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神ノ箱庭  作者: SouForest
第4部~ふたりの王~これは私の物語
145/166

来訪者(中)

システム:謹賀新年2024ラクガキ挿絵追加。20230105

 プロジェクトヘイブンの一員になったことを小田切隆一は誇りに思っていた。死という概念を覆し、デジタルの世界で永遠に生きることができるというこの研究が一般的になれば……、人類は死に怯える必要がなくなる。小田切は英雄になったような気分で毎日を過ごしていた。


 しかし良いことばかりではない。大義を成し遂げるためには何事も試練がつきものだと言わんばかりに、今日も新たな問題が発生してしまった。チーフの苑田洋二は態度にこそだしていないが、相当お怒りモードのようで、春日良晴は青ざめたままうつむいている。


 飛び火を恐れた小田切は任された仕事に集中しつつ、聞き耳を立てた。


「申し訳ありません、苑田さん……。まさかオリジナルカナデにアクセスできなくなるとは思わなくて」


「まったく気が付かなかったとか、ありえないだろ? クイニーは大丈夫なんだろうな? 」


「それはもちろん。……あっ」

「アクセスエラー出てんじゃねぇか! 春日、お前の目はどこについてんだよ」


「で、でもクイニーの首に仕込まれてる盗聴器は健在なので、引き続きそれでーー」


「お前なぁ……。1日中そればっかりやるつもりかよ! まだ箱庭での実験が残ってるんだぞ? どう考えても監視システムの復旧の方が先だろうが。どれだけ時間かかってるんだよ……」


「すみません、すみません、すみません……」


すっかり萎縮してしまった春日の頭に垂れ耳が見えたような気がして、苑田はバツが悪そうな顔をした。春日はおっとりした雰囲気があるが決して愚鈍ではない。むしろ的確に仕事ができる優秀な人間だ。その彼がてんぱってしまうほど仕事量が着々と増えていることに苑田は気付いた。


「……こっちこそ、手伝ってやれなくてすまなかった。どう考えても仕事量に対して人員が少なすぎる……。森本さんに相談するから、しばらく踏ん張ってくれないか? 」


「いえ、俺の注意力が足りなかったせいです。ホントにすみません……」


「春日、もう謝らなくていい。他のユニークNPCのように、クイニーも自身でデータロックするだろうとは予測していた。そのために毎日、データのバックアップを取ってたんだから、それをナンバリングの箱庭でい生かせばいい」


「はい……」


「でもまさか……オリジナルのカナデが反乱を起こすとは思わなかったよ。あんなに森本所長からの連絡待ちをしてたのになーー。遅れてきた反抗期ってやつか? 」


 苑田は眉をしかめながら椅子にどかっと座ると、腕組みをした右手を顎に添えて考えるようなポーズで黙ってしまった。キーボードを叩く音が響かないように気を使ってしまうほど、重苦しい沈黙が室内に流れる中、苑田は『これしかないか』とつぶやいた。


「……俺が潜って奴らの様子を確認してくるから、サポートよろしくな」

「えっ!? チーフの苑田さんが行くのはまずいですよ! 」


「俺は神ノ箱庭の開発に初期から関わってたから、マップもGМキャラ専用通路も熟知してしている。2時間で強制ログアウトするように設定しておけば問題ない」


「森本所長も反対すると思います! 」

「短時間探索だから、後出し申告でも何とかなるって」


 あっけらかんとした顔で苑田は笑っているが、内心は……かなり焦っていた。森本に神ノ箱庭の実験をすべて任されたというのに、ここ最近の失態続きだったからだ。どうにかして挽回したいという心中は察するに余りある。


 しかし、神ノ箱庭に苑田が単独でログインすることを春日はどうしても賛成できなかった。


「苑田さん、監視システムを壊すような奴らがいるんですよ? 行くなら我々もーー」

「おいおい、皆んなでぞろぞろ行ったら目立つだろうが。1人で十分だよ」


「いや駄目です。苑田さんは竜ケ崎さまのヘイブンの調整中ですよね? 吉田からかなり苦戦してるって聞きました。ダークヒーローが侍らす美女たちの容姿が気に入らないって言われてるんですよね? しかも人数が101人とか……」


