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神ノ箱庭  作者: SouForest
NPCになった彼らが羨ましいカ?
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現実とゲームの交差

 大型アップデートから5日後。情報ギルドはポスターやメッセージなどいろいろな方法で注意喚起を行っていたが、ログアウトできないプレイヤーは更に増えていた。


 チキンレース感覚でログインしたり、自分は関係ない大丈夫だと考えてたりするプレイヤーはまだ多く存在し、神ノ箱庭でのんきに遊んでいた。


 マーフこと春香は現実世界に戻ると、日課のように警察を訪ね、ゲーム会社に連絡をしていたが門前払いされていた。動画サイトにアップした映像は……、暴言や中傷のコメントに埋もれて炎上している。


「誰も信じてくれないなんて……」


 神ノ箱庭の公式サイト掲示板はいつの間にか削除されていた。姉は錯乱状態になることがあったため、まだ入院している。春香は事態を解決することができない自分が歯がゆくて辛くなっていた。


 ーー味方になってくれる人は……信じてくれる人は……本当にいないのだろうか。春香は、動画サイトのダイレクトメールをチェックした。


「え? これ……ブラフや釣りじゃないよね? この病院が本当にあるのか調べてみなきゃーー」


 医者だという人物が経営する病院のWEBサイトを春香は隅々までじっくりと確認した。名前を検索すると、ブラウザのニュース項目が表示された。


 ーーこの人なら信用できるかもしれない……。


 春香は動画のように人が消えるのを目撃したという中条貴之のダイレクトメールに返信すると、サイトに記載されている番号に電話をかけた。



 パキラこと坂上莉子は、神ノ箱庭に関する出来事を忘れようと仕事に打ち込んでいた。いつもの日常が過ぎていたが、ゲームをプレイするという項目がだけがルーチンから外れていた。


「ただいまぁ」

「お帰り、莉子。ねぇ、ちょっとテレビのニュースなんだけど……」


「どうしたのお母さん。着替えてからでいい? 」

「姉ちゃん、ニュースみた? ゲームでさーー」


「うん、わかったから、ちょっと待ってってばっ」


 莉子は自室に入るとパソコンの電源をいれた。服を脱ぎながら、ブラウザのニュースサイトを横目でチラッと見た。


「ラフなスタイルになってからにしよっと」


 モニターから目をそらし、だぼっとした上着とズボンを着る。


「なんだろ? お母さんまで慌ててたし、ゲームってーー。……まさか! 」


 慌てて椅子に座り、マウスでニュース項目をスクロールする。莉子はVRゲーム中に死亡したという記事を見つけてクリックした。


「死のゲーム、神ノ箱庭って……。うそっ、こんなに人が亡くなってるの? どうしてーー」


 内容を読むと、VRシンクロヘッドセットを頭から外したことにが起因であると書かれている。他にも、身体に黒い痣があることや医師の写真が載っていた。


「この中条ってお医者さん、マキナさんのお父さんだ! 」


 神ノ箱庭の公式サイトを開くと、ログインしないで下さいという赤い文字が、目立つ位置にでかでかと表示されていた。莉子は不具合についての詳細が書かれたページを開いた。


「まだ、直っていないの? 不具合対応中のためーー。って、ログアウトできない件について何も書いてないじゃない! 」


 莉子はみんなが大変な時に安穏と暮らしていた自分が恥ずかしくなってきた。


「私は、何していたんだろう。ーーマキナさんのお父さんは被害を食い止めようとしているのに……。『ログアウトしてゲームをしないで! 』って、みんなに言えたのに……」


 ティッシュの箱を抱えながら涙でぐちゃぐちゃになった顔を拭いた。


「私は、自分のことしか考えてなかった……」


 クローゼットから、バスタオルに包まれたVRシンクロヘッドセットを取り出し、接続した。恐る恐る頭にかぶるーー。神ノ箱庭のログイン画面がどうなっているか確認してみると、公式サイトでログインしないで下さいと注意喚起されていた意味がわかった。


「まだ普通にログインできるのねーー」


 夕飯を食べなさいという母親の声が聞こえた。VRシンクロヘッドセットを外して接続を切るとベッドの上に置いた。


「ちゃんと準備してからがいいよね……。取り合えず、ご飯を食べてから、お母さんたちに手紙を書こう。会社に有休願いを出してーー。あと中条先生の名刺、どこにやったっけかな。それも探さなきゃ」



