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神ノ箱庭  作者: SouForest
NPCになった彼らが羨ましいカ?
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ゆがんだ愛情

 笛吹ヴィータ調査隊は銀の獅子商会本部に戻るとすぐにマーフに報告をした。写真とドローンを見たマーフは驚きの表情を見せたが、冷静さを失わずに彼らに労いの言葉をかけた。


 その15分後、ミミックの王ハルデン調査に行っていたヨハン隊がゼノンクロス神殿から帰ってきた。ヨハンはダンジョンをくまなく歩きまわったが、手掛かりすらを見つけられなかったと、残念そうに語った。


 マーフは調査隊メンバーに深々とお辞儀をした。


「ログアウト出来なくなるかもしれないという不安がある中で、依頼を受けてくださり、本当にありがとうございました」


「ーーみなさん、いますぐにログアウトして下さい。そして運営から何らかの対策がなされるまで、もう神ノ箱庭にはログインしないで下さい」


 調査隊に参加したメンバーが次々にスマホを取り出し別れを告げた。ボーノも帰ろうとしてログアウトボタンを押そうとしたがーー指が止まった。


「あの、マーフさんはログアウトできるのに残るんですか? 」


 その言葉を聞いたミンミンとアイノテがハッとして顔を上げた。ディスティニーはスマホから目をそらし、マーフを心配そうに見つめた。彼らがすぐにログアウトすると思っていたマーフは気まずそうな顔をしている。


「えっと……はい。私は引き続き、持てる力の全てを使ってプレーヤーに注意喚起をします」

「ええ?! 大丈夫なんですか? その、ヨハンさんに任せるとか……」


「私は……リディ団長を探したいのです。ーーそれに、目覚めなくなった時を考えて、家族に向けた手紙を、ベッドの側に置いています」


「そんな……そこまでして……」


 にっこりと微笑んだマーフにボーノたちは驚いた。大丈夫なのかと、心配そうな目を向けている。


「みなさん、いつ帰れなくなるか分かりません……。急かすようで申し訳ありませんが、早くログアウトしてください。ありがとうございました」


 マーフは先ほどよりも深く、お辞儀をした。ミンミンはカナデをハグした後にログアウトし、他のメンバーも次々と現実の世界へ帰っていった。しかし、デルフィだけが残った。スタンピートが心配そうに声をかける。


「デルフィさんどうしたんですか? 」

「……うん、実はね。俺、調査隊の依頼を受ける前から、ログアウト出来なくなってたんだ」


 デルフィの言葉を聞いたマーフは目の前が一瞬暗くなった。よろける彼を慌ててヨハンが支える。


 デルフィは杖を握りしめながら真剣な目を彼らに向けた。


「マーフさん、ヨハンさん、俺はレベル50のウィザードなのでフィールドでも、ダンジョンでもどこへでも調査にいけます。手伝わせてもらえませんか? 」


 ヨハンの腕から離れたマーフが、ゆっくりとデルフィの前に歩いていく。


「デルフィさん、執務室でいろいろと相談させてもらえますか? ーーヨハンとスタンピートさんは工房塔にいるディグダムさんを手伝って下さい」



 マイルームへ戻った奏はリビングのソファで動かないビビをずっと抱いていた。涙が出そうになったが、ビビが泣いても解決しないにゃと言いそうで、グッとこらえた。情報整理をするために落ち着こうと深呼吸をする。


 まず、暴食の女神クイニーが耳打ちした言葉を思い出した。途端に、胸が締め付けられ動悸が激しくなる。ーー奏は胸元を掴んで前のめりになった。


「クイニーは……カナリアさんだった。そしてヴィータはマキナさん。ーーユニークNPCはプレイヤーを介して作った……ということ? いや、媒体にしている? 」


「お父さんは、『ユニークNPCは4体追加される』って言っていた。ミミックの王ハルデンはダンジョンで目撃されている。媒体者は……リディさん? じゃあルードベキアさんは4体目? でもあの爆発は……まさかデリートされてしまったんじゃーー」