「あぁうん、まぁ……」

「苑田さんこそ、神ノ箱庭に潜ってる暇なんてないですよね」


「……だが現地に行って現状を把握すべきだと思うんだ」

「それは分かります。なので苑田さんの代わりにーー」


 どうしても苑田を引き止めたい春日は我関せず仕事してますモードの小田切を指差した。小田切は聞こえないふりをしていたが、肩をポンと叩かれ……諦めたように振り返った。


「え~っと……。まだソウルデータの定着実験結果のまとめをーー」

「小田切さん、ちょ~っと行って帰ってくるだけだから」


「……あ、はい」



 今まで小田切はゲーム制作に携わる仕事していたのにも関わらず、個人的にゲームで遊ぶ時間がなかった。いわゆるブラック企業に勤めていたゆえに、世間で騒がれたVRシンクロゲーム神ノ箱庭を1度もプレイしたことがない。


 その世界観を体験してみたいと考えたことはあったが……。現実世界に戻れるという保証があやふやな状態でログインすることになるとは思いもしなかった。小田切は不安げな瞳で春日に向けた。


「あの……春日さん。ホントに2時間で強制ログアウトするんですよね? 」


「ちゃんと戻れるように設定したから心配しなくて大丈夫ですよ。それでも、万が一何かあった時は各街にあるスタッフ専用ゲートを使って下さいね。スマホのマップアプリに表示されるようにしておきますから。それとーー」


 春日はポケットから錠剤が並んだ薬シートのようななものを取り出した。


「こんな形状の小型ステルスドローンをウエストバッグに入れておきますので、カナデやオーディンの人形を見つけたら、薬のように押し出して下さい。ハエのように飛んで撮影を開始します」


「ものすごく小さいですね。カナデが作ったやつですか? 」

「それをさらに小型化したものですよ。ふふっ」


 不敵な笑みを漏らす春日からVRシンクロヘッドを受け取った小田切は一抹の不安を抱えながら、ソファーに横たわった。



 スクリーンで春日と小田切のやりとりを見たハルデンは苦笑した。いずれカナデの隠し部屋に森本健一かその部下がやってくることは予測していたことだった。そのためにカナデと適度に訓練行い、いざという時のためにセーフティールームならぬ、トラップだらけのダンジョンを用意していた。


 それでもーー見知らぬ男の出現にはかなり驚かされた。取る物も取り敢えず、鍋を火にかけたままエプロン姿で逃げ出すほどだ。そしてしばらくの間……あちこちから感じる視線に動揺してその場に座り込み、銀の獅子商会の執務室で無理やりユニークNPCに変化させられた記憶に苛まれた。


「あの時、ダルマガエルがこなかったら……俺はドローンにずっと監視されたってことだな。オーディンの人形のメモ帳をポケットからすぐに取り出さなくてよかったよ」


「ダルマガエルって、転がって体当たりしてきたり、長い舌でプレイヤーの脚を絡めて転ばせたりしてくる小型モンスターですよね」


「その長い舌で、俺の周辺に飛んでた怪しい何かを捕らえて食べてくれたんだよ。その後はテチとボール遊びしてーー。あ、テチっていうのはそのダルマガエルの名前なんだけど……。詳しいことは今度話すよ」


「あのぉ。別のダンジョンに移動しないでずっとそこにいたんですか? 」

「そうだけど、まずかったかな」


「いえ、尾行をまく要領であちこちに行った方が良かったのでは? と思っただけです」


「……ぁああ。気が抜けすぎて、そこまで考えが及ばなかった」

「何はともあれハルデンさんが無事でよかったです。結果オーライってことで」


 マーフはふんわりと微笑みながら、手帳に『ダルマガエルにふわ毛が生えている』と万年筆で書き込んだ。モンスターの細かい見た目を知りたがるプレイヤーはあまりいないが、王立図書館や職人ギルドの書庫にあるモンスター図鑑に載っていない情報は貴重だ。


