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神ノ箱庭  作者: SouForest
女神の娘
166/166

ハートの小さな銀の箱(下)

システム:誤字脱字、加筆修正。20241011-13:47

システム:あとがきにおまけ「レイクドブルー」を追加。20241011

 最初は枝葉が生い茂る深い深い森をはるか上空から眺めているだけだった。ぼんやりとしながら徐々に紅に染まる夕暮れを瞳に写し、羽ばたいた鳥を目で追う日々。季節が幾度も移り変わった。


 そんなある日、雲の切れ間から垂れた絹糸のような陽光になぜか感情が揺さぶられた。誘われるがまま、糸を掴んで地上に降りると、澄んだ泉で咲き誇る睡蓮のほのかな香りが臭覚を思い出させた。美しい世界の様々な刺激が空虚だった心を埋めていく……。


 しかし喜びを感じて微笑みを浮かべた途端に、睡蓮は朽ち果て、泉は腐り、景色は動物の屍が横たわる荒れ地に変わり果ててしまった……。


 がっくりと項垂れて膝を付くと、耳元でぼそぼそという喋り声が聞こえてきた。それは徐々に大きくなり、聞きたくない物語を語り始める。零した涙を吸い込んだ砂の向こうからーー。



 生き物がいなくなった円盤状で平らな大地をルルリカは球体に変化させると、ルクレシアと名付けました。そして彼女は金輪星を空高く打ち上げ、まんべんなく世界を照らすためにルクレシアを回転させます。


 これで1日の半分が明るくなりました。光の精霊をランタン代わりにする必要はありません。光の精霊たちは暗闇の時間が気掛かりでしたが……ルルリカの吐息から生まれた銀月星が守護してくれると聞いて、ホッと胸を撫で下ろしました。


 ルルリカは火、水、風、土の精霊王を誕生させ、大地(ルクレシア)に恵みを与え続け、世界の平和と安寧を祈りました。


 85年後、緑豊かになった大地(ルクレシア)に新たな命が芽吹きます。それは大海と名付けた水溜まりで、ふよふよと泳いでいました。そこから一気に進化が加速します。165年後に巨大な魚が大海を、4足歩行生き物や昆虫が地面に溢れる中、特殊な能力を持つ怪物がちらほら現れました。


 そして279年後、地表を見つめたルルリカは複雑そうな表情をします。2足歩行の生き物ーーヒューマン族、獣人族、魔族が登場したのです。


 ルルリカは違う種族同士が再び諍いを起こすのではないかと不安にかられます。彼女は世界を創造した神王として、地表四分の1ほどを占める広大な森に怪物たちを、残りにヒューマン族と獣人族を与え、かつての世界で最後まで精霊たちを脅かした魔族を……地中に追いやりました。


 それから471年経ったある日、ルルリカの神王の証である紋様からーー。


 

 ザッ、ザザザ……。流れるような声が突如、砂嵐の音にかき消された。その先は聞き手にとって、とても重要だというのに……。


「……思い出したくないの」

「ずっと、そこに閉じこもっているつもり? 」


「だってここは、怖いのも、痛いのも無いわ。あたたかくて、ふわふわしてて……」

「何も考えなくていいから? 」


「うん……」

「本当にそれでいいの? 」


「だって私のせいで……」



 青い宝石花の花弁が澄み切った青空を舞うように飛び散りました。花吹雪の向こうでは白いふわふわの毛皮が赤く染まっています。つんざくような悲鳴が空気を揺らし……サファイヤブルーの瞳から大粒の涙が頬を伝いました。


 人形は白いウサギに駆け寄ろうとしましたが、きしむ足が思うように動きません。転んでは立ち上がるを繰り返しています。草まみれになった彼女は拾った小石を泣きながら悪意を露わにする敵に投げつけました。


 しかし人形の眼前で、白くて長い両耳が引き千切られてしまいます。真赤な血しぶきが青い宝石花を濡らしました。それでも白いウサギは膝を折ることなく、人形に黒豆のような艶やかな瞳を向けてにっこりと笑いました。


「こんなの何てことない。私は君を守る騎士ナイトだから」


 その言葉を嘲笑うかのように醜く歪んだ魔蟲が押し寄せてきます。白いウサギは人形を狙う大鎌を渾身の力で薙ぎ払おうと石剣を構えました。しかし石剣はパリンと音を立てて砕け散り……彼の身体は無残にもーー。


