表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神ノ箱庭  作者: SouForest
NPCになった彼らが羨ましいカ?
67/166

カンナの思惑と狂気

 ガロンディアの街の大きな宿屋の1Fのベッドでパキラは眠っていた。彼女をここまで運んだカナデはベッド側にある木製の椅子に座って、マーフにメッセージを送るためにスマホを叩いている。


 近くにある市場の賑やかな音が耳に入ってきた。以前はこの音を聞くと、ゲームの楽しさが盛り上がりワクワクした気持ちになった。だが、今はやるせなさを助長させる音でしかない。


「パキラは巻き込まれてほしくなったのに……」


 白いレースカーテンが風に揺れた。


「かぁなぁでぇくぅん」


 甘ったるくて耳障りな声に思わず顔をしかめる。カナデはすぐさま外開きになっている窓を閉じようと立ちあがった。だが、それよりも早くピンクの髪をぐしゃぐしゃにしたカンナが窓枠を掴んで、無理やり部屋に入ってきた。


「不法侵入ですよ」

「ちょっとぉ。冷たすぎない? あたしは、あんたと取引したいのよ」


 カナデはカンナの傍若無人さに呆れて言葉が出ない。


「さっき、言ったでしょ。あんたの秘密を知ってるって! フィールドでさ、ヴィータと話してたってやつ。あいつ、マキナっていうプレイヤーだったんだよね。ーーしらばっくれても無駄だからね! あそこにヨハンもいたんだからさ」


 カンナは糾弾するかのように、考え込んでいるカナデを何度も指を差した。


 ーーヨハンが見ていただって? それならばドローンで録画していたに違いない。ということはマーフも会話の内容を知っているはずだ。だけど……。


 マーフはヴィータとの会話の件についてカナデに1度も聞いたことが無かった。彼は周囲にひけらかすこともなく沈黙を保っている。カナデはマーフがずっと知らないふりをしていることに気付いた。


 ーーそうか、そうだったのか……。マーフと上手く連携できれば、ログアウトできない問題やその他の状況についてうまく打開できる方法が浮かぶかもしれない。カナデは思いがけず良いことを聞いたと喜んだ。


 そんなことを知らないカンナはずっと喋り続けている。


「ーーねぇねぇ、グランドマスターさぁん、どうやって人間をNPCにしたの? それにさぁ、パキラちゃんがログアウトできなくなったのってーーあんたのせいだよねぇ。だからさぁ、その事を黙っている変わりにーー」


 カンナは自分の言葉に酔いながらバレリーナのようにくるっと回って手を広げた。


「あたしを、クイニーみたな美人NPCにしてよ! あんたなら簡単でしょ。ーー何よ、無視する気? ふーん、じゃあ、そこにいるパキラちゃんにぃ、ログアウトできない原因を言っちゃおうかなぁ」


 カナデは彼女の話をほとんど聞いていなかったが、次第にギャンギャンと騒ぐ声が煩わしく感じ始めていた。ーーフィールドに弾き飛ばすか? いや、そんなことをしたら情報ギルドへ駆け込んでみんなに危害を与えそうだ……。


「……少し時間をくれないか」


「あはっ! そう来なくっちゃ。でもねぇ。あたし、せっかちなの。リアル時間で1日だけあ、げ、るぅ。じゃあね、ばいばぁいっ」


 カンナはスカートを気にすることもなく足をあげて窓枠を踏むと、外に向かってジャンプした。カナデはホッとして胸をなでおろす。


「やっといなくなったか。ーーマーフさんにストーカー対策について相談してみようかな」



 カンナは現実世界に戻ってくると、鼻歌を交じりに袋が開いていないスナック菓子をゴソゴソと探した。ぼさぼさの髪からはフケが零れ落ち、伸び放題のヒゲをぷっくりとした肉付きの手でぼりぼりと掻いている。


「まぁ君、起きてる? ママ、あなたのためにチーズケーキを作ったのよ」

「うるせぇ、ババァ! 」


 バンッ! ゴミ箱がドアの前に転がり、スナックの空袋だらけの部屋がさらに散らかった。カンナはイライラしながらネットサーフィンをしている。


「しまった……カナデとフレ登録するのを忘れた! やっと見つけたのに! それに時間なんかやるんじゃなかった。いますぐに俺を異世界転生させろや、ボケカスが! 」


 親指の爪をガリガリかじり、カスを吐き出した。


「ってかさ、情報ギルドって何なんだよ! 入ろうとすると警備員に止められるし、スタンピートも、ヨハンも、ディグダムも、ロイジィまで、フレ切りやがって……ムカツクんだよ、あいつら! 」


