ミミックの王の苦しみ
2シーターの小型車が、両側に森を挟んだ街道を軽快に走っていた。街道脇でまりものような姿の小型モンスターが興味深そうにコロコロと転がっている。樹木の影からは、大きな長い耳をもつ獣型モンスターたちが走行音がする方に顔を向けて目を光らせていた。
カナデはスタンピートと共にミミックの王ハルデンのマークが入口にあったというダンジョンを目指していた。そこは神域のような幻想的な雰囲気が漂うところらしい。クイニーの所在を聞くために情報ギルドを訪れたカナデに、調査を頼んだマーフがそう言っていた。
「カナデ、さん。そのーー」
「ピート、さん付けはいらないよ」
「……あぁ、うん。なんかさ、急に雰囲気が変わっちゃったからーー」
「そうかな? 僕はそんなことはないと思うんだけどね」
「見た目って大事なんだなぁと思ったりして……。その、今まで何ていうかーー子ども扱いしちゃっててごめん」
「え? そうだったの? 気にしなくていいよ。友達じゃないか」
「なぁ、カナデ。アプデからそろそろ4日ぐらい経ったけど、運営から何にも連絡がこないっておかしくないか? 」
「うーん、そうだね。必死にバグを修正しているのかもしれないけど……」
「俺のリアルの身体、大丈夫かな……。パキラはどうしてるかな」
「ピート……。ごめん、慰めの言葉が何も思いつかない」
「い、いいんだ。急に不安になることが多くてさ……」
「パキラは、ログインしてこない方がいいと思う。帰れなくなる可能が高いからね」
「それは、俺も思った。あ、カナデ、あの二又を右に入ってくれるかな」
「了解。ーー推奨レベル35のダンジョンだったっけ? 」
「俺ら2人で大丈夫かな……」
「それは大丈夫だよ。僕のレベルはいま40超えているんだ」
「ええっ? いつの間に……」
「それと、ルードベキアさんから……メデューサの魔盾と種子島をもらったからーー」
「ちょっ! それ凄くね? くぁああ、羨ましすぎる! 品質は? 」
「そりゃあ、もちろん」
「最高品質の5か! うはぁ、さすが……。すげぇな、やっぱあの人」
「僕の憧れの師匠だからね。ーーピート、鳥居が見えるけど、あれがダンジョンの入り口かな」
カナデは深緑色のクルマを止めた。助手席から降りたスタンピートは情報を確かめるために、赤い鳥居の左台石へ向かった。しゃがまないと分からない場所にミミックの王ハルデンがこのダンジョンにいることを示す、宝箱を模したマークがあった。
「カナデ、情報通りだ。このダンジョンにハルデンがいる」
「ピート、スクロールとトラップの準備は大丈夫? 」
「大丈夫、ヨハンさんからいくつか貰って収納ベルトに刺した」
「僕が先に進むけど、危険を感じたら助けようとせずに、すぐに紅石で逃げるようにしてね」
「お、おう……」
鳥居をくぐると澄んだ水を湛える泉がいくつも広がっていた。朱塗りの橋が所々にかかっている。松の木が生えた絶壁がエリア囲い、糸のような滝があちこちから流れていた。カナデとスタンピートは周囲を警戒しながらゆっくりと歩いてる。
「カ……カナデ、あれーー」
スタンピートが指を差した先には体長2mほどの赤いガマガエルたちがいた。彼らはこちらをじっと見ている。カナデはメディーサの魔盾を左手で構えて、右手にアサルト式種子島を持った。
「ピートはそこにいて。スクロは投げなくていいよ」
「え? カナデーー」
カナデはタンと朱塗りの橋を蹴って、赤いガマガエルたちに向かって走った。獲物がきたと喜んだ赤いガマガエルたちは我先にと、ジャンプしながら突進していく。カナデは彼らが自分に向かって飛びかかって来る瞬間を狙って、メデューサの魔盾を発動した。
