俺の屍をこえてゆけ(上)
システム:誤字脱字修正をちょびっと。20240216
システム:加筆修正少々。20241011
ランドルの街での食べ歩きで食欲は満たされたと思っていたが、それは勘違いだったようだ。獣王ガンドルはダイニングテーブルに並べられた料理を目にしてのどをごくりと鳴らした。そして星を散りばめたような瞳をキラキラと輝かせて、美味しそうな香りをめいっぱい吸い込んだ。
「なぁなぁハルデン、これなんだ!? フライパンオムレツ? 」
「食べてみればわかる。あっとその前にソースとマヨネーズ、そして青のり」
「お好み焼きってか? ーーどれどれ……」
料理をひと口食べたガンドルは子猫のように目を丸くした。外側はカリカリっとして香ばしく、ふわっとした中身にはネギと揚げ玉……そしてタコがドヤ顔で埋もれていた。
「こ、これは……まさかのタコヤキだとぉぉ! 出汁がきいてめちゃうまっ。全部ペロっといけちゃう気がするぞっ」
「おいおいガンドル、皆んなの分も残してくれよ」
「おっとすまんハルデンっ。むむむ! 稲荷寿司もうまし! 鮭といくらのハーモニーが最高ぉお! でもってこれはピーマンならぬ竹輪の肉詰め? いや違う、餃子か!? 」
「ははは、正解! その隣は餃子餡を輪切りズッキーニで挟んで焼いたもので、こっちは鶏の梅バターソテー。それから特製フライドチキンと茄子のワサビ漬けと……」
楽しそうに説明をしている途中で、急にハルデンは口を閉ざした。ルードベキアから渡されたレシピからリクエスト通りに準備したというのに、この場所にその本人がいない。
カナデの肩越しに海辺がある庭にちらりと目を向けると、白くて長い耳が草木の間で揺れていた。隠し部屋に来てすぐに、ブランは庭に出て行ってしまったのだ。心配したカナデが様子を見に行ったが、とても声をかけられる雰囲気ではなかった。
カナデからヴィータ戦の顛末を聞いたものの、ハルデンはいまいち状況が飲み込めていない。歯がゆいが……ブランが話す気になるまで待つしかないのだろう。気を取り直したハルデンはわざとらしくならない程度に、カナデとガンドル、そして可愛らしい姿になったルルリカのために明るく振る舞った。
「そうそう、甘さ控えめ牛乳寒もあるんだ。ルルリカ、どうかな? みかん、パイナップル、ゴールデンキウイの3種類あるよ」
「るるは、きういがすき。じぶんでとるの」
「えっと、俺が抱っこしてもオッケー? 」
「うん、いいよ」
黄金色の瞳で見上げるルルリカを壊れ物を扱うようにそっと抱きかかえると、ふんわりと甘いバニラの香りが漂った。クマフードが被せられた彼女の銀糸の髪は思わず触れたくなるほど美しい。オーディンの人形が幼くなったようなルルリカにハルデンは目を奪われている。
『可愛いがすぎる』の破壊力が半端ない!
ハルデンがそう思うのはいう間でもなく、ズキュンが口から飛び出ているという表現通り、しまりのない『へにょ顔』が漏れなく発動。だがしかし……平穏に物事は進むわけがなくーー。
怒ったルルリカにばちんと叩かれ、しょ気るぅハルデンキタコレ!