「前にもこんなイラチがあったような……。そう言えば、あいつらもゴミクソだったな」


 カンナは卓上テーブルに転がるペットボトルに八つ当たりをした。少し残っていた中身が絨毯に溢れて、甘い匂いが漂った。



 カンナはとあるFPSゲームでクランリーダーをしていた事があった。メンバー数が最大人数に達していた大規模クランだった。だが人が多いということはそれなりに争いが生まれ、派閥ができるようになり……自分抜きで遊ぶクランメンバーたちが増えていった。


 面白くない日々が続き、クランに嫌気がさしてきたカンナは掲示板で物色したレイドメンバー募集に参加した。毎週末、部活のように固定メンバーと遊び、ボイスチャットで話すレイドは楽しかった。


 カンナはメンバーの中で特にバイルという子を気に入っていた。彼は生真面目なのか、ビルドや立ちまりなどをカンナに相談することが多かった。ーーさすがカンナさん、ありがとうございますと言う言葉を聞いているうちに、自分のクランに引き入れようという気になった。


「ぜひ入りたいと言うだろ。こいつなら」


 だが、思惑通りにはいかなかった。バイルはリアフレが作ったクランに所属しているからという理由でカンナの誘いを断ったのだ。


「お前、俺のことを尊敬してんじゃねぇのかよ。むかつくな。ってかさ、俺が紹介したミタライと、俺よりも仲がいいなんて、どう考えてもおかしいだろ! 」


 上手くコントロールできないバイルに、カンナは腸が煮えくり返った。そしてミタライにバイルの悪口を吹き込んでやろうと企んだ。ーーお、ミタライいるじゃん、ボイチャに誘ってやるか。


「ミタライさん、元気? 最近、どうよ」

「頑張ってますよ、欲しい武器があってバイルさんに手伝ってもらったりしてます」


「そうなんだ、そんなにバイル君と遊んでるんっすか? 」

「そうですね。最近は、毎晩でしょうか。彼女、話が面白いんですよ。あっーー」


「え? バイル君って女の子だったの? 」

「いまの聞かなかったってことにして下さいね。内緒だよって言われているんでーー。すみません」


 1人称が僕であるバイルの声は、男にしては確かに少し高かった。レイドメンバーが声にツッコミを入れて性別を聞いたときは、ーー男ですと答えていたため、カンナはそうなのかぐらいにしか思っていなかった。


 カンナは相変わらずバイルとは週末レイドでしか接点がなかったが、女子であると知ったせいか、レイドの相談や雑談メッセージに、卑わいな言葉を添えて喜ぶようになった。


「あはは。おっもしれぇ。めっちゃ困ってやんの! ってかなんでミタライとレイド言ってんだよ! くっそ、あの女好きめ。マジむかつくんですけどぉ。ってことでぇ、適当に話を作ってクランから追放しちゃいまぁす。ミタイライ君、ばいばぁい」


 次の日にクランから追放されたことに驚いたミタライからメッセージが届いた。


「てめぇの弁明なんかいらないんだよ、クズが! クランに貢献せずに、女の尻ばっか追いかけてるお前が悪いんだろうが」


 箱からティッシュを1枚取って鼻をかんだ。その辺にポイッと投げる。いつから掃除していないのか、カサカサと虫が這う音が聞こえる。


「ミタライのやつ、このゲーム止めねぇかな。あんなやつにケツを振るバイルも消えろ! ーーおっとぉ、俺様ってば、良い事を思いついたぞ。ぷはっ。あいつら別れさせてやる! 」


 ちょっぴりの真実に大きな嘘を混ぜたメッセージを作ったカンナは、ニヤニヤしながらミタライに送った。


「これでバイルに呆れて、おさらばするだろ。ざまぁ」


 だが思ったような展開にはならなかった。ミタライがカンナのメッセージをバイルに見せてしまったのだ。バイルの相談を受けた週末レイドのリーダーは、カンナに質問をしてきた。