「その……ハルデンさん」

「ん? どうしたマーフ」


「時間がある時でいいんですけど、そのダルマガエルの写真を撮ったり、モンスターが遊具で遊んでいる様子をコッソリ見に行ったりとか……できないでしょうか」


「はははっ! 小田切ロードショーを見終わったら行こうか。螺旋洞窟の虹彩トカゲは縄跳びが好きでさ、片側を持ってくれる相手が欲しかったんだよ」


「お安い御用です。楽しみにしてますね」


 マーフはサイドテーブルにティーカップを置くと、カナデの隠し部屋が映るスクリーンに視線を移した。


 

 小田切は愕然としていた。ミミックの王ハルデンらしき人物と友好的に接しようとしていたというのに、彼は瞬く間にどこかにテレポートしてしまったからだ。カナデのデータでは料理好きで温厚な性格と聞いていたのだが、突然現れたことで驚かせてしまったのだろうか。


 もしかしたら錠剤ドローンを使ったのがバレたのかもしれない。小田切はスマホのメモ帳に表示したタスクにバツをつけると、火にかけたままの鍋にスプーンを突っ込んだ。


「なんだこれ、うっまっ。鳥肉かと思いきや。マトンのトマト煮込とはね。いやはや、リアルと遜色ないわ。こんなに食表現が凄いなら無理やり時間作ってVRシンクロゲー、やっときゃよかったな」


 初めて神ノ箱庭で口にした料理に感動を覚えつつ、小田切は辺りを見回した。ミミックの王ハルデンどころか、カナデが戻ってくる気配がない。ならば今のうちに、どこかにあるだろうオーディンの人形の書庫への入り口を探すのが得策だろう。


 コソ泥のように物色したがそれらしい扉は見当たらなかった。何も収穫が無いことに落胆した小田切はある部屋に入って、嬉しそうに唇とぺろりと舐めた。そこには会社で見るようなサーバーラックが並び、何台ものパソコンがチカチカと星のようにランプを瞬かせている。


「ここが悪戯作戦基地ってわけだな。ではちょいと、調べさせてもらおう」


 小田切は両手をわきわきストレッチしながら意地悪そうな笑みを浮かべた。そして、机の上にあるノートパソコンのカバーをそっと開いた途端ーー。床が抜けた。


「うわっ。ちょっ、まじかぁああああああ! 」


 必死に掴んだ机はあっと言う間にひびが入って崩れ落ちてしまった。部屋の風景はパズルピースのようにばらばらになり、星のように暗闇を流れている。小田切はフリーフォールのような急降下に身を任せて、呆然とその様子を眺めた。


 何が起こったのか困惑していたが、捕獲ネットのようなものに絡められたことで外部侵入者に備えたトラップだったということを認識した。


「う、動けねぇ……。罠を仕込んでるなんて聞いてねぇし! くっそ、こんな時に使えるGМスキルは……」


 GМスキル『街転移』を発動した小田切は『お菓子の街アマリア』の城門前に降り立った。適当に押した移動先だったが、モニター越しに何度か見た覚えはあったかもしれないその街は聞くと見るとでは大違いだった。街を歩き、景色を眺めて甘いお菓子の香りを嗅ぐ……小田切はワクワク感が増長していくのを感じた。


 しかもラッキーなことに街全体に降り注ぐ女神の祝福のエフェクトを目にすることが出来た。この街に暴食の女神クイニーがいるのは間違いない。小田切は意気揚々と走り出し……数分後にくじけた。


 なぜなら、お菓子の街アマリアはバッハべリア城があるランドルの街に続いてだだっ広いのだ。さすが防衛線クエストがある街と言える。電動キックボードを使えば悠々と移動できるのだが、小田切はレンタル資金どころか、1銭も持ち合わせていなかった。


「GMキャラなのになんで金を持ってないんだよ! 走るとスタミナ切れて息切れ起こすし……。帰ったら春日さんに苦情だな。地味に移動がきっついわ、クイニーは見つからねぇわ……マジ勘弁して欲しい」