「やめて! その続きは言わないで!! 」


 真っ暗な舞台の中央で人形はしゃくり泣き、両手で両耳を塞いで小さく……うずくまった。



「ねぇブランってば! 僕の話を聞いてる? 」

「あぁ、すみません。ちょっとぼんやりしていました」


 ブランはハートの小さな銀の箱に肉球を押し付けたまま振り返った。カナデは背中を丸めながら両腕をティーテーブルに乗せてブランをじっと見つめている。成人男性に近い姿にも関わらず、ぷくっと頬を膨らませていた。


 ここ最近のカナデは以前にまして感情が豊かになったように見える。リアル実年齢ではカナデの方がブランよりもずっと上だというのに、まるで幼子のようだとブランはクスッと笑いを漏らした。


 アーチボルトたちがカナデを弟のように可愛がっていたからなのかもしれない。もしくは、いつの時代でも大人になる前に命を散らしていたせいで……。しんみりとした気持ちでペタペタとカナデのおでこに肉球を押し付けたブランはふと、我に返った。


 ーーいつの時代でもだって!? ……なぜそんな事を私が知っているんだ?


 小さな銀の箱に触れた時からだろうか、沸々とブランの過去が蘇ったのは。それは現実世界で暮らしてた加藤淳一のものではない。生まれる以前のずっとずっと遠い昔の記憶……。ブランはスッキリとした表情を浮かべ、細くて白い髭を揺らした。


「あぁ、そうか、そうだった。私は……」

「ブラン、独りごとを言ってる場合じゃないってばっ。マキナさんに連絡取れるのはブランだけなんでしょ? 」


「なぜそう思うのです? 彼は私の天敵ですよ」

「ええっ? 」


 カナデは訝し気な表情を浮かべた。オーディン王の人形物語に登場するブランとヴィータはあまり仲が良くないようだが、マキナとデルフィはそうでなかったはずだからだ。それにヴィータ討伐戦での最終的なクリア方法については、ブランとマキナが練り上げたとルードベキアから聞いていた。


「ヴィータ戦の打ち合わせで何度も顔を合わせてたんじゃないの? 」

「まぁ……そう、ですが……」


「それならマキナさんの召喚はお手のものだよね? 」

「緊急支援の笛なんて持ってませんよ」


「そうじゃなくてぇ……」


 ブランがお茶を濁そうとしているのはすぐに察したが『喋れないデバフ』がかかっているようには見えない。カナデはブランを背後から掴み取り、手の平でこちょこちょと子ウサギの白い小さな腹をくすぐった。不意を突かれたブランはーー。


「うひゃ、うひゃひゃひゃひゃ。ちょっ、や、やめ……。あぁ、もう! 無理なものは無理なんです。彼はもうこの世界にはいませんからっ。……あっと、いまの話は聞かなかったことにして下さい」


 驚いたのはカナデだけではなかった。静かにふたりの会話を聞いていたグリフォンの牙のメンバーたちからも『えっ』という声が一斉に上がったのだ。


「ブラン、どういうこと? マキナさんはヴィータと分離してプレイヤーに戻ったんじゃないの? まさか……死んじゃ……」


 ブランは肉球で口を塞ぎながらバツが悪そうな顔をした。くすぐり拷問に屈したといえ、口が滑ってしまったのは自分のミスだ。ルードベキアから『しばらく黙っていてくれ』と言われていたというのに。


 こうなったらカナデたちには自分が知っていることは話した方がいいだろう。中途半端な言葉で話が独り歩きしてしまう前に。


「マキナはちゃんと生きていますよ、リアルでね。ルーからそう聞きました。ちなみにどうやってログアウトしたのかなどの詳細は知りません」


「そんな……」 


 マキナが現実世界に戻れたことは喜ぶべきなのだろうが、カナデの脳裏には絶望と言う空間が広がった。プレイヤーのルードべキアとオーディンの人形が光の中に去り行く光景が暗闇に映し出され、巨大なスライムに身体だけでなく、魂まで溶かされてしまったような……気分に陥った。


