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神ノ箱庭  作者: SouForest
女神の娘
160/166

……もんっ

 ロールカーテンで遮られた窓の外は今日もどんよりとした雲に覆われていた。蒸した空気に包まれた大通りは今日も渋滞。信号待ちの女子高校生たちは独自の飾りつけをしたハンディファン片手にお喋りをしている。その傍でスーツ姿の男性が暑そうにクリアファイルでパタパタと仰ぎながら、憂鬱そうに空を眺めた。


 ビルディスプレイからは神ノ箱庭を運営していたゲーム会社ディレクトルへの訴訟についてが流れていた。VRシンクロゲーム中に死亡したとされる男性の家族が涙ながらに訴ええう様子が映し出されている。顔を上げてなんとなく見ていた者たちもいたが、歩行者信号が青になると足早に横断歩道を渡って行った。


 やがて向日葵がおだやかなヘッドバンキングをみせ、傘の花が次々と咲き始めた。雨粒が窓ガラスを叩いた部屋のエアコン設定温度は18度。オフィスなら寒すぎる暑すぎる論争で軋轢が生まれそうだ。


 そんな部屋で森本健一は老人たちが求める箱庭(未来)を苑田を室長としたチームに任せて、人間を安全にデータ転送するシステムや魂のデータ化、一時保管についての確立を急いでいた。


 しかし……そもそも魂というものが存在するのだろうか。


 囚人を使ってのソウルデータ保管人体実験は成功続きだった。この世に魂という概念があるという確証を得たに等しい。それなのに、森本はなぜか素直に喜べなかった。屈託のない笑顔を向ける息子がことあるごとにちらつき、気持ちが沈む。


「私を責めているのか? 奏……」


 あの日の目の前で起こった出来事は妄想だったのでないかという疑念が日に日に強くなっていた。病院外で発見された奏と思われる肉塊は設楽老人が用意させた物だと知った後も……『息子を殺した』というレッテルが剥がれない。やるせない感情は霧のように広がりーー森本は視界1メートルの世界でただ独り……ぽつんと立ち尽くしているような状態に陥った。



「どういうことかと、聞いているんだ! 森本!! 」


 突如響いた罵声が、森本を現実に引き戻した。弱々しい笑いを見せる彼の周囲を黒くて小さな影がのようなものが飛び回りながら騒ぎ立てている。森本は深い溜息を吐き出した。


「私が反対したのにも関わらず、行くといったのはーーあなただ」

「貴様がぐずぐずしているからだ」


「確実にとらえるための計画は準備に時間がかかる。そう言ったのを忘れたのか? 」


「そんなもの、悠長に待ってられるか! あの小生意気な白いウサギをバラバラにしておびき出す方が早い。森本、新たな傀儡をすぐさま用意しろ! 」


 モニターを遮るように浮かぶ小さくて黒い影の前で森本は首を横に振った。


「断る」

「はははっ! カナデがやつらと合流したからか? 」


「約束したはずだ。カナデを巻き込まないことが前提だと」

「アレは貴様の息子ではない。単なるAIだ」


「……息子です」

「ふんっ。……子など、単なる道具であろう? そう思ったからこそ、貴様は転送実験をーー」


「違う! 私は奏を助けようと……」

「言い訳は、後からいくらでも言える」


 言葉を吐き捨てるよう言った黒くて小さな影は身体を膨張させた。言葉に詰まる森本を見下ろし、睨みつけている。


「それで? 貴様が作っているソレはいつ出来上がるのだ? 」

「あと10日はかかるーー」


「3日で完成させろ! 」


「それは無茶だ! 箱庭にバグが発生がする可能性がある。プレイヤーにもなんらかの悪影響がでるかもしれない……。8日、いや7日待ってくれ! 」


「はははっ! NPC融合実験にプレイヤーを使った貴様が、()()()プレイヤーを心配するのか? 草が生えすぎて目の前が草原になったぞ」


 ケラケラと嘲笑う声が正面の壁から天井を駆け抜けーーぐるぐると森本を中心に回った。そして背後で止まったかと思うと、細い針のような黒い指が薄っすら髭が生えた頬を、つぅ……と引っ掻いた。


「いまさっきタイマーを設定した。3日過ぎたら……神ノ箱庭のサーバーはダウンする」

「なっ……」


 森本の顔はみるみるうちに青ざめた。慌てたようにキーボードを叩き始め、カチャカチャと鳴る音とビープ音が嫌なハーモニーを奏でている。黒い影はやれやれというジェスチャーを大袈裟にした後に、モニターに表示されたカウントダウンをつんつんと指先で突いた。