ーーがドラマのように展開された。あ~んと言って食べさえようとしたのが敗因だったようだ。『るるはじりつしたおんななんだからやめて』ときっぱりルルリカに拒否され、ハルデンはすっかりたじたじだ。
ガンドルはカナデと同時に吹き出し、愉快そうに笑った。
「ぶははっ! フラれちゃったなぁハルデン。ーーところでさ、このフライドチキンだけど……」
「まさか中まで火が通ってなかった!? それとも味がおかしいとか? すまん、味見はしたんだけど……」
「いやいやと~んでもない! ひと口噛むとサクッとした衣の下から、鶏肉のうまみとハーブの香りがじわっと口に広がり……自然と顔がとほころぶ旨さだ! って言いたかったんだよ」
「そ、そうか? それなら良いんだ。喜んでもらえて嬉しいよ」
「まさにこれぞ、幸せを運ぶ鳥ってやつだ! 」
「それは……ちょっと言い過ぎじゃないか? 」
「謙遜するなよハルデン。これからは『料理王』って名乗ってもいいと思う! そうだ……クイニーに食べてもらえば一目瞭然じゃね? 俺が仲介するからーー」
楽し気に喋るガンドルに気恥ずかしそうな笑顔を向けると、ハルデンは焼き上がったばかりのクリスピーピザをオーブンから取り出した。
「あのピザ、ほんっと旨かったよな。生地がパリパリっとしてて。あの時のハルデンのハニカミ顔、まじめろきゅんアザマスだったしぃ。そう思うだろ? カナデさまよ」
「うんうん……」
「ところでさぁ、なんでミンミンは来ないんだ? 俺さ、あいつがきたら頼みたいことがあるんだけど? ーーおっと俺のターンだな……。いでよフェニックス、プロミネンスレーザー発射だ! すべてを薙ぎ払え! 」
「ガンドルそれ待って! ぅぁあああ!! 」
「ダメだよ~ん。ジャカジャンオセロアタックに待ったはないのだ! そ・し・て、俺ちゃんの勝ちぃ、ヒャッホイ3連勝っ」
「あぁ……全部黒に……」
「本日の挑戦はこれにて終了っ。カナデさまよ、また明日~、ぐっばいなぅ」
ガンドルが勢いよくゲームボードをちゃぶ台返した途端に、カナデはコロシアムの闘技会場から受付カウンターのあるエリアに飛ばされた。すぐ傍でボーノとアイノテが項垂れ……スタンピートは顔面蒼白で立ち尽くしている。
そしてカナデの足元でパキラが土下座をした。
「あんなに作戦を練ったのに、一番最初にやられちゃってごめんなさいっ」
「立ってパキラ。僕こそ……ごめん。まさか僕だけ戦闘不可で、ボードゲーム勝負になるなんて思わなかった。しかも3回勝負で全敗だったし……」
「あのさ、思ったんだけど……。獣王様って優しいよね」
「えっ、どうしたの急に? 」
「体力が10未満になると身体が動かなくなるじゃない? あの時の私、体力1のままでトドメ刺されなかったの。それって……勝負に勝たないとクエストアイテムが壊れて、連続クエストがここで終わりになっちゃうからなのかなぁって」
パキラは正座したまま、ユグドラシルテラリウムを覗き込んだ。白地に薄っすらと桃色づいた花が小さな光を放ちながら咲いている。周囲には透明な蝶が羽ばたき、時々、花弁に止まって蜜を吸っている様子が窺えた。
「あと気付いたんだけど、カナデの頭上にハートマークがついてたけどぉ。ボーノさんにはなくて、ピートとアイノテさんは半分だったの。アレってなにかな? 残機を表してるわけじゃないよねぇ……。あ、それとねーー」
「パキラちょっと待った。カフェテリアに行こうか」
カナデに促されて、パキラは慌てたように立ち上がった。チクチクとした視線を感じるのは気のせいかと思っていたが、対人戦受付カウンターからそんなに離れていない場所で座り込んでいたからだった。パキラはほんのりピンクに染めた頬を両手で隠しながら、そそくさとカフェテリアに急いだ。
「パキラの話から推察するに、それはーー」
「絶対に好感度だよね! 」
興奮したように目をギラギラと光らせるパキラに圧倒されたのか、カナデは思わず身を反らした。パキラの隣にいるスタンピートに目を向けると、軽やかなタッチでスマホを叩いていた。書記に名乗り出たため、逐一逃さず書き留めようと忙しそうだ。
「それと、ガンドルコロシアムに参加しないと表示されないってことはさ」
「好感度がクリアに関わっている! だよね? 」
「あ、うん。そうだねパキラ」
「ねぇねぇ、モンスター好感度ってスマホのステータスにないよね? どっかで確認できないのかなぁ」
カナデがう~んと唸っていると、難しい顔で考え込んでいたアイノテがスッと軽く手を上げた。彼は自分のスマホをテーブルに置いてーー指を差した。
「それなんだけど、キャラ名の横にあるハートマークを押すとさ」
