ハートの小さな銀の箱(上)
システム:誤字脱字、加筆修正。20241011
「イル・ジュライ!! 」
歓喜の声とほぼ同時に、勝利を告げるファンファーレが鳴り響いた。顔を上げたカナデの瞳に少年ヴィータの姿が映っている。気絶デバフが解けた彼は満面の笑みを浮かべていた。
「君の国では『た〜まや〜』と言うんだっけ? いやぁ、花火が思ってたよりも凄くておどろいたよ。百聞は一見に如かずだと聞いてたけど、その通りだった」
少年ヴィータは大きな身振り手振りを交えて熱く語り始めた。『多種多様なご褒美候補をピックアップしたが、最終的に魔法を見せてもらう事にして良かった』と言って興奮冷めやらぬ様子だ。炎鬼が大広間を真っ赤に染めた光景がよほどお気に召したらしい。
アーチボルトたちはもちろん、カナデも呆気にとられて固まっている。少年ヴィータはそんな彼らにお構いなしで喋りつくすと、機嫌良さげイーゼルとキャンバス、そして絵筆と絵具を魔法の笛で作り出した。
「すまないが、この感動を忘れないうちに描き留めさせてくれ。すぐに終わるから」
あくまでもマイペース、かつ自由を貫く少年ヴィータに反論する者はいなかった。だたっぴろい大広間の中央付近で、彼は恐る恐る近づいてきた観客に『描くパフォーマンス』をしばし見せつけた。
「よし、完成っ。待たせてすまなかったね、カナデ」
「えっ!? 」
ふいに名前を呼ばれて、カナデは目を丸くした。クエストのポップウィンドウを探したが、視界の端っこにもどこにも出現していない。握手を求めた少年ヴィータは人懐っこそうな笑みを零している。
「君はカナデだろ? 僕に会う事を許された3人うちの1人。まさかあいつよりも先に来るとは思わなかった。1番乗りだよ、おめでと」
「ありが……じゃなくて! ヴィータ、どういうこと? 許された? あいつってマキナさんのこと? 白銀龍はルードベキアさんだったの? どうして戦闘するはめに? ねぇ、ルードベキアさんは無事なんだよね? いまどこにーー」
堰を切ったようにカナデの言葉が流れた。バブルガンで作ったシャボン玉を吹きかけるようにーー。だが次から次へと生まれる虹色の泡を、少年ヴィータは気にしていない。彼はカナデという金魚のフンをつけたまま大広間を練り歩き、しまいにはこの城の主の如くどっかりと黄金色の輝きを放つ玉座に座った。
家臣が王の下知を待つポジションよりもかなり近い位置にカナデが立っている。少年ヴィータは神妙な面持ちで、ひじ掛けをトントンと指で叩きながら大広間の入り口に視線を向けた。
「ーークエストは、人を振り分けるための単なる手段だった。だから、シナリオなんてどうでもよくて、すぐに本題に入っても良かったんだけど……」
少年ヴィータはカナデではなく、オオクマネコに苦虫を噛んだような表情を見せた。いいや正しくはオオクマネコの頭にミニハットのように乗っている子ウサギ『ブラン』に。あっという間に、険悪ムードが漂い……バチバチと火花が飛び散った。
「北の森の怪物を連れていたからね。流石に看過できなかった。卑しい怪物とパーティを組むなんて、頭がおかしいにもほどがある。どうしてどんな愚行を? 」
「卑しい怪物だなんて、酷い……。ブランがいなかったら、僕らはここに来られなかった。ブランがいたからこそ、僕らはーー」
カッとなったカナデの会話を遮るように、少年ヴィータが『フン』と鼻を鳴らした。彼は背もたれに体重をかけると、小馬鹿にしたような目つきで足を組んだ。
「犬属のような鼻をお持ちなようでーー。ウサギのくせに」
『オーディン王の人形物語』では、ヴィータと剣王ブランの間に並々ならぬ因縁があるようだが……最後まで読むことができないカナデには知る由もない。オーディンの人形の書庫にある本は途中から文字が消えたままの状態なのだ。