「締め切りを守ればいいだけだ。実験体(プレイヤー)と、息子(AI)を助けたければなーー。頑張り給え、森本健一、殿。ふふっ」


 モニターを凝視しながら軽やかな演奏を始めた森本を、黒い影は愉快そうに眺めた。



 バシッ!! ふわふわで白い小さな獣がカナデの手を叩いた。さらに威嚇しているのか、床を何度も足ダンしている。のだが……カナデはまったく気にしていない様子だ。


「ブラン~、撫でさせてよ~。オネガイッ」

「お、こ、と、わ、りーーです」


「じゃあ、膝に乗るのは? 」

「嫌に決まってるでしょう……」


「いいじゃんっ。ねーねー、ちょっとだけ抱っこさせてよっ」

「スキル『絶対拒否権』を発動! 」


「そんなスキルないくせにっ。ほらほら〜」


 そっと出したカナデの両手はぺチンペチンと、猫パンチならぬ兎パンチで叩き落された。このアクションが所謂、スキル『絶対拒否権』らしい。ブランはしつこく頭を撫でようとするカナデの人差し指と攻防戦を繰り返しーー不機嫌オーラ全開で目をキッと釣り上げた。だが……。


 子ウサギ姿ゆえに、まったく怖くない。


 むしろ『かわe』である。『カメラにその姿を収めさせてくださe』である。いやいや、ぜひにも『ひと撫でさせてくださe』以外、無い!


「ブ、ブラン……ちょっとだけ、ちょっとだけだからっ。優しくするからっ」

「カナデ、そういう言い方はーーおやめなさい!! 」


 ブランは後ろ足での蹴りをカナデの顔面に決めると、フンっと鼻を鳴らした。屍のように横たわったカナデは……幸せそうな笑みを浮かべたーー。



 ゲーム時間の午前5時。疑似太陽が昇り始めるころ、山小屋の敷地内にある少し背が低い『もみの木』に色とりどりの丸い光が集まり始めた。耳を澄ませると、微かに歌声が聞こえる……。カナデはウキウキ顔をアーチボルトに向けた。


「あれが雪の精霊? 」

「朝方の1時間だけ出現するベルテハムン名物ってやつだよ」


「まるでクリスマスツリーだ……」

「では早速、精霊にミルクキャンディーをプレゼントしようか」


「お礼になにか貰えるんですよね? 」

「そそ。消耗品がほとんどだけど、アタリは限定衣装やペットアイテムだね」


「ペットアイテム? 」

「ミニミニフクロウだったかな。確か……ベガが持ってるから後で見せてもらうといいよ」


 ほわっとした羽毛に包まれたフクロウを手に乗せている自分を想像して、カナデは思わず顔がにやけた。手に入るか分からないというのにワクワクした気持ちが抑えられない。頭上にいるビビも興味津々なようで、くりくりした瞳で白い光を追っている。


「あるじさま、はやく精霊さんにプレゼントあげるにゃっ! ミニミニフクロウしゃんに会いたいにゃん」


 白くて丸い光に近づいたカナデが、アーチボルトに教えられたとおりに『お菓子をどうぞ』と言うと……。手の平に乗せたスティック型のミルクキャンディがふわりと浮いて、向日葵のような花火が眼前に広がった。


「うわぁ。すごいっ」

「人間さん、美味しいお菓子をありがとう」


 雪の精霊から渡されたボールのようなものはラメが舞い上がるスノードームのようだった。開封するのが勿体ないと思うほど美しく、カナデはしばらくの間、見惚れていたーー。



「そんなにしょぼくれているなら、帰ったらどうです? 」


 ブランは小さな溜息を吐いた。これが本来のベルテハムンの景色だ! と、誰もが感動する白銀の世界が眼前に広がっているというのに……カナデは足元を見つめたままトボトボと歩いている。


「帰らないもん」


「もんって……、小さな子どもじゃないんだから。ーーそんなにビビが来なかったのがショックだったんです? 」


「……ハルデンとの用事はもう終わったと思ったのにさ。あんなにあっさり行っちゃうんだもん。ミニミニフクロウは当たらなかったし」


「コピーすればいいじゃないですか。お得意分野でしょ」

「それじゃ駄目なんだよ。妖精さんから貰って当てないと」


「意外とこだわりがあるんですねーー。っと、おおっと」


 疑似太陽に照らされた雪に小さな足跡を付けていたブランが緩やかな雪坂を転げ落ちた。柔らかい雪に顔をスタンプして藻掻いている。見かねたカナデが抱き起こそうとしたがーー。


