俺の屍を超えてゆけ(中)
お菓子の街アマリアで脱出劇が行われていたことをパキラが知ったのはピックポケットをクリアした後だった。バッハべリア城の上空で咲き誇る花火をスタンピートと上機嫌で眺め……誇らしげに情報ギルドに帰還したその時、マーフを筆頭にメンバー全員に深々と頭を下げられた。
パキラは怒りを爆発させると思われたがそんなことはなかった。それどころかマーフの手を取って、『スゴイ』という言葉を繰り返し、満面の笑みを浮かべていた。
「ず~っと探してたアレですよね。本当にあったんだ!! しかもプレイヤーが400人もログアウト出来たなんて……。めちゃくちゃナイスフルですよ、マーフさん! 」
「ありがとうございます。だけど……私は自分の勝手な考えでパキラさんのログアウトを阻止してしまいました……。こんな謝罪で許されるわけがないと思いますがーー」
「あ、すと~っぷっ。もう謝るのは無しで! 大丈夫、な~んにも問題ないですっ。だってだってぇ、連続クエストを私がクリアすれば、オールオッケーじゃないですかっ! 勇者パキラが全てのプレイヤーを救っちゃいまっす! 」
小声で『決まった……』と言った後にパキラは右手を腰に添え、得意げに拳を天に掲げた。ぐふっぐふっというおかしな笑いが、周囲に一抹の不安を感じさせている。だがマーフはユグドラシルテラリウムをにこにこと微笑みながら見せるパキラに心から感謝した。
「パキラさん、改めまして……ピックポケットクリア、おめでとうございます。そしてありがとう」
「えへへ。こちらこそ、沢山のサポートありがとうございます! ご飯の差し入れ最高でした! 城内にレストランはあったんですけど、ず~っとそこで食べてると飽きちゃうんですよねぇ。それとあんなに乱雑に書いてた報告書とかマップが、分かりやすくまとめてもらえて感動しちゃいました! 」
「食事に関してはイリーナさん、攻略のまとめはディグダムさんが担当してたんですよ」
スタンピートから渡される差し入れは、パキラ好みの食事の他に可愛らしいデザートがいつも添えられた。スタンピートは確かに極め細やかに気遣ってくれていたが、差し入れのチョイスについては他の誰かのような気がしていた。
やっと腑に落ちたといった表情でパキラが笑顔を浮かべた。マーフの後ろでイリーナが小さく手を振っている。その隣でディグダムが照れくさそうに笑った。すぐさまパキラはふたりに駆け寄り、しばらく談笑していたがーー。慌てたように会議室を出ようとしていたマーフの袖を掴んだ。
「あの、マーフさん! ヨハンさんが言ってたフィッシュキング大会っていつやるんですか? 」
「……アマリア件で一部のプレイヤーがピリピリしてまして。イベントやってる場合じゃなくなってしまったんです。楽しみにして下さってたんですよね、申し訳ない……」
「えっ、そうなんですか。残念……」
「その代わりと言っては何だけど、『秘境で巨大魚バーベキュー』を企画してます。パキラさんが次の連続クエストを始める前が良いかなと考えてますが、どうです? 」
「うわぁ! すっごく嬉しいですっ。マイ釣り竿を買いに行きたいので……明後日以降ならいつでもっ」
「では後ほど、詳細を情報ギルドのグループメッセに流しますね」
「はい! ーーうふふ、釣りって初めてだからワクワクしちゃう」
こうしていると……何やかんや言ってもパキラは普通の女の子なんだなと、マーフは改めて感じた。楽し気に音符のエフェクトを連続で飛す様子を見ているとほんのりと心が和む。日本刀を振り回してモンスターを切り刻むゲーマーにはとても見えない。
マーフは机に置いてあるキャンディーボックスの中から1つ手に取ると、パキラに手渡した。可愛いものを愛でるような微笑みを浮かべている。
「お疲れでしょうから、明日にしようかと思ってたんですけど……。パキラさん、次の連続クエストについて軽く教えて頂いてもいいでしょうか? 」
「あっ……。えっと……」
パキラの表情が暗くなった。顔面は瞬く間に暗雲立ち込め……土砂降りそして強風が吹き荒れ始めている。ポジティブ変換モンスターどこにいったんだ? 降臨できないのか!? それほどヤッバイ内容なのだと推察できるぐらいのしおしおっぷりだ。