 スタンピートはログアウトできなくなったプレイヤーたちと、3Fの自動販売機がある休憩スペースで会話をしていたが……いつの間にかウトウトしていた。


 ーーリアルと同じように、疲れたり眠くなったりするなんて不思議だな……。


 目を擦りながら周囲を見ると、みんなスヤスヤと眠っていた。腕を上げて身体を伸ばし、あくびをする。情報ギルドの仮眠室で寝ようと思って、長机にあるスマホを手に取った。


「ーーえ? ええええ! あっと……」


 思わず大声をだしてしまったが、周囲にいるプレイヤーたちはぐっすり眠っているようで誰1人と起きなかった。スタンピートは口を押えながら、そそくさと情報ギルドへ移動した。ヨハンがカウンターの向こうから手招きをしている。


「ピートさん、休憩室で話そう」

「はい」


 休憩室に入ると、ディグダムが険しい顔でスマホとにらめっこしていた。ヨハンは冷蔵庫からペットボトルのお茶を取り出し、ピートは丸いちゃぶ台を囲むように置いてある座椅子に座った。


 悲し気な表情しているマーフが会話を切り出した。


「ディグダムさんから聞きました。パキラさんがログインしたようですね」

「ルードベキアさんの身体がどうなってたか……これで分かるってことですかね」


 ヨハンがグラスにペットボトルのお茶を注ぎながら言った。スタンピートが不安そうに両耳を押さえる。


「俺、あんまり聞きたくないかも」

「そういえば、ルードベキアさんは? 」


 質問をしたディグダムはお茶の入ったグラスを1つ取って壁際に移動した。マーフは座椅子の背もたれに寄り掛かりながら答える。


「オーディンの人形が外に出ると、騒ぎになってしまうので……。とりあえず、銀の獅子商会の貴賓室で休んでもらってます」


 スタンピートがそわそわしながら手を挙げた。


「ーーあの、すみません。パキラに会ってきていいですか? 」

「もちろんです、スタンピートさん。できればここに連れてきてもらえますか? 」


「わかりました、マーフさん。ーーでは行ってきます! 」



 神ノ箱庭にログインしたパキラはガロンディアの街の教会を出た辺りの大通りにいた。フレンドリストでルードベキアの所在地を確認しようと、いち早くスマホを取り出す。


「ルードベキアさんが、ログアウト表示なってる。なんでだろ? まさか……死んじゃったんじゃないよね……」


 良くない考えが次々に浮かんでくる。不安になったパキラはそれを払拭しようと大通りを見渡した。ーーゲームのゴールデンタイムなのに、思ったよりも人が少ないかも。そんなに深刻な状況じゃないのかな? 


「ピートやヨハンさんと会わなきゃ」


 空いているベンチに座ると、スタンピートにメッセージを送るためにスマホを撫でた。ふと、自分の名前を呼ぶ声が聞こえた気がして、パキラは顔を上げたーー。


「パキラ! 」


 スタンピートが手を振りながら走っている。久しぶりに見た彼はとても元気そうで、一緒に遊んでいたころと何ひとつ変わっていないように感じた。


「ピート、ごめん……。ずっとログインしなくてーー」

「いや、いいんだ。ーーできれば、そのままログインしないで欲しかったかも」


 パキラは現実世界の情報を持っている自分を、もろ手を挙げてスタンピートが喜んでくれると思っていた。それなのに……思いもよらない事を言われて少し気分が悪くなった。


「なんでそんなこと言うの? 私、みんなに伝えたいことがあって来たんだよ」

「ええっと……。情報ギルドでマーフさんが待ってるから行こう」


「情報ギルド? ヨハンさんじゃなくて、マーフさんが待ってるってどういうこと? あの人、ログアウトしてたよね」


 噛みつくように言うパキラにスタンピートはたじたじになった。何か言い方を間違えたのだろうかと困惑しながら歩き出す。


「うーん、道すがら話すよ」


 スタンピートはかいつまんで状況説明をした。パキラは工房塔に情報ギルドを設立されたことにかなり驚き、3Fの301号室に到着すると、キョロキョロと部屋を見渡した。


「受付NPCがいるんだ。ノーパソとかあるし、設備が凄いね」

「銀の獅子商会の力というか、マーフさんのおかげかな」


 壁に貼ってある『即ログアウト、NOログイン』というポスターが目に留まった。


「これも、ここで作ったの? 」

「そうだよ。掲示板やポスター関連はディグダムさんが担当してる」


 スタンピートに案内された部屋に入ると、4人のプレイヤーが一斉にパキラを見た。3人は口を固く結び、真剣な目をしている。マーフだけがパキラを笑顔で迎えた。


「こんばんは、パキラさん。マーフです。初めましてかな。こちらへどうぞ。あなたの話を聞かせてください」


 パキラは靴を脱いで颯爽と座椅子に座った。マーフの後ろに見知らぬ紺色の髪の男性プレイヤーが立膝で壁に寄りかかっているのが見えた。その隣にいるディグダムは笑顔を見せることなく、お茶を飲んでいる。