「えっ。いつの間にこんなのがっ」
「好感度一覧がどこかにあるんじゃないかと思ってさ、だいぶ前から調べてたんだよ。そしたらこんな所にひっそりと……。公式サイトに載ってないから分かんないよねぇ。ちなみに俺の獣王ガンドル好感度は98。だからハートが半分なのかもね」
「あ、僕は101ですね。パキラは? 」
「……私、5だった」
パキラと同じようにボーノもスマホを持ったまま肩を落としていた。ガンドルの好感度が48だったことや、ブランについてはたったの3だったことがショックだったわけではない。オーディンの人形の名前がどこにもないことに気が付いたからだ。ボーノは胸に痛みを感じながら言葉を飲み込んだ……。
そんな彼の心境を察したのか、にこにこと状況を見守っていたアイノテがボーノの背中を軽くポンポンと叩いた。
「きっと大丈夫ですよ。マキナ保険付きって言ってたじゃないですか」
「そう……だな。でなきゃ、剣王ブランがあんなに平常心でいられるはずがないもんな」
「そうですよ。今頃きっと……説教されてると思います」
「あはは……。目に浮かぶな」
彼らのくすくすという笑いを突如、『ちょっと聞いて下さい! 』と言うスタンピートの声が上書きした。ボーノとアイノテの間にスマホを置いて、薄っすらと涙ぐんでいる。
「お、俺の剣王ブラン好感度が……、30しかないんです! 」
「スタンピート君、落ち着いて。ガンドル貢献度は? 」
「56です。それよりも! 納得できないです……。俺、ブランさんのことすんごい好きなのに、こんなに低いなんて……」
「ええっと、剣王ブランファンクラブに入るとか……? 」
「もうだいぶ前から会員なんです。アーチボルト会長が、ドローンで撮った写真をグループメッセでアップしてて目の保養になってます! だけど……俺自身がブランさん本人に、まったく会えないんですぅ。ううっ、ぐすん」
「え。ちょっ、アーチボルトさんがファンクラブ会長!? 」
グリフォンの牙が連続クエスト不参加表明を出したあと、アーチボルトは情報ギルドでマーフから撮影用ドローンを受け取っていた。情報ギルドメンバーであっても、調査以外での貸出しはしないと聞いていたアイノテはずっと不可思議に思っていた。
その後マーフに聞くに聞けずそのままにしていたのだがーー。『あぁ、そういうことか……』とアイノテはつぶやき、ボーノも『なるほど』という言葉を口から零した。
「ふたりとも何を納得してるんです!? この近況写真を見て下さい! 最近ず~っと、白い耳だけなんです、ほらっ」
完全に話しが脱線している……。そう思いつつも、少しボケた画像を悲し気に見つめるスタンピートに強く『本線に戻れ! 』と言うのは少々気が引けた。刺激せずにやんわりオブラートに包んで……なんて考えているうちにーーパキラがスタンピートの背中をバチンと力強く叩いた。
「ちょっとピート、いまは獣王さまの好感度について話してるんだけど? 関係ない話は後にしてよ。皆んなの数値を足したらいくつになった? 」
「あ……ごめ。えっと308」
「そっかぁ……。1500には程遠いなぁ」
パキラは電球の口金のようなユグドラシルテラリウムの蓋に手を置いたまま、小さな溜息を吐いた。触れると現れるクエストウィンドウには……『獣王ガンドルの好感度を1500にしてみよう』と書かれている。
スマホのクエスト一覧にある『連続クエスト:獣王コロシアム』にはない表記だ。
好感度について重要視していなかったため今まで見過ごしていた。だがきっとこれは、クリアにつながるヒントに違いない……。パキラはカナデたちにそう説明すると、チルドカップコーヒーに口をつけた。
キャラクター好感度の最高値は500である。会話をするだけでもポイントをゲットできることもあるが、それよりも、アイテムをプレゼントする方が上昇率が高い。今からでもプレしまくれば1500なんて軽く越せる気がする。
しかし気に入らないアイテムだった場合は減点されることもあるらしい。パキラはユーリがそう話していたのを思い出して、テーブルに突っ伏した。
「私の獣王さま好感度……上がる気がしない……」
「う~ん……。そもそも話になちゃうけど、今のガンドルはコロシアムの外にはいないから、プレゼントは渡せないと思う」
「あっ!? うっそぉ……。それじゃあカナデ、この件は詰みってなっちゃう? レイド頑張るしかないのぉ? ふえぇん」
「パキラ、このレイドは何人まで参加できるんだっけ? 」
「10人……」
「いま僕らは5人だから、獣王好感度が高いプレイヤーを仲間にすればいいんじゃないかな」
