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神ノ箱庭  作者: SouForest
女神の娘
159/166

いえ光栄です! べひっ

 雪深き山々が連なるベルテハムンはすっかり夕闇に溶けていた。月もなく、雲ひとつない空に我先にと星々が煌めきを見せている。女神の宝石箱から零れ落ちるように……。そして闇に宿るモンスターたちの咆哮が凍てつく大地に轟いた。


 ベルテハムンの支配者と言われているドラゴン『凍てつきの道化師』に愛された彼らは初見殺しと言われ、苦手意識を持つプレイヤーが多い。囮を使って誘い出し、罠に嵌めた後に集団で襲いかかって来るスキッピオは……方向感覚を狂わせる魔法を使うため厄介だ。術中にハマるとあれよあれよというまに、肉食恐竜ラプトルのような鋭い牙でパクリとやられてしまう。


 さらに危険なのが大きな1つ目、2本の巨大な牙を持つダブルデッカーサイズの象型モンスター『イライムジャハル』である。巨大な脚での踏み鳴らしは立っていられなくなるほど大地が揺れ、逃げる間もなく雪崩攻撃によってパーティが全滅……というのはよく聞く話だ。


 見た目は可愛らしいモンスターもいる。睡眠魔法に長けた十字の墓石を背負った『夢食いバクスケ』や、ホワホワの小さな綿菓子のような『コットンミント』だ。気を付けていれば問題ないのだがーー。万が一、うっかり眠ってしまったら大変なことになる。


 彼らの近くには必ず『月翼の氷狼』が控えているからだ。


 どうなるかは言わずとも想像はつくだろう。多くのプレイヤーたちは夜を支配するモンスターたちを恐れ……、彼らが寄り付かない山小屋で夜が明けるのを待った。



「……あのベルテハムンを、昼夜ともに攻略したチームに出会えるなんて、とてもラッキーでした」


「ブランさまにそう言って頂けるなんて、嬉しいですね」

「敬称はいりませんよ、アート。旅仲間なんですから」


「いやしかし……。う、うーん」


 助け舟を求めるべく、アーチボルトは目線をちらりと左斜め後ろに移した。スキップしながら歩くオオクマネコは『ご機嫌最高! 』と言わんばかりに猫髭を大きく上下に揺らしている。彼はアーチボルトの視線に気が付くことなく、どこかで聞いたことがあるような曲を口ずさんでいた。


 ラフレアとエンリは釣り談義に夢中だ。会話を聞いていたと思われるベガはーーパッと目が合うとにっこりと微笑んだ。『すべては剣王さまのおっしゃる通りに』と言う事なのだろうか……。

 

「あのブランーーさん……。あぁ、む、難しいです。すみません」

「あはは。出会って間もないですからね。私こそ勝手に『アート』と呼んで申しーー」


「いいえ光栄です! べひっ」


 アーチボルトはすぐに『しまった』という表情を浮かべた。最後までブランの話を聞かずに思いっきりぶった切ってしまった上に、裏返った変な声が出たからだ。剣王ブランとパーティを組める喜びで舞い上がっていた自分が恥ずかしくてうつむいた。


「アート、ラフレアはラフィ、オオクマネコは……ネコと呼んでもいいでしょうか? 」


 楽し気なブランの笑顔はキラキラと眩しい光を放っていた。



 暖炉の炎がゆらゆらと踊るように揺れる姿を瞳に映しながら、アーチボルトはコーヒーを啜った。敵が強ければ強いほど、燃える。そう語ったあの日の出来事は昨日のことのように思い出せた。その次の日も、次の次の日も……。


 神妙な面持ちのアーチボルトをカナデは静かに見つめた。


「ーーあちこちに出現した黒い亀裂を、ブランと調査してるんですよね? 」

「あぁ、なるほど……。そう聞いてたんですね。ジェネラルに……」


「ジェネラル? まーー」

「待った! 」


 アーチボルトは慌ててカナデの口を塞ぐと窓に目を向けた。ラフレア、エンリ、ベガも険しい表情で立ち上がり、すぐさま双眼鏡を取り出して窓枠にへばりついた。何かを探しているようだ……。しばらくすると、アーチボルトのスマホに『3つ発見』というメッセージが流れたのだがーー。


 『びび参上にゃ~ん』という子猫の鳴き声が重苦しい沈黙をかき消した。苦笑いするミミックの王ハルデンの頭上に立ち、右前足を天井に掲げるポーズをとっている。


「ビビ!? 」

「あるじさまっ、元気にゃ~ん? 」


 ビビはハルデンの頭上から飛び降りて空中を駆けた。そしていつものようにカナデの肩に飛び乗り、ゴロゴロと喉を鳴らした。錆色の柔らかいふわふわ毛が久しぶりに会う主の頬を撫でている。思わずカナデはほんわか笑みを浮かべた。