 カナデはティーテーブルに突っ伏して鼻水をすすった。


「僕は……もう頑張れない」

「ではそこで立ち止まっていなさい」


「ブランは、意地悪だ。すっごく、すこぶる、とてつもなく」

「カナデはそういうところが、なんとなくマキナに似ていますね」


 ほんの少し上げたカナデの頭をブランはよりよいスイカを見極める時のようにぽんぽんと叩いた。


「硬すぎるんですよ、頭が。イレモノなんて自分で作ればいいじゃないですか。笛吹ヴィータよりも、グランドマスターであるカナデの方がクラフトスキルに長けているじゃありませんか」


「あっ」


 カナデの眼からポロリと鱗が落ちた。なぜそんな単純なことに気が付かなかったのか自分が不思議で仕方がない。カナデはすちゃっとスケッチブックを取り出し、猫じゃらしを見つめる子猫のように瞳をキラキラと輝かせた。


「3時間、いや2時間待って。ルーさんが気に入るようなイレモノを作るから。あ、グリフォンの牙の皆んなに、お手伝いをお願いしてもいい? 」


 すぐさまカナデの周囲にアーチボルトたちが集まった。スケッチブックには腰まである長い黒髪の少女らしき姿が描かれている。オオクマネコとエンリの間から顔をぴょこっとだしたラフレアが感心したように『おぉ~』と声を上げた。


「カナデさん、絵が上手いねぇ。今度さ、俺が釣った魚の集合イラストを描いてよ。お魚ポーチを作るってのもいいよね? あとさーー」


 『ぐえっ』という声がラフレアの口から洩れた。エンリの拳がみぞうちに、もろに入っている。


「いまは魚の話する時間じゃないっしょ」


「ごめんごめん、つい。この絵を見たら、アイデアがフッと浮かんじゃったんだよ。幻の古代魚モンスター『エヴァンルルガスト』を斜め掛けのカバンのモチーフにしたら、ルードベキアさんが喜ぶんじゃないかなぁ……ってね」


「ラフラフぅ……ちょっと後ろで話をしようか」

「おお……っふ」


 スチャっと砕けた敬礼ポーズで『検討よろしく』と言ったラフレアは、エンリに首根っこを掴まれてずるずると引きずられていった。


「なんかすまん、カナデさん」


「あはは。アーチボルトさん、気にしないで下さい。ラフさんのアイデアは次回に使わせてもらいますから」


「それで、俺たちは何をすればいい? 」


「えと、インベントリに入っている素材アイテムを見せて欲しいんです。僕はこの目で見たものしか複製できないので。テーブルをそれぞれ用意しますので、そこに置いて頂けると助かります」


 そそくさと会議用テーブルを人数分並べているカナデの背後で、ベガがスケッチブックを手に取った。少し首をかしげて不思議そうに眺めている。


「ねぇ、カナデさん。魔具師のルードベキアさんって男性だったわよね? この絵、女性のようだけど……? 」


 それ、自分もツッコミたかった! という視線があちこちからカナデに飛んだ。カナデはドキッとしながらも、少しも慌てていない風を装っている。


「ピカッと光った巨大な電球の啓示に従い、僕が子どもの頃に出会ったルーさんを描きました。……仮のイレモノなので若い頃の姿がいいかなと。えへへ」


 巨大な電球の啓示とはなんぞや! 閃きの表現なのだろうが、言葉に出されるとかなり愉快である。ベガは弟を愛でるようなほっこりした気持ちで笑みを浮かべた。


「ルードベキアさんは少女のように可愛らしかったのね」


「そうなんです! ルーさんはモデルさんだったんですよっ。母が見せてくれた雑誌に載ってて、びっくりしたのをいまさっき、タイムリーに思い出したんです。ほんとにほんとにすごく可愛くて……。オーディンの人形に面影がちょっと似てるかもしれません。瞳や髪の色は違うけどーー」


 肩にポンと置かれたオオクマネコの柔らかい猫毛がカナデの頬をくすぐった。カナデは恥ずかしそうに俯き、左手の甲で顔を隠した。ベガはにこにこと微笑んでいる。周囲で聞き耳を立てていたアーチボルトたちもだ。

 

 要するにカナデの恋心はもろバレバレなのである。彼らが心中で『カナデ、ファイ! 』とつぶやいたのは言うまでもない。



 さて、賑やかにイレモノ作りが進んでいく最中、子ウサギ姿のブランはハートの小さな銀の箱に語り掛けていた。そうして分かった事があった。箱の中にはルードベキアであって、まだルードベキアではない……心から愛おしいと思える存在が、いる……。