 ちゃぶ台の向こうにいるマーフとヨハンに見つめられたパキラは汗が出るのを感じた。ーーまるで面接みたいだ……。そんなパキラにマーフは静かに問いかける。


「パキラさん、ルードベキアさんの身体はどうなってました? 」

「えっと、ですね。ご自宅に伺ったんですけどーー」


 パキラは現実世界で自分か体験した話を少し興奮しながら細かく話した。


 スタンピートはショックのあまり倒れそうになり、慌てたヨハンとデルフィが仮眠室に連れて行った。ディグダムはうつむいたまま沈黙している。マーフは顔色1つ変えずにパキラの話を聞いていた。


「マーフさんはログアウトできるんですよね? だったら、はやく現実に戻ってください! そうしないとーー」


「パキラさん、落ち着て下さい。ーー私はアップデート後からずっと、いざというときのためにベッドサイドに手紙を置いて、リアルとゲームを行き来していますーー」


「いつかログアウト出来なくなるかもしれませんが、この世界に囚われてしまったプレイヤーを助けたいと思って活動しています」


 パキラは淡々としゃべるマーフに憤った。


「じゃあ、ログアウトできる人に、いますぐゲームに来ないよう言ってください! 」


「それについては、アップデート当日から注意喚起をしているのですが……残念ながらログインしてくるプレイヤーは、なかなか減らないのです。伝達方法も試行錯誤しているのですがーー」


「警察や運営に連絡とかは? あと、マキナさんのお父さんがお医者さんなんですけど、黒い痣のことを調べていて、私、名刺を持ってるんです。それとーー」


 パキラが思ったよりも情報を持っていないことにマーフは落胆した。思わずため息がでる。マーフは興奮しているパキラに、中条医師と連絡を取り合っていることや、自分がリアルでどんな活動をしているかを話した。


「そ、そんな……。じゃあ、ニュースで流れていることは? 知って……ますよね」


 パキラはログインする前に、自分のおかげでプレイヤーたちが助かった、というイメージを思い浮かべていた。


 ヒーローになれるかもしれないという邪な気持ちと、その後のゲームの世界はどうなったんだろうという好奇心でログインしてしまったことを思い知らされ、恥ずかしくてうつむいた。さらに悔しさや様々な感情が入り混じった。


 ーー私、馬鹿だ……。役に立つどころか空回りしてる。こんなことならログインしなければよかった……。


「パキラ? 」


 フード付きのコートを羽織り、黒い髪にサビネコミミを付けた男性プレイヤーが休憩室の入口で手を振っている。パキラは見覚えがない相手に戸惑った。


「え? えっと……」

「パキラまで分からないなんてショックだな。カナデだよ」


「え? えええ!? カナデ? だって、体格と雰囲気が全然違うし、ーーなんかルードベキアさんみたい」


「あはは。パキラにも言われちゃったよ」


 カナデは愉快そうに笑っている。マーフは立ち上がって冷蔵庫に行くと、カナデのためにお茶を用意した。


「カナデさん、仕方ないよ。服装がほぼ同じだし、面影もよく似ているから」

「うーん、憧れの師匠ファッションを真似たのは失敗だったかな」


 パキラは今まで子供のような姿だったカナデが、急に大人の男性にイメチェンしたことに驚きすぎて、食い入るように見つめた。


 カナデはハニカム笑顔を見せていたが急に険しい表情になった。


「パキラ、ログアウトボタンがあるか確認してくれる? 」

「え? うん。えっと……まだあるよ」


「マーフさん、話はもう終わりましたよね? 」

「ええ、大丈夫ですよ」


 マーフはノートパソコンでパキラの話を書類にしていた。忙しなくキーボードを叩いている。

 