「ハルデンまで、どうしてここに? 」

「あぁ、それはだなーー」


 キョトンとするカナデにハルデンは説明しようとしたが、『ストップ! 』というアーチボルトの叫び声で口を閉じた。どうしたのかと目を向けると、彼は周囲を見渡してあたふたしていた。床に置いていたマグカップを蹴り飛ばしてしまったらしい。ハルデンは拭くものを探す彼にスキルで取り出したタオルを渡して少し、首をかしげた。


「どうしたんだ? いつも冷静沈着なアートらしくないな」

「リディ、もっと小声で頼むよ」

「アレは気にしなくていい。山小屋は防音加工したから、外に会話は洩れない」


「それ本当か? 」


「ミミックの王ハルデンの力を信じろ。実はついさっき、この世界の建物全てを施し終わったところでね。街もダンジョン構築して支配下に置いたから、怪しいものは簡単には侵入できない。それをブランに知らせたかったんだが……」


 へそ天ですぅすぅと眠るオオクマネコをじっと見つめた後に、ハルデンは近くの椅子に座った。


「レポートを読んでいたが……百聞は一見に如かずだな。ーーさて……アートがカナデに状況説明している間、餃子でも作るとしよう」


 ハルデンはカナデに甘えるビビに軽くウインクを見せると、グレーのエプロンを身に着けて山小屋の厨房に入っていった。



耳羽蝶みみばねちょう? 」


「蝶の羽が人の耳にような形態だから、そう名付けたんだけどね。最近はそのまんま『ミミ』って呼んでる。ブランさんが『おかしなものが飛んでいる』と言って捕らえたのが最初だったんだ」


 スマホで画像を見せてもらったカナデはーー背筋に寒いものが走った。指でつまんだ耳羽蝶がランドルの街の屋台で食事をするプレイヤーを背景にして映っていた。監視の『目』の代わりに、盗聴器ともいえる『耳』が神ノ箱庭の全域に侵入しているとは……。


「リディの、いやハルデンのおかげでもう街にはいないようだけど、フィールドにはこんなのはいっぱい飛んでるんだ」


「それで僕が『ジェネラルはマーフさんですか? 』って言おうとしたのを遮ったんですね」

「申し訳ない」


「いいえ、大丈夫です。そうか、腑に落ちました。何か調査を頼んでいるはずなのに、マーフさんったら『契約が切れたから知らない』って言ってたんですよ。僕の試作品テストしてもらってるのに、おかしいなぁって、ずっと思ってました」


「あはは。今頃、マーフさんはホッとしてるんじゃないかな。街から『ミミ』が排除されてーー。プレイヤーに変化したブランさんとの打ち合わせは大変だったみたいだしね」


「えっ。ブランがプレイヤーに変化!? どうやって!? 」

「カナデさん、もしかして獣王様プレイヤーバージョンにも会ったことが……ない? 」


「ないないないっ。何ソレ! ええ~? えええええ? 」


 カナデは落ち着きを取り戻すためか、ビビのお腹に顔を埋めてスーハースーハーし始めた。脳裏ではプレイヤー姿のブランとガンドルが手を振っている。彼らはポコンポコンと分裂して、カナデをくるりと囲んだ。あくまでも想像上の姿なのだが、ブランがブランになる前の顔を知っているカナデはーー胸が詰まった。


「アーチボルトさん、ブランと何をしてたんですか? 」

「……我々は魂心こんしんという宝石を作るクエストを進めていたんだ」


 アーチボルトはスマホのインベントリから取り出した宝石を1ずつ、囲炉裏テーブルの上に乗せた。青い光を放つサファイヤのような『人形の花飾』、飴色に輝く『人形の甘楽』、そして膝を抱えて眠る精霊の影が見える『人形の唄夢』……。


 カナデは手を震わせながら、精霊が眠る透き通った宝石を手に取った。3つの宝石の名称に人形という言葉が綴られている。


「これってルーさんを蘇生するための? 」


「3つの宝石をアイテム化した人形の手に乗せれば『魂心』が合成され、それを人形の胸に入れればオーディンの人形であるルードベキアは蘇る。ーーはずだった……」


「はずだった? 」


「クエストにはそう書いてあるんだよ。でもね、発動しないんだ……。そして我々はブランさんに導かれるまま、ベルテハムンにやって来た……」


 山小屋の厨房からエンリとラフレアの賑やかな声が聞こえた。ハルデンと一緒に餃子づくりを楽しんでいるようだ。アーチボルトはベガが淹れ直してくれたコーヒーに口をつけると、悲し気な瞳を浮かべてゆっくりと息を吐き出した。