「さすが、奏だ! 父さんが何も教えていないのに、そこまで分かったなんて、凄いぞ! 」


 奏が顔をあげると父親の健一が立っていた。大きく手を広げた後に奏に向けて、力強く拍手をした。


「お父さん、みんなをNPCにしたのはーーお父さんだよね? 」


 健一は優しく微笑んだ。


「なんで、そんなひどい事をするの? みんなを元に戻して! 」


「父さんは、奏のために、この神ノ箱庭で楽しく暮らす仲間を作ったんだよ。奏は、お気に入りたちと、ず~っと一緒にいられるんだ。嬉しいだろう? 」


「頼もしい兄、優しい姉、趣味を語り合える親友、面白くて楽しい仲間。ーーそしてちょっとしたスリルを与えてくれる存在! 人間のように心を持ったユニークNPC……素晴らしいと思わないか? 」


「すべて、すべて! 奏ために作り上げた! 特に、クイニーは凄いだろう? 最高傑作だ! 奏のお気に入りのおかげで、より精巧で、人間らしく、予測不可能な行動をするようになった」


 健一は自分に酔ったように身振り手振りで感動を伝えようとしている。奏はビビをソファの上にあるクッションに置いて立ち上がった。


「そんなもの、僕は求めていないよ」


「何を言ってるんだ? 父さんが、ワクワクするような体験ができる要素を、奏のために作ったというのに……なぜ、そんな顔する。もっと嬉しそうな顔をしてくれ」


 奏は父親に抱きしめられたが、すぐに突き飛ばして離れた。


「どうしたんだ奏? いつものように『父さん、凄いね』と言ってくれないのか? ーーゲームのNPCとリアルの人間が融合できたんだ! こんなことが出来るのは、父さんだけなんだぞ! 」


 健一は満面の笑みで両手を天井に掲げている。


「人類がデジタルの世界で、永遠に生きることができる! 大発明だ! 」

「誰もそんなこと望んでいない! 父さん、どうしちゃったの? なんでーー」


「それに、彼らはプログラムによってコントロールできるんだ。我々のいう事に逆らうことはできない。あぁ、なんて素晴らしいんだ! 」


「どうして、そんな酷いことをするんだよ……」


「ーーなぜ悲しそうな顔をするんだ。大丈夫だ、すべて父さんに任せなさい。奏はここでーーこの世界の王になるんだ! 肩書を見てごらん、ほらっ」


 嬉しそうに笑う健一に奏は唖然とした。ビルダーと記載されていた文字がキングに変わっている。顔をしかめて突き放すように言葉を吐いた。


「ーーキング? こんなものになりたくない! カナリアさんを、マキナさんを、みんなを元に戻して! 」


「心配するな、奏に忠実なNPCも作るからな」

「そんなものはいらない! 」


「覚えているかい? 大好きだった絵本を……。母さんによく読んでもらっていただろう」


 健一は目を細め、妻が小さかった奏に読み聞かせをしている思い出に浸った。奏は話がかみ合わない父の腕を掴んで揺すった。


「プレイヤーがログアウトできなくなったのは、父さんの仕業なの? 」


「ーーあぁ、あれは副産物だ。思いもよらない現象だったが……気にすることはない。奏が支配するこの世界に、住人が増えるのは良い事だ。それに、現実よりも幸せになれるのだから問題ない」