 思ったよりも都合よくいかない状況に、小田切は途方に暮れ……道端に座り込んだ。


「大丈夫かい? 具合が悪いなら本官がーー」


「うおおお! 警官NPCがいたのを忘れてたわ。すみません、クイニーの居場所を教えてもらうことってできます? 」


「少々お待ちを……。ふむふむ、いまメリジュラモ通りにいらっしゃるようですな」


「ありがとう! よしこれで……。あの、そこってどうやっていけば……? 」


「本官の馬でお連れしましょう」


 小田切は『馬』と聞いて驚愕したが、すぐさま幼子のようにキラキラと目を輝かせた。引き締まった体躯の美しいサラブレッドはふたりを乗せて軽やかに歩き出し、爽やかな風を切るように移動している。現実世界でもそうやすやすとは出来ない体験に小田切の心は躍った。



▼謹賀新年 byグリフォンの牙

挿絵(By みてみん)

システム:謹賀新年2024。今年はどんな年になるでしょうか。作者は手術と入院だけはもうありませんようにと願いつつ、粛々と過ごしたいと思っております。さてさて2024年は神ノ箱庭を書きつつ、別物もぽつぽつと進めようかと(下書きっぽいはできているぅ)でも神ノ箱庭のキャラクターたちが妄想ワールドで暴れてるからなぁ。できっかな?w


---おまけ『ダルマガエルとハルデン』---


 嫌な視線をあちこちから感じたハルデンは不快気に顔をしかめた。身体の周辺に何かいるような気がするが、気配しか感じない。なかなか叩き落とせないコバエのように、うるさく飛び回っている。きっと監視カメラの類なのだろう。


 だがどうにかしたくても、無理やりNPCに変化させられた時の事がフラッシュバックして身体が震えて動かない。必死に嫌な記憶と戦い……血の味がする唇を噛みしめた。


「なんで今更こんな記憶に……。くそっ! 」


 不甲斐ない自分を叱咤するハルデンの元に小型モンスターがころころと転がってきた。ぺたんと座り込んだハルデンの脚に頭を擦り寄せている。


「テチは王様に撫でられたい」

「ダルマ……ガエル? 」


「テチはーーご飯を見つけた! 」


 そう言うとダルマガエルは長い舌で何かを捕らえて飲み込んだ。それと同時に監視されているような気配と、フラッシュバックもさっぱり消え去ってしまった。ハルデンは鳩が豆鉄砲を食らったような表情で、緑のフワ毛を揺らすダルマガエルを見つめた。


 ダルマガエルは口に入れた直後は嬉しそうに頬をピンクに染めていたがもぐもぐと口を動かしたあとに……ペッと吐き出してしまった。


「テチは美味しくなかった……。テチはがっかりした! 」


 人間の幼子のように頬を膨らませる様子にハルデンは思わず吹き出し、愉快そうに笑った。感謝の気持ちを込めて緑色のふわ毛を優しく撫でるハルデンの手のひらに目を細めたダルマガエルが頭をぐいぐいと押し付けている。


「テチは王様と遊びたい。テチは王様を喜ばせたい」

「あはは。テチは可愛いな」


「テチは可愛い? 」

「可愛くて、良い子だ」


「テチは可愛くて良い子。テチは嬉しい」

「それじゃぁテチ、ボール遊びでもするかい? 」


「テチはボールで遊ぶ! 」


 サッカーボールをダルマガエルがコロコロと転がりながら追いかけている。クリーチャーながらも思わずほっこりしてしまう光景だ。ふとそう思ったハルデンは急に顔をこわばらせた。


「なんで会話できるんだ!? 」


 ダンジョンの小型モンスター、ダルマガエルはプレイヤーに体当する直前に『グッグッグッ』と鳴くが、モンスターNPCである茶葉イタチのように言葉を発するなんて聞いたことがない。


「テチ、もしかして君はプレイヤーなんじゃないか? 」

「テチは……? 」


 ダルマガエルはころころと円を描くように転がっていたが、しばらくするとぴたっと止まりーーくりくりとした瞳から大粒の涙を零した。


「テチは料理人だった。テチはファームにいた。テチはトマトを栽培してた。テチは……テチは……お家に帰りたい」


 大声でわんわんと泣くテチを……ハルデンはしっかりと抱きしめた。そして唇を震わせながらこう言った。


「こんな……非道な行いが許されるはずがない。俺が必ず奴らを地獄に落としてやる」


See you next week


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