ! 」


 シリル川キャンプ場の映像が流れた。潰れたテントや破壊されたままの管理人小屋、散乱するキャンプ道具がクローズアップされた後に、誰もいない釣り場に切り替わった。らいなたんは、追加されたエリアがいかに盛況かを笑顔で話している。


「マーフさん、これ絶対おかしいですよ」

「……予定されていたプログラムが動いているだけなんだろうね」


 バッハベリア城前の広場にいたマーフは奥歯を噛んだ。ーーゲーム会社は神ノ箱庭の修正どころか、管理すらできていないのか。同じことを考えていたヨハンはゾッとした。


 むじゃきな笑顔を見せるらいなたんの話は佳境にはいったようでファンファーレが鳴り響いている。


「商人のみんなに朗報だよ! 不動産競売所が、明日の21時にオープンしますっ! そこではーー」


「なるほど、予定通りにこれも追加されるのか。ヨハン、デルフィさん、本部に戻って作戦会議をしますよ」


「え? マーフさん、競売に参加するんですか? 」

「そうだよ、ヨハン。立地の良い土地やマンション、高値で取引できそうなところは押さえたい」


 ーーこんな状況下でこの人は何を言ってるんだろう。ヨハンは商会の資産を散財するだけじゃないのかと乗り気ではない。


「ーーいまの神ノ箱庭でプレイヤーとの取引は無理ですよ」


「あはは。違うよ、ヨハン。住人NPCに貸すんだよ。そうすれば、賃貸料がどんどん入る。我々が所有する商会や情報ギルドの維持にはそれなりにお金がかかるからねぇ。今後のことも考えて、できるだけ稼ぎたいんだ」


「マーフさん、NPCに貸すなんて……できるんですか? 」

「疑ってるね? それがどうやら、できるらしいんだ。これは団長の企画書にあったんだよ。この情報が広まる前に動くよ」


 ヨハンは突拍子もないことをいうマーフに疑念を抱いていたが、リディの案なら間違いはないだろう思い、安心したように頷いた。一方、デルフィは……何をどう手伝えばいいか分からず、競売という初めての経験に不安げだ。


「デルフィさん、大丈夫ですよ。一緒にがんばりましょう! たくさん儲けて、ボーナス倍増を目指してください! 」


「え、ボーナスがあるんですか? 」


「あれ? ……給与の話の時、言い忘れてたかな。ーーあぁ、それと、いままでは週払いでしたけど、こんな状況下なので明日から日払いに変更します。2人ともガンガン働いてください」


 商売に余念がないマーフが不敵に笑った。デルフィはたじたじになり、苦笑いしている。ーーやっぱりこの人はリディと同類なんだと、ヨハンは改めて実感した。



 情報ギルドに残っていたディグダムとスタンピートは、ログインできないと騒ぐプレーヤーたちの対応に奔走していた。受付NPCはフル活動をしていたが、3Fの通路まで相談待ちのプレイヤーが溢れている。


 ーーなんで急にログアウトできないプレイヤーが増えたんだぁ! 

 ーー人手が……人手が足りないぃぃ! 


 スタンピートの頭の中で、たくさんのヒトデが跳ねて飛んで暴れまわった。ディグダムは不安で仕方なさそうなプレイヤーの言葉を聞きながら、情報ギルドの会員登録を勧めている。