 ブランはカナデの手を小さな前足で押し返した。


「大丈夫ですから」

「急いでるんだよね? 自力で移動するの大変じゃない? 僕が抱えてーー」


「断る! 」

「あはは……。目的地は山頂なんだよね? このままだと何時間かかるか分からないよ」


「そう、ですが……」


「じゃあ、ネコさんの毛に埋もれるのはどう? 子ウサギ抱っこ用のベビースリング作ったから、エアジェットスケボアルファで移動しようよっ」


 カナデは屈託のない笑顔を見せながら、人数分のエアジェットスケートボードアルファVer1.06をスマホから取り出した。相変わらずボードのデザインはシンプルで単色だが、エアジェットエンジンが単気筒から、2気筒に変わっていた。


「ネコさんのたちのスケボから取り出したデータを元に、ちょっこっと改良したんだ。今までのよりパワーがあって、寒さにも負けないよっ」


「……カナデ、ベルテハムンは騎乗アイテム禁止区域ですよ? 」

「うん、大丈夫! リミッター解除したから、乗れる乗れるっ」


 明るく話すカナデとは裏腹に、ブランの顔は曇った。カナデのチート的な能力(アレ)を理解しているつもりでも、いざ目の当たりにすると何とも言い難い複雑な気持ちになるのだ。ブランは前足でおでこの辺りをぐりぐりと押した。


「移動が速くても、モンスターとエンカウントしやすくなりますよね。本末転倒では? 」


「もちろん、それも解決済み。『ミミ』を含めたモンスターはこのパーティには近寄ってこないよ。山小屋にいる時に、そういうパッシブスキルをグランドマスター職に追加したんだ」


「そういう事、大っぴらに言うのは良くないですよ」

「あ……。皆んなには、内緒にしてね? 」


 さっとしゃがんで小声で喋るカナデの姿が可笑しくて、ブランは思わず吹き出した。関わりたくない人間ナンバー1だったというのに、どうしてもカナデを嫌いになれない。


「仕方ありませんねぇ。もちろん、グリフォンの牙の方々にも内緒にしておきますよ」

「えへへ。ありがと、ブラン」


 アーチボルトたちが聞こえないふりをしてそっぽを向く中、ふたりはクスクスと笑い合った。



 胸元にはベビースリングに身を沈めたブラン、そして豆ウサギを左のネコミミにつけたオオクマネコがエアジェットスケートボードアルファVer1.06のジェット噴射で細かい雪を巻き散らした。付かず離れずで彼の後ろをついていくラフレアやエンリにもご機嫌だと分かるほどノリノリだ。


「ネコさんっ、アーユーハッピー? 」

「いええぃ! 最高だぜっ。ビバモモヤ~ン! カナデさんサンキューサンキュー! 」


「あはっ。やっぱり、豆ウサギ通信が使えると便利ですよねっ」


「うんうん。やっぱさ、こうやってリアルタイムで会話できると、たっのしいよねぇ。狼煙で意思表示は面白かったけど、大変だったわ~」


「の、狼煙!? 」

「エンリがいっぱい持ってるから、後で1個もらいなよ。頂上についたら使ってみてちょーらいっ」


 オオクマネコはカナデに手を振りながら、一気に加速した。段々と斜面はきつくなってはいるが、カナデが造ったこのスケートボードは物ともしない。シフトチェンジができるマニュアル操作で走りを楽しみながらスマートにスピードをあげられる。


 マニュアルとオートがあるということは、走り出してから分かった事だ。カナデの話によると、難しい操作をすることなく目的地にたどり着けるオート操作では、なんと騎乗したまま戦うことができるらしい。どうやってそんな機能を付けたのだろうか。


「ねねねね、カナデちん。質問ターイムしていい? 」

「えと、なんでしょう?エンリさん」


「どうやってアイテムを開発してるのん? エンリにクワシクヨロ」

「ん~……。情報ギルドの人とか、いろんな人に話を聞いて」


「うんうん。それで? 」

「作業台で、閃きを信じてえいやぁ! って」


「えいやぁって? 」

「作るんです」


「そんだけ? 」

「あ、はい……。分かりにくくてすみませんっ」


「なんか、ハルデンさんと言ってることがあんましかわんないね」

「えっ、ハルデンがそんなこといってたんです? 」


「餃子パーティした後に、もふもふ撮影セットをドカーン作ってたじゃん? 初めてのわりに上手くできたって言ってたから聞いたのよ。そしたら『頭上で電球がピカーッって光ったらど~んって感じ? 』って言ったの。真面目な顔で。ぶはっ、思い出し笑いが……」