「何を言ってるんだよ! みんなの気持ちを考えずに……。早くみんなをログアウトできるようにして! ーーそれと、ビビをこんな風にしたのは父さんなの? 」


「それは……」


 奏はじっと父の目を見つめている。健一は伐が悪そうな顔をして奏から目を背けた。


「父さん! 」


「何ていうか……。偶然というか。ーービビが思いもよらない行動をしたから……。ちょっとの間、黙っててもらおうかとーー」


 歯切れの悪い物言いをする父を奏はにらみつけた。


「ログアウトの件も、ビビのことも直せるんだよね? 」


「も、もちろんだ。今すぐはーーちょっと難しいかな……。おっと、すまないが、まだ仕事がバタバタしていてね。しばらくは来られないから元気にしてるんだぞ! 」


「父さん、待って! 」


 健一はポータルを開くと、逃げるように飛び込んだ。奏は今まで感じた事の無いほどの怒りが全身を駆け巡り、わなわなと震えている。


 父の歪んだ愛情がこの世界を壊し、プレイヤーに危害を加えている。奏は目につくものすべてを壊したくなり、ローテーブルにある鉢植えを掴んだ。ーー頭の高さまで持ち上げた時に、ビビの姿が目に映った。


「ビビ……ごめんね。こんなことするよりも、他にやらなきゃいけない事があるよね。ーー父さんが、しばらくここに来ないなら……」


 手に持っていた観葉植物の鉢植えを、ローテーブルの上に戻した。奏はビビを優しく抱きかかえ、工房部屋へ向かった。入口側にあるソファにビビを寝かせると、右手中指にはめていた指輪を外した。


 しばらくの間、奏は赤い石がついたその指輪を見つめていた。ゆっくりとビビを想いながら右手で握りしめる。そしてその拳を炉の中に入れた。ーーゲームであるこの世界では、炉に手を入れても本来なら何も変化は起きない。


 しかし、奏の右手は握ってる指輪ごと燃えていた。


 椅子に寝かされていたビビの身体はモザイク状になり……フェードアウトするように消えていく……。奏は身じろぎもせずに、手のひらを上にして開いた。溶けた塊を見つめながら、自分だけの指輪を思い描く。


「大丈夫、僕はできる。自分を信じる」


 指輪だった塊はぐにゃりと輪を作り、ドラゴンの顔した蛇が尾を咥えているような形になった。炉から手を出すと、黒く焼けただれた皮膚と肉がシュゥゥと音を立てながら綺麗に修復されていった。


 奏は手のひらに乗っているブラックダイヤモンドの輝きを持つ指輪を、ゆっくりと左手中指にはめる。


「君の名前は、ビビ。さぁ、目を覚まして」


 サビ色の子猫がポンッと音と立てて現れた。くあっ、と大きなあくびをすると空中をトコトコ歩いて奏の肩に乗った。


「おはようビビ」

「おはようにゃん。あふぅ」


 奏はビビの小さな頭に頬を寄せて、愛おしそうに撫でる。


「起き掛けで悪いけど、ちょっと手伝ってくれるかな」

「何をすればいいにゃん? 」


「まずビルドを統合する。鍛冶師カナデと、キングになってしまった奏を1つにして、新しいカナデを作る。それぞれのスキルは、使えるように調整するつもり。もうイメージはできてる」


「いますぐにゃ?」

「そうだよ、時間がかかるかもしれないけど、いまのビビが手伝ってくれれば大丈夫」


 奏は粘土をこねて作品を作るように自分をイメージした。ビビは主人あるじのイメージを計算して処理している。奏の身体は湯気がでるほどの熱を放出し、毛穴と言う毛穴から汗が吹き出ていた。


 どのくらい時間がたっただろうか。優しい声で誰かが子守歌を歌っている。目を開けると何もない真っ暗な世界だった。奏は恐怖を感じるどころか、なぜか懐かしい気持ちになった。