「敢えてブランとの関係は聞かない。それよりも大事なことがあるから……。ヴィータ、このクエストはルードベキアさんを救出するためのものだよね。どこにいるの? 」
「まったく……。カナデも、もう1人のルードベキアが大好きすぎるな。あいつも頭の中にめいっぱいルードベキアを咲かせてたし。おっと、もしかして君らは恋のライバーー」
「茶化さないで、きちんと答えて! ヴィータはルードベキアさんを悪意ある相手から守ってたんでしょ? 」
カナデは口をぎゅっと結んだ。何かを誤魔化すようなヴィータの会話が、現実世界と同じ『取り返しがつかない事柄』に繋げているような気がしてならない。唇から血が滲み出て、口腔に広がる血の味がカナデに哀傷を与えた。
「クエストがバッドエンドになるなんてこと……ないよね? 」
「ぁあっと、ごめんごめん。そんなに睨むなよ……。確かに白銀龍は、彼女だった。だけどアレは単なるイレモノだから壊れても、な~んにも問題ない」
「どういうコト? 」
「気持ちよく良い夢を見るために、入ってただけさ。ちなみに起きたのは想定外。すぐに睡眠魔法をかければよかったんだけど、まさか僕が気絶させられちゃうとは思わなかったよ。いやぁ、彼女があんなに寝起きが悪いなんてね、ほんと油断しすぎた。あはははは」
イレモノとは何ぞや。ふいにバンザイ寝した大人猫2匹分サイズの『?』マークが、カナデの頭上に浮かび上がった。ゲームスタート初期からあるエモーションの1つなのだが、故意に発動したわけではない。コントローラーの操作ミスで出ちゃった系よろしく……タイミングよく出てしまったのだ。
これには少年ヴィータも驚きが隠せなかったようだ。興味ありげに眺めーー『魔法なのか』『どうすれば出せるようになるのか』と質問を繰り返している。
話がいつの間にかズレてしまうのはよくある話ではあるが、今回ばかりはカナデも苛立ちが募った。少年ヴィータは時折、人の会話に言葉を被せて話の主軸を奪ってしまう。ゆえに一番肝心なことになかなか辿り着けず、遠回りをさせられてしまう。
オオクマネコの魅惑の肉球を介して大理石の床に降りたブランもかなりイライラしているようだった。右後ろ足でタンタンと……リズムを刻んでいる。ちゃめっ気たっぷりの笑顔を浮かべる少年ヴィータに聞こえるように。
「そんなに熱い視線をおくるなよ、白いウサギ。照れるじゃないか」
少年ヴィータの軽いウィンクを見たブランはそっぽを向いた。愛嬌を感じるどころか、得も言われぬ悪寒に襲われたのだ。相容れぬ存在……ブランは改めて実感した。
「余計なお喋りはもう結構。それで? ルードべキアどこに? 」
「それは、言えない。『白いウサギには教えてはいけない』って契約書に書いてあるからね」
「カナデが提示された条件をクリアしたのに、反故にするんですか? 」
「そう言われても……。クエストだけど、クエストじゃないみたいなもんだし」
「ほう……そうですか。初めて知りました。怪物退治の英雄と名高いヴィータが、実は詐欺師だったなんてーー。ルディが知ったら、どう思うでしょうね」
「ちょっ、待て! 貴様、告げ口する気なのか!? 」
「告げ口? 真実を伝えるのみですが? 」
「勘弁してくれよ……。あぁ、困ったな。本来ならあいつが彼女をーー。いや、でもカナデが先に来たってことは……あいつはやっぱりーー。だが白いウサギがいるのは……。ううっ、ダッゲ……」
少年ヴィータはうーんと唸りながら、内ポケットから取り出した1枚の紙に目を落とした。依頼されたクエストの内容、クリア条件、注意事項を1つ1つ……確認している。
しばらくの間彼は考え込んでいたが、気まずそうに口を開いた。