「うひょう! すげぇ……。あんなに簡単に倒せちゃうわけ? 」
感嘆の声をだしたスタンピートは思わず拍手をした。カナデは照れ臭そうに服や頭に落ちてきた石の欠片を手で掃っている。
「さて、ミミックの王はどこに隠れているのかな……」
丁度その頃、ミミックの王ハルデンになってしまったリディは、ダンジョンに作った隠し部屋の窓からカナデの戦いを覗き見していた。
「あれはルーか? いや、似ているけど違うな。もう1人は見たことがある、確か……。カナデ君の友人だったな」
ガチャっという鍵が開く音に反応したリディは壁を叩いた。回転するように開いた壁の向こうに急いで逃げ込んですぐに入口を閉じる。彼は全力でほのかに明るい通路を走った。
「あいつら、何度も何度も、俺を殺しやがって! リポップする度に追いかけてくるなんてしつこいぞ! ーーダンジョン移動スキルは……ディレイが終わるまでまだ1時間もあるのか! くそっ、最悪だ……」
ミミックの王ハルデンの隠し部屋を見つけたプレイヤーたちは、喜びもつかの間……目的の人物がいないことにがっかりして、一様に残念そうな顔をしている。
「またか! 逃げ足が速いな」
「討伐報酬目当てで狩られまくったせいじゃね? 」
「学習型NPCってさ、結構やっかいだよね」
「ですよねぇ。まさか、こんなに逃げ回るなんて思わなかったよ」
「でもさ、隠し部屋の入口には絶対にマークがあるから、分かりやすくていいよね」
「さっさと倒して、リアルマネーが貰える抽選券をゲットしようぜ! 」
「討伐パーティメンバー全員にドロップするから嬉しいよね」
「だよねぇ。おっと~、この壁にマークを発見! シーフスキル開錠で開けちゃうよん」
ゴゴゴゴゴゴゴ。大きな音を立てながら岩壁が左にスライドした。先を争うように、2人のプレイヤーがぽっかりとあいた暗い穴に飛び込んだ。だが彼らはすぐに後悔したーー。
「げえええ! 嘘だろぉおお! 」
「うわあああああ! 」
真っ逆さまになって落下していく彼らの叫び声を、暗い穴の入口前に残っていたプレイヤーの2人が聞いていた。ホトホト困ったという顔をしながら、腕組みをした。
「ーーあいつら、よく調べもせずに進みやがって……何やってんだよ! 」
「油断しすぎだよな。戻って別の入口を探そう」
一方、カナデとスタンピートは、手水舎がある参道エリアにたどり着いていた。浮遊しながら襲ってくるクダギツネたちや、大きな舌を出した赤い提灯を速やかに殲滅した2人は、モンスターがリポップする前に宝箱のマークを見つけ出そうと、ウロウロしている。
だが、エリアが広すぎて探し出すことは困難を極めていた。スタンピートは、シーフの探索スキルをでマークを探そうとしたが……自分にがっかりしてシュンとしていた。
「カナデごめん……。このダンジョンの探索レベルだと、スキルレベルが7以上じゃないと発動しないみたいだ。めっちゃ盲点だった……。帰ったら絶対に、スキルクエ受けて、レベル上げてくる! 」
「ピート、気にしなくていいよ。宝探しみたいでちょっと楽しいから大丈夫。ーービビ、どこかに反応はない? 」
ポケットから少しだけ顔を出したビビが前足で差した。カナデはその方向を重点的に探し始める。スタンピートもカナデにならって同じ位置を地面に這いつくばり目を皿のようにした。
「あった! カナデ、ここ」
無数に敷き詰められている白い玉石の1つにミミックの王ハルデンのマークがあった。黄色い線で宝箱が描かれている。
「これは、ーー分かりにくい。ピート、凄いよ。よく見つけたね」
「へへへ。じゃあ、スキル開錠を使ってみまっす! 」
白い玉石がパンッと割れて、朱塗りの上り階段が現れた。スタンピートが不思議そうに見上げている。