「やっと腑に落ちました。なにゆえ、こんなにも惹かれるのか。ゲームの設定や、物語の強制力ではなかったのですね」


 初めてメイドインルードべキアの杖を目にしたデルフィは涙を流した。感動を覚えただけではない。それを超えた何かに心が反応したのだ。取り憑かれたように製作者を探したことを昨日の事のように思い出したブランは、クスッと笑った。


「遠目から眺めるだけに留めていたんですよ。ストーカーだと思われたくなかったし、この気持ちが何なのか、あの頃の自分には理解し難かったのです」


 ブランの言葉に応えるようにハートの小さな銀の箱が震えた。ブランは嬉しそうに口元を緩ませ、ふわふわの白い毛皮で覆われたおでこを、箱に摺り寄せた。


「何度も生まれ変わった私たちの人生は、恐ろしい出来事や理不尽なことばかりでは無かったはずです。一時(ひととき)でも、私はとても、とても幸せでした……」


 遠い過去に思いを馳せるブランとは打って変わって、ハートの小さな銀の箱は何も反応しなかった。迷っているのか、それとも耳を閉ざしているのか……沈黙したままだ。


「歪んだ運命の歯車は回さずに取り除けばいいのです。今一度『生きること』に執着しませんか? 」


 ブランはピカピカに光るハートの小さな銀の箱にそっと、口づけをした。



 閃光弾のような眩しさを感じてカナデは目を閉じた。すぐさまいくつものプロテクトスクロールが展開された音が響き、間を開けず、パラディンスキル『天声』を叫ぶアーチボルトの叫び声と、大楯を床に叩きつける音が耳に入った。


 オオクマネコのヴァイオリンの旋律がパーティメンバー全員を包み込み、身を低くしてダガーを握るエンリの隣で、日本刀を抜いたベガが究極のカウンタースキル『死水』の構えをしている。そしてラフレアはーーつばの広い麦わら帽子を振った。


「皆んな待った待った! すと~~~っぷ! 」


 ラフレアが指差したティーテーブルの上でーー真っ白な子ウサギ『ブラン』がカナデが見たことが無い、とても優し気な顔で微笑んでいた。肉球に乗った小さな毛玉の黒ゴマのような瞳を見つめながら……。


 読んで頂きありがとうございます。「女神の娘」の章がこれにて終了しました。そしていよいよ、ラストが近づいてきました。次の章のタイトルは「雲隠れの塔」になります。


 ですが、次回の更新については……体調不良続きでストックがつきてしまったため、しばらく本編は未定になります……。ずびばぜんっ。


代わりに、ルードベキアがヴィータのために改ざんした「オーディン王の人形物語」と、ヴェロニカがブランに見せた「白ウサギの白昼夢」を番外編としてアップする予定です。


ぎっくり腰が直り次第、誤字脱字修正にとりかかりたいと思います。イタタタ……。



おまけ「レイクドブルー」


  ーーさぁ、私の手を取って下さい。

  ーーでも……。

  ーー剣王ブランがあなたを守ると約束します。

  ーーそんな人は知らないわ。

  ーー白いウサギです。

  ーー知らない。


  ーー貴女がくれた花冠は、私の宝物でした。

  ーー知らない……。

  ーー銀糸のような髪、青い瞳、今でも鮮明に思い出せます。

  ーー知ら…ない…。

  ーー青い宝石花の精霊のように美しかった。

  ーー知……ら……な……

  ーーまたあの花畑に行きましょう


  ーー駄目っ!!

  ーーどうしてですか?

  ーーまた壊されちゃうもの……。

  ーー大丈夫。あの時とは違います。

  ーーいつも、いつもそうだった……。同じことが繰り返される。もう痛いのも怖いのも悲しいのも……嫌。


  ーー今世は頼もしい仲間がいるじゃないですか。皆んなが貴女の帰りを待っていますよ。

  ーークイニー姉さまも?

  ーーもちろん。

  ーー本当に?

  ーーええ、本当に。


  ーー白いウサギさん、私の名前を呼んで……。


  微笑みながらブランは応えた。『もう一度』と何度も繰り返す声に嫌な顔をせず。


  ーーお願い、もう一度……。


 『ロニ……私のかけがえのないレイクドブルー』

 

  差し出された1輪の宝石花をロニは泣きながら手に取ると、白いふわふわの腕の中に飛び込んだーー。




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