「パキラ、いますぐにログアウトボタンを押してリアルにーー」

「ま、待って! 少しだけカナデと話したいんだけど……ダメかな」


 パキラを早く現実世界に帰したいと考えているカナデは眉間に深い溝を作った。


「ダメだ。すぐに帰るんだ」

「ほんの少しだけでいいから! だってしばらく会えなくなっちゃうでしょ? お願い……」


「……じゃあ、街にでよう。どこから入ったの? 」

「ガロンディアだよ」



 パキラは自分よりも背が低かったのに、見上げないと目線を合わせられないほど背か高くて、落ち着いた口調で話すカナデに見とれていた。心臓の音が彼に聞こえているんじゃないかと思って、顔を赤らめている。


「あのね、カナデ。すぐにログインしなかった事を、みんなに謝りたかったんだ。リアルでルードベキアさんが消えるところを見て……すごくショックで、ここに来るのが怖かったの……」


 カナデはログアウトボタンが無くなる前に一刻も早く帰ってほしいと願っていた。そのためパキラの想いにはまったく気が付いていない。


「パキラ、それは気にしなくていいよ。だから、早くリアルに戻ってほしい」


 素っ気ない態度のカナデにムッとしたパキラは、冷たいと言い放ち、頑なに拒否した。スマホを取り出さないパキラにカナデがホトホト困っていると……。


 露出度の高いワンピースを着たカンナがしなをつくりながら歩いてきた。


「あれれぇ? こんなところで何をしているのかなぁ? 今日は3人衆じゃないのねぇ……。やぁっと、カナデ君を、発見できて嬉しいなぁ。ーーあたしね、ずぅ~っと会いたかったんだよ。うふふっ」


 カンナは自分の豊満な胸に、カナデの右腕を両手で引っ張って押し付けた。寒気が走ったカナデは汚物を見るような目をカンナに向けて、乱暴に振り払った。


「え? ちょっと、何するのよ! あたし知ってるんだから! 」

「パキラ、気にせずに早くログアウトしてーー」


「カンナさん! カナデは嫌がっているんだから、止めてください! 」

「やだぁ、こわぁい。カナデくぅん、助けてぇ」


 パキラはカナデの腕に手を回してカンナと言い争いを始めた。はたから見れば、1人の男性を2人の女性が取り合っているという少し羨ましいシチュエーションだが、カナデは顔をしかめ、いら立ちを覚えている。


「パキラ……、相手にしなくていいからーー」


「えぇ? カナデ君、そんな事言っていいのかなぁ。ヴィータとこそこそ話してたでしょ? ここでその内容を言ってもいいのかなぁ」


「はぁ? 嘘つきで有名なカンナ言葉なんか誰が信じるものですか! いい加減にどっかに行ってください。私たちの邪魔をしないで! 」


「カンナは放っておいていいから、パキラは早くーー」

「まだカナデとちゃんと話してない! 」


 パキラは引き下がらなかった。カンナがいない場所でもっと話がしたい、以前のような笑顔を見るまでは一緒にいたい、という強い想いがログアウトを拒み続けている。

 

 閉口したカナデは街に出たことを後悔した。ーーこんなことになるなら情報ギルドにいればよかった。いや、そもそもパキラに会おうなんて思わなきゃよかったのかな……。カナデはどうしたものかと深いため息を吐いた。


 突如、怒りの沸点が100を超えたカンナが腕を振り上げた。カナデを殴ろとしたが、簡単に避けられーーつんのめって無様に転がった。露出度の高い彼女のワンピースは土まみれになり、カンナの怒りはさらに燃え上がった。


「この、美少女のカンナさまに……。何よ、その態度! このワンピースどうしてくれんのよ! 」


 カンナは懲りずに掴みかかろうとしている。カナデはそんな彼女をポンと軽く突き飛ばし、倒れそうになっているパキラを支えた。


「カ、カナデ……どうしよう」

「パキラ? 」


 カナデにもたれながらパキラはスマホの画面を見ていた。さっきまであったはずのログアウトボタンが何度見てもどこにもない。パキラは手が震えて意識が遠のいていくのを感じた。


「わ、私、帰れな……」

「パキラ! しっかりして、パキラ! どこかにーー」


 カナデは地面に転がってさらに顔まで土まみれになったカンナを一瞥した。髪をかき乱しカナデを睨んでいる。


 ーーあの人情報ギルドに行ったら大暴れしそうだ……。マーフさんたちに迷惑をかけたくない。カナデは気絶したパキラを背負って、市場の裏にある大きな宿屋へ走った。



システム:自分だったら、こんな時に何ができるんだろうと考えてしまいます。……リアルでもボイチャでも、取り合い場面って怖いですよね。

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