「ディグ! 」


 ディグダムが聞きなれた声に反応すると、万事屋商会副団長のイリーナが両手を大きく振っていた。


「な、なんでいるんだ?」

「話はあとで! 手伝うよ、どうすればいい? 」


「俺たちも手伝いますよ。やぁ、スタンピートさん久しぶり」

「え? アイノテさんに、ボーノさん、なんで神ノ箱庭(ここ)に? 」


「どうも~、ミンミンとディスティニーで~す。あっはっは! 」

「遅くなってすみません、リアルで潜る準備をしてたんですよ」


 一気に5人のスタッフを追加した情報ギルドは急加速で混乱している状況を収拾していった。



「……やっぱり、来ちゃったんですね」


 銀の獅子商会本部から情報ギルドに戻って来たマーフがため息を吐いた。アイノテが休憩室の壁にもたれながら笑顔で言う。


「俺らもみんなを助けたい気持ちは、はるーーおっと……。マーフさんと一緒なんですよ」

「そうそう、1人で背負っちゃいけないよ。あっはっは! 」


 豪快に笑うミンミンの隣にいたスタンピートがオロオロしている。


「あの? どういうことなんですか? 」


 デルフィとヨハンは、マーフからアイノテたちがこの世界に来るかもしれないと聞いていたがーー。何も知らなかったスタンピートは困惑し、ディグダムは……泣きそうな顔になっている。


「イリーナ、今すぐに帰るんだ! 頼むから早く……」


「ディグ、落ち着いて。ちゃんと説明するから。話すと、ものすご~く長くなるんだけど、いいよね? 」


 イリーナは忙しく過ごしているうちにディグダムが音信不通になり、不安に思っていた時に、VRシンクロゲーム神ノ箱庭が事件としてニュースで流れて驚愕したことや、患者を助けるために活動している中条医師を知ってから、居ても立っても居られず病院を尋ねたこと語った。


「ーーで、中条先生にマーフさんを紹介してもらうために受付で待ってたら、ボーノさんたちと出会ったの。みんなと情報のすり合わせをしたんだけど、何よりも驚いたのがーーマーフさんが病院で体調管理されながら、箱庭にログインしてるってこと! 」


「ほんと驚いたんですよ。俺らは何してたんだって思いましたね。というわけで、マキナさんのお父さんである中条先生の病院で準備を整えて、マーフさんとカナーー」


「アイノテさん! 」

「あっと…すまん、ディスティニー氏ーー」


「みんなを助ける方法をゲームの世界で探すために、俺らが参上したってわけなんだな。あっはっは! 」


 アイノテの代わりにミンミンが締めくくった。イリーナが笑顔で元気よく手を挙げる。


「私、サブ職をシーフにしたんで、スタンピートさんと2手に別れてハルデン探しできます! レベ上げしながらですけど。えへへ」


 ーーなんでそんなにあっけらかんとしているんだ? ディグダムは無邪気に笑うイリーナがどうしても理解できない。


「何をいってるんだイリーナ……。早くリアルに帰るんだ! 」


「ディグ。残念ながらここに来てすぐに、みんなで確認したんだけど、ログアウトボタンは消えてたんだ。覚悟して来たから、気にしないでーー」


「そんなの、気にするに決まってるじゃないか! 」


 ディグダムは両手で顔を覆い肩を震わせている。ーーイリーナがログインして来ないことを安心していたのに……。


「それに、シーフって……レベル1だろ? ハルデン調査なんて無理だ。ヴィータっていう災害もあるんだ! 商人職を生かしてーー」


「フィールドに出ないで常に安全なとこにいろってことかな。死んでも復活できるし、デスペナは無くなったから問題ないじゃない」


「……怪我をすればそれなりに痛いんだぞ。イリーナには怖い目にあって欲しくないんだ。俺がレベルあげを手伝うから、声をかけるまで待ってーー」


「何言ってんの? 1/3痛覚なんだからそんなの当たり前じゃん。それに! 私は声かけられ待ちって、好きじゃないの。レベ上げなんて、どうとでもなるわよ! 」


 心配するディグダムを鬱陶しいと言わんばかりにイリーナはそっぽを向いた。ボーノがそんな彼らの間に口を挟む。


「あの……。その件については、わたくしボーノと愉快な仲間たちが責任を持ってイリーナ女史のレベル上げをお手伝いさせて頂きます」


「ディグ、そういう事だから」


 ディグダムは観念したのか、黙って部屋から出て行った。ボーノが追いかけなくていいのかと言ったのだがーーイリーナはにっこりと微笑むだけだった。ヨハンは狭い部屋で密集して会話をしている様子を真面目な顔で眺めていた。