「下じゃなくて上なんだ? 」
「ピート、階段が消える! 急いで! 」
地面に接した段がうっすらと消えかかった階段に2人は飛び乗った。後ろを振り返らず急いで駆け上る。しばらく進んだ先の天井に引き戸があった。カナデはそこを開けて頭をそっと入れた。
「あれ何にもない? これって。ーーうわっ」
「カナデ? ーーおわああ! 」
カナデたちが上の階だと思った場所は下の階だった。頭を突っ込んで覗いたことで重力が変わり、天井から2人はドサッと落ちた。ーーイタタと言いながら起き上がる彼らに驚いたリディは壁に向かって走っている。
「待って、リディ団長! スタンピートです! 」
「ーースタンピート君? それと……」
「リディさん、カナデです」
「えっ! ずいぶんとーーイメチェンしたね。何というか……ルーっぽいような」
「あはは。よく言われます。早速ですが、ちょっとビビを抱えて下さい。それと写真、撮ります」
カナデはテキパキと動いて、キョトンとするリディをインスタントカメラで何枚か撮影した。
「カナデ君、そのカメラーー」
「詳しいことは後で話します。リディさんがミミックの王ハルデンなんですね? もしかして、ダンジョンから出られないんですか? 」
深いため息を吐いたリディはカナデにビビを返した。肩に乗せられたビビは喉を鳴らしながらカナデの頬に頭を擦り付けている。
「そうらしい……。困った事にダンジョンからは出られない。ミミックの王としてのスキルが使えるからプレイヤーからは何とか逃げられるんだけど……」
スタンピートがふいに思い付いた質問を言葉に出した。
「リディ団長、その姿でクエ配布してるんですか? それとも合言葉をーー」
リディは慌てた様子でスタンピートの口を押えた。
「それはダメだ、絶対に『合言葉』を言わないでくれ! それのせいで狩られまくったんだ。しかも現在進行形だ! ……本当に最悪だ」
スタンピートはリディに口を押えられたまま頷いている。カナデは今すぐにでもリディを自分の隠し部屋に連れて帰りたかったが、スタンピートの前でテレポートを使うことを躊躇していた。
「リディさん、あのーー」
正面の壁からガチャっという音が聞こえた。リディはすぐさま床を触って別の部屋に逃げようとしたが……一足遅かった。
隠し部屋を見つけたプレイヤーたちは入口が開くや否や、ミミックの王ハルデンの合言葉を大声で叫んでいたのだ。
ポンッと、黄金の宝箱に変化したリディは挨拶コマンドしか光っていない画面を見ながら、必死に対抗策を考えていた。画面にカウントが表示され、自動で選ばれた挨拶文をミミックの王ハルデンがしゃべり始める。
「やぁ、冒険者さん。こんなところまでよく来たね。早速、オイラのーー」
シーフ職のプレイヤーが挨拶を最後まで聞く事なく、黄金の宝箱を弓で射った。
「オイラを攻撃するなんて、許さないぞ! 」
激怒したハルデンはピョンピョンと跳ねながら身体を赤く染めて、フタから蒸気を出している。リディは攻撃スキルが巨大化と噛みつきーーしかないことにため息を吐いた。ゲームのリモコンのようなもので操作し、取り合えず巨大化スキルを使った。
小ぶりだった黄金の宝箱は巨大なミミックに変身した。フタから生えた鋭い牙で攻撃者を噛み砕こうと大きくジャンプする。だが、そのハルデンに無数の矢が降り注ぎ、ダメージを受けた宝箱は床に落下し、ゴロンと転がった。
その瞬間を待っていたもう1人のプレイヤーがレイピアで何度も宝箱を貫いていると、追い打ちをかけるように箱の表面に刺さっていた無数の矢尻が次々と爆発した。その衝撃で、ミミックの王ハルデンは弾け飛び……スゥっと消えた。