「バイルさんのこと嫌いなんですか? 」


 最初は気に入っていて割と好きだったが、いまはどうでもよかった。ゲームの世界からバイルを消したかったカンナは、ーー好きでも嫌いでもないですと返信した。


 週末レイドリーダーは、このいざこざが面倒だと思ったのか、臭いものに蓋をするような対応をした。さらに大して調べもせずにカンナの言葉を信じてバイルを問い詰めた。


 おかげで、カンナの思惑通りにバイルは週末レイドメンバーから消えた。しかしリーダーとカンナの行動に不信を抱いたメンバーが1人抜けてしまった。


「カンナさんのせいなんだから、メンバー補充お願いしますよ」


 週末レイドリーダーのメッセージをみたカンナは笑いがとまらなかった。


「これだから、日本人は大好きだよ。日和見主義さん、ご苦労様っす。ちゃんと調べてくれなくてありがとさん」


 カンナはモニターにむかって敬礼をする。実は、時系列グループメッセージを調べられたらアウトだったのだ。だが、それはもうグループを解散したため、うまい具合に証拠隠滅できていた。


「なにもかも俺に味方してくれるぅ。アーメン。ザマァ」


 神に祈る大げさなポーズをしたあとにカンナは下品な笑い方をした。


「さてと、今日の週末レイドは、俺が追加した最強メンバーでサクッと楽しく遊ぶかな」


 にやにや笑いながら、煎餅の袋に手をつっこみバリバリと音をさせる。塩気にのどが渇きミニ冷蔵庫からジュースパックをとりだして一気に飲んだ。  


「やっぱイチゴ牛乳はうめぇな」 


 いつ洗濯したのか分からないスウェットの袖で口を拭い、カンナはへこんだジュースパックを後ろに投げた。しかし、ノリノリなスタートしたレイドは、始まってすぐに訳が分からないという状況になった。


 ーーはぁ? 俺が参加させてやったのに、お前ら何なんだよ。


 カンナは週末レイドメンバーに空いた穴を、クランメンバーのセイリュウとエースで埋めていた。ボイスチャットで彼らに攻略についてを鼻高々に説明していたのだがーー。


「容量悪いっすね。もっといい方法あるのに、カンナさんってそんなに強くないんですね」


 セイリュウが馬鹿にするように物言いをつけ、エースが鼻で笑った。それにカチンときたカンナは我慢できずに声を荒げた。


「感じ悪いですね。文句あるなら帰っていいですよ」

「まぁ、まぁ。カンナさん、大人の対応でお願いしますよ。楽しくいこう」


 レイドリーダーは多少、不愉快な気分になっていたが、レイドが終われば関わりがなくなると思って、穏便に進めようとしている。


「こいつらが俺に喧嘩を売ってるんですよ。私は和やかにいきたいのにーー」


 カンナが文句を言っていると‥‥…。セイリュウが小声で何か言った。カンナは上手く聞き取れなかったが、悪口を言われたのは何となく分かった。


 ーーこいつら、後でクランから追放してブロックしてやる。


 それでもなんとなく5エリアあるうちに1つが終わった。カンナは、次の戦闘エリアの取って置きの攻略情報を披露してやろうとほくそ笑む。ーー聞いて驚けセイリュウたちめ、俺様の偉大さを知って尊敬しやがれ! そう思いながら、カンナは得意げに語った。


 しかし、セイリュウとエースはカンナを尊敬するどころか、その情報は古すぎると言って難癖をつけた。


「お前ら、さっきから、何なんだよ! 失礼じゃないか! 」

「カンナさんよ、バイルちゃんにセクハラしてたんだって? 女の子にさぁ、そういうことするのってどうかと思うんだよね」


 カンナはレイドと関係ない話をされてムッとしたが、ふざけてバイルに性的なメッセージを送っていたことを思い出して汗が吹き出てきた。


「何をーー言ってるんですか? バイル君は男ですよね。ーーそれに証拠はあるんですか? 」


 カンナと同じように不機嫌になったレイドリーダーが口を挟むと、セイリュウの矛先が変わった。


「レイドリーダーさん? あんたもバイルちゃんを泣かせた張本人なんだってこと、自覚した方がいいんじゃないっすか? カンナの言うことを真に受けて問い詰めたんだってな。それが大人の対応なのか? 笑っちゃうな」


「臭いものに蓋をするという対応は日本人らしいけど、俺は好きじゃないですね」


 エースが呆れ声で言った。


「あぁ、そうそう。証拠はバッチリあるんだな。俺らさぁ、バイルちゃんのフレなんだよねぇ。ーーだから、この週末レイドを断らずにわざと来たんだよ。カンナがやったことを、何も知らない、何も知ろうとしない、ここのレイドメンバーにぶちまけるためにね」