「マーフさん、この休憩室、手狭になりましたね」


「確かにそうだね。ヨハン、エンダ商会から306号室の権利を譲ってもらえることになっているから、そこを仮眠室にして、ここの休憩室を広げよう」


「では、デルフィさんと俺で、素晴らしい仮眠室を作りますね。ここの休憩室は……」


 イリーナがヨハンにアピールするために、自分を指さしながら左手をブンブンと振った。


「私がやります! やらせて下さいっ」


「じゃあ、お願いします。ピートさん、イリーナさんをお手伝いして頂けますか? ーーマーフさん、306はいつから入れます? 」


「いま、連絡がついたから、もう使えるよ」



 銀の獅子商会本部の貴賓室で、黒のゴスロリファッションを身にまとった少女が、マーフと4人の男性プレイヤーに取り囲まれていた。無表情のまま頬を膨らませている。顔の表情が変えられない彼女の唯一の表現方法だった。


 ミンミンとディスティニーが少女の正面で嬉しそうに笑っている。


「まじでルーさん? めっちゃ可愛いじゃないですか! あっはっは」


「マーフさんから、話を聞いてましたが……。無事でよかったです。そうそう、俺たちはサブ職を商人にしたので、今日から銀の獅子商会のお世話になるんですよ」


 ディスティニーの隣で腕組みをしているボーノが笑顔から真面目な顔になった。


「切っても切れない友情の糸! で、繋がっている我々が来たので、安心してくださいね。しかぁし! 俺の2頭身スタイルの方が可愛かったと思う」


「ボーノさん……テンション高いですね。気持ちは分からないでもないですが! ルードベキアさんが、こんな姿になってるんなんて……驚き之介! 」


 アイノテが腰をかがめて少女の頭を撫でると、彼女の頬はますます膨らんだ。


「マーフさんが娘のように可愛がっているって言ってた気持ちがわかった……。ルーさん、ミンミンお父さんだよ! 」


 ミンミンは少女姿のルードベキアの前で満面の笑みを浮かべながら両手を広げた。


「ミンさん……勘弁してくれ」

「いいじゃないですか、俺は、あの時、本当に……本当に……」


 ミンミンの笑っていた目から涙がこぼれる。彼はその場で正座をすると、うなだれた。申し訳ない気持ちになったルードベキアは、慰めようと彼の肩に手を置いて言葉を考えているーー。


 突然、ミンミンはワンワンと泣きながら少女に抱きついた。ルードベキアはギョッとしたが、泣きじゃくるミンミンを引き離すのは忍びなくて、彼の気が済むまで……じっとそのままでいた。



 現実世界では、マキナの父である中条医師が大部屋のベッドにいる春香を含め、神ノ箱庭にログインした彼らの体調管理をしていた。最初は彼らを止めていたが、決意が固いことを知った中条医師は一縷の望みをかけて送り出した。


 午前中の診察が終わり受付は閉めていたがテレビはついていた。VRシンクロゲーム神ノ箱庭に関するニュースが流れている。


「倒れていた人々はすべて専用のヘッドセットを付けており、パソコンのモニターにはVRシンクロゲーム神ノ箱庭が接続されていると分かる表示がーー」


 看護師が立ち止まりテレビの音声に耳をかたむけた。


「ーー警察庁の発表では死亡者は15名、意識不明者が196名。数はこれからも増えるのではないかと懸念されています。また運営しているゲーム会社からはーー」


 彼女はこの事件がやっとニュースで流れるようになったことを嬉しく思ったが、段々と深刻な状況なりつつあることに不安を覚えた。


 休憩スペースに戻って来た中条医師は、ゆっくりと椅子に座りワイドショーが流れるテレビをぼんやりと眺めている。


「ーー中条先生、ということは、倒れた人が着用しているヘッドセットを外してはいけないということですね? 」


「そうです。皆さんにお願いします。もしもご家族の方がVRシンクロゲーム中に倒れた場合は、絶対にヘッドセットを外さないで下さい」


「それにしても、いまだにゲームが閉鎖されていないなんて、どういうことなんでしょう? 西俵大学病院の脳神経内科部長である斎藤先生はどうお考えですか? 」


「前代未聞ですよ。私は以前から、VRシンクロゲームは危険だと言っていました。これで危険性が証明されたわけですがーー」


 司会者とコメンテーターが病院関係のゲストを交えてVRシンクロゲームとゲーム会社を険しい表情で批判している。中条医師はテレビ音声を聞き流しながら、息子の悟と甥の総司を想った。ーー2人とも無事に帰ってきてくれ。