 ーーここがどこか知っている気がする。ここは……。


「あるじさま、起きるにゃ」

「……ビビ。おはよう」


「あるじさま、この、にゃが付く語尾をどうにかしてほしいにゃ! 」

「えええ? もしかして今までの記憶がない、のかな? 」


「何をいってるのか分からないにゃ。さぁ、次は何するにゃ? 」


 子猫のビビは空中でごんごろんと転がった。


 ーーそっか、以前の記憶は無くなっちゃったのか……。寂しそうな顔をしたカナデのおでこに、ビビが肉球を押し付ける。


「そうだな、ちょっとこっちにきて」


 カナデは書斎に入ると正面にある本棚を右にスライドして、隠しドアを出現させた。だがカナデはすぐに本棚を元に戻した。


「にゃんで元にもどすにゃ? 」

「これはフェイク用。ドアの向こうは……プラモデルでいっぱいの部屋にしておこう。別の所に入口をつくるよ」


 半野外のリビングに戻った奏は急に走り出し、プールに飛び込んだ。ビビは口を押えて息を止めている。カナデはリビング側のプールの壁に排水溝に見立てたドアを作った。格子状の蓋に触れると、ビビと一緒に吸い込まれた。


「びっくりしたにゃ! 」

「あはは。父さんはプールに飛び込まないと思ったんだけど、どうかな? 」


「大丈夫な気がするにゃ」

「ドアはロックするけどね」


「マイルーム全体をいきなりロックすると、父さんが何をするかわからないからね。監視できない隠し部屋が必要だと思ったんだよ」


「取り合えず、くつろげる空間が欲しいから、マイルームとほぼ同じにしようかな。警備室も作ろう。いや、観察部屋かな? どっちでもいいか」


 カナデが手から何かを息で飛ばすような仕草をすると、バリ風ヴィラのリビングが現れ5つのベッドルームと書斎、キッチンなど各設備が整ったマイルームが現れた。ビビは楽しそうに新しくできた部屋の中を見渡している。


「なんで寝室がこんなにいっぱいあるにゃ? 」

「ハルデンやヴィータをここで保護しようと思ってるんだ」


 カナデはキッチン近くの壁にある引き戸を開けて細長い廊下を歩いた。突き当りの左にある警備室に入ると、正面の大型モニターと、左右にある12面のモニターが神ノ箱庭のあちこちを映し出していた。


「まず、笛吹きヴィータを探そう。マキナさんを保護しないと……」


 本当はルードベキアの生死を確かめるために4体目のユニークNPCを探したかった。だが、詳細や見た目はアップデート情報アプリには載っていない。もしも、オーディン王の人形物語の筋書き通りに登場するならば、オーディン王か、ミミックの王ハルデンを探さないと見つけられないだろう。


 ビビは空中に浮かびながら、考え込んでいるカナデの頬を肉球でプニプニと叩いた。


「あるじさま、ちょっといいかにゃ。そのつんつるてんの服装をどうにかした方がいいにゃ」

「え? つんつるてん? あっ……。ほんとだ。あ、えっと、ちょっと待ってて! 」


 カナデは慌てて警備室の隣にクローゼットルームを作った。壁に設置された全身鏡で、自分を眺めて苦笑いをする。サイズが小さくなった衣類はところどころやぶれて、無理やり着用しているような状態だった。


「うわ、これはひどいな。12歳のままじゃ嫌だなと思って、大人に変えたのを忘れてた……。まさか、服のサイズはそのままで変わらないなんて思わなかったよ」


 ファッションにこだわりが無いカナデはどうしようかと悩んだ。しばらくして、おもむろに着替え始める。黒のハイネックロングTシャツに斜めがけのボディバッグを直接身に着けて、革パンツと革靴を履いた。そしてフード付きの茶のコートを羽織る。


 警備室に戻ると、カナデの姿を見たビビが目を見開いて泣き出した。


「ビビっ! どうしたの? 」

「わからにゃい、なぜか涙が出てきたにゃ……。無念な気持ちが吹き出てきたにゃ……」


 カナデは空中に浮かびながらポロポロと泣く子猫のビビをそっと手で包んだ。


システム:パパの息子依存症が明らかになりました。


悲しいけれど、しつけや愛情だと言って子どもをコントロールしようとする親や「~してやったのに」と言う人はそれなりにいるんじゃないですかね……。

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