パキラにスマホ画面を向けられたマーフは思わず『うわっ』と声を上げた。
「えっ!? パキラさんこれって……」
「この連クエ……ピックポケット以上に、気が重いです……」
そしてふんだんに巨大釣りを楽しんだパキラは翌日、『絶対無理! 絶対ヤダ! 』と騒ぎながら、コロシアムの前で電灯にしがみついた。引きはがそうとするスタンピートに必死で抵抗していたが……参戦したアイノテに姫抱っこされると、いとも簡単に陥落したーー。
彼らの後ろからとぼとぼとついていくボーノは瞳にハートをぽわんと浮かべるパキラに苦笑いしつつ、小さな溜息を洩らしていた。瞳にはスマホのレイドアプリ画面が映っている……。
「まさか5人だけとは……」
「ヴィータ戦で大活躍した獣王ガンドルと戦うとなると、流石に、ね」
「アイさん、逃げてもよかですよ」
「なぁにいってるんですかボーノさん。最後までお付き合いしますよ。足はめっちゃガクブルですけどね。あははは」
アイノテは少し顔を引きつらせながらも、ミンミンのような豪快な笑い声を上げた。ここでいつもなら、良い感じでミンミンがツッコミを入れてくるのだがーー。彼は白虎にもたれるようによろよろと歩いていた。顔面蒼白で今にもコロンと倒れそうだ。
「ミンさん、大丈夫!? 」
「お、俺……初めて会った時の獣王を思い出しちゃって……」
「無理しなくていいですよ。抜けても責めませんから」
「っ……。ボーノさんごめん、『勇気』買って出直してくる! 」
無理に付き合わせて、恐怖と向き合わせるのは酷すぎる。ボーノとアイノテはミンミンが白虎と走り去る姿を見送った後に、顔を見合わせて頷いた。
一連を見ていたスタンピートは逃げ出したいという気持ちを察するどころか疑問に感じていた。もしかしてもしかすれば……ガンドルが手心を加えてくれるかもしれない。という期待を膨らませていたからだ。
スタンピートの記憶にはプレイヤーを殺戮する獣王の姿がない。それどころか鋭い銀の爪を突き付けられたことも、すっかり抜け落ちている。プレイヤーと共にヴィータに立ち向かう勇ましい姿に感動を覚え、茶葉イタチ村でもふもふに囲まれて喜ぶ様子に癒されたというのがほとんどを占めていた。
ゆえにスタンピートの足取りはーーえっ?大丈夫なの? と思うほど軽い。ポジティブ変換モンスターが乗り移っているかのようだ。そして本家本元のパキラはコロシアムに辿り着いた途端ーー。『いやぁああああ! 』と叫んだ。
「よ、4人って……しにん読み不吉やばっ。破滅フラグキタコレぇええ! 」
「パキラ、落ち着け!! 」
「カナデは? なんでカナデがいないの? グランドマスター我に力ををををを! 」
「ちょっ、何が憑依した!? 戻ってこいパキラ! 」
「我に獣王を打ち破らせたまえぇぇぇぇ」
「今日はどうしても外せない用事があるから参加出来ないって、カナデは言ってたじゃないか。だから俺らが情報を持ち帰ってーー」
「うん、分かってる! ピートごめん……」
「あ、そうだ。カナデからコレ預かってきたんだった」
スタンピートはカバンから出した四角い箱を床に転がした。それはガシャンガシャンと何かを組み立てるような音を立てて、日本刀を携えたサムライロボ之綱に変化した。
「きゃあああ! 之綱先生ラブ降臨っ。その刀、めっちゃカッコイイですぅ」
「パキラ門下生、出迎え感謝する」
「しかも、言葉が流暢にぃぃ。先生、素敵っ」
「これも全て、マスターカナデによるアップデートの賜物である」
「いや~ん、ナイスアプデ! 声までヤバスからのイケボ最高! 」
「人は日々進化し発展する。精進せよ、パキラ門下生」
興奮してじゃれつくパキラを物ともせず、之綱の対応は常にクールだった。その姿はこんな風になりたいというカナデの理想のようにも見えた。アイノテは親目線のニコニコ顔を浮かべ、彼らを見守るように眺めている。
その一方でボーノは之綱の日本刀を険しい表情で見つめていた。自称武器マニアゆえ、気になってしょうがないようだ。さり気なくサブ職である商人に切り替え、レベルが上がったばかりの鑑定眼を発動させた。