「中条先生、坂上莉子さんのご両親がいらっしゃってます」

「分かりました、今、行きます」



 一方、神ノ箱庭を運営管理しているゲーム会社では、緊急会議が開かれていた。その中に奏の父親である開発総責任者の森本健一がいた。


「森本さん、サーバー停止できないってどういうことですか? リセットすれば、プレイヤーは緊急ログアウトしますよね? マスコミにもこれだけ騒がれているんですから、早くーー」


「無理にサーバー停止やリセットすると接続しているプレイヤーに負担がかかって危険にさらされる可能性があります。ここはもう少し様子をーー」


「ログイン画面が削除できない件はどうなっているんです? 」

「そちらは、プログラマーが総力を挙げて対応中です。公式サイトではログインしないようにとーー」


「森本さん、物見遊山のようにログインしている人がいるらしいんですよ……。どうにかして下さい! この責任は絶対に取ってもらいますからね! 」


「……すみませんが、私もプログラマーの1人ですので、そろそろ戻らせて頂きたいのですが、よろしいでしょうか」


 いくつものため息を聞きながら健一は会議室を出た。ーーログインしたら最後、もう誰も帰れない……。健一は、薄っすらと笑みを浮かべた。



 情報ギルドの和室風から洋室風に変更した休憩室は、作戦会議室も兼ねたスペースになった。受付はディグダムとミンミン、アイノテが中心になって担当することになり、ログアウトできなくなったプレイヤーの数を浮かない顔で集計している。


「なぁ、ディグダムさん、これやばくないか。人数が……」


「そうですね、アイノテさん。300人を軽く超えちゃいましたね……。ここに来ていない人が、まだたくさんいる気がしますーー」


  ディグダムは心配事がさらに増えたと不安げだ。ミンミンは少し疲れてきたのか、首をポキポキと鳴らしている。


「たぶんだけど、2~3割ぐらいしか来てないんじゃないかな。ってことは……あちゃ~。やばいねぇ……」


 その2~3割のほとんどは、気が動転して涙を浮かべていた。ディグダムたちは慰めの言葉をかけることができず、淡々と話を聞くしかできなかった。それよりも、怒りをギルドスタッフをぶちまけるプレイヤーがそれなりにいて、ほとほと困り果てていた。


 ディグダムはこれからも、そんなことがまだまだ増えるのかと思い、気が滅入った。


「神ノ箱庭の入口が開いたままっぽいですから、きっとテレビレポータとか、記者とかも来ちゃってる可能性がーー」


「あの、すみません! 私、朝夕新聞の記者なんですけどーー」


 ディグダムはアイノテとミンミンの顔を順番に見た。2人とも困ったような顔をしてーーやっぱりねと小声で話している。


「すみませんが、そこの番号札を取ってーー」


「は? 何言ってるんですか! 帰れなくなったんですよ! それなのに呑気にこんな事してていいとーー」


 ディグダムに目くばせをしたアイノテが、記者だと言った女性プレイヤーをスタッフ専用の休憩室に案内した。マーフはノートパソコンを睨んでいたが、事情を知るとーー。


「私が話を聞きましょう」


 そう言って優しく微笑み……泣きじゃくる女性プレイヤーの話に耳を傾けた。


システム:頼もしい助っ人参上! ボーノやミンミン、アイノテ、ディスティニーはフェードアウトするには惜しいキャラだったので、復活しました。これからも諸所で活躍してくれると思います。

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