だが少年ヴィータの若々しい声よりも先に、クルポゥ・クルポゥという鳩の鳴き声が響いた。彼は慌てたように銀の懐中時計を取り出し、1本角の馬が装飾された蓋をかちりと開けた。
流れ出したメッセージは音声が小さくてカナデには聞き取れなかったが、ホログラムのように飛び出した映像は遠目から見えた。幼子を抱いた女性が長い銀髪をキラキラと揺らして、手を振っている。それを眺める少年ヴィータはとても嬉しそうで、ふにゃりと顔を綻ばせていた。
「うん、決めた。僕は帰る。ということで、カナデ、クリアおめでとう! ディ・ラライッ」
なんとあっけないことか……。あんなにブランを警戒して渋っていたというのに。少年ヴィータはポンと『ハートの小さな銀の箱』をカナデに手渡すと、魔法の笛で作った扉を開けて去ってしまった。
『ハートの小さな銀の箱』は神ノ箱庭の大型アップデートのテーマとなった『オーディン王の人形物語』で、笑わない人形に嘆く妹のために、兄が人形の胸に入れた魔法具である。ゲームではミミックの王ハルデンの正体を暴く合言葉にも利用され、黄金の宝箱に変化した彼から報酬が入った宝箱としてプレイヤーに配られたーー。
カナデは以前、その名称のアイテムを1度だけ見たことがあった。
あの頃のハルデンは……プレイヤーを見ると震えるほど怯えていた。逃げても逃げても、プレイヤーたちに追いかけられ……何度となく殺されたのだから、精神的に参ってしまうのは当然だろう。だがダンジョンだけでなく街をも全て構築し直し、全てを支配するミミックの王となった今ではーー。
ダンジョンモンスターを操る王というだけでなく、建築物を構築するビルダーとしても、プレイヤーから畏怖の念を抱かれるようになった。だからといって偉ぶったり誰かを見下すような態度をとることない。いつも穏やかで、優しい笑みを湛えるハルデンをカナデは兄のように慕っている。
ふと、涎が出たのを感じてカナデは口元を拭いた。ハルデン力作のミニシュークリームを口が思い出してしまったのだ。よく見れば右手親指と人差し指でつまんだ『ハートの小さな銀の箱』とサイズが酷似している……。喉がゴクリと鳴った。
「あっ、えっと……。ハルデンが配っていた小箱よりも、小さいね」
「食べないで下さいね、カナデ」
「た、食べるわけないじゃん」
「ほう……? 」
「ブランは僕の事、食いしん坊だと思ってるでしょ……」
幼子のようにぷくっと頬を膨らましたカナデは木製の丸テーブルの中央に置いた子ウサギ用ティーテーブルの上に、そっと『ハートの小さな銀の箱』を乗せた。指紋もくすみもないその箱は、大広間の天井からつり下がっているシャンデリアの灯りに照らされて、煌びやかに輝いている。
ブランはその箱を舐めるように観察すると、両手の肉球を押し付けるように持ち上げた。
「箱とは、物を入れるための器。つまりのところ……これは『イレモノ』というわけですね」
カナデを含め丸テーブルを囲むアーチボルトたちはブランを見守った。やがて白いふわ毛が淡く光り出し、まさにこれはファンタジー! と言わんばかりに、星型の光粒が空中を舞った。
「ルーがこの中にいるのは確かなようです。大きな気配を感じます。問題はどうやってこれを開けるか……ですね」
オオクマネコが『はいはいっ! 』と言いながら、シュツっと手をあげた。ブランは白玉のような尻尾と、ピンと伸びた愛らしい耳を揺らしてくるりと振り返った。
「何か良いアイデアが? 」
「は、はいっ。……魅了魔法使ってますか? 愛らしいがすぎるので転生先でも社畜になります。第7話、私のプレゼンをお聞きください」