 異変が起こったのは『人形の甘楽』をブランが手に取った時だった。突如、頭はウサギで身体は人間という獣人姿から、茶葉イタチサイズの白いウサギに変わったのだ。小さなシルクハットが乗った頭の上に大きなハテナマークが出ているんじゃないかと思うほど、ブランは目を丸くしていた。


「ジャケットのみで丸出しとは……。私のズボンはどこにいったんでしょうね? 」

「ええっ、ブランさん。気にするとそこです? サイズとか見た目とかだいぶ違いますけど……」


「こうなってしまったのは仕方ないですよ、アート。幸いステッキもありますし、戦闘は何とかなります」


「でもなんでいきなり……こんなことが……」

「クエスト進行上のデバフみたいなものかもしれません。もしくはマキナの嫌がらせ……」


「ははは……。マキナさんはヴィータだったんですよね? オーディンの人形に執着する『ヴィータの呪い』みたいな感じでしょうか……」


「違うと思います……。この人形の甘楽というアイテムから流れて来た情報で分かりました。マキナはーー知ってたんですよ。ルーが『連続アイテム』を身体から取り出したら、同時に魂も離れてしまうことを。知ってて何も言わずに送り出したんです」


「ちょっと待ってください。理解が追いつかない……なぜそんなことを? 」


 困惑した表情のアーチボルトの足元でブランは嫌悪感を隠すことなく露わにした。『でっかい白いウサギ』の眉間には深い深い溝ができている。


「漫画や小説でよくあるじゃないですか。好きな子を手に入れるための手口ですよ。胸糞悪い……」


「え。マキナさんってーーええ!? 」


「ところでこの宝石ですが、私のインベントリには入れられないようなのでアートが保管して下さい。ついでにアイテム化した人形も渡しておきます。3つ目の宝石が私に何か悪さするかもしれませんので」


 ブランは残念そうに溜息を吐いて、アイテムを渡すためにアーチボルトを見上げた。傍から見るとその姿はぎゅっと抱きしめたくなるほど愛らしい。


 オオクマネコは興奮を抑えるために九九を思い浮かべ、ラフレアは手をワキワキしては『いかんいかん』とつぶやいている。そして『かわわ』と打ち震えるエンリの手を握ったベガは感嘆の息を漏らした。



「3つ目の『人形の唄夢』は、用心のために俺が手に取ったんだが……。ブランさんはさらに小さくなってしまったんだ。リアルにいるような一般的なウサギサイズにーー」


「それもマキナさんの呪い? みたいなものだったんでしょうか」


「分からない……。ブランさんはーー妨害を見越してそういう仕様にしたのかもしれないって言ってたけどね」


「妨害……? 」


 その言葉にドキッとしたカナデは思わず目を伏せた。アーチボルトが言う妨害者が誰であるかを察したのだ。そんなことをするはずが無いと思いたかったが、信じたい気持ちは徐々に薄れていく……。やがて何とも言えない怒りが芽生え始めた。


「守らなきゃ……ブランはどこに? 狙われているんですよね? 」

「あぁ、実はーー」


「まさか囚われの身に!? 普通サイズのウサギになったってことは、ビビよりちょっと大きいぐらいですよね。羽ウサギより小さいじゃないですか! アーチボルトさん、急いでブランを助けないと! 」


「カナデさん落ち着いて。ブランさんならーー」


 アーチボルトはのそのそと起き上がるオオクマネコに視線を移した。巨大な猫は『くあっ』と大きなあくびをしながら、斜め掛けにした布の小さな膨らみを大事そうに撫でている。


「おはよ~。いっぱい寝たけどまだ眠い……。ふぁあ~あ~あ~」

「まだ寝ててもいいんだぞ? 」


「ん~ん。美味しそうな匂いがするから起きる~ん。それと~……」


 白くて長い耳がオオクマネコの胸元からピョコっと生えた。警戒するようにぴくぴくと動いている……。さらに小さな白い前足が伸びたかと思うと、真っ白で小さな子ウサギが顔を出した。黒いつぶらな瞳でカナデを見据えていたがーーすぐさまキュートな額に皺を寄せた。


「なぜカナデがここに? 」


システム:次は7月5日にアップ予定です。

 つい先日、兄が交通事故に会い、4週間以上も入院することになりましてバタバタしていました。入院中に必要なものを毎日、届けててぐったり中。誤字脱字等のチェックが間に合っていないのでおかしなところがあると思われます。

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