 エンリはイヤーカフスのように耳にしがみつく豆ウサギを撫でてミュートにすると、大きな声で笑い出した。



 山小屋のロビーを小動物用の撮影スタジオとして大々的に改装して行った撮影会は、アーチボルトがマーフへの定時連絡レポートに添付する写真を撮らせて欲しいとブランにお願いしたことがきっかけだった。


「いつものようにドローンが適当に撮った画像でいいのでは? 」


「う、う~ん。耳とか尻尾アップとか微妙なものが多いんですよね。それで、できればビビちゃんと並んだ写真が欲しいなぁ。な~んて……身体のサイズも記録に残してるので」


「それなら、マグカップの隣でもいいのでは? 」


 小さな子ウサギ姿のブランは囲炉裏テーブルの上でコーヒー入りのマグカップのそばにちんまりと座った。手乗りサイズであることはコレで分かるがーー。やはり何か物足りない。


「もちろん撮影します。が! 念の為に他のショットもお願いします」 


 抗議の足鳴らしは無かったが、愛でられるのはごめんだと言わんばかりの表情が手に取るように分かった。オーディンの人形以外から愛玩動物扱いをされることはプライドが許さないのだろう。


 しかしここで引くわけにはいかない。子ウサギに魅了された者の代表として! 


 アーチボルトはカナデの肩にいた子猫のビビをヒョイと抱き上げて、ブランの隣にストンと降ろした。ビビはぐるると喉を鳴らしている。


「びびはつーしょっと写真が欲しいにゃ。ブランしゃん、ダメにゃ? 」

「ぐっ……」


 じっと見つめる子猫の瞳はとても無垢で、吸い込まれそうなほど綺麗だった。さらに耳に届くゴロゴロ呼吸がとても心地いい。ブランはイライラモヤモヤがすぅ~とどこかに飛んでいくのを感じた。


「コレが癒しか……」

「るーしゃんが写真を見たら、可愛いって喜んでくれるにゃん」


「……私は可愛いよりも、カッコ良いと言われたいですね」


「それならば、かっこいいシチュエーションを作るにゃ! ーーハルデンしゃんっ、くぅるびゅうてぃな衣装と、ひびのお茶会セットを出してにゃぁん」


 よしきた任せろと言ったハルデンの行動は早かった。あっという間に山小屋のロビーをテレビスタジオばりの撮影セットに改装し、子ネコと子ウサギ用の衣装をずらりと並べた。本来なら、こんなことしている場合ではないのだがーー。


 周囲を見渡したブランは愉快そうにふふふと笑った。


「皆さんが楽しそうにしている様子は見ていて気分が良いですね」 

「気づいてしまいましたか、ぶらんしゃん。にゃふふ」


「ええ。そして、貴方の毛はとても触り心地が良くて、気持ちいいです」

「はるでんしゃんが、毎日ブラッシングしてくれてるにゃんっ」


「ほう。ハルデンは面倒見がいいんですね」

「ぶらんしゃんもしてもらうといいにゃ」


「……遠慮しておきます」


 アレよアレよという間に山小屋はパーティのような賑わいを見せ、偶然やってきたプレイヤーたちを驚かせた。そして後日……「こねことこうさぎ」というタイトルの写真集が銀の獅子商会から発売され、爆発的な人気となった。



 山小屋での餃子パーティと撮影会が如何に楽しかったか分かるほど、豆ウサギ通信の会話は盛り上がりを見せていた。大人しそうに見えるラフレアが子ネコと子ウサギの魅力について興奮気味に語り始めている。カナデは静かに聞いていたが……どうしてもブランとふたりで話したくてこっそり、単独回線を繋げた。


「頂上にルーさんがいるんだよね? ブランとビビとのツーショット写真、早く見せたいなぁ」


「……あと5分もしないうちに会えますよ」


 ブランは子ウサギ専用ベビースリングからほんの少しだけ顔を出して、徐々に近づく山の頂を不安げに見つめると、『多分ね』とつぶやいた。



システム:次回は7月19日にアップ予定です。最近寝込むことが多いので、1週ずれるかもしれません。

※今回も誤字脱字等のチェックが間に合っていないので((;´Д`))UP後にも行いまする(土下座

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