討伐に成功した彼らは喜び勇んで、床に落ちているプレゼントボックスを拾った。
「ナイスぅ」
「やっぱ、ハルデンは楽だな」
彼らはプレゼントボックスを見せびらかすように手に持ち、カナデたちに悪びれず勝ち誇った顔を見せた。
「ごめんなさいね。早い者勝ちだからーー」
「そゆことで、恨みっこなしでよろしく」
どこかでまたリポッフしたんじゃ無いかと談笑しながら立ち去る彼らにカナデは呆気に取られた。ビビはカナデの肩でプルプル震えている。スタンピートは鼻を啜りながら泣き始めた。
「こんな事ってあるのかよ。酷い、酷すぎるよ……」
「ーービビ、ハルデンは、まだこのダンジョンにいるのかな」
「……いないにゃ」
やっと震えが止まったビビの言葉にカナデは少し安堵した。
「どのダンジョンにいるか分かる? 」
「とってもとっても時間がかかるにゃ」
「そっか……。でも、探してほしい」
「分かったにゃ」
ビビはカナデの肩から飛び降りて、くるんと前転するとコートの左ポケットに潜り込んだ。カナデは泣いているスタンピートに唐草模様の手ぬぐいを渡した。スタンピートは涙でぐちゃぐちゃになった顔で手ぬぐいをじっと見つめている。
「カナデ……」
「それ、あげるよ」
「渋い趣味してるんだな、知らなかったよ」
「え? そうかな。ーーさて、このダンジョンにハルデンはもういないみたいだよ」
「……じゃあ、急いで情報ギルドに帰ってマーフさんと、ヨハンに伝えてないとーー」
「ハルデンがダンジョンから出られないなら保護するのは難しいし、どこに行ったか分からないからーー。とりあえず、このダンジョンのボスを倒してから帰ろう」
「はい? カ、カナデ? 」
「ピートのレベル上げに、このダンジョンは丁度良いと思うんだ。さっき、レベル上がったよね? 」
「そうだけど。え、マジで? 」
「ついでに、全部のエリアも掃除して、ドロップアイテムをゲットしよう」
「カナデ……さん? 」
「あと2つぐらいレベル上げたいよね。ピート、さぁ行こうか」
「ええええ!? 」
カナデはピートの腕を引っ張って壁にポッカリと開いている穴に入った。
「それで、その後ずっとダンジョンで戦っていたんですか?」
デルフィが情報ギルドに帰ってきたスタンピートに笑いながら聞いた。スタンピートは休憩室のちゃぶ台に頭を横向きに乗せて、口から魂が抜けたような表情になっている。
「全部……倒してーーボスをカナデが瞬殺して、宝箱開けて……外に出たんっすけど。また、ダンジョンに入ってーー」
「なるほど、ループしたんですね」
「しかも……最初を入れると6回も! 」
「良かったじゃないですか。レベルはいくつになったんですか? 」
「おかげさまで、35になりました……」
「おめでとうございます。ピートさん、ここで寝たらダメですよ」
「はい……。ありがとうございます。仮眠室に行ってきます……」
スタンピートがトボトボと仮眠室へ向かっている一方で、カナデは受付から見える窓際側のソファでヨハンと話し込んでいた。
「そうですか。団長でしたか……」
「マーフさんは強制ログアウトされたんですよね? 」
「はい。用事を済ませたらまたログインすると言ってました。ーーカナデさん、お疲れですよね。仮眠室を使って下さい」
「いえ、僕はマイルームに戻ります。ではまたーー」
ヨハンは銀の獅子商会団長のリディが見つかって嬉しい気持ちはあったが、ミミックの王ハルデンになってしまった彼をどうやって助ければいいか分からず、胸がしめつけられた。ソファに座ったまま前のめりになりーー両手で顔を煽った。
「ダンジョンから出られないなんて……。匿えないじゃないか」
システム:クエスト「ミミックの王ハルデンを救え! 」を受諾しました。