たちまちブランの顔が曇った。『何言ってんだコイツ』と言いたげな表情で眉をしかめている。しかしそんな姿もオオクマネコにとっては御馳走でしかない。右隣に座るベガにドスッと肘鉄を食うまで、『胸キュン』『可愛い』が全身を駆け巡っていた。
「すみません、心の声をポロリました……。えっと、こちらをご覧くださいっ」
やっと我に返ったオオクマネコは書いた提案が見えるようにノートを立てた。1つ目は寄木細工のようなからくり箱なのかもしれないということだった。メンバーの中でもっとも手が小さいエンリがツボマッサージのようにあちこちを押したが、何も変化は見られなかった。
「ぐぬぬ……。ではアーチボルトさん、インベントリに保管している人形を出して下さいっ。ーーあざますっ。そしてぇ、この銀の箱を物語のように胸に……。ん? うっ、きょぉぉおおおおっ! 」
ぱっと見、良さげに思えたこのアイデアは、残念ながら不発に終わった。銀の箱は同極の磁石のように反発したのだ。その結果、アイテム化したオーディンの人形は5メートルほど吹っ飛び……オオクマネコが奇声をあげるはめになった。
3つ目はリポップした白銀龍に銀の箱を埋め込むという案だったが、ブランがすぐさま却下した。反対理由は白銀龍が『倒されるのが当たり前のモンスターである』ということだけではない。ブランを尻尾で攻撃しただけでなく、カナデたちとも戦ったということは……白銀龍の中でルードベキアの意識が目覚めないと悟ったからだ。
そしてオオクマネコが4つ目をプレゼンする前に、カナデが口を開いた。
「僕が知ってるマキナさんって、何かするときはすっごく、用意周到だったよ。だからイレモノはどこかにあるんじゃないかな。それを探して箱を入れるのが正解な気がする。でも……」
カナデは言葉の続きを飲み込んだ。悪意のある者《自分の父親》から守るために、誰の目につかない場所に隠していると言えば、皆んなから責められる。カナデは膝の上に置いた手を握りしめ、目を伏せた。
ふぅぅぅという、ブランの長い溜息が沈黙を破った。きゅるんとした愛らしい子ウサギらしからぬ不機嫌極まりないというオーラを発し、眉間に深い深い谷を作っている。
「そのイレモノを見つけることは、到底無理ですね。童話の姫君を助ける王子よろしく、ルーを蘇生しようという考えが見え見えですからーー。やはりマキナは、好きになれません……」
「ブラン……? 」
「カナデも気が付きましたよね。このルードべキア救出クエストは……クエストを作った本人にであるマキナにしか、クリアできないようになっていることをーー」
ドキッとしたことを隠すようにカナデはブランから視線を外した。ルードベキアの笑顔を再び見られるのなら、誰が蘇生しようと関係ないと考えていたのだ。マキナが合流すれば万事解決する……。ブランは気に入らないのかもしれないがーー。
「マキナさん、ここに来るよね? 」
そう言いながら、カナデはスマホ画面を不安気に覗いた。フレンドリストのマキナの名前は……ログアウトを示すグレーのままだった。
システム:次回は10月4日の予定。→10月11日に変更。
ぎりぎりまで誤字脱字チェックをしましたが若干、あま~い(;´Д`)
でももう眠くてムリゲ。後日頑張ります……。
さてさて、ヴィータの魔法の笛ですが、想像力が源になっています。なので自分が理解できていないと力を発揮しません。それゆえにカナデが出した『?』の原理を知ろうとしていました。『?』を出したかったんでしょうねぇ。
マキナはヴィータのそんな能力を警戒していたようです。クエスト管理のお願いしたというのに、最後まで彼に魔法を見せることはありませんでした。
そうそう、ゲーム補正というやつでしょうか、ヴィータはカナデたちが使う言語を話すことができます。ただ、興奮したときは自国の言葉になってしまうようです。