「お前らに関係ないだろ! 」


 カンナはブルブルと怒りに震えて、手に持っていたコントローラーを思わず投げた。セイリュウは静かな声で言葉を続ける。


「悪い大人を懲らしめないと、子どもたちが安心して遊べないですからね。知ってた? 知らないよね。バイルちゃんは小学生なんだぜ」


「え? ちょっどういうーー」


「小学生女児に性的メッセージを送りまくった上に、無いことだらけの嘘をばらまくなんて……とても俺にはできない。エース、どうよ」


「ですよねぇ。しかもこのレイドメンバーは、傷ついた彼女を助けようともしなかった。酷いです」


「あの、このゲームって18歳以上ですよね」


 メンバーの1人が口を開いた。ーー良いこと言うじゃん。カンナがニヤリと笑う。


「あのさ、そうやって話をすり替えて、あんたら小学生を追い詰めたんだな? 」

「汚い大人ですねぇ。それよりもカンナに聞くことがあるんじゃないですか? 」


 発言したメンバーは押し黙り、レイドリーダーはエースに促されるままカンナに質問をした。


「カンナさん、性的メッセージをバイルさんに送ったというのは本当ですか? 」


 ーーセイリュウたちが証拠を握っているならば、ここで嘘をいうのは得策じゃないな……。カンナは重い口を開いた。


「すみません。本当です」

「バイルさんが皆を困らせようとわざと遅刻しているーーという話は? 」

「ーーそれは……」


 カンナは適当に話を作っていたので、バイルがいつどんな理由でバイルが遅刻してきたのか、まったく覚えていなかった。代わりにセイリュウが証拠であるスクリーンショットを元に、前日に彼女がメンバーにきちんと伝えていた事を説明した。


「ちょっと調べればわかることなのに、あなた方はカンナの話を鵜呑みにしたんですね。ゲームで1回、遅刻したぐらいで責め立てるなんておかしいですよ」


「あんたらさ、カンナが嫌がらせドタキャンをいろんなとこでしょっちゅうやってるのを知らないんだな。可哀そうに」


 セイリュウのキャラクターは挑発を、エースはがっかりのエモーションで心境を表現した。


 レイドメンバーたちは、なぜこんなに責められるのか納得がいかなかった。しかし、真実よりも騒ぎ立てたバイルを面倒だと思って、おざなりにして追い出したのは事実だったため、何も言い返せない。


「あの、すみませんでした」 


 レイドリーダーはがメンバーを代表して謝った。だが、とりあえず謝罪しとけばいいという感じの声にセイリュウとエースは呆れてしまった。


「ーーあんたらさ、平気で嘘をつくカンナと、この先ずっとレイドやるの? 」

「類は友を呼ぶっていいますから……。みなさんは日常的にカンナさんと同じようなことをしている仲間なんですよ」


 エースのセリフにメンバーたちはカチンときたが何も言わなかった。これ以上もめるのは面倒だったからだ。モニター前のカンナの顔は怒りで真っ赤になっている。


「そろそろーーお暇しましょうか」

「あぁ、ちなみにレイド始まってからずっと録画してっから。ーーカンナ、嘘ばらまくなよ」



 セイリュウとエースという2つの台風が去った後、カンナはヘッドセットをベッドに投げつけた。ところ構わず物を投げていると、スマートフォンの着信音が鳴った。週末レイドは解散するというリーダーからのメッセージだった。


「はぁ? くそがっ! 」


 モニターを見ると、クランチャットにーーお世話になりました、というメッセージが流れた。クランメンバーリストを確認すると、アクティブメンバーは誰1人としていなかった。


「なんだこれ。ふざけんなーー」


 次々とスマートフォンの通知音が鳴った。画面をなぞるカンナの手が小刻みに震える。


 ーーカンナさんが小学生にいたずらしたってホントですか? 

 ーー小学生むいて写真撮ったんすか。やばいすぎるっす。

 ーー聞きました、カンナさんにはがっかりです。

 ーー通報しました乙。

 ーー小学生にストーカーするのは感心できません。やめた方がいいですよ。

 ーー警察に追われてるってマジですか。


 事実無根なメッセージに我慢の限界がきたカンナは椅子を投げて壁に穴をあけた。



「あの後、壁を見た親父(じじぃ)にめちゃくちゃ怒られたんだよな。今は不倫相手と暮らしてるっぽいから、何してオールオッケー。ってか、なんかめっちゃ臭いんですけどぉ。隣の部屋で兄貴が死んでたりして。ウケルぅぅ」


 げふぅ、とゲップをしたカンナこと真孝(まさたか)は、中身がなくなったペットボトルを足元に転がした。

システム:カンナの現実の姿が浮き彫りになりました。この話はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