「こ、ここここここ!? 」
「……ボーノさんニワトリ化してますよ」
「アイさん鑑定眼、すぐさま鑑定眼した方がよかばい! 」
「何にです? 」
「に、日本刀が…… 」
「えっ、名刀『鬼丸国綱』!! ちょっまぁじですか!? ディスさんが欲しがってたレジェンド級のやつですよね? カナデ君、とうとうそんなものまで……」
「いやいやいや、メイドインリアムノバだよ! リアムノバ! 」
「は? すみません、よく聞こえませんでした。もう一度……あっ、ああああ!? 」
鑑定眼でプロパティを開いたアイノテも製作者を見て目が飛び出るかと思うほど驚愕した。リアムノバは日本刀製作に力を注いでいる鍛冶師で、サムライ職にとっては憧れのブランドである。
高額報酬と引き換えに作った専属チームに素材集めを任せ、本人は工房から出てこないという話は巷では有名だ。彼のチームに入りたいプレイヤーは多く、酒場で盛り上がるネタにもなっていた。
さらにアイノテはアイテムランクを確認すると言葉を失い。代わりにボーノが掃き掃除をしているかのように『さ』を連呼した。唇が震えすぎてそのまま終わってしまったが、鑑定眼が使えないスタンピートにも何を言わんとしたかは容易に分かった。
スタンピートは静かにのどをごくりと鳴らし……アイノテとボーノの会話に聞き耳を立てている。
「ボーノさん、鬼丸国綱って、銀の獅子商会の在庫に無かったってディスさん言ってましたよね? 他の商会と取引してたのかな……。専属契約しているはずなのに」
「だよね。どうやって鬼丸国綱を手に入れたのか分からないけど、ディスさんには黙っておいた方がいいな」
「え、じゃあ、じゃあ。之綱先生は、ものすごぉく強いってことですよね? 」
深刻な表情をしていたアイノテとボーノの間に、パキラが滑り込んだ。『さ』の連呼の意味も理解しているようで、上機嫌の最上級的な笑顔を彼らに見せている。
「鍛冶師リアムノバって言ったら、私でも知ってますよ。酒場に行くと、魔具師ルードベキアと同じぐらい噂される有名人でしたもん。そんなブランド品を之綱先生が手にしているなら、もうこれは勝ち組み間違いなしですよね! 」
そして数分後、コロシアム場内に獣王ガンドルの笑い声が響き渡った。ボーノは水面に漂う板に掴るように大楯に縋り……息も絶え絶えだ。アイノテとスタンピートは這いながら、目の前に転がる武器に必死に手を伸ばしている。
ガンドルは挑戦者たちを一瞥すると、小馬鹿にするように鼻を鳴らした。
「お前ら豆腐かよ。そんなんじゃ俺ちゃんの連続クエスト『コロシアムで獣王ガンドルから1本取れ! 』はクリアできねぇぞ」
咄嗟にガンドルが振り下ろす銀の爪からパキラを庇った之綱は大地に膝をついた。ぱっくりと開いた胸の傷から、バチバチと火花が飛び散っている。
「くっ……これまでか……。恐るべし獣王……。パキラ門下生よ。俺の屍を超えてゆけ……。其方ならきっと……」
「之綱先生!! 」
パキラは大地に伏した之綱に駆け寄ろうとしたが、獣王ガンドルがそれを許さなかった。之綱の背中を右足で踏みつけて威圧しーー、鋭い銀の爪をペロリと舐めた後に日本刀の柄を握る之綱の手首を切り落とした。
「そこまでしなくてもいいじゃない!! 」
「はははっ! これぐらいじゃあ、死にゃぁしないさ」
腹立たしさを感じならがらも、パキラは動くことが出来なかった。ほんの少しでも動けば身体が霧散する……何度脳内シュミレーションをしてもそれは覆ることなかった。必ずぴょこっと破滅フラグが現れ、恐怖が身体を縛り付けた。
「せ、先生を踏みつけたこと、絶対に……許さないんだから」
「ぶはっ。足が生まれたての小鹿みたいになってんぞ? 早くかかってこいよ、子ネズミちゃん」
獣王ガンドルは右手人差し指をクイクイと動かしてパキラを挑発すると、赤黒いオーラを立ち昇らせた。狼の怪物に変化した対戦相手を見上げたパキラは後悔という文字と一緒に涙を零し……ぺたんと膝から崩れ落ちた。
システム:諸事情により次回から隔週UPになります。次のUPは2024,3/8です。