「そっか! ユーリさんとアイシャさんに参加してもらえばいいんだっ。あの2人なら、ぜ~ったい最高値よねっ。連絡してみるからちょっと待ってて! 」
パキラは真剣な表情でスマホを叩きーーしばらく間をおいてから満面の笑みを浮かべた。どうやら交渉が上手くいったようだ。
「今からここに来てくれるって! しかも耳寄り情報があるって! あ、そうだ、ユーリさんたちの分のコーヒーを買ってくるけど、皆さんもお代わりいります? 私が奢っちゃいますよっ」
楽しそうにマシンガントークを繰り広げるパキラの心はワクワクでいっぱいだった。詰みそうだったクエストが突破できる。パキラは期待で胸を膨らませて忙しなく席と立つと、鼻歌交じりにドリンク販売カウンターに向かった。
システム:だいぶメンタル立ち直りました。が。ニュースを読むと落ち込んでしまうので、なるべく見ないようにしています。気になるんですけどね……。からの現実逃避……。無心で、もんはんなぅ、そしてヘルダイバー2! ゴミエイリアンを黙々と駆逐しております。
---おまけ『Dの人形』---
爽やかな風が樹々の枝葉を優しく揺らす茶葉イタチダンジョンで、滝つぼに落ちる水の音と子どもたちの声のハーモニーが心地よく響いている。草むらに咲く花々はあちこちで大きく揺れ、大きな手が小さな幼子を抱きかかえた。
「や、やっと捕まえた……」
「や~ん、もっと遊ぶぅ」
「なんで服を脱いでるんだよっ。ルル、ほらちゃんと着てーー」
「これやぁあ! あついぃ」
「ええ!? じゃあディスティ二ーがくれたこの服は? 可愛いぞっ」
「やぁああ! 」
小さなルルリカはガンドルの腕から飛びリ、身に何も纏わないまま走り出した。ちょろちょろと逃げ回る彼女を、ガンドルが必死に追いかけている。
「ちょっ、ルル! ブラン、どうにかしてっ」
「もともと精霊だから、人間の服は嫌なんでしょうねぇ……。取り合えず、ブランケットをどうぞ」
ルルリカは体に巻き付けられた赤いブランケットをすぐに外して、マントのように羽織った。心之介と楽しそうに花を摘みながら笑い声を上げている。何をしても無駄だと察したガンドルは追いかけるの止めて、草むらにどっかりと胡坐をかいた。
「俺はここで、生暖かく見守ることにする」
「ガンドルさん、ディスティニーから渡されたっていう例の箱、ルルリカに渡しました? 」
「あっ、やべ……。すっかり忘れてたわ。ちょっと行ってくる」
ガンドルは『芋虫ごろごろ』を歌いながら転がるルルリカを抱き上げた。キョトンとするルルリカの銀糸のような髪がさらさらと揺れ、ガンドルの心は思いがけずキュンキュンと鳴り響いた。
「くああっ。可愛過ぎね? 父性が揺さぶられるぅぅ。あ~、いかんいかん、危うく自分を見失うところだった……。ルル、ほらこれプレゼントだってよ」
プレゼントボックスを受け取ったルルリカは首をかしげながら小さな手でリボンを引っ張った。中から出て来たのはーー。
「へぇ、人形じゃん」
「ふっ、ふぐっ…‥‥うっ、うええええんん」
「ルル!? おい、どうしたっ、なんで急に……。こういうときはどうすればいいんだ? 子どものあやし方なんて、わかんねぇよっ。ブランたちけてぇぇええ! 」
「そ、そんなこと言われましても、私にも分かりませんよ」
困惑するブランの瞳に、ガンドルの脚をペチペチと叩く茶葉イタチの女性陣の姿が映った。彼女たちは口々に座れと言って、ガンドルのズボンをグイグイと引っ張っている。
「わ、分かったって、おパンツが見えちゃうから止めてぇええ! 」
「これだから殿方にはお任せできないんですよ」
「ほんとですわっ。ガンドルさま、ルルさまをこちらにーー」
正座するガンドルを尻目に、茶葉イタチの女性にしてはかなり大柄な体躯の八重が優しくルルリカを抱きしめた。泣きながらしゃっくりをするルルリカの背中を心之介の母親である鈴菜が擦っている。さらに続々と集まって来たもふもふたちにルルリカは囲まれた。
「あら? ねぇ、八重さん、ルルさまのお人形……ディの旦那に似てません」
「まぁ、本当だわ」
「Dに似てるだって? ルル、もっかい見せてっ! 」
茶葉イタチたちのざわめき声を聞きつけたガンドルはルルリカの手元を覗き込んだ。人形は腰まである長い黒髪をたなびかせ、腰から可愛らしい刀をぶら下げていた。
「……まじか。これディスティー人形じゃん。ってことは……記憶はーー。ブラン、俺……せつなくて涙出て来た……。どうにかなんねぇの? 」
「時が解決すると思いますよ。きっとね……」
ブランは……手の平にある『人形の花飾』という青い宝石を悲しそうに見つめながら、ジャケットの胸元を左手で強く握りしめたーー。